■杉本武之プロフィール

1939年 碧南市に生まれる。

京都大学文学部卒業。

翻訳業を経て、小学校教師になるために愛知教育大学に入学。

25年間、西尾市の小中学校に勤務。

定年退職後、名古屋大学教育学部の大学院で学ぶ。

〈趣味〉読書と競馬

 

【51】日本文学(その3)

◎良寛の漢詩②

 前回に続いて、良寛さんの漢詩を私が七・七調で訳したものを紹介します

 

(6)「円通寺の修行」

 私訳「円通寺での 厳しい修行を/もう何年も 続けています/着物の垢は 自分で洗い/食が尽きれば 乞食します/お寺の前は 賑やかだけど/親しい人は 誰もいません/高僧伝に 書いてあります/清貧こそが 僧の生き方」

 訓読「円通寺に来たりてより 幾度か冬春を経たる/ 衣、垢づけば自ら濯ひ 食、尽くれば城闉に出づ/門前千家の邑 更に一人も知らず/曾て高僧の伝を読むに 僧は清貧に可なる可し」

 (私の感想)良寛さんは、安永8年(1779)、22歳の時、故郷の越後(新潟県)を後にして、国仙和尚に随行して備中玉島(岡山県倉敷市玉島)の曹洞宗・円通寺に赴きました。円通寺は厳しい修行で有名でした。良寛さんは、誰一人として知る者もいない異郷の寺で修行に邁進しました。

 良寛さんは、清貧こそが修行僧の生き方であり、自分の手で衣服を洗ったり、食べ物を求めて街に托鉢に出掛けるのは当たり前のことだ、と自らを励ましています。

 良寛さんは、円通寺での修行時代を、自らの原点だと考えていました。僧としての出発点を力強く宣言するために、良寛さんは、自分で編集した詩集『草堂集貫華』の冒頭に、この円通寺の詩を選んで載せました。

 良寛さんは、この初心を忘れることなく、一生を清貧に生きました。

 

(7)「竹を愛す」

 私訳「わしの家には 竹林が有り/数千本が 涼しく茂っている/まわりの道に 竹の子が生え/梢は斜めに 天まで伸びている/霜に打たれて 強靭になり/霧がかかれば 幽玄そのもの/丈夫な松の 仲間であって/可憐な桃花に 比してはならぬ/幹は素直で 節度も見られ/心は空虚で 根は堅く張っている/節操を守る お前が好きだ/その本質を 変えないでくれ」

 訓読「余が家に竹林有り 冷冷数千干/笋は迸でて全て路を遮り 梢は高くして斜めに天を払ふ/霜を経てますます精神あり 烟を隔ててうたた幽間なり/宜しく松柏の列に在るべし なんぞ桃李の妍に比せんや/竿は直くして節はいよいよ高く 心は虚しくして根はいよいよ堅し/ 多とす、爾が貞清の質 千秋希はくは遷ること莫なきを」

 (私の感想)良寛さんは竹を愛していました。楚の詩人・屈原は、自らを橘に譬えて、自分の志を「橘頌」に詠い上げました。屈原を尊敬していた良寛さんは、自らを竹に譬えて、大地にしっかり根を張り、まっすぐに天に伸びる竹に自分の志を託しています。

 良寛さんは、素直、節度、高邁、無心、堅固、貞清を保っている竹を愛していたのです。

 

(8)「うれしい接待」

 私訳「歩き回って 足を止めると/小川の側に 農家があった/秋の夕空 きれいに晴れて/雀の群れが 林で飛んでた/家の主が 畑から戻り/わしを見るなり 旧友扱い/息子を呼んで 濁酒を注がせ/唐黍蒸して 出してもくれた/『こんな食事で 構わねえなら/いつでも来てくれ 良寛さまよ』」

 訓読「行き行きて田舎に到る 田舎、秋水の垂/寒天、晩に向かって霽れ 鳥雀、林を遶つて飛ぶ/老農ここに帰来し 我を見ること旧知のごとし/児を呼んで濁酒を酌くましめ 黍を蒸して更にこれを勧む/師よ淡薄を厭はざれば しばしば茲に茅茨を訪へと」

 (私の感想)秋の夕暮れ、托鉢で歩き回った良寛さんは、小川のほとりにやって来ました。そこに一軒の農家がありました。年老いた農夫が帰って来て、良寛さんを見つけると、まるで昔馴染みのように歓待しました。

