姪の就職2

「葬儀もちょっと前まで、とくに地方ではシキビや花輪の数を競うように並べたものです。生前に会ったこともない人の葬儀になんとなく違和感を覚えながら、浮世の義理で参列していました」

「いまはほとんどが家族葬に変わってきていますね」

 前島がお酒を口に運んだあと同調した。そして再びマイコンの話に戻した。

「真三さん、マイコンを買った当時の話の続き、お願いします」

「いやぁね、私も内心、えらい音がでるものだと不安感を覚えました」

―真三はともかくゲーム(バック・ギャモン)をテープ(データ)・コーダの中に入れてエンターキーを押した。すると突然、先のピィーピィーと耳をつんざくような不快音が鳴り出したのである。

「なんやのー、そのソフトウェアって? こんなもの雑音テープやないの。頭が痛くなるわ。ええかげんにしてくださいね」

 るり子が夕食の片づけをしながら苦言を呈する。

「3分間ほどの辛抱や。このテープにゲームの情報がいっぱい詰まっているのや。それを本体の記憶装置に移しているのだ」

「情報といっても雑音にしか聞こえませんよ」

「るり子のつけている家計簿だって、このテープに入れることができるのだよ」

「こんな音の出る家計簿なら、まっぴらごめんよ」

―データ・コーダは音量調節もできるが、その当時のプリンターはさらに大きい音を発する。昔のエアコンがうるさかったが、最近のものは静かである。日本の家庭用電化製品は防音を考えなければ売れない。

「その頃、企業ではマイコンはかなり普及していたのでしょう」

 前島が真三に聞いた。

「お客さんの中に使っている人がいたので聞いた記憶があります」

―パソコンを導入前は大型コンピュータと電卓を使って設計の計算をしていたが、簡単な計算ではかえって時間がかかり不便だった(技術部副部長)。

 大型コンピュータもそうだが、パソコンの3機種に互換性がない点がやっかいであった。最初に選んだキャノンにどうしてもこだわってしまう。キャノンから横河ヒュレットパッカードに変える時、プログラムをもう一度やり直す必要があり、これが大変な仕事だった。

 だからメーカー間に統一規格ができれば、ユーザーとしてはありがたい。外国の機種はソフトが多いので納入に時間がかかっても導入することになる。コンピュータに強い技術者さえこうである。

 この頃、目にしたのがワープロ(ワード・プロセッサー)である。日本語処理器―日本語による文書作成、編集、保存、印刷などに使う。企業や役所で対外的な発表文を作成するとき、上司から訂正指示があると、そのつど書き直し作業が大変だったが、ワープロならいとも簡単に修正できたのである。保存できるから案内状なんかは日付を変えるだけで何回も使えた。

「ワープロで文章をつくると、人はあまり手を入れないのです」

「確かにそうです。不思議ですね」

「昔はタイピストとういう専門職の女性がいました。ところがワープロになって若い新人の女性が和文、英文でも短期間にこなすようになるそうです」

「私なんか、パソコンのワードで文章作成していますが、いまだにワンフィンガーでしか打てないです」

 真三は苦笑した。

 店内ではテーブル席に二組の客が談笑していた。女将は時々、テーブル席に料理を運ぶ以外は真三と前島のいるカウンター席の前に戻って話を聞いていた。

「人が話す声を聞いて文章が作成できるものもできているんですか?」

 女将が前島に質問した。

「以前から試作はされていますが、いまだに実用化していないと思いますよ」

 前島は自信なそうに答えた。

「マイコン・ショーで見たことがありますが、仮名文字の聞き分けも十分でなく実用化は遠いだろうと思いましたね」

 真三が付け足した。

「ところがAI(人工頭脳)の発達で実用化するだろうとテレビで言っていましたよ」

「そうかもしれないが、おそらく一般に普及するにはコストの問題だろうね」

「確かに技術は日進月歩ですね」

「自動車でも自動運転のクルマが普通の時代になるのも目前のようだし、声を文章作成するのもそう遠くないような気がします」

―ワープロは当時、100 万円以上もした。それでも小型機種だと50万円程度のものが出回ってきていた。次々、新機種が発売されるので企業ではレンタル料を払って、たえず新機種を借りていた。一般サラリーマンがたまに書く文章用に使うには高すぎた。真三は20万円程度になればほしいと思っていた。メーカー間の競争が激しいだけに、電卓がそうであったように、早晩手の届く商品になるだろうとみていた。電卓も発売当初は8万円ほどであったが、二, 三年で1万円以下になり、そのうち3千円で結構使えるものが出てきた。

