ドラマは続く

 帰る当てのない兵隊たちと一緒に伊丹で開墾しながら時を過ごした。妻の正子はなかなかの社交家でGHQの幹部に取り入り夫に仕事を回してもらっていた。しかし、自動車隊の連中は地方出身者が多く、世の中が落ち着いてくると、それぞれの出身地に帰っていった。一人だけになった忠信もついに千早村に引き上げる決心をした。

「齊造、役場からお前を寄こしてほしいと頼まれた」

 父親の藤太郎は毎日、ぶらぶらしている齊造を見かねたのか、役場に勤めることをすすめた。村長が交代し、新村長を藤太郎が支持したこともあって、息子に協力させる約束をしていたのだ。

 役場に出て一週間目に収入役となる。公職追放令で、役場の大半の幹部が辞めていたことと、大学出が評価された。ただ、公金を扱うのに独身で大丈夫かと村議会で問われた。一年後には助役に昇進する。弱冠二六歳である。

 旧幕時代から明治五年まで、村政は庄屋(年寄)が取り仕切った。この年四月、戸長、副戸長制が設けられ、明治二十一年市町村制が公布。千早村の初代村長に尾花哲平が選出され、以来昭和二十一年に新しい選挙法が施行されるまで村議会で村長を決めていた。大正三年から昭和三十年九月まで長期にわたり在職していた杉田蜜治に代わって、藤太郎ら村の有力者が道田保を推薦、村長に就くが、一期三年で自発的に辞めた。

「齊造、お前、村長になれ」

 役場から帰宅した齊造に父親の藤太郎は命じた。齊造は村の有力者である父親が応援するというし、助役に就いているから村長になっても不自然なことはあるまいと、村長選に出馬しようと決断した。それにはまず、結婚しないと社会的信用が得られず、不利だろうと考え、齊造は結婚を急いだ。

 藤太郎も息子に頼まれて嫁探しに乗り出した。齊造は自らも探そうと、女子中学校の卒業生には適齢期の女性がたくさんいるのではないかと、紹介者も介さず校長を訪ねた。学校の守衛は新任の先生かと思ったのか、片桐を校長室に案内した。初めて会う女子中の校長に事情を話し、嫁の世話を頼んだ。

「ちょうどよい女性がいますよ。わしの住んでいる橋本の医者の娘なんだが…」

 見合い結婚だから、本人同士より両親が意気投合すれば早い。藤太郎もしずも気に入った。話はとんとん拍子で進んで、富田林市内の旅館で式を挙げた。モノのない時代だから結婚式といっても、親類みんなが食べ物を持参して祝った。

「将来は政治家になるつもりや」

 二人きりになったとき、齊造は熱っぽく自分の進路について新妻の澤子に聞かせた。

 いつしか千早村の家には、両親、兄夫婦、そして新婚ほやほやの齊造夫婦と三組が同居した。初めのうちは、なんとかやっていたが、ものの三ケ月も経つと精神的にまいってきた。二組の夫婦でも難しいと言われるのに、三組ともなると、どうしようにもならなくなった。忠信や齊造はこの家が生家だからまだしも、それぞれの嫁、母親ら女性の方から毎日のように苦情を聞かされる。

「儂はこの家を出る。一度は齊造にこの家を継いでもらうと言ったのだから、そうしたい」

 兄、忠信の決意は固いと、父親の藤太郎は判断、忠信の申し入れを受け入れた。忠信は一時、妻正子の実家に身を寄せることになった。

 千早村の山道をジープが走る。荷台に白いタスキをかけた男が立って手を振る。片桐齊造である。昭和二十三年の夏、千早村長選が始まった。対抗馬は農協の専務理事の鎌谷勇治だと知って、二十九歳の齊造は出馬を取り止めたいと父親の藤太郎に願い出た。鎌谷は五十歳で村の有力者の一人だったからだ。

