『決定的瞬間』という言葉は、私の恩師三木淳の創った語。同僚が、「面白いよ」と『決定的瞬間』（岩川隆著）という本を貸してくれた。著者もタイトルも恩師とは特別な関係はないが、『決定的瞬間』という言葉が、一般に受け入れられている、と嬉しく思った。

　内容は、アメリカの有名な報道写真家、デビット・ダグラス・ダンカン（以下Ｄ・Ｄ・ダンカン）が戦場を撮り続けた中で忘れ得ぬという作品を編んだ写真集を見てある頁で指が止まったことから始まる。

　フィリピンで、アメリカ軍陣地にノコノコとやってきた日本軍士官が自発的に米海兵隊爆撃機隊を誘導して、ジャングルの奥深くにある自身のかつての司令部や戦友たちを攻撃させている。機上で通訳を通して米海兵隊のパイロットに攻撃命令さえ下している。また彼が米側に砲床や基地の位置を説明しているときの、米軍大佐の彼へのさげすみの表情も写している。その士官が戦後どうしているかを追跡するというもので、一気に読んだ。

　指が止まったという写真集の名は『Yankee Nomad』、Ａ４判４８０ページの大作だ。私の手元には著者のＤ・Ｄ・ダンカンから贈られたものがある。確認すると、その出来事は終戦直前の8月7・8・9日。全力攻撃したという。

　出張で池袋での前泊、一人居酒屋。隣の席からの会話がいかにも戦友会の帰りらしかったので、「二冊の本から衝撃を受けた」と、話に割り込んだ。最後には、「よくぞ我らの話を聞いてくれた。嬉しかった」と奢って下さった。またあるとき、南方で従軍したという知り合いのお父上に写真集を見て頂いた。見入って、「上官に褒められたことがあって、上等な肉をもらったことがあってね～」。「‥でもあの頃はすでに食料補給は途絶えていた、あれは～、〇〇だったと思う」とほんの小声でつぶやいた。

　私のアルバムには、Ｄ・Ｄ・ダンカンからお褒めのスピーチを頂いている時の写真がある。恩師の三木淳からも。これは私の人生での『決定的瞬間』だと思っている。

伊藤　明德

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