■杉本武之プロフィール

1939年 碧南市に生まれる。

京都大学文学部卒業。

翻訳業を経て、小学校教師になるために愛知教育大学に入学。

25年間、西尾市の小中学校に勤務。

定年退職後、名古屋大学教育学部の大学院で学ぶ。

〈趣味〉読書と競馬

 

【23】チャップリン『街の灯』

◎チャップリンの映画との出会い

 チャップリン!ああ、何という魅力的な人物でしょう!

 皆さんは、チャップリンという名前を聞いて、何を連想しますか。

 数々の抱腹絶倒の喜劇を作った男でしょうか。『チャップリンの独裁者』を作って、自分よりわずか4日遅く生まれた独裁者ヒトラーに敢然として挑んだ男でしょうか。それとも、極貧の幼少年期を送った後、億万長者になった男でしょうか。何回も結婚し、何回も離婚した男でしょうか。日本を心から愛し、何度も訪問した男でしょうか。それとも、製作、原作、脚本、音楽、監督、主演、何もかも一人でやってしまった男でしょうか。

 ──私は、チャップリンは20世紀最大の芸術家だったと思っています。

 「チャップリン?そんな人のこと、何も知らない」と言う人がいたら、私はびっくりするでしょう。しかし、それと同時に、その人を祝福したくなるでしょう。何故なら、その人は、これからの人生で、チャップリンの映画を観るという、滅多に手に入らない至福の時間を持つことになるのですから。

 私が『犬の生活』『担え銃』(共に1918年)『キッド』(21年)などの中編や、『黄金狂時代』(25年)『街の灯』(31年)『モダン・タイムス』(36年)『チャップリンの独裁者』(40年)などの長編を観たのは、大学生になってからです。それまでは、観る機会に恵まれませんでした。唯一の例外として、高校生の時に刈谷市の映画館で『チャップリンの殺人狂時代』(47年)を観ました。しかし、考えてみると、完成から10年も経っています。この映画が世界で封切られた1947年、日本は敗戦直後の混乱期でした。それで日本での公開が遅れたのでしょうか。私には分かりません。

 1960年、大学生の私は、名古屋で『チャップリンの独裁者』を観ました。この痛烈なヒトラー批判の映画は、完成した1940年において、日独伊三国軍事同盟に加わっていた日本では公開されませんでした。初公開は、戦後の1960年で、完成して20年も経ってからのことでした。中学時代の恩師のM 先生と一緒に観ました。この時の映画鑑賞には、忘れ難い、ちょっぴりほろ苦い思い出があります。

 M先生は、蒲郡市の隣りの御津町の出身でしたが、碧南市の大浜中学校で勤務していました。有能な国語の先生でした。担当学年が違っていたので、授業は受けませんでしたが、バスケット部で親しく指導してもらいました。先生には私と同年齢の妹さんがいました。

 ほんの短い期間でしたが、先生の家族全員が碧南市で住むことになり、妹さんも私と同じ中学校に通学することになりました。クラスが違っていて、話す機会はありませんでしたが、利口そうな美しい少女でした。しかし、1カ月ほどで一家は御津に戻りました。

 それから5年後の或る日、先生から電話があって、次の日曜日に名古屋で一緒にチャップリンの映画を観ようと誘われました。喜んで承諾すると、先生は「妹も一緒に行きたいと言っているので、よろしく」と言って、電話を切りました。

 さあ、大変なことになりました。妹さんがお茶の水大学に通っていることは知っていました。中学時代にあれだけ魅力的だったことを考えると、20歳になった彼女は、どんなにか美しくなっているだろう。私は気が動転してしまいました。先生がいるから、何とかなるだろう。冷静に、冷静に。私は心の動揺をなだめるのに苦労しました。

 当日になりました。約束していた名古屋の映画館の前で待っていました。先生が来ました。一人でした。妹さんは、急用のために来ない、ということでした。先生と二人だけで『チャップリンの独裁者』を観ました。映画は平静な気持ちで観ることができました。

◎『街の灯』

 チャップリンの映画は全部同じくらい好きです。無謀な試みであることは承知の上で、私のベスト10を紹介します。

 ①『街の灯』②『黄金狂時代』③『モダン・タイムス』④『チャップリンの独裁者』⑤『キッド』⑥『サーカス』⑦『ライム・ライト』⑧『犬の生活』⑨『偽牧師』⑩『担え銃』

 『チャップリンの殺人狂時代』と『巴里の女性』も映画史に残る名作です。

 『巴里の女性』(1923年)は異色の作品です。コメディーではなく、極めて深刻なドラマです。チャップリンは出演していません。愛し合う若い男女が冷酷な運命に翻弄される悲劇です。若い男は画家で、名前はジャン・ミレーです。あの『落ち穂拾い』や『晩鐘』の農民画家ジャン・フランソワ・ミレーと同じ名前です。極貧生活を経験したチャップリンは、清貧に生きたミレーが好きだったに違いありません。

