姪の就職2
真三は女将からついでもらった冷酒の猪口を右手でかかげながら「カンパイ」と、二人のグラスと軽く合わせながら音頭をとった。三人はその合図でそれぞれのグラスや猪口の酒を一気に飲んだ。
一息ついたところで前島が真三にたずねた。
「そうですか。空港からですか。どちらかへいっておられたのですか」
事情を知らない前島は真三の答えに耳を傾けた。
「以前にもお話したと思いますが、姪がインドに旅立ちますので姪の母親と見送りに行ってきました」
「インドはこれから発展する国で興味深いですね。とくにIT関係者にとっては目を離せないです。アメリカのシリコンバレーと同じくらい重要なところです」
「姪はIT技術者ではなく、就職試験に落ちて、現地にいる友人に会いに行く、いわば何かを求める旅のようです」
「いまは就職率も高く、あまり会社を選ばなかったら就職できるようですが…」
「真三さんの姪御さんは、しっかりした目的があるのでしょう」
女将が二人の会話に割り込んできた。
「それほど明確な目標があるとも思えませんが…」
「インドから帰ってこられたら、次のステップに歩まれますよ。子は親が思うほど頼りなくないですよ。静かに見守ってあげることだとだと思いますよ」
女将は真三を諭すような言い方をした。
「そうですよ。真三さん。それにしてもIT技術は日進月歩で発展していますね」
「私もITについては素人ですが、社会人になってからこのかた、ずっと興味をもっていました」
真三は三、四十年前、自分がこの分野に個人的にどう入ったかを思い出しながら二人に話し始めた。
―私が実際に活用する十年ほど前から〝マイコン〟という言葉がマスコミに登場していましたが、いよいよいまの人工知能(AI)のように、お目にかからない日がないくらいでした。そうなってくると気になるのでした。すでに周りには個人的に取り組んでいる人もおりました。
私は言葉の意味について考える癖がありまして、マイコンというのは「私のコンピュータ」だろうと解釈していました。その意味も含まれていたようですが、海外では全く通じないと言われました。マイコンとは、マイクロ・コンピュータ、つまり超小型のコンピュータだというこだとわかったのは、それからずいぶん後だと思います。
「そうでした。私がこの世界に興味を覚えましたのは学生の頃ですが、それでも真三さんのずっと後の時代です」
前島は真三の話に興味を持ち始めた。
―マイコンとはどういうものだと問われても明確に答えられる人は少なかった。まして持っている人となるとなおさら少ない。持っている人は圧倒的に若い人で中高年齢者は避けていた。でも関心がないのではなく、操作が難しいからだと思っていた。
そうした状況下で真三は四十歳の時に衝動的に買った。マイコンは本当にすばらしく役立つと思う反面、素人には難しくメーカー、販売店もサポートが不備で、この時点では企業レべルでの普及段階で個人が持つには高すぎるというのが実感だった。
「なんでも初期に導入するにはリスクもありますが、技術は日進月歩ですので、取り残される心配もあります」
前島は真三には進取の気性があると感心した。
「その通りですね。スマフォがそうです。電話機能だけで十分だとガラ系の携帯を続けていたら、もうスマフォには乗り移れないです。アイパッド(iPAD)を発売早々に購入していましたから、これで十分と考えたこともスマフォに乗り移らなかった理由です。しかも通信費が割高ということもありましたが…」
「加齢とともに新しい機器や操作は面倒なものですね。また機能が過剰で使いこなせないのも事実です」
―私が買ったマイコンはNECのPC―8801という機種である。要はいまのPCと同じでキーボードを備えたタイプライターのようなものだ。マイコン用の言語(BASIC=ベイシック)といって初心者向け汎用記号命令体系の英文の略語。
“ピィーピィーピィー”机の上のカセット・テープ・レコーダが耳をつんざくような不快音を突然、発する。頭が痛くなってくる。胸が苦しく吐き気をもよおす。
「なんですの」と、るり子が夕食の後片付けの手を止め、台所から険悪な顔をのぞかせる。