「読み、書き、そろばんのうち、読みはテレビやビデオ、そろばんは電卓に代わり、書きもワープロに取って代わられる日もそう遠くあるまい。日本の教育も根本的に見直す時期が来ているのではと思ったものです」

 真三は技術進歩が急激に進む中で世の中の動きを予想していた。

「確かに読み、書き、そろばんという基本教育は変わりましたが、失うものも多かったように思います。そろばんも脳の訓練にはいいのか、復活しています。ワープロはパソコンでワードとして普及していますが、試験には鉛筆での手書きです。技術の進歩が必ずしもいいとは限りませんね」

 前島は持論を話した。

「そうですね。情報化時代になって犯罪も巧妙になり、便利さが災いをもたらしている面は否定できません」

「技術の進歩とはメリット、デメリットを繰り返しながら前に進んでいくというか、人間の欲望が尽きることがないからでしょうね」

―真三が出張から本社に戻ると、掲示板にマイコンの研修会を夕方六時から八時まで開く案内が張り出されていた。時間があれば出席するように上司からも伝えられた。これからの時代、マイコンの知識を持っていないと遅れるというのが研修会を開く理由だという。好奇心が強い創業者の意向だろうと真三は想像した。

 真三は好きな酒を断って研修会に出ることにした。夕

方六時、会議室には30人ほどの社員が集まっている。東京からM 社の営業課長がマイコン三台持ち込んで「どこまでやれるマイコン」というテーマで話を進めた。

「マイコンなんて、中学程度の英語と数学の能力があれば、だれでも簡単にできます」と営業課長は言う。

「要するに慣れればいいのです」

 真三はこれまでもマイコンの使い方は簡単だと本で読み、人からも聞いていたがいまだに疑問点に思っている。それまで読んだ二冊の本は、書いてある内容が解っても、それならマイコンでどういうことをしたら、何ができるんだということがもう一つわからない。今から思うと、マイコンをやろうと思えば入門書だけではほとんど役に立たないということである。つまりマイコンについて平均的というか、普遍的な話はほとんど意味をなさないということである。具体的なケースで話してもらわないと結局、何も得られない。だから初歩の英語と数学で出来ると言われてもピンとこない。

 この日の研修会は、マイコンに触ったことがない人を

対象にしていたので、講師の営業課長もかみくだきながらの説明となった。

「これはボーリング大会の個人成績表です。ゴルフコンペも同様ですが、得点の集計順位づけがやっかいな作業ですね。ゴルフではプレイが終わった後、仲間がうまそうにビールを飲んでいるのに、幹事役は汗だく集計作業をしている。その点、マイコンでプログラムを作って名前と点数を入力すれば、このように簡単に順位づけができるわけです」

―印刷したボーリング大会の得点表、順位表を回覧してくれる。そこにはカタカナの名前と得点が並んでいる。

 なるほど、こういう統計的なものにマイコンが役立つということがわかる。ただ、ゴルフコンペの点数もそうだが、マイコンで計算するといっても、ゴルフ場にマイコンがあるわけではないので、実際どう使うのかとなると当時は疑問が残った。現場でやるとしたら、マイコンが備えてない限り、マイカーで運ぶしか方法がない。これまた幹事は大変であるに違いない。

「これはNHK の紅白歌合戦のプログラムです。製作に時間がかかりましたが、これで曲名を打つだけで簡単に歌詞を呼び出すことができるんですよ」

 統計に加えて検索機能があるとなると便利だと、当時、真三は感心したことを覚えている。いまならインターネットの検索機能で簡単にできることが、マイコンの黎明期には大変な驚きで見られていた。

「技術の進歩はすごいですな」

 IT 技術者の前島まで驚きを見せた。

「これから先、さらに進歩したら人間はどうなるのですか」

 女将も心配顔をのぞかせながら二人のグラスにお酒を注いだ。

 

■岡田 清治プロフィール

1942年生まれ ジャーナリスト

(編集プロダクション・NET108代表)