「男が一旦、決断したからには最後までやり通せ」

 齊造の頼みは聞き入れられない。藤太郎は農協時代の鎌谷をよく思っていないらしく、この選挙でかつての恨みを返そうとしていた。齊造が出馬を取り止めようなら、鉄砲で後ろから殺られると思うほどの気迫が藤太郎にはこもっている。父親の目を見ていると、勝てるような気がしてくるから不思議だ。

「やるしかない」

 齊造は兄の忠信がGHQから調達してきたジープに乗って金剛山の麓の千早村をかけ回っていた。

 選挙も終盤を迎えたある日の夕方、奥千早に遊説に出かけた。ここは鎌谷候補の地盤である。奥千早には高野豆腐で知られる天然凍豆腐業者が百軒近く集まっていた。高野山でなぜ凍豆腐が発達したのか、よく解っていない。『千早赤阪村誌』によると、古来から豊富な森林資源と美しい水と冬期の余剰労働力、そして大阪、堺の広大な消費地に近いという副次的条件に恵まれたからだとしている。

 そういう土地だから片桐は怒号の中で約十分間、自分の考えを主張した。演題を離れる片桐の背に再びヤジが乱れ飛んだ。二十九歳の青年助役の演説はきれいごと過ぎた。

 その夜、片桐の家の前の田んぼで小作人として働いている小杉弥吉という男が片桐の自宅にやってきた。

「だんな、奥千早の連中は十万円で買収に応じるということですが…」

 確かな情報だという。齊造の支持者が集まっている座敷に伝わる。みんなの目は弥吉に向けられた。

 真三はここまで読んだとき、るり子がお盆にお茶と和菓子をのせて部屋に入ってきた。

「一服されてはどうですか」

「そうだな。おいしそうな和菓子だな」

「これ、京都の老松という老舗の和菓子で、とっても上品な味で以前から好きだったんです。友人が送ってくれたのです」

「そうか、では一ついただかこうか」

「どうぞ、召し上がってください」

「それにしてもオミクロンですか、ものすごい感染力ですね」

「そうだな。それでも欧米と比べたら桁違いに日本は少ないね。オミクロンは重症化しないということだったが、感染数が増え、高齢者に拡散していくので増えているよな」

「政府は万延防止措置をとったのですね。“かっぱ”の女将さんも困っておられるでしょうね」

「そうだな。あそこは少人数でやっているから、なんとか切り抜けているように思う。これまでも、敗けるものかの意気込みでやってきたから…」

「当分、集まれませんね」

「三人だったら大丈夫だと思うが、今回は見送った方がよさそうだね」

「それにしてもワクチン接種券が遅いですね」

「感染がピークアウトしてから届くのではないか…」

「ファイザー製のワクチンの人気があって、そのほかのワクチンの人気がないのですね」

「そのようだね。政府はモデルナでも副反応はほとんどないというが、国民も政府の言うことを信じていないのだな」

「政治は信なくば、立たずといいますから、苦しいでしょうね」

「ぼくはこれが続くと、日本は敗戦後とは違った傷跡を見ることになるのを心配している」

「どうなるのですか」

「よくわからないが、いろいろな仕組みが大きく変化するように思える。通信手段だって様変わりしてしまう。そのため人々の行動がデジタル社会に合わさなければ生きていけない。それは静かな革命のようなものだ」

「わたしなんか、スマートフォンもろくに操作できない人間にとっては嫌な世の中になりますね」

「そうだね。買い物一つできなくなる。いまだってインターネットでしか買えないものも少なくない。新聞やラジオ、テレビそして映画館なども激変するだろう。例えば、映画などアプリを使えばいつでも、どこでも観られるというのだ」

「老人は消えろと言われているようなものですね」

「老人だって格差が生じるだろう。便利な一面、やっかいなことになる」

「科学技術の発展はいつの時代も変えていきます」

「今回の変化は、見えない革命だ」

 

■岡田 清治プロフィール

1942年生まれ ジャーナリスト

(編集プロダクション・NET108代表)