 さて、私の一番好きな『街の灯』は、1931年に作られました。『黄金狂時代』『サーカス』に続く作品です。当時は音の入るトーキーの時代でしたが、チャップリンは、音を持たないサイレント映画にこだわっていました。自ら作曲した美しい音楽は流れますが、セリフはいっさい無声で、時々字幕が挿入されます。

 ストーリーは極めて単純です。

 一人の貧しい浮浪者が、盲目の花売り娘に恋をした。目の見えない娘は、その浮浪者を大金持ちだと誤解する。恋人同士のような楽しい日々が続く。ウィーンの医師が手術によって盲目を治す方法を開発したことを新聞で知った浮浪者は、ボクシングの試合に出て大金を獲得しようと試みるが、あえなくノックダウンされる。自殺しようとしていた百万長者を助けて知り合いになった浮浪者は、百万長者から気前よく大金をもらう。しかし、気の変わりやすい百万長者は、浮浪者を泥棒扱いする。浮浪者は、必死で逃げ出し、盲目の娘に大金を渡すことには成功するが、その後逮捕され、刑務所に入れられてしまう。

 月日が流れ、ようやく出所した浮浪者は、街を歩いていて、きれいな花屋を見つける。手術によって目が見えるようになったあの娘が、その店内で生き生きと働いていた。彼女は、浮浪者があの時の恩人とは気づかず、みすぼらしい彼の姿を憐れんで、一輪の花と小銭を彼の手にねじ込もうとする。その時、彼の手の温かい感触が、彼女に昔の記憶を蘇らせた。娘が言う。「あなたでしたの?」。浮浪者は気弱にうなずく。そして、「見えるようになったんだね?」と聞く。娘は答える。「ええ、見えるようになりました」

 ここで映画は終わります。その後、二人はどうなるのでしょうか。気になります。

 私は、二人が結婚してほしいのです。娘は、目が見えるようになったために、白馬の王子だと思っていた相手が、実は見るも無残な浮浪者だと知りました。がっかりしたことでしょう。しかし、この男の人は、盲目だった自分に至純な愛を捧げてくれたのだ。この人と結婚しよう。力を合わせて楽しい家庭を築こう。そう決意してもらいたいのです。

 この映画の最大の見所は、初めて二人が出会う所と、目が見えるようになった娘と浮浪者が再会する最後のシーンです。特に最後の場面は映画史上最高のシーンだと思います。

 

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【23】チャップリン『街の灯』

◎チャップリンの映画との出会い

 チャップリン!ああ、何という魅力的な人物でしょう!

 皆さんは、チャップリンという名前を聞いて、何を連想しますか。

 数々の抱腹絶倒の喜劇を作った男でしょうか。『チャップリンの独裁者』を作って、自分よりわずか4日遅く生まれた独裁者ヒトラーに敢然として挑んだ男でしょうか。それとも、極貧の幼少年期を送った後、億万長者になった男でしょうか。何回も結婚し、何回も離婚した男でしょうか。日本を心から愛し、何度も訪問した男でしょうか。それとも、製作、原作、脚本、音楽、監督、主演、何もかも一人でやってしまった男でしょうか。

 ──私は、チャップリンは20世紀最大の芸術家だったと思っています。

 「チャップリン?そんな人のこと、何も知らない」と言う人がいたら、私はびっくりするでしょう。しかし、それと同時に、その人を祝福したくなるでしょう。何故なら、その人は、これからの人生で、チャップリンの映画を観るという、滅多に手に入らない至福の時間を持つことになるのですから。

 私が『犬の生活』『担え銃』(共に1918年)『キッド』(21年)などの中編や、『黄金狂時代』(25年)『街の灯』(31年)『モダン・タイムス』(36年)『チャップリンの独裁者』(40年)などの長編を観たのは、大学生になってからです。それまでは、観る機会に恵まれませんでした。唯一の例外として、高校生の時に刈谷市の映画館で『チャップリンの殺人狂時代』(47年)を観ました。しかし、考えてみると、完成から10年も経っています。この映画が世界で封切られた1947年、日本は敗戦直後の混乱期でした。それで日本での公開が遅れたのでしょうか。私には分かりません。

 1960年、大学生の私は、名古屋で『チャップリンの独裁者』を観ました。この痛烈なヒトラー批判の映画は、完成した1940年において、日独伊三国軍事同盟に加わっていた日本では公開されませんでした。初公開は、戦後の1960年で、完成して20年も経ってからのことでした。中学時代の恩師のM 先生と一緒に観ました。この時の映画鑑賞には、忘れ難い、ちょっぴりほろ苦い思い出があります。