著書に『高野山開創千二百年 いっぱんさん行状記』『心の遺言』『あなたは社員の全能力を引き出せますか!』『リヨンで見た虹』など多数

※この物語に対する読者の方々のコメント、体験談を左記のFAXかメールでお寄せください。

今回は「就職」「日本のゆくえ」「結婚」「夫婦」「インド」「愛知県」についてです。物語が進行する中で織り込むことを試み、一緒に考えます。

FAX‥0569―34―7971

メール‥takamitsu@akai-shinbunten.net

 

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 この頃、目にしたのがワープロ(ワード・プロセッサー)である。日本語処理器―日本語による文書作成、編集、保存、印刷などに使う。企業や役所で対外的な発表文を作成するとき、上司から訂正指示があると、そのつど書き直し作業が大変だったが、ワープロならいとも簡単に修正できたのである。保存できるから案内状なんかは日付を変えるだけで何回も使えた。

「ワープロで文章をつくると、人はあまり手を入れないのです」

「確かにそうです。不思議ですね」

「昔はタイピストとういう専門職の女性がいました。ところがワープロになって若い新人の女性が和文、英文でも短期間にこなすようになるそうです」

「私なんか、パソコンのワードで文章作成していますが、いまだにワンフィンガーでしか打てないです」

 真三は苦笑した。

 店内ではテーブル席に二組の客が談笑していた。女将は時々、テーブル席に料理を運ぶ以外は真三と前島のいるカウンター席の前に戻って話を聞いていた。

「人が話す声を聞いて文章が作成できるものもできているんですか?」

 女将が前島に質問した。

「以前から試作はされていますが、いまだに実用化していないと思いますよ」

 前島は自信なそうに答えた。

「マイコン・ショーで見たことがありますが、仮名文字の聞き分けも十分でなく実用化は遠いだろうと思いましたね」

 真三が付け足した。

「ところがAI(人工頭脳)の発達で実用化するだろうとテレビで言っていましたよ」

「そうかもしれないが、おそらく一般に普及するにはコストの問題だろうね」

「確かに技術は日進月歩ですね」

「自動車でも自動運転のクルマが普通の時代になるのも目前のようだし、声を文章作成するのもそう遠くないような気がします」

―ワープロは当時、100 万円以上もした。それでも小型機種だと50万円程度のものが出回ってきていた。次々、新機種が発売されるので企業ではレンタル料を払って、たえず新機種を借りていた。一般サラリーマンがたまに書く文章用に使うには高すぎた。真三は20万円程度になればほしいと思っていた。メーカー間の競争が激しいだけに、電卓がそうであったように、早晩手の届く商品になるだろうとみていた。電卓も発売当初は8万円ほどであったが、二, 三年で1万円以下になり、そのうち3千円で結構使えるものが出てきた。

「読み、書き、そろばんのうち、読みはテレビやビデオ、そろばんは電卓に代わり、書きもワープロに取って代わられる日もそう遠くあるまい。日本の教育も根本的に見直す時期が来ているのではと思ったものです」

 真三は技術進歩が急激に進む中で世の中の動きを予想していた。

「確かに読み、書き、そろばんという基本教育は変わりましたが、失うものも多かったように思います。そろばんも脳の訓練にはいいのか、復活しています。ワープロはパソコンでワードとして普及していますが、試験には鉛筆での手書きです。技術の進歩が必ずしもいいとは限りませんね」

 前島は持論を話した。

「そうですね。情報化時代になって犯罪も巧妙になり、便利さが災いをもたらしている面は否定できません」

「技術の進歩とはメリット、デメリットを繰り返しながら前に進んでいくというか、人間の欲望が尽きることがないからでしょうね」

―真三が出張から本社に戻ると、掲示板にマイコンの研修会を夕方六時から八時まで開く案内が張り出されていた。時間があれば出席するように上司からも伝えられた。これからの時代、マイコンの知識を持っていないと遅れるというのが研修会を開く理由だという。好奇心が強い創業者の意向だろうと真三は想像した。

