姪の就職2

 「真三さんの話を聞いていると、なにか切ない思いになりますね」

「そうだろうな。だけど終わった瞬間、ほっとしたものを感じたよ」

「やはりお父様が満足した人生を送れたと話されたから、親族の方々は安らぎを感じられたのでしょうね」

「人の死はどれほど立派な葬儀をしても悲しみは拭い去られないものだよ」

「それはそうですね」

「大事なことは長い人生で何をし、何に満足ができたかだと思うよ」

「それはそうかも…」

 二人は冷めたコーヒーカップを口に運び、残っているコーヒーを飲み干した。ソファーでしばらく沈黙が続いた。静寂な時間が訪れた。真三はるり子に話したあと、目をつぶり瞑想にふけった。するとお袋の声が聞こえてきた。

―「シンゾウ―、シンゾウ―、晴美です」

 留守電からお袋の訴えるような声が聞こえる。とくに、要件を言わない。(顔を見せよ)という合図なのだ。こちらから電話をしてもまず取らない。親父も晩年はそうだった。鬱状態になると、人には会いたくない。顔を見るのも嫌になる。人と話をすることが億劫になる。躁ウツ病を知らない人には信じられない。部屋に閉じこもって、息を凝らして耐えている。今の世でいわれている「ひきこもり」と似ているが、違う症状でやがて普通に戻るのである―そのような状態にいる感じである。

 だから誰も親父の部屋をのぞいて話しかけるようなことはしない。親父が話す相手はいつもお袋だけだ。

「どうやねん、オヤジは?」

「ウツや」

「そうか、会っても仕方がないな」

 一番気を許している真三にさえ、会うのが億劫になっている。帰り際に「また、来るわ」と声をかけるだけだ。

「会社勤めのときは、どうだったの」

「まともに会社勤めはできなかったのだと思う」

 お袋は一度、本人に聞いたことがあるというのだ。

「夢遊病者のようだったそうだよ」

「ええ、会社やな」

「そんな病人でも雇ってくれるところは…」

 そういえば、真三の会社にもいる。毎日、会社には出てくる。今思えば夢遊病者のようだったが、いつの間にか普通に戻っていた。

 お袋が電話を取らないのは、耳が遠くなり聞こえにくくなったことと、(こんな老婆に用事があるはずがない)と思っているからだ。迷惑するのは本当に用事のある人だ。

「もう、三回も電話をかけているのですが、通じません」

「…、…」

「ファックスでお知らせしたいのですが…」

 真三はファックスの配信先である事務機器の販売会社に電話を入れる。

「M工務店を通じて買ってもらいましたフランス製の椅子の一部部品が本社から届きましたので交換したいと思いまして…」

 親父が健在な時に購入した高価な椅子で、恐らくウツ状態前に依頼していたものが、忘れたころに届いたのだろう。このような内容のファックスだからお袋にはチンプンカンプンだったか、また何か売りつけられるのではないのかという警戒心が先立ったに違いない。

 老齢になると、身内に対しても臆病になり、カネを盗られるのではないかと疑心暗鬼に陥る。最後は裸にされて捨てられるという恐怖感に見舞われるのだろうか。これはこの家族、いやこの二人の老父婦に共通の「人間不信」の病気なのかもしれない。「人間不信」になった原因がある。

 どこの家族にもみられるように、長男にかける期待が大きい。善家でも長男の後、次男とは六歳の年齢差もあって、長男にかけたほどの情熱はみられない。あとはどうでもいいやという気持ちになるのは世の常である。とくに長男が期待以上によくでき、名門の大学、それも医学部に入ったのだから親の夢も膨らむ。

 将来は近くに診療所を建て、老後の面倒も見てもらえ安泰だと考えるだろう。善家の両親も息子が大学に入ったころは普通の人たちが思うような夢を見ていたに違いない。それが結婚するころにはすっかり気持ちが変わっていた。