著書に『高野山開創千二百年 いっぱんさん行状記』『心の遺言』『あなたは社員の全能力を引き出せますか!』『リヨンで見た虹』など多数

※この物語に対する読者の方々のコメント、体験談を左記のFAXかメールでお寄せください。

今回は「就職」「日本のゆくえ」「結婚」「夫婦」「インド」「愛知県」についてです。物語が進行する中で織り込むことを試み、一緒に考えます。

FAX‥0569―34―7971

メール‥takamitsu@akai-shinbunten.net

 

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ドラマは続く

 帰る当てのない兵隊たちと一緒に伊丹で開墾しながら時を過ごした。妻の正子はなかなかの社交家でGHQの幹部に取り入り夫に仕事を回してもらっていた。しかし、自動車隊の連中は地方出身者が多く、世の中が落ち着いてくると、それぞれの出身地に帰っていった。一人だけになった忠信もついに千早村に引き上げる決心をした。

「齊造、役場からお前を寄こしてほしいと頼まれた」

 父親の藤太郎は毎日、ぶらぶらしている齊造を見かねたのか、役場に勤めることをすすめた。村長が交代し、新村長を藤太郎が支持したこともあって、息子に協力させる約束をしていたのだ。

 役場に出て一週間目に収入役となる。公職追放令で、役場の大半の幹部が辞めていたことと、大学出が評価された。ただ、公金を扱うのに独身で大丈夫かと村議会で問われた。一年後には助役に昇進する。弱冠二六歳である。

 旧幕時代から明治五年まで、村政は庄屋(年寄)が取り仕切った。この年四月、戸長、副戸長制が設けられ、明治二十一年市町村制が公布。千早村の初代村長に尾花哲平が選出され、以来昭和二十一年に新しい選挙法が施行されるまで村議会で村長を決めていた。大正三年から昭和三十年九月まで長期にわたり在職していた杉田蜜治に代わって、藤太郎ら村の有力者が道田保を推薦、村長に就くが、一期三年で自発的に辞めた。

「齊造、お前、村長になれ」

 役場から帰宅した齊造に父親の藤太郎は命じた。齊造は村の有力者である父親が応援するというし、助役に就いているから村長になっても不自然なことはあるまいと、村長選に出馬しようと決断した。それにはまず、結婚しないと社会的信用が得られず、不利だろうと考え、齊造は結婚を急いだ。

 藤太郎も息子に頼まれて嫁探しに乗り出した。齊造は自らも探そうと、女子中学校の卒業生には適齢期の女性がたくさんいるのではないかと、紹介者も介さず校長を訪ねた。学校の守衛は新任の先生かと思ったのか、片桐を校長室に案内した。初めて会う女子中の校長に事情を話し、嫁の世話を頼んだ。

「ちょうどよい女性がいますよ。わしの住んでいる橋本の医者の娘なんだが…」

 見合い結婚だから、本人同士より両親が意気投合すれば早い。藤太郎もしずも気に入った。話はとんとん拍子で進んで、富田林市内の旅館で式を挙げた。モノのない時代だから結婚式といっても、親類みんなが食べ物を持参して祝った。

「将来は政治家になるつもりや」

 二人きりになったとき、齊造は熱っぽく自分の進路について新妻の澤子に聞かせた。

 いつしか千早村の家には、両親、兄夫婦、そして新婚ほやほやの齊造夫婦と三組が同居した。初めのうちは、なんとかやっていたが、ものの三ケ月も経つと精神的にまいってきた。二組の夫婦でも難しいと言われるのに、三組ともなると、どうしようにもならなくなった。忠信や齊造はこの家が生家だからまだしも、それぞれの嫁、母親ら女性の方から毎日のように苦情を聞かされる。

「儂はこの家を出る。一度は齊造にこの家を継いでもらうと言ったのだから、そうしたい」

 兄、忠信の決意は固いと、父親の藤太郎は判断、忠信の申し入れを受け入れた。忠信は一時、妻正子の実家に身を寄せることになった。

 千早村の山道をジープが走る。荷台に白いタスキをかけた男が立って手を振る。片桐齊造である。昭和二十三年の夏、千早村長選が始まった。対抗馬は農協の専務理事の鎌谷勇治だと知って、二十九歳の齊造は出馬を取り止めたいと父親の藤太郎に願い出た。鎌谷は五十歳で村の有力者の一人だったからだ。