 真三は好きな酒を断って研修会に出ることにした。夕

方六時、会議室には30人ほどの社員が集まっている。東京からM 社の営業課長がマイコン三台持ち込んで「どこまでやれるマイコン」というテーマで話を進めた。

「マイコンなんて、中学程度の英語と数学の能力があれば、だれでも簡単にできます」と営業課長は言う。

「要するに慣れればいいのです」

 真三はこれまでもマイコンの使い方は簡単だと本で読み、人からも聞いていたがいまだに疑問点に思っている。それまで読んだ二冊の本は、書いてある内容が解っても、それならマイコンでどういうことをしたら、何ができるんだということがもう一つわからない。今から思うと、マイコンをやろうと思えば入門書だけではほとんど役に立たないということである。つまりマイコンについて平均的というか、普遍的な話はほとんど意味をなさないということである。具体的なケースで話してもらわないと結局、何も得られない。だから初歩の英語と数学で出来ると言われてもピンとこない。

 この日の研修会は、マイコンに触ったことがない人を

対象にしていたので、講師の営業課長もかみくだきながらの説明となった。

「これはボーリング大会の個人成績表です。ゴルフコンペも同様ですが、得点の集計順位づけがやっかいな作業ですね。ゴルフではプレイが終わった後、仲間がうまそうにビールを飲んでいるのに、幹事役は汗だく集計作業をしている。その点、マイコンでプログラムを作って名前と点数を入力すれば、このように簡単に順位づけができるわけです」

―印刷したボーリング大会の得点表、順位表を回覧してくれる。そこにはカタカナの名前と得点が並んでいる。

 なるほど、こういう統計的なものにマイコンが役立つということがわかる。ただ、ゴルフコンペの点数もそうだが、マイコンで計算するといっても、ゴルフ場にマイコンがあるわけではないので、実際どう使うのかとなると当時は疑問が残った。現場でやるとしたら、マイコンが備えてない限り、マイカーで運ぶしか方法がない。これまた幹事は大変であるに違いない。

「これはNHK の紅白歌合戦のプログラムです。製作に時間がかかりましたが、これで曲名を打つだけで簡単に歌詞を呼び出すことができるんですよ」

 統計に加えて検索機能があるとなると便利だと、当時、真三は感心したことを覚えている。いまならインターネットの検索機能で簡単にできることが、マイコンの黎明期には大変な驚きで見られていた。

「技術の進歩はすごいですな」

 IT 技術者の前島まで驚きを見せた。

「これから先、さらに進歩したら人間はどうなるのですか」

 女将も心配顔をのぞかせながら二人のグラスにお酒を注いだ。

 この頃、目にしたのがワープロ(ワード・プロセッサー)である。日本語処理器―日本語による文書作成、編集、保存、印刷などに使う。企業や役所で対外的な発表文を作成するとき、上司から訂正指示があると、そのつど書き直し作業が大変だったが、ワープロならいとも簡単に修正できたのである。保存できるから案内状なんかは日付を変えるだけで何回も使えた。

「ワープロで文章をつくると、人はあまり手を入れないのです」

「確かにそうです。不思議ですね」

「昔はタイピストとういう専門職の女性がいました。ところがワープロになって若い新人の女性が和文、英文でも短期間にこなすようになるそうです」

「私なんか、パソコンのワードで文章作成していますが、いまだにワンフィンガーでしか打てないです」

 真三は苦笑した。

 店内ではテーブル席に二組の客が談笑していた。女将は時々、テーブル席に料理を運ぶ以外は真三と前島のいるカウンター席の前に戻って話を聞いていた。

「人が話す声を聞いて文章が作成できるものもできているんですか?」

 女将が前島に質問した。

「以前から試作はされていますが、いまだに実用化していないと思いますよ」

 前島は自信なそうに答えた。

「マイコン・ショーで見たことがありますが、仮名文字の聞き分けも十分でなく実用化は遠いだろうと思いましたね」

 真三が付け足した。

「ところがAI(人工頭脳)の発達で実用化するだろうとテレビで言っていましたよ」

「そうかもしれないが、おそらく一般に普及するにはコストの問題だろうね」

「確かに技術は日進月歩ですね」

「自動車でも自動運転のクルマが普通の時代になるのも目前のようだし、声を文章作成するのもそう遠くないような気がします」

―ワープロは当時、100 万円以上もした。それでも小型機種だと50万円程度のものが出回ってきていた。次々、新機種が発売されるので企業ではレンタル料を払って、たえず新機種を借りていた。一般サラリーマンがたまに書く文章用に使うには高すぎた。真三は20万円程度になればほしいと思っていた。メーカー間の競争が激しいだけに、電卓がそうであったように、早晩手の届く商品になるだろうとみていた。電卓も発売当初は8万円ほどであったが、二, 三年で1万円以下になり、そのうち3千円で結構使えるものが出てきた。