「なんで、善さんところは、子どもに面倒をみさせないの!」

「同居なんて、まっぴらですよ。子どもは親が困ったら自主的に面倒をみる義務がある。困ったら来る。来ないといけないのです。気を使って同居の生活はできません」

 親父もお袋もきっぱり答えた。

 世の中、この家族だけでなく、同居の悲劇は数知れず起こっている。だからテレビドラマにもなる。同居人の年寄りの愚痴はたいてい息子の嫁のことである。生きてきた時代、家庭環境が違うのだから、いろいろやり方に違いが出ても仕方がないのだが、姑は自分流に合わさない嫁は許せなくなる。そうなると爆発するのは時間の問題である。真三のお袋はそのことがわかっていたので、息子夫婦とは同居しないことに決めていた。

 真三の女房、るり子の実家は熊本のなし農家でなし畑の一軒家に暮らしていた。小高い丘の中の山小屋風の木造家屋だった。周囲に二、三軒の農家があるところだった。近所との付き合いは必要なこと以外はほとんどない。

 夜にもなると、街灯もないので周囲は真っ暗闇だ。クルマがないと、とても怖くて行けない。クルマがやっと通れる道幅があるが、日頃はほとんど通らない。実母が八十四歳の時、連れ添いが病院で死去。姉御女房の実母は、五人の子どもの中でただ一人男の子、長男の家に引き取られた。長男は母親を引き取るにあたって、母親の援助一千万円?当時、地方では一戸建て住宅を十分購入できる金額?を得て新居を購入したのである。地方での一戸建ては都会と比べれば相当、割安感ではあるが、年老いた母親にとって大事な生活資金であった。

 今の世の中、持参金がなければ、親といえども気安く引き取らないのである。どこまでもカネ、カネの世界である。

「小さな部屋一つをあてがわれただけよ。牢獄のようなものよ」

 口うるさい娘たちは兄嫁をののしった。

「このままでは、生きている気がしない」

 母親も苦しんだ。長男といっても、もう他人の家である。すべてのことがなじまない。好きで通っていた編み物教室も断念しなければならない。六十五歳を過ぎて始めたが、その出来栄えは店頭売りできるほどの作品であった。娘たちに身に着けてもらいたいと、毎日、編み物づくりに精を出していた。

「これ、母親が編んだものなの」

 るり子はよく着て出かけた。

「その毛糸の衣類、どこで買われたのですか」

 百貨店の売り子から声をかけられる時、体で喜びを感じている様子である。

 編み物もそうだが、花に水をやっても自分のものでないから、育てる喜びを母親は持てなかった。家の中では冷蔵庫のドアを開けて、お茶一杯飲むのも気を使う。

 これまで山の中のひとり暮らし。人生のすべてがそこにはある。夫のベッド、使っていた茶碗、箸、それまでの思い出が家には詰まっている。災害シーンで家を失った人がその壊れた自宅の前で茫然と立ちつくす姿をテレビで見ることがあるが、自宅を去る母親の心境にもよく似たものがあった。

 長男と同居するということは、それまでの人生の思い出をすべて捨て去ることを意味する。それでも長男夫婦の心配りがあれば、まだしもであるが、カネだけを取られた後、大型ゴミ同然の扱いになればたまらない。

「いつ病気になるかもしれない。そうしたら嫌でもやっかいにならないわけにはいかない」

 この恐怖感があるため、老人は子どもに頼ることになりがちである。そのため子どもが社会人になっても、いつまでも子どもに気がねして生きていくことになる。

「だいたい、最近の若者は甘えている。こんなことを言うと老人がひがんでいると誤解されそうだが…」

「いつの時代も老人はそういうことを言ってきましたね」

「男女平等、夫婦別姓だ―と主義主張は立派で理想的なことをいう女性がいた」

「私たちの時代にもいましたね。それはまだ少数派でした」

「ところが時代が大きく変化する中で、男女間の関係も伝統的なものが失われてきた」

「そうですね。だけど男女間でいつの時代も大事なもの、とくに相互理解が大切だということでしょう。確かに核家族化して、親子の関係も昔に比べて希薄になってきたことは確かですね」

 

■岡田 清治プロフィール

1942年生まれ ジャーナリスト

(編集プロダクション・NET108代表)

