ドラマは続く
府庁での配属は地方課である。府下の市町村の行政、財政の指導、監督が任務である。自分が選挙で敗れた村の指導とは皮肉だった。
地方課は衆議院、参議院の選挙ともなると、超多忙になる。地方課は総動員で手伝わされた。開票ともなると、新聞記者も加わり戦場と化かした。村長選の光景が浮かび片桐は胸を熱くした。
「公務員のように、減点主義の職場は適さない」
齊造は三年で府庁を辞めた。
兄の忠信が「片桐林産」の経営を引き継いでいた。齊造の方は、浪華相銀に再就職。六十六歳で父親の藤太郎が死去した。その時、齊造は三十九歳で浪華相銀の梅田支店長になっていた。
遺産相続について親族会議が開かれた。銀行マンになったのだから(遺産は要らん)と齊造は遠慮したが、結局は母親しづの提案により、兄弟三人の共同相続とした。杉の木が飛ぶように売れる時代だった。浪華相銀支店長の肩書より、片桐家の次男という方の信用力があった。
「片桐君、堺の活性炭の工場経営、君の兄さんに頼めんだろうか」
ある日、伯父の藤田万吉から不良債権をかかえて困っている活性炭工場の再建の相談を受けた。兄に電話すると、(やってみよう)と前向きなのである。
「片桐林産」の方も、どんどん手を広げていた。山林を担保に銀行六行から借りまくっていた。一時は二百町歩の山林を所有した。三重県の奥まで手を延ばした。一方、水の浄化に用いる活性炭工場の方も再建が順調に進み、従業員も倍の八〇名に達していた。
片桐は業務部長に昇進する。それでも週に一度、三人の兄弟は寄り合って林産と活性炭工場の経営について話し合っていた。
(厳しい助言をしたらよかったが、実際、そう時間もなかった。手形などは直接、タッチしていないと判らないものだ)
融資を受けている数行から、(どうもおかしい)という声も聞こえてきたが、どうすることもできない。
林産と活性炭の二社の経営が、結局、ごちゃまぜになっていた。(山林作業をしてもらっていたので人夫賃が要る)と言ったら、活性炭工場の方から人を回すという。逆のこともある。保証人の一人である齊造が浪華相銀の業務部長をしているので、金融機関も甘く見ていた。忠信はブローカーが持ち込んだ手形に裏書きをしたのである。その手形が不渡りとなり、暴力団の手に渡っていたのである。
銀行はこれ以上、資金を注ぎこめないという。ついに片桐林産が行き詰まり、続いて活性炭工場も倒産。忠信の妻、正子は倒産の前に、さっさと実家ににげかえってしまった。兄の忠信も千早村を飛び出した。
企業の倒産は人間の病気と同じだ。いつ死ぬかわからない。(しんどい)状態が続いている。会社も同じだ。ある日突然、これ以上負債ができなくなり不渡りに追い込まれ倒産する。
齊造は片桐林産が振り出した手形が不渡りになったと聞くと、藤田社長に辞表を提出するや、逆に千早村の実家に向かった。三百年余り続いた千早村の家を何としても守りたいとクルマを飛ばしたのである。債権者より一足先に着いた。
しばらくすると、騒々しい人の声が聞こえてきた。それはまるで地獄からの声のようであった。
「なるほど、そういうことだったのですか」
柳原は窓の外を見ると、日が沈み薄暗くなってきた。片桐の話は尽きそうもない。
「今日は、このへんで失礼します。今年もよろしくお願いします」
「いやー遅くなってしまったね。こちらこそよろしく」
片桐と長時間、話し込んだが、(この男は京都という土地でうまくやっていけるだろうか)と柳原は半信半疑だった。どうも悪運がつきまとっているような気がする。本人は(人生は闇夜ばかりではない)というが、闇夜ばかりを選らんでいるのではないか。そう運命づけられているのではないだろうか。地獄を目指してきたというが、地獄の糸に引っ張られたからではないのか。
柳原は自宅への帰り道、先ほどの片桐の話を反芻しながら、そんな思いを巡らしていた。東山の上に満月が見える。そうか、月も裏から見ると真っ黒なのだ。人間も一面だけ見ていると黒いが、反対の見方をすれば黄金に輝いているかも知れない。片桐も他人から見ると暗い人生だとしても、本人は逆に見えているかもしれない。(こうやるんだ)という思いを続けていると、いつかは今晩の月のように輝くのかもしれない。片桐は輝く月面が巡ってくることを暗示しているのだろうか。