 M先生は、蒲郡市の隣りの御津町の出身でしたが、碧南市の大浜中学校で勤務していました。有能な国語の先生でした。担当学年が違っていたので、授業は受けませんでしたが、バスケット部で親しく指導してもらいました。先生には私と同年齢の妹さんがいました。

 ほんの短い期間でしたが、先生の家族全員が碧南市で住むことになり、妹さんも私と同じ中学校に通学することになりました。クラスが違っていて、話す機会はありませんでしたが、利口そうな美しい少女でした。しかし、1カ月ほどで一家は御津に戻りました。

 それから5年後の或る日、先生から電話があって、次の日曜日に名古屋で一緒にチャップリンの映画を観ようと誘われました。喜んで承諾すると、先生は「妹も一緒に行きたいと言っているので、よろしく」と言って、電話を切りました。

 さあ、大変なことになりました。妹さんがお茶の水大学に通っていることは知っていました。中学時代にあれだけ魅力的だったことを考えると、20歳になった彼女は、どんなにか美しくなっているだろう。私は気が動転してしまいました。先生がいるから、何とかなるだろう。冷静に、冷静に。私は心の動揺をなだめるのに苦労しました。

 当日になりました。約束していた名古屋の映画館の前で待っていました。先生が来ました。一人でした。妹さんは、急用のために来ない、ということでした。先生と二人だけで『チャップリンの独裁者』を観ました。映画は平静な気持ちで観ることができました。

 

◎『街の灯』

 チャップリンの映画は全部同じくらい好きです。無謀な試みであることは承知の上で、私のベスト10を紹介します。

 ①『街の灯』②『黄金狂時代』③『モダン・タイムス』④『チャップリンの独裁者』⑤『キッド』⑥『サーカス』⑦『ライム・ライト』⑧『犬の生活』⑨『偽牧師』⑩『担え銃』

 『チャップリンの殺人狂時代』と『巴里の女性』も映画史に残る名作です。

 『巴里の女性』(1923年)は異色の作品です。コメディーではなく、極めて深刻なドラマです。チャップリンは出演していません。愛し合う若い男女が冷酷な運命に翻弄される悲劇です。若い男は画家で、名前はジャン・ミレーです。あの『落ち穂拾い』や『晩鐘』の農民画家ジャン・フランソワ・ミレーと同じ名前です。極貧生活を経験したチャップリンは、清貧に生きたミレーが好きだったに違いありません。

 さて、私の一番好きな『街の灯』は、1931年に作られました。『黄金狂時代』『サーカス』に続く作品です。当時は音の入るトーキーの時代でしたが、チャップリンは、音を持たないサイレント映画にこだわっていました。自ら作曲した美しい音楽は流れますが、セリフはいっさい無声で、時々字幕が挿入されます。

 ストーリーは極めて単純です。

 一人の貧しい浮浪者が、盲目の花売り娘に恋をした。目の見えない娘は、その浮浪者を大金持ちだと誤解する。恋人同士のような楽しい日々が続く。ウィーンの医師が手術によって盲目を治す方法を開発したことを新聞で知った浮浪者は、ボクシングの試合に出て大金を獲得しようと試みるが、あえなくノックダウンされる。自殺しようとしていた百万長者を助けて知り合いになった浮浪者は、百万長者から気前よく大金をもらう。しかし、気の変わりやすい百万長者は、浮浪者を泥棒扱いする。浮浪者は、必死で逃げ出し、盲目の娘に大金を渡すことには成功するが、その後逮捕され、刑務所に入れられてしまう。

 月日が流れ、ようやく出所した浮浪者は、街を歩いていて、きれいな花屋を見つける。手術によって目が見えるようになったあの娘が、その店内で生き生きと働いていた。彼女は、浮浪者があの時の恩人とは気づかず、みすぼらしい彼の姿を憐れんで、一輪の花と小銭を彼の手にねじ込もうとする。その時、彼の手の温かい感触が、彼女に昔の記憶を蘇らせた。娘が言う。「あなたでしたの?」。浮浪者は気弱にうなずく。そして、「見えるようになったんだね?」と聞く。娘は答える。「ええ、見えるようになりました」

 ここで映画は終わります。その後、二人はどうなるのでしょうか。気になります。

 私は、二人が結婚してほしいのです。娘は、目が見えるようになったために、白馬の王子だと思っていた相手が、実は見るも無残な浮浪者だと知りました。がっかりしたことでしょう。しかし、この男の人は、盲目だった自分に至純な愛を捧げてくれたのだ。この人と結婚しよう。力を合わせて楽しい家庭を築こう。そう決意してもらいたいのです。

 この映画の最大の見所は、初めて二人が出会う所と、目が見えるようになった娘と浮浪者が再会する最後のシーンです。特に最後の場面は映画史上最高のシーンだと思います。