 息子を呼んで、濁酒のお酌をさせるし、食事まで出してくれました。この心優しい農夫は、別れる時に「良寛さま、こんな粗末なもてなしでよかったら、いつでもわしの家に寄って下さいよ」と言いました。

 良寛さんの喜びが満ちあふれており、私の大好きな詩の一つです。

 

(9)「乙女の想い」

 私訳「あたしの家は 大川のほとり/岸一面に 草が萌え出す/あたしは毎日 あなたを想う/あなたは旅から いつ戻るのか/川辺で摘んだ このカキツバタ/あなたのもとに すぐ送りたい/山は重々 川は悠々/愛する人は どこにいるやら/草を手に持ち ため息つくと/涙が流れて 衣を濡らす」

 訓読「妾が家は長州の傍らに在り 長州の芳草、春まさに肥ゆ/日々これに対して遠人を憶ふ 遠人を憶ふ、いずれの時にか期せん/いささか杜若を摘んで靡蕪に雑へ 駅使に付してこれを送らんと欲す/山は蔟々、水は悠々 君の行、まことに知り難し/手に芳草を持ち、空しく沈吟すれば 流涕、漣々として羅衣を霑す」

 (私の感想)良寛さんは、中国最古の詩集『詩経』などの素朴な詩を愛していました。この詩は、中国の古い詩を読んで創作意欲を刺激され、古詩の詩句を多用して作られた可憐な詩です。若い乙女が、旅に出て帰らない恋人を想っています。年老いた良寛さんは、若い乙女になりきっています。良寛さんは、若くて温かい心の持ち主だったのです。

 

(10)「秋の夕暮れ」

 私訳「まことに寂しく 秋風が吹く/門から出ると 夕陽が沈む/遠い村が かすんで見える/橋の辺りを 歩く人影/鴉の群れは 古木に集まり/雁は飛んで 南へ渡る/僧衣の私は ただじっとして/日暮れの川を 立って見ている」

 訓読「秋風、正に蕭索たり 門を出れば夕陽まどやかなり/遠村、烟霧の裡 帰人、野橋の辺/老鴉、古木に聚まり、 斜雁、遼天に没す/ただ緇衣の叟あり 立ち尽くす、暮江の前」

 (私の感想)この詩には「秋江晩眺」という題が付いています。誰かが描いた水墨画に、良寛さんが詩を添えたものだと思われます。良寛さんの詩には珍しく、深い意味を少しも含んでいません。物寂しい秋の夕暮れを写生的に詠った作品です。

 物静かな水墨画のような趣のあるこうした詩も、私はとても好きです。

 

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(6)「円通寺の修行」

 私訳「円通寺での 厳しい修行を/もう何年も 続けています/着物の垢は 自分で洗い/食が尽きれば 乞食します/お寺の前は 賑やかだけど/親しい人は 誰もいません/高僧伝に 書いてあります/清貧こそが 僧の生き方」

 訓読「円通寺に来たりてより 幾度か冬春を経たる/ 衣、垢づけば自ら濯ひ 食、尽くれば城に出づ/門前千家の邑 更に一人も知らず/曾て高僧の伝を読むに 僧は清貧に可なる可し」

 (私の感想)良寛さんは、安永8年(1779)、22歳の時、故郷の越後(新潟県)を後にして、国仙和尚に随行して備中玉島(岡山県倉敷市玉島)の曹洞宗・円通寺に赴きました。円通寺は厳しい修行で有名でした。良寛さんは、誰一人として知る者もいない異郷の寺で修行に邁進しました。

 良寛さんは、清貧こそが修行僧の生き方であり、自分の手で衣服を洗ったり、食べ物を求めて街に托鉢に出掛けるのは当たり前のことだ、と自らを励ましています。

 良寛さんは、円通寺での修行時代を、自らの原点だと考えていました。僧としての出発点を力強く宣言するために、良寛さんは、自分で編集した詩集『草堂集貫華』の冒頭に、この円通寺の詩を選んで載せました。

 良寛さんは、この初心を忘れることなく、一生を清貧に生きました。

 

(7)「竹を愛す」

 私訳「わしの家には 竹林が有り/数千本が 涼しく茂っている/まわりの道に 竹の子が生え/梢は斜めに 天まで伸びている/霜に打たれて 強靭になり/霧がかかれば 幽玄そのもの/丈夫な松の 仲間であって/可憐な桃花に 比してはならぬ/幹は素直で 節度も見られ/心は空虚で 根は堅く張っている/節操を守る お前が好きだ/その本質を 変えないでくれ」