「あの男は社長なんだから、そう動き回らずにもう少し、社長室にどんと腰をおちつけたらどうなんだろう」
烏丸通り三条角に最近、建てられたテナントビルの窓から交差点を見下ろしながら、西村大治郎は呟くのだった。西村は呉服問屋の老舗「千吉」の社長である。商売柄とはいえ、和服が実によく似合う。(京の顔とは、この人のふくよかな顔を指すのだろう)と、初めて西村に会った片桐はそう思った。
片桐は大株主と幹部社員の告訴にふみ切って三ケ月後、西村を三条室町の本社に訪ねた。神戸商大の一年先輩だと大学卒業生の名簿で見て知っていたので、落ち着いたら真っ先に行くことを決めていた。
トントンとドアがノックされると、るり子がお盆にお茶を入れて書斎に入ってきた。
「ちょっと、一服されたらどうですか」
「そうだな」
「ロシアがウクライナに侵攻しましたね」
「これは今世紀最悪の出来事になったようだね」
「それにしても、ロシアはオリンピックでドーピング問題を起こすなど、信用失墜ですね」
「ロシアとウクライナは同じ民族だから、それぞれの国民は複雑だろうね」
「韓国と北朝鮮のようなものですか」
「そうだろうよ」
「ウクライナの人々がポーランドやブルガリヤなど隣接の国に避難している姿を見ていると、本当に気の毒ですね」
「ロシアは世界からソッポ向かれているから、これからの国の運営は大変だと思うよ。さらに経済面で追い打ちをかけられ、終結後のロシアがどうなるのか、予断を許さないと思うよ」
「日本への影響も避けられませんね」
「すでにガソリンの値段が上がっている」
「インフレが襲ってくるといいますね」
「これからが心配だね。ところで今回のロシアの侵略について、友人からメールが届いた。読むかい…」
「ぜひ、見せてください」
―戦争の悲劇は人間の業
今の国際情勢を見ていると、これまでの世界大戦を忘れたのではないかと思ってしまう。世の為政者たちは「自分の息子を戦場に送ることができるのか」と胸に手を当ててもらいたい。世界の人々は誰も望んでいないはずだ。
ロシアがウクライナのNATO(北大西洋条約機構)入りの恐怖を覚えるのは、過去の歴史を振り返れば理解はできないこともない。ただ、仮に加わっても、NATOがロシアを脅かすと考えるのは、絶対的な安全を軍事面から求めた、ある種の欲望があるからだろう。ロシアで戦争反対のデモがあったことは救いである。ソ連時代には考えられなかった。
世界では他にも地域紛争が続いている。日本国内にも戦争オタク族のような人たちも少なくない。敵基地攻撃能力を持つべきだと、声高に発言している。撃たれる前に攻撃するというが、仮想敵国をどう定めて、どれほどの規模の防衛力を揃えなければならないかとか、核抑止をどう考えるかには言及しない、無責任な言論が目立ち始めている。
世界戦争は外交、つまり話し合いしか解決の道はない。もしできないということであれば、それは悲しい人間の業であろう。
いずれにせよ、西側の情報がほとんどだが、ようするになぜ、プーチンは戦争に踏み切り、核や化学兵器をちらかすのか、その真相がわからない。ウクライナの東側のロシア人を本当にいじめ、NATOの脅威をどの程度感じていたのがまるっきり伝わってこない。
「どのように決着するのですか」
■岡田 清治プロフィール
1942年生まれ ジャーナリスト
(編集プロダクション・NET108代表)
著書に『高野山開創千二百年 いっぱんさん行状記』『心の遺言』『あなたは社員の全能力を引き出せますか!』『リヨンで見た虹』など多数
※この物語に対する読者の方々のコメント、体験談を左記のFAXかメールでお寄せください。
今回は「就職」「日本のゆくえ」「結婚」「夫婦」「インド」「愛知県」についてです。物語が進行する中で織り込むことを試み、一緒に考えます。
FAX‥0569―34―7971
メール‥takamitsu@akai-shinbunten.net
・『新・現代家庭考』 就職133 ・私の出会った作品71 ・この指とまれ314 ・長澤晶子のSPEED★COOKING!