「よく、わからないんだ」
「夜の十時だというのになにをやっているんですか。隣近所に迷惑がかかるでしょう。それでなくても、ちょっとした物音で文句が出るのに…」
るり子は階下の住人にはピリピリしていた。公団に住んでいたころのことで、「なにしているんじゃ!水が漏れているんじゃないか?ええ奥さん!」とランニングシャツにステテコ姿のおっさんが怒鳴り込んできた。原因は階上の家の洗濯機のホースがはずれていることだったが、菓子折り持参して謝罪して以来、階下の住人には神経を使っていた。
「外国人は日本の住宅はウサギ小屋のようだとその狭さを皮肉りますが、それ以上に防音、防水の欠陥を痛感しますね」
前島も集合住宅に住んでいた経験から真三の話に同情した。
「それもそうですが、戸建て住宅も経年劣化で壁や屋根瓦がいたんで、周囲の家にご迷惑がかかるのではないかと心配が消えませんね」
ママも日本の住宅の難しさを感じていたので、二人の話に割り込んできた。
「そうだな。高層マンションも建物の劣化が起こった時に協同組合や自治会では議論が白熱するのです。私の住んでいるマンションで玄関横のタイルがはがれ、修繕するかどうかで議論しました。なかなか意見がまとまらなかったのですが、誰かがそこにテープをはっておいたら、議論はそのうちに立ち消えになりました」
「マンションや団地も建て替えになると、困難を極めます」
「そうですわね。それぞれの家族や人生設計が異なりますから、まとまらないのが当然だと思うわ」
「被災地の方々が次のをどうするかというと、まとまって集合住宅へ移る人、故郷を離れる人、あるいは元の場所で再建する人に分かれますので、行政も大変だと聞きますね」
「だいたい住宅は賃貸がいいのか、分譲がいいのかという議論が繰り返しなされています」と、真三は問題提起した。
「それは日本人は所有欲が強いのとちがいますか。せめて家ぐらい自前のモノを持ちたいという願望が根強いように思いますね」
前島が日ごろ思っていることを述べた。
「日本ほど新築の住宅を販売している国は少ないようですね」
「だいたいアメリカ人のライフスタイルをみていますと、住宅のみならず、家具や調度品までレンタルしているようです」
「阪神淡路大震災の折に、マンションをローンで払っていた人は、二重の苦しみを味わったといいます」
「そうです。だから賃貸の人は助かったというわけです」
三人は日本の住宅についてお互い思っていることを述べ合った。
前島は「企業だって最近は本社ビルを賃貸しているところも増えているような気がします。事業を拡大したり縮小したりする時代ですから自社ビルを所有する時代は遅れているという人もいます。昔は信用力のシンボルのようなところもありましたが…」
「いまの若い人は家を含めてモノを持たない傾向にあるように、息子なんかをみていますと思いますね」
真三はつくづくそう思うのだった。
「だけどこれほど自然災害が多い国では建設会社は有望株なんでしょうね」
ママが証券投資先として感想をもらした。
「確かにそういうことで全国いたるところに建設会社があって、政権の集票マシンといわれるように公共事業の獲得にしのぎを削っています。時には談合を繰り返して利益確保に熱心です」
真三が解説しながら「需要という面を考えますと、葬儀屋が儲かると思っていましたが、どうもそうではないようですね」と話した。
「人は必ず死にますので需要はあるように思えます」
「ところが、人口減と大都市への人口集中、さらに送葬の儀の簡素化などにより、この業界も様変わりしているようです」
「そういえば、以前のように葬儀をする家も減っているようですね」
■岡田 清治プロフィール
1942年生まれ ジャーナリスト
(編集プロダクション・NET108代表)
著書に『高野山開創千二百年 いっぱんさん行状記』『心の遺言』『あなたは社員の全能力を引き出せますか!』『リヨンで見た虹』など多数
※この物語に対する読者の方々のコメント、体験談を左記のFAXかメールでお寄せください。
