サブタイトルに、「仏教に道徳思想の根源を見る梅原猛」を掲げておきました。

 

「はじめに」(p160~p165)で、私は氏の思想を、

日本道徳の土台を担った日本仏教。その根底には菩薩論の深化があるが、梅原はそれを通史において明らかにしたと紹介。(p164)

「第1講 日本仏教と道徳教育」(p165~p172)で、私は氏の思想を、

煩悩(我執)から人は苦しみ闘争をする。この闘争が増幅されて怨念の塊となり、更に人々を苦しめる。これを克服する道は仏の知恵を学び、慈悲の心で結ばれた共存の世界をつくる中でしか開かれない。これが仏教の教え、菩薩道。菩薩となって共同しようと訴えていると紹介(p168)。仏教は、「大乗仏教」へと自らを深化させる中で、自らを道徳として高めてきたというのが梅原仏教論。

「第2講 梅原猛の道徳論」(p172~p181)で、私は氏の思想を、

「道徳の根源は動物の子育ての中にあって」、人間もこの延長にある。人間は「家族の無償の愛」において子育てをするが、この無償の愛の中にこそ人間を共存させる慈悲の原理がある。人間はこれを道徳として高め、「道徳社会」をつくってきたと紹介(p172・p173)。この原理の上に立って、氏は仏教は慈悲の論理や不殺生、不妄語、不偸盗などの戒を発展させてきたと言う。

「第3講 梅原猛の仏教理解」(p182~p190)で、私は氏の思想を、

「仏教とは仏になることと見つけたり」と言い、その心は「菩薩道」にあって、慈悲の心で実践し慈悲の世界を実現していくのが菩薩道としての仏教と説明していると紹介(p183)。更に氏は、十善戒や六波羅蜜を取り上げて仏者の修行を語り、「四弘誓願」の誓いを紹介する中で、仏教はこうすることによって「慈悲を実現する国民道徳となり、道徳を国民の中に育ててきた」と結論づけるのだった(p186)。

「第4講 梅原猛の日本仏教史」(p190~p204)で、私は氏の思想を、

日本仏教は、庶民を菩薩道に導くために自らを陶冶させてきたが、その道は行基や空海による神仏習合と密教の思想において開かれてきたと言う。氏はこの上に立って、神仏習合の思想で自然の恵み対する感謝の気もちを人々に興させ、密教(実践・成道)の思想において自ら菩薩道を実践していくのが仏教と説き、この思想こそが衆生と共に歩む鎌倉仏教を準備したとの言を紹介(p190~p197)

「第5講 円空と梅原猛」(p204~p214)で、私は氏の思想を、

円空は、「私に神仏習合思想の深い秘密を教えてくれた哲学者である」とまで言って、菩薩道の上に立って自由に発想する円空論を展開していると紹介(p204)。円空の仏教理解は「庶民と共にあるのが釈迦」であり、こうある自分を「歓喜する沙門こそ釈迦」。「釈迦とともに慈悲と宥和の世界」をつくっていくのが本当の仏者。この精神において円空は仏者を「護法神」として彫像してきたと紹介。

 

 

 梅原さんの仏教論は、みんなが菩薩となっていい社会(仏国土)をつくっていこうという菩薩論です。つまり道徳論。大切な思想です。受け継ぐ必要があります。氏が逝去されたこの時機、今一度、梅原さんの仏教論を想起していただきたく思う次第です。

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「はじめに」(p160~p165)で、私は氏の思想を、

日本道徳の土台を担った日本仏教。その根底には菩薩論の深化があるが、梅原はそれを通史において明らかにしたと紹介。(p164)

「第1講 日本仏教と道徳教育」(p165~p172)で、私は氏の思想を、

煩悩(我執)から人は苦しみ闘争をする。この闘争が増幅されて怨念の塊となり、更に人々を苦しめる。これを克服する道は仏の知恵を学び、慈悲の心で結ばれた共存の世界をつくる中でしか開かれない。これが仏教の教え、菩薩道。菩薩となって共同しようと訴えていると紹介(p168)。仏教は、「大乗仏教」へと自らを深化させる中で、自らを道徳として高めてきたというのが梅原仏教論。

「第2講 梅原猛の道徳論」(p172~p181)で、私は氏の思想を、

「道徳の根源は動物の子育ての中にあって」、人間もこの延長にある。人間は「家族の無償の愛」において子育てをするが、この無償の愛の中にこそ人間を共存させる慈悲の原理がある。人間はこれを道徳として高め、「道徳社会」をつくってきたと紹介(p172・p173)。この原理の上に立って、氏は仏教は慈悲の論理や不殺生、不妄語、不偸盗などの戒を発展させてきたと言う。

「第3講 梅原猛の仏教理解」(p182~p190)で、私は氏の思想を、

「仏教とは仏になることと見つけたり」と言い、その心は「菩薩道」にあって、慈悲の心で実践し慈悲の世界を実現していくのが菩薩道としての仏教と説明していると紹介(p183)。更に氏は、十善戒や六波羅蜜を取り上げて仏者の修行を語り、「四弘誓願」の誓いを紹介する中で、仏教はこうすることによって「慈悲を実現する国民道徳となり、道徳を国民の中に育ててきた」と結論づけるのだった(p186)。

「第4講 梅原猛の日本仏教史」(p190~p204)で、私は氏の思想を、

日本仏教は、庶民を菩薩道に導くために自らを陶冶させてきたが、その道は行基や空海による神仏習合と密教の思想において開かれてきたと言う。氏はこの上に立って、神仏習合の思想で自然の恵み対する感謝の気もちを人々に興させ、密教(実践・成道)の思想において自ら菩薩道を実践していくのが仏教と説き、この思想こそが衆生と共に歩む鎌倉仏教を準備したとの言を紹介(p190~p197)

「第5講 円空と梅原猛」(p204~p214)で、私は氏の思想を、

円空は、「私に神仏習合思想の深い秘密を教えてくれた哲学者である」とまで言って、菩薩道の上に立って自由に発想する円空論を展開していると紹介(p204)。円空の仏教理解は「庶民と共にあるのが釈迦」であり、こうある自分を「歓喜する沙門こそ釈迦」。「釈迦とともに慈悲と宥和の世界」をつくっていくのが本当の仏者。この精神において円空は仏者を「護法神」として彫像してきたと紹介。

 

 梅原さんの仏教論は、みんなが菩薩となっていい社会(仏国土)をつくっていこうという菩薩論です。つまり道徳論。大切な思想です。受け継ぐ必要があります。氏が逝去されたこの時機、今一度、梅原さんの仏教論を想起していただきたく思う次第です。