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府庁での配属は地方課である。府下の市町村の行政、財政の指導、監督が任務である。自分が選挙で敗れた村の指導とは皮肉だった。
地方課は衆議院、参議院の選挙ともなると、超多忙になる。地方課は総動員で手伝わされた。開票ともなると、新聞記者も加わり戦場と化かした。村長選の光景が浮かび片桐は胸を熱くした。
「公務員のように、減点主義の職場は適さない」
齊造は三年で府庁を辞めた。
兄の忠信が「片桐林産」の経営を引き継いでいた。齊造の方は、浪華相銀に再就職。六十六歳で父親の藤太郎が死去した。その時、齊造は三十九歳で浪華相銀の梅田支店長になっていた。
遺産相続について親族会議が開かれた。銀行マンになったのだから(遺産は要らん)と齊造は遠慮したが、結局は母親しづの提案により、兄弟三人の共同相続とした。杉の木が飛ぶように売れる時代だった。浪華相銀支店長の肩書より、片桐家の次男という方の信用力があった。
「片桐君、堺の活性炭の工場経営、君の兄さんに頼めんだろうか」
ある日、伯父の藤田万吉から不良債権をかかえて困っている活性炭工場の再建の相談を受けた。兄に電話すると、(やってみよう)と前向きなのである。
「片桐林産」の方も、どんどん手を広げていた。山林を担保に銀行六行から借りまくっていた。一時は二百町歩の山林を所有した。三重県の奥まで手を延ばした。一方、水の浄化に用いる活性炭工場の方も再建が順調に進み、従業員も倍の八〇名に達していた。
片桐は業務部長に昇進する。それでも週に一度、三人の兄弟は寄り合って林産と活性炭工場の経営について話し合っていた。
(厳しい助言をしたらよかったが、実際、そう時間もなかった。手形などは直接、タッチしていないと判らないものだ)
融資を受けている数行から、(どうもおかしい)という声も聞こえてきたが、どうすることもできない。
林産と活性炭の二社の経営が、結局、ごちゃまぜになっていた。(山林作業をしてもらっていたので人夫賃が要る)と言ったら、活性炭工場の方から人を回すという。逆のこともある。保証人の一人である齊造が浪華相銀の業務部長をしているので、金融機関も甘く見ていた。忠信はブローカーが持ち込んだ手形に裏書きをしたのである。その手形が不渡りとなり、暴力団の手に渡っていたのである。
銀行はこれ以上、資金を注ぎこめないという。ついに片桐林産が行き詰まり、続いて活性炭工場も倒産。忠信の妻、正子は倒産の前に、さっさと実家ににげかえってしまった。兄の忠信も千早村を飛び出した。
企業の倒産は人間の病気と同じだ。いつ死ぬかわからない。(しんどい)状態が続いている。会社も同じだ。ある日突然、これ以上負債ができなくなり不渡りに追い込まれ倒産する。
齊造は片桐林産が振り出した手形が不渡りになったと聞くと、藤田社長に辞表を提出するや、逆に千早村の実家に向かった。三百年余り続いた千早村の家を何としても守りたいとクルマを飛ばしたのである。債権者より一足先に着いた。
しばらくすると、騒々しい人の声が聞こえてきた。それはまるで地獄からの声のようであった。
「なるほど、そういうことだったのですか」
柳原は窓の外を見ると、日が沈み薄暗くなってきた。片桐の話は尽きそうもない。
「今日は、このへんで失礼します。今年もよろしくお願いします」
「いやー遅くなってしまったね。こちらこそよろしく」
片桐と長時間、話し込んだが、(この男は京都という土地でうまくやっていけるだろうか)と柳原は半信半疑だった。どうも悪運がつきまとっているような気がする。本人は(人生は闇夜ばかりではない)というが、闇夜ばかりを選らんでいるのではないか。そう運命づけられているのではないだろうか。地獄を目指してきたというが、地獄の糸に引っ張られたからではないのか。
