私は、先回(昨年の10、11、12月号)、この欄で、「音吉の聖書物語」として、音吉が挫折する中、自らの生き方の菩薩道を聖書の隣人愛に見いだし、人間として自らを陶冶させていく哲学物語を書きましたが、今回(4、5、6月号)は、その菩薩道を仏教に刻み込んだ融通念仏宗の宗祖、良忍上人の思想を書くことにします。

 菩薩道は仏教の思想で、仏教の宗祖はお釈迦様ですので、菩薩道はお釈迦様が起こされた思想ではないかと言われると、その通りで、お釈迦様の思想です。しかしそれを宗派の思想として、融通念仏宗に刻み込んだのが良忍上人ということなのです。

 仏教にはいろいろな宗派がありますが、宗派として取り入れなかったら、同じ仏教でも形が違ってきます。日本には宗派が13ありますが、理由はそのためです。

 しかしこの菩薩道はどの宗派も取り入れていますので、逆に、お釈迦様(仏教)にとって大事な思想であったことが分かりますが、同時に、最初の宗派仏教としての融通念仏宗が、この菩薩道を自らの思想として、自らに刻み込んだのも大きかったと思います。思想は影響し合いますので。

 良忍上人は東海市の出身です。このことについては後で詳しく書きます。彼が叡山で修行した時代は、源信が『往生要集』を著わした後で、「仏教の密教化」の気概にあふれていた時代と言われています。ちなみに源信は(942~1017)、良忍は(1072~1132)、法然は(1133~1212)です。

 日本に伝来した仏教は北伝で、竜樹らによってつくり出された大乗仏教ですが、その大乗仏教は、単に釈迦の教え(仏教)を学び伝えるだけでなく、その思想において人々が自らを救っていける仏教になる道、つまり坊さんが菩薩になるだけでなく、人々にも菩薩になってもらい、ともに苦しみのない国(仏国土)を築いていく仏教になる道、この道を模索していたのでした。これが燃えていた理由です。「仏教の密教化」とは、この生みの希望に燃えた仏教を言うための専門用語と理解してください。

 良忍上人はこういう仏教を求めて叡山に向かったのですから、当然厳しい勉強(修行)をしました。「令法久住」の精神で勉強しました。令法久住とは「法を久住せしめよ」と訓読しますが、意味はお釈迦様だったらどんな仏教をおつくりになられるかという意味です。法はお釈迦様の教え、久住はその教えを末長く生かしていくという意味ですので。

 彼は勉強(修行)中に、書写した経典の何冊にも「為令法久住」(令法久住のために)と落書しています。これが彼がお釈迦様の仏教を求めた証拠です。しかしその道は遠く、苦慮します。その時阿弥陀如来が夢に現れて、「大乗善根」に則った、つまり在家の人々の善根に依拠し、在家の人々が幸せを自ら実現していける仏法を起こせばいいのですよと言われたのでした。そして阿弥陀如来は更に次のようにも言いました。

 『私が目指す仏国土は、自分だけの幸せでなく、みんなで幸せを願うことによって実現できるのです。私の仏国土はそういうみんなが幸せになる国土ですので。みんなの善根を信じ頑張りなさいと。』

良忍上人はこの夢告を受けて、融通念仏宗を起こされたのでした。それゆえ、融通念仏宗は以下の文言を融通念仏文として唱えることからはじめます。

 一人一切人、一切人一人、一行一切行、一切行一行、是名他力往生、十界一念、

 融通念仏、億百万遍、功徳円満。

意味は次のようになります。

 

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 私は、先回(昨年の10、11、12月号)、この欄で、「音吉の聖書物語」として、音吉が挫折する中、自らの生き方の菩薩道を聖書の隣人愛に見いだし、人間として自らを陶冶させていく哲学物語を書きましたが、今回(4、5、6月号)は、その菩薩道を仏教に刻み込んだ融通念仏宗の宗祖、良忍上人の思想を書くことにします。

 菩薩道は仏教の思想で、仏教の宗祖はお釈迦様ですので、菩薩道はお釈迦様が起こされた思想ではないかと言われると、その通りで、お釈迦様の思想です。しかしそれを宗派の思想として、融通念仏宗に刻み込んだのが良忍上人ということなのです。

 仏教にはいろいろな宗派がありますが、宗派として取り入れなかったら、同じ仏教でも形が違ってきます。日本には宗派が13ありますが、理由はそのためです。

 しかしこの菩薩道はどの宗派も取り入れていますので、逆に、お釈迦様(仏教)にとって大事な思想であったことが分かりますが、同時に、最初の宗派仏教としての融通念仏宗が、この菩薩道を自らの思想として、自らに刻み込んだのも大きかったと思います。思想は影響し合いますので。

 良忍上人は東海市の出身です。このことについては後で詳しく書きます。彼が叡山で修行した時代は、源信が『往生要集』を著わした後で、「仏教の密教化」の気概にあふれていた時代と言われています。ちなみに源信は(942~1017)、良忍は(1072~1132)、法然は(1133~1212)です。

 日本に伝来した仏教は北伝で、竜樹らによってつくり出された大乗仏教ですが、その大乗仏教は、単に釈迦の教え(仏教)を学び伝えるだけでなく、その思想において人々が自らを救っていける仏教になる道、つまり坊さんが菩薩になるだけでなく、人々にも菩薩になってもらい、ともに苦しみのない国(仏国土)を築いていく仏教になる道、この道を模索していたのでした。これが燃えていた理由です。「仏教の密教化」とは、この生みの希望に燃えた仏教を言うための専門用語と理解してください。

 良忍上人はこういう仏教を求めて叡山に向かったのですから、当然厳しい勉強(修行)をしました。「令法久住」の精神で勉強しました。令法久住とは「法を久住せしめよ」と訓読しますが、意味はお釈迦様だったらどんな仏教をおつくりになられるかという意味です。法はお釈迦様の教え、久住はその教えを末長く生かしていくという意味ですので。

 彼は勉強(修行)中に、書写した経典の何冊にも「為令法久住」(令法久住のために)と落書しています。これが彼がお釈迦様の仏教を求めた証拠です。しかしその道は遠く、苦慮します。その時阿弥陀如来が夢に現れて、「大乗善根」に則った、つまり在家の人々の善根に依拠し、在家の人々が幸せを自ら実現していける仏法を起こせばいいのですよと言われたのでした。そして阿弥陀如来は更に次のようにも言いました。

 『私が目指す仏国土は、自分だけの幸せでなく、みんなで幸せを願うことによって実現できるのです。私の仏国土はそういうみんなが幸せになる国土ですので。みんなの善根を信じ頑張りなさいと。』

良忍上人はこの夢告を受けて、融通念仏宗を起こされたのでした。それゆえ、融通念仏宗は以下の文言を融通念仏文として唱えることからはじめます。

 一人一切人、一切人一人、一行一切行、一切行一行、是名他力往生、十界一念、

 融通念仏、億百万遍、功徳円満。

意味は次のようになります。