著書に『高野山開創千二百年 いっぱんさん行状記』『心の遺言』『あなたは社員の全能力を引き出せますか!』『リヨンで見た虹』など多数

※この物語に対する読者の方々のコメント、体験談を左記のFAXかメールでお寄せください。

今回は「就職」「日本のゆくえ」「結婚」「夫婦」「インド」「愛知県」についてです。物語が進行する中で織り込むことを試み、一緒に考えます。

FAX‥0569―34―7971

メール‥takamitsu@akai-shinbunten.net

 

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姪の就職2

 「真三さんの話を聞いていると、なにか切ない思いになりますね」

「そうだろうな。だけど終わった瞬間、ほっとしたものを感じたよ」

「やはりお父様が満足した人生を送れたと話されたから、親族の方々は安らぎを感じられたのでしょうね」

「人の死はどれほど立派な葬儀をしても悲しみは拭い去られないものだよ」

「それはそうですね」

「大事なことは長い人生で何をし、何に満足ができたかだと思うよ」

「それはそうかも…」

 二人は冷めたコーヒーカップを口に運び、残っているコーヒーを飲み干した。ソファーでしばらく沈黙が続いた。静寂な時間が訪れた。真三はるり子に話したあと、目をつぶり瞑想にふけった。するとお袋の声が聞こえてきた。

―「シンゾウ―、シンゾウ―、晴美です」

 留守電からお袋の訴えるような声が聞こえる。とくに、要件を言わない。(顔を見せよ)という合図なのだ。こちらから電話をしてもまず取らない。親父も晩年はそうだった。鬱状態になると、人には会いたくない。顔を見るのも嫌になる。人と話をすることが億劫になる。躁ウツ病を知らない人には信じられない。部屋に閉じこもって、息を凝らして耐えている。今の世でいわれている「ひきこもり」と似ているが、違う症状でやがて普通に戻るのである―そのような状態にいる感じである。

 だから誰も親父の部屋をのぞいて話しかけるようなことはしない。親父が話す相手はいつもお袋だけだ。

「どうやねん、オヤジは?」

「ウツや」

「そうか、会っても仕方がないな」

 一番気を許している真三にさえ、会うのが億劫になっている。帰り際に「また、来るわ」と声をかけるだけだ。

「会社勤めのときは、どうだったの」

「まともに会社勤めはできなかったのだと思う」

 お袋は一度、本人に聞いたことがあるというのだ。

「夢遊病者のようだったそうだよ」

「ええ、会社やな」

「そんな病人でも雇ってくれるところは…」

 そういえば、真三の会社にもいる。毎日、会社には出てくる。今思えば夢遊病者のようだったが、いつの間にか普通に戻っていた。

 お袋が電話を取らないのは、耳が遠くなり聞こえにくくなったことと、(こんな老婆に用事があるはずがない)と思っているからだ。迷惑するのは本当に用事のある人だ。

「もう、三回も電話をかけているのですが、通じません」

「…、…」

「ファックスでお知らせしたいのですが…」

 真三はファックスの配信先である事務機器の販売会社に電話を入れる。

「M工務店を通じて買ってもらいましたフランス製の椅子の一部部品が本社から届きましたので交換したいと思いまして…」

 親父が健在な時に購入した高価な椅子で、恐らくウツ状態前に依頼していたものが、忘れたころに届いたのだろう。このような内容のファックスだからお袋にはチンプンカンプンだったか、また何か売りつけられるのではないのかという警戒心が先立ったに違いない。

 老齢になると、身内に対しても臆病になり、カネを盗られるのではないかと疑心暗鬼に陥る。最後は裸にされて捨てられるという恐怖感に見舞われるのだろうか。これはこの家族、いやこの二人の老父婦に共通の「人間不信」の病気なのかもしれない。「人間不信」になった原因がある。

 どこの家族にもみられるように、長男にかける期待が大きい。善家でも長男の後、次男とは六歳の年齢差もあって、長男にかけたほどの情熱はみられない。あとはどうでもいいやという気持ちになるのは世の常である。とくに長男が期待以上によくでき、名門の大学、それも医学部に入ったのだから親の夢も膨らむ。

 将来は近くに診療所を建て、老後の面倒も見てもらえ安泰だと考えるだろう。善家の両親も息子が大学に入ったころは普通の人たちが思うような夢を見ていたに違いない。それが結婚するころにはすっかり気持ちが変わっていた。