柳原は自宅への帰り道、先ほどの片桐の話を反芻しながら、そんな思いを巡らしていた。東山の上に満月が見える。そうか、月も裏から見ると真っ黒なのだ。人間も一面だけ見ていると黒いが、反対の見方をすれば黄金に輝いているかも知れない。片桐も他人から見ると暗い人生だとしても、本人は逆に見えているかもしれない。(こうやるんだ)という思いを続けていると、いつかは今晩の月のように輝くのかもしれない。片桐は輝く月面が巡ってくることを暗示しているのだろうか。
「あの男は社長なんだから、そう動き回らずにもう少し、社長室にどんと腰をおちつけたらどうなんだろう」
烏丸通り三条角に最近、建てられたテナントビルの窓から交差点を見下ろしながら、西村大治郎は呟くのだった。西村は呉服問屋の老舗「千吉」の社長である。商売柄とはいえ、和服が実によく似合う。(京の顔とは、この人のふくよかな顔を指すのだろう)と、初めて西村に会った片桐はそう思った。
片桐は大株主と幹部社員の告訴にふみ切って三ケ月後、西村を三条室町の本社に訪ねた。神戸商大の一年先輩だと大学卒業生の名簿で見て知っていたので、落ち着いたら真っ先に行くことを決めていた。
トントンとドアがノックされると、るり子がお盆にお茶を入れて書斎に入ってきた。
「ちょっと、一服されたらどうですか」
「そうだな」
「ロシアがウクライナに侵攻しましたね」
「これは今世紀最悪の出来事になったようだね」
「それにしても、ロシアはオリンピックでドーピング問題を起こすなど、信用失墜ですね」
「ロシアとウクライナは同じ民族だから、それぞれの国民は複雑だろうね」
「韓国と北朝鮮のようなものですか」
「そうだろうよ」
「ウクライナの人々がポーランドやブルガリヤなど隣接の国に避難している姿を見ていると、本当に気の毒ですね」
「ロシアは世界からソッポ向かれているから、これからの国の運営は大変だと思うよ。さらに経済面で追い打ちをかけられ、終結後のロシアがどうなるのか、予断を許さないと思うよ」
「日本への影響も避けられませんね」
「すでにガソリンの値段が上がっている」
「インフレが襲ってくるといいますね」
「これからが心配だね。ところで今回のロシアの侵略について、友人からメールが届いた。読むかい…」
「ぜひ、見せてください」
―戦争の悲劇は人間の業
今の国際情勢を見ていると、これまでの世界大戦を忘れたのではないかと思ってしまう。世の為政者たちは「自分の息子を戦場に送ることができるのか」と胸に手を当ててもらいたい。世界の人々は誰も望んでいないはずだ。
ロシアがウクライナのNATO(北大西洋条約機構)入りの恐怖を覚えるのは、過去の歴史を振り返れば理解はできないこともない。ただ、仮に加わっても、NATOがロシアを脅かすと考えるのは、絶対的な安全を軍事面から求めた、ある種の欲望があるからだろう。ロシアで戦争反対のデモがあったことは救いである。ソ連時代には考えられなかった。
世界では他にも地域紛争が続いている。日本国内にも戦争オタク族のような人たちも少なくない。敵基地攻撃能力を持つべきだと、声高に発言している。撃たれる前に攻撃するというが、仮想敵国をどう定めて、どれほどの規模の防衛力を揃えなければならないかとか、核抑止をどう考えるかには言及しない、無責任な言論が目立ち始めている。
世界戦争は外交、つまり話し合いしか解決の道はない。もしできないということであれば、それは悲しい人間の業であろう。
いずれにせよ、西側の情報がほとんどだが、ようするになぜ、プーチンは戦争に踏み切り、核や化学兵器をちらかすのか、その真相がわからない。ウクライナの東側のロシア人を本当にいじめ、NATOの脅威をどの程度感じていたのがまるっきり伝わってこない。
「どのように決着するのですか」