今回は「就職」「日本のゆくえ」「結婚」「夫婦」「インド」「愛知県」についてです。物語が進行する中で織り込むことを試み、一緒に考えます。
FAX‥0569―34―7971
メール‥takamitsu@akai-shinbunten.net
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姪の就職2
真三は女将からついでもらった冷酒の猪口を右手でかかげながら「カンパイ」と、二人のグラスと軽く合わせながら音頭をとった。三人はその合図でそれぞれのグラスや猪口の酒を一気に飲んだ。
一息ついたところで前島が真三にたずねた。
「そうですか。空港からですか。どちらかへいっておられたのですか」
事情を知らない前島は真三の答えに耳を傾けた。
「以前にもお話したと思いますが、姪がインドに旅立ちますので姪の母親と見送りに行ってきました」
「インドはこれから発展する国で興味深いですね。とくにIT関係者にとっては目を離せないです。アメリカのシリコンバレーと同じくらい重要なところです」
「姪はIT技術者ではなく、就職試験に落ちて、現地にいる友人に会いに行く、いわば何かを求める旅のようです」
「いまは就職率も高く、あまり会社を選ばなかったら就職できるようですが…」
「真三さんの姪御さんは、しっかりした目的があるのでしょう」
女将が二人の会話に割り込んできた。
「それほど明確な目標があるとも思えませんが…」
「インドから帰ってこられたら、次のステップに歩まれますよ。子は親が思うほど頼りなくないですよ。静かに見守ってあげることだとだと思いますよ」
女将は真三を諭すような言い方をした。
「そうですよ。真三さん。それにしてもIT技術は日進月歩で発展していますね」
「私もITについては素人ですが、社会人になってからこのかた、ずっと興味をもっていました」
真三は三、四十年前、自分がこの分野に個人的にどう入ったかを思い出しながら二人に話し始めた。
―私が実際に活用する十年ほど前から〝マイコン〟という言葉がマスコミに登場していましたが、いよいよいまの人工知能(AI)のように、お目にかからない日がないくらいでした。そうなってくると気になるのでした。すでに周りには個人的に取り組んでいる人もおりました。
私は言葉の意味について考える癖がありまして、マイコンというのは「私のコンピュータ」だろうと解釈していました。その意味も含まれていたようですが、海外では全く通じないと言われました。マイコンとは、マイクロ・コンピュータ、つまり超小型のコンピュータだというこだとわかったのは、それからずいぶん後だと思います。
「そうでした。私がこの世界に興味を覚えましたのは学生の頃ですが、それでも真三さんのずっと後の時代です」
前島は真三の話に興味を持ち始めた。
―マイコンとはどういうものだと問われても明確に答えられる人は少なかった。まして持っている人となるとなおさら少ない。持っている人は圧倒的に若い人で中高年齢者は避けていた。でも関心がないのではなく、操作が難しいからだと思っていた。
そうした状況下で真三は四十歳の時に衝動的に買った。マイコンは本当にすばらしく役立つと思う反面、素人には難しくメーカー、販売店もサポートが不備で、この時点では企業レべルでの普及段階で個人が持つには高すぎるというのが実感だった。
「なんでも初期に導入するにはリスクもありますが、技術は日進月歩ですので、取り残される心配もあります」
前島は真三には進取の気性があると感心した。
「その通りですね。スマフォがそうです。電話機能だけで十分だとガラ系の携帯を続けていたら、もうスマフォには乗り移れないです。アイパッド(iPAD)を発売早々に購入していましたから、これで十分と考えたこともスマフォに乗り移らなかった理由です。しかも通信費が割高ということもありましたが…」
「加齢とともに新しい機器や操作は面倒なものですね。また機能が過剰で使いこなせないのも事実です」