「なんで、善さんところは、子どもに面倒をみさせないの!」

「同居なんて、まっぴらですよ。子どもは親が困ったら自主的に面倒をみる義務がある。困ったら来る。来ないといけないのです。気を使って同居の生活はできません」

 親父もお袋もきっぱり答えた。

 世の中、この家族だけでなく、同居の悲劇は数知れず起こっている。だからテレビドラマにもなる。同居人の年寄りの愚痴はたいてい息子の嫁のことである。生きてきた時代、家庭環境が違うのだから、いろいろやり方に違いが出ても仕方がないのだが、姑は自分流に合わさない嫁は許せなくなる。そうなると爆発するのは時間の問題である。真三のお袋はそのことがわかっていたので、息子夫婦とは同居しないことに決めていた。

 真三の女房、るり子の実家は熊本のなし農家でなし畑の一軒家に暮らしていた。小高い丘の中の山小屋風の木造家屋だった。周囲に二、三軒の農家があるところだった。近所との付き合いは必要なこと以外はほとんどない。

 夜にもなると、街灯もないので周囲は真っ暗闇だ。クルマがないと、とても怖くて行けない。クルマがやっと通れる道幅があるが、日頃はほとんど通らない。実母が八十四歳の時、連れ添いが病院で死去。姉御女房の実母は、五人の子どもの中でただ一人男の子、長男の家に引き取られた。長男は母親を引き取るにあたって、母親の援助一千万円?当時、地方では一戸建て住宅を十分購入できる金額?を得て新居を購入したのである。地方での一戸建ては都会と比べれば相当、割安感ではあるが、年老いた母親にとって大事な生活資金であった。

 今の世の中、持参金がなければ、親といえども気安く引き取らないのである。どこまでもカネ、カネの世界である。

「小さな部屋一つをあてがわれただけよ。牢獄のようなものよ」

 口うるさい娘たちは兄嫁をののしった。

「このままでは、生きている気がしない」

 母親も苦しんだ。長男といっても、もう他人の家である。すべてのことがなじまない。好きで通っていた編み物教室も断念しなければならない。六十五歳を過ぎて始めたが、その出来栄えは店頭売りできるほどの作品であった。娘たちに身に着けてもらいたいと、毎日、編み物づくりに精を出していた。

「これ、母親が編んだものなの」

 るり子はよく着て出かけた。

「その毛糸の衣類、どこで買われたのですか」

 百貨店の売り子から声をかけられる時、体で喜びを感じている様子である。

 編み物もそうだが、花に水をやっても自分のものでないから、育てる喜びを母親は持てなかった。家の中では冷蔵庫のドアを開けて、お茶一杯飲むのも気を使う。

 これまで山の中のひとり暮らし。人生のすべてがそこにはある。夫のベッド、使っていた茶碗、箸、それまでの思い出が家には詰まっている。災害シーンで家を失った人がその壊れた自宅の前で茫然と立ちつくす姿をテレビで見ることがあるが、自宅を去る母親の心境にもよく似たものがあった。

 長男と同居するということは、それまでの人生の思い出をすべて捨て去ることを意味する。それでも長男夫婦の心配りがあれば、まだしもであるが、カネだけを取られた後、大型ゴミ同然の扱いになればたまらない。

「いつ病気になるかもしれない。そうしたら嫌でもやっかいにならないわけにはいかない」

 この恐怖感があるため、老人は子どもに頼ることになりがちである。そのため子どもが社会人になっても、いつまでも子どもに気がねして生きていくことになる。

「だいたい、最近の若者は甘えている。こんなことを言うと老人がひがんでいると誤解されそうだが…」

「いつの時代も老人はそういうことを言ってきましたね」

「男女平等、夫婦別姓だ―と主義主張は立派で理想的なことをいう女性がいた」

「私たちの時代にもいましたね。それはまだ少数派でした」

「ところが時代が大きく変化する中で、男女間の関係も伝統的なものが失われてきた」

「そうですね。だけど男女間でいつの時代も大事なもの、とくに相互理解が大切だということでしょう。確かに核家族化して、親子の関係も昔に比べて希薄になってきたことは確かですね」