 訓読「余が家に竹林有り 冷冷数千干/笋は迸でて全て路を遮り 梢は高くして斜めに天を払ふ/霜を経てますます精神あり 烟を隔ててうたた幽間なり/宜しく松柏の列に在るべし なんぞ桃李の妍に比せんや/竿は直くして節はいよいよ高く 心は虚しくして根はいよいよ堅し/ 多とす、爾が貞清の質 千秋希はくは遷ること莫なきを」

 (私の感想)良寛さんは竹を愛していました。楚の詩人・屈原は、自らを橘に譬えて、自分の志を「橘頌」に詠い上げました。屈原を尊敬していた良寛さんは、自らを竹に譬えて、大地にしっかり根を張り、まっすぐに天に伸びる竹に自分の志を託しています。

 良寛さんは、素直、節度、高邁、無心、堅固、貞清を保っている竹を愛していたのです。

 

(8)「うれしい接待」

 私訳「歩き回って 足を止めると/小川の側に 農家があった/秋の夕空 きれいに晴れて/雀の群れが 林で飛んでた/家の主が 畑から戻り/わしを見るなり 旧友扱い/息子を呼んで 濁酒を注がせ/唐黍蒸して 出してもくれた/『こんな食事で 構わねえなら/いつでも来てくれ 良寛さまよ』」

 訓読「行き行きて田舎に到る 田舎、秋水の垂/寒天、晩に向かって霽れ 鳥雀、林を遶つて飛ぶ/老農ここに帰来し 我を見ること旧知のごとし/児を呼んで濁酒を酌くましめ 黍を蒸して更にこれを勧む/師よ淡薄を厭はざれば しばしば茲に茅茨を訪へと」

 (私の感想)秋の夕暮れ、托鉢で歩き回った良寛さんは、小川のほとりにやって来ました。そこに一軒の農家がありました。年老いた農夫が帰って来て、良寛さんを見つけると、まるで昔馴染みのように歓待しました。

 息子を呼んで、濁酒のお酌をさせるし、食事まで出してくれました。この心優しい農夫は、別れる時に「良寛さま、こんな粗末なもてなしでよかったら、いつでもわしの家に寄って下さいよ」と言いました。

 良寛さんの喜びが満ちあふれており、私の大好きな詩の一つです。

 

(9)「乙女の想い」

 私訳「あたしの家は 大川のほとり/岸一面に 草が萌え出す/あたしは毎日 あなたを想う/あなたは旅から いつ戻るのか/川辺で摘んだ このカキツバタ/あなたのもとに すぐ送りたい/山は重々 川は悠々/愛する人は どこにいるやら/草を手に持ち ため息つくと/涙が流れて 衣を濡らす」

 訓読「妾が家は長州の傍らに在り 長州の芳草、春まさに肥ゆ/日々これに対して遠人を憶ふ 遠人を憶ふ、いずれの時にか期せん/いささか杜若を摘んで靡蕪に雑へ 駅使に付してこれを送らんと欲す/山は蔟々、水は悠々 君の行、まことに知り難し/手に芳草を持ち、空しく沈吟すれば 流涕、漣々として羅衣を霑す」

 (私の感想)良寛さんは、中国最古の詩集『詩経』などの素朴な詩を愛していました。この詩は、中国の古い詩を読んで創作意欲を刺激され、古詩の詩句を多用して作られた可憐な詩です。若い乙女が、旅に出て帰らない恋人を想っています。年老いた良寛さんは、若い乙女になりきっています。良寛さんは、若くて温かい心の持ち主だったのです。

 

(10)「秋の夕暮れ」

 私訳「まことに寂しく 秋風が吹く/門から出ると 夕陽が沈む/遠い村が かすんで見える/橋の辺りを 歩く人影/鴉の群れは 古木に集まり/雁は飛んで 南へ渡る/僧衣の私は ただじっとして/日暮れの川を 立って見ている」

 訓読「秋風、正に蕭索たり 門を出れば夕陽まどやかなり/遠村、烟霧の裡 帰人、野橋の辺/老鴉、古木に聚まり、 斜雁、遼天に没す/ただ緇衣の叟あり 立ち尽くす、暮江の前」

 (私の感想)この詩には「秋江晩眺」という題が付いています。誰かが描いた水墨画に、良寛さんが詩を添えたものだと思われます。良寛さんの詩には珍しく、深い意味を少しも含んでいません。物寂しい秋の夕暮れを写生的に詠った作品です。

 物静かな水墨画のような趣のあるこうした詩も、私はとても好きです。