「男が一旦、決断したからには最後までやり通せ」

 齊造の頼みは聞き入れられない。藤太郎は農協時代の鎌谷をよく思っていないらしく、この選挙でかつての恨みを返そうとしていた。齊造が出馬を取り止めようなら、鉄砲で後ろから殺られると思うほどの気迫が藤太郎にはこもっている。父親の目を見ていると、勝てるような気がしてくるから不思議だ。

「やるしかない」

 齊造は兄の忠信がGHQから調達してきたジープに乗って金剛山の麓の千早村をかけ回っていた。

 選挙も終盤を迎えたある日の夕方、奥千早に遊説に出かけた。ここは鎌谷候補の地盤である。奥千早には高野豆腐で知られる天然凍豆腐業者が百軒近く集まっていた。高野山でなぜ凍豆腐が発達したのか、よく解っていない。『千早赤阪村誌』によると、古来から豊富な森林資源と美しい水と冬期の余剰労働力、そして大阪、堺の広大な消費地に近いという副次的条件に恵まれたからだとしている。

 そういう土地だから片桐は怒号の中で約十分間、自分の考えを主張した。演題を離れる片桐の背に再びヤジが乱れ飛んだ。二十九歳の青年助役の演説はきれいごと過ぎた。

 その夜、片桐の家の前の田んぼで小作人として働いている小杉弥吉という男が片桐の自宅にやってきた。

「だんな、奥千早の連中は十万円で買収に応じるということですが…」

 確かな情報だという。齊造の支持者が集まっている座敷に伝わる。みんなの目は弥吉に向けられた。

 真三はここまで読んだとき、るり子がお盆にお茶と和菓子をのせて部屋に入ってきた。

「一服されてはどうですか」

「そうだな。おいしそうな和菓子だな」

「これ、京都の老松という老舗の和菓子で、とっても上品な味で以前から好きだったんです。友人が送ってくれたのです」

「そうか、では一ついただかこうか」

「どうぞ、召し上がってください」

「それにしてもオミクロンですか、ものすごい感染力ですね」

「そうだな。それでも欧米と比べたら桁違いに日本は少ないね。オミクロンは重症化しないということだったが、感染数が増え、高齢者に拡散していくので増えているよな」

「政府は万延防止措置をとったのですね。“かっぱ”の女将さんも困っておられるでしょうね」

「そうだな。あそこは少人数でやっているから、なんとか切り抜けているように思う。これまでも、敗けるものかの意気込みでやってきたから…」

「当分、集まれませんね」

「三人だったら大丈夫だと思うが、今回は見送った方がよさそうだね」

「それにしてもワクチン接種券が遅いですね」

「感染がピークアウトしてから届くのではないか…」

「ファイザー製のワクチンの人気があって、そのほかのワクチンの人気がないのですね」

「そのようだね。政府はモデルナでも副反応はほとんどないというが、国民も政府の言うことを信じていないのだな」

「政治は信なくば、立たずといいますから、苦しいでしょうね」

「ぼくはこれが続くと、日本は敗戦後とは違った傷跡を見ることになるのを心配している」

「どうなるのですか」

「よくわからないが、いろいろな仕組みが大きく変化するように思える。通信手段だって様変わりしてしまう。そのため人々の行動がデジタル社会に合わさなければ生きていけない。それは静かな革命のようなものだ」

「わたしなんか、スマートフォンもろくに操作できない人間にとっては嫌な世の中になりますね」

「そうだね。買い物一つできなくなる。いまだってインターネットでしか買えないものも少なくない。新聞やラジオ、テレビそして映画館なども激変するだろう。例えば、映画などアプリを使えばいつでも、どこでも観られるというのだ」

「老人は消えろと言われているようなものですね」

「老人だって格差が生じるだろう。便利な一面、やっかいなことになる」

「科学技術の発展はいつの時代も変えていきます」

「今回の変化は、見えない革命だ」