―私が買ったマイコンはNECのPC―8801という機種である。要はいまのPCと同じでキーボードを備えたタイプライターのようなものだ。マイコン用の言語(BASIC=ベイシック)といって初心者向け汎用記号命令体系の英文の略語。
“ピィーピィーピィー”机の上のカセット・テープ・レコーダが耳をつんざくような不快音を突然、発する。頭が痛くなってくる。胸が苦しく吐き気をもよおす。
「なんですの」と、るり子が夕食の後片付けの手を止め、台所から険悪な顔をのぞかせる。
「よく、わからないんだ」
「夜の十時だというのになにをやっているんですか。隣近所に迷惑がかかるでしょう。それでなくても、ちょっとした物音で文句が出るのに…」
るり子は階下の住人にはピリピリしていた。公団に住んでいたころのことで、「なにしているんじゃ!水が漏れているんじゃないか?ええ奥さん!」とランニングシャツにステテコ姿のおっさんが怒鳴り込んできた。原因は階上の家の洗濯機のホースがはずれていることだったが、菓子折り持参して謝罪して以来、階下の住人には神経を使っていた。
「外国人は日本の住宅はウサギ小屋のようだとその狭さを皮肉りますが、それ以上に防音、防水の欠陥を痛感しますね」
前島も集合住宅に住んでいた経験から真三の話に同情した。
「それもそうですが、戸建て住宅も経年劣化で壁や屋根瓦がいたんで、周囲の家にご迷惑がかかるのではないかと心配が消えませんね」
ママも日本の住宅の難しさを感じていたので、二人の話に割り込んできた。
「そうだな。高層マンションも建物の劣化が起こった時に協同組合や自治会では議論が白熱するのです。私の住んでいるマンションで玄関横のタイルがはがれ、修繕するかどうかで議論しました。なかなか意見がまとまらなかったのですが、誰かがそこにテープをはっておいたら、議論はそのうちに立ち消えになりました」
「マンションや団地も建て替えになると、困難を極めます」
「そうですわね。それぞれの家族や人生設計が異なりますから、まとまらないのが当然だと思うわ」
「被災地の方々が次のをどうするかというと、まとまって集合住宅へ移る人、故郷を離れる人、あるいは元の場所で再建する人に分かれますので、行政も大変だと聞きますね」
「だいたい住宅は賃貸がいいのか、分譲がいいのかという議論が繰り返しなされています」と、真三は問題提起した。
「それは日本人は所有欲が強いのとちがいますか。せめて家ぐらい自前のモノを持ちたいという願望が根強いように思いますね」
前島が日ごろ思っていることを述べた。
「日本ほど新築の住宅を販売している国は少ないようですね」
「だいたいアメリカ人のライフスタイルをみていますと、住宅のみならず、家具や調度品までレンタルしているようです」
「阪神淡路大震災の折に、マンションをローンで払っていた人は、二重の苦しみを味わったといいます」
「そうです。だから賃貸の人は助かったというわけです」
三人は日本の住宅についてお互い思っていることを述べ合った。
前島は「企業だって最近は本社ビルを賃貸しているところも増えているような気がします。事業を拡大したり縮小したりする時代ですから自社ビルを所有する時代は遅れているという人もいます。昔は信用力のシンボルのようなところもありましたが…」
「いまの若い人は家を含めてモノを持たない傾向にあるように、息子なんかをみていますと思いますね」
真三はつくづくそう思うのだった。
「だけどこれほど自然災害が多い国では建設会社は有望株なんでしょうね」
ママが証券投資先として感想をもらした。
「確かにそういうことで全国いたるところに建設会社があって、政権の集票マシンといわれるように公共事業の獲得にしのぎを削っています。時には談合を繰り返して利益確保に熱心です」
真三が解説しながら「需要という面を考えますと、葬儀屋が儲かると思っていましたが、どうもそうではないようですね」と話した。
「人は必ず死にますので需要はあるように思えます」
「ところが、人口減と大都市への人口集中、さらに送葬の儀の簡素化などにより、この業界も様変わりしているようです」
「そういえば、以前のように葬儀をする家も減っているようですね」