「読み、書き、そろばんのうち、読みはテレビやビデオ、そろばんは電卓に代わり、書きもワープロに取って代わられる日もそう遠くあるまい。日本の教育も根本的に見直す時期が来ているのではと思ったものです」

 真三は技術進歩が急激に進む中で世の中の動きを予想していた。

「確かに読み、書き、そろばんという基本教育は変わりましたが、失うものも多かったように思います。そろばんも脳の訓練にはいいのか、復活しています。ワープロはパソコンでワードとして普及していますが、試験には鉛筆での手書きです。技術の進歩が必ずしもいいとは限りませんね」

 前島は持論を話した。

「そうですね。情報化時代になって犯罪も巧妙になり、便利さが災いをもたらしている面は否定できません」

「技術の進歩とはメリット、デメリットを繰り返しながら前に進んでいくというか、人間の欲望が尽きることがないからでしょうね」

―真三が出張から本社に戻ると、掲示板にマイコンの研修会を夕方六時から八時まで開く案内が張り出されていた。時間があれば出席するように上司からも伝えられた。これからの時代、マイコンの知識を持っていないと遅れるというのが研修会を開く理由だという。好奇心が強い創業者の意向だろうと真三は想像した。

 真三は好きな酒を断って研修会に出ることにした。夕

方六時、会議室には30人ほどの社員が集まっている。東京からM 社の営業課長がマイコン三台持ち込んで「どこまでやれるマイコン」というテーマで話を進めた。

「マイコンなんて、中学程度の英語と数学の能力があれば、だれでも簡単にできます」と営業課長は言う。

「要するに慣れればいいのです」

 真三はこれまでもマイコンの使い方は簡単だと本で読み、人からも聞いていたがいまだに疑問点に思っている。それまで読んだ二冊の本は、書いてある内容が解っても、それならマイコンでどういうことをしたら、何ができるんだということがもう一つわからない。今から思うと、マイコンをやろうと思えば入門書だけではほとんど役に立たないということである。つまりマイコンについて平均的というか、普遍的な話はほとんど意味をなさないということである。具体的なケースで話してもらわないと結局、何も得られない。だから初歩の英語と数学で出来ると言われてもピンとこない。

 この日の研修会は、マイコンに触ったことがない人を

対象にしていたので、講師の営業課長もかみくだきながらの説明となった。

「これはボーリング大会の個人成績表です。ゴルフコンペも同様ですが、得点の集計順位づけがやっかいな作業ですね。ゴルフではプレイが終わった後、仲間がうまそうにビールを飲んでいるのに、幹事役は汗だく集計作業をしている。その点、マイコンでプログラムを作って名前と点数を入力すれば、このように簡単に順位づけができるわけです」

―印刷したボーリング大会の得点表、順位表を回覧してくれる。そこにはカタカナの名前と得点が並んでいる。

 なるほど、こういう統計的なものにマイコンが役立つということがわかる。ただ、ゴルフコンペの点数もそうだが、マイコンで計算するといっても、ゴルフ場にマイコンがあるわけではないので、実際どう使うのかとなると当時は疑問が残った。現場でやるとしたら、マイコンが備えてない限り、マイカーで運ぶしか方法がない。これまた幹事は大変であるに違いない。

「これはNHK の紅白歌合戦のプログラムです。製作に時間がかかりましたが、これで曲名を打つだけで簡単に歌詞を呼び出すことができるんですよ」

 統計に加えて検索機能があるとなると便利だと、当時、真三は感心したことを覚えている。いまならインターネットの検索機能で簡単にできることが、マイコンの黎明期には大変な驚きで見られていた。

「技術の進歩はすごいですな」

 IT 技術者の前島まで驚きを見せた。

「これから先、さらに進歩したら人間はどうなるのですか」

 女将も心配顔をのぞかせながら二人のグラスにお酒を注いだ。