姪の就職2

 確かに葬儀には経済的な問題もある。最近のテレビ広告でせめて葬儀費用だけでも子どもたちに迷惑をかけたくない――というセリフの老夫婦による保険のCM映像がよく流されている。それだけ葬儀や墓地にかなりの出費がかかると多くの人は心配しているから、それを解決する保険は魅力的だというわけである。

 真三が家に着いて兄弟三人と打ち合わせをしていると健太郎の女房が、不安顔のお袋の晴美と一緒に遺体の棺の傍で座っていた。

「なぜ、病院へ行く時、連れて行ってくれなかったのか」とお袋は健太郎の女房に何回もたずねた。

「そうですね」

 健太郎の女房はお袋の意向に同調するしかなかった。そのことを聞いた真三は「確かにそうだが」と言いかけながら「急に親父の容態が悪くなり、お袋を迎えに行く気持ちのゆとりも、時間もなかった。死亡を確認した病院からあまりにもせかされたので、急いで退院することだけを考えた」と答えた。だけど考えてみれば死の間際にお袋がいなかったことに、本人は痛恨の極みを感じているのだろうと、真三はお袋の怒りに満ちた顔相から改めて知った。

 その後FAXで新聞社に送った死亡記事の問い合わせがあった。

「A新聞社の社会部ですが、群三さんの死亡で確認したいのですが…」

 次からつぎへと、問い合わせの電話が入る。

「最後の言葉は、どういうことを?」

「とくにありませんでした。ただ最後の原稿は雑誌『ノーサイド』の○○号に掲載されたものです」

「確認ですが、文学賞の作品の『ニューギニヤ・・・』はニューギニヤですか、それともニューギニア、どちらですか」

「ちょっと待ってください。実物を見て確かめますので…」

 真三は書斎の本棚に収められている本を取り出して、表紙を見た。すぐに電話口に戻り、

「ニューギニヤです…」

「そうですか。あなたは群三さんとどういうご関係ですか」

「次男の真三といいます」

 記者はそれだけを聞くと、電話を切った。

 夕刊に十分に間に合う時間帯であったことと、ほぼ完全原稿にして渡していた上に、コメンテーターとして国立民族博物館のU館長、評論家のT氏の名前を添えていたので、ほとんど細かい質問はなかった。

「我々のお悔やみは、死亡時の対応をきっちりやることだ」

 弟の健太郎が話した。

真三と弟はマスコミへの対応だけは、失敗が許されないと暗黙のうちに確認していた。

「NHKのニュースを見ていたら、突然、テロップが流れて親父さんの逝去のニュースを知って驚いたのです。本当に葬式されなかったのですか」

 父親の知人、三人の息子の関係者から次からつぎへと電話が入ってくる。お悔やみのあと、多くの人が聞いたことは「葬式をしない」ということだった。いまから二十年前では奇異に思われたのである。今では都会で葬儀の風景を見ることも少なくなったが、地方では習俗として続いているところも多い。

「せめて供花だけでも受け取ってほしいと、社長の秘書が聞いてくるので困ったよ」

 弟の健太郎は後日、述懐していた。

 真三の会社の総務からも迷惑顔で聞いてきた。

「弔電、供花、香典等の一切を受け付けないことにしておりますので、よろしくお伝えください」

 葬式をしないことはほとんどの人たちが慣れていないので、対応できないのだ。

「弔電ぐらいはいいのではなかったの」

 るり子が半分呆れ顔で真三に聞いた。

「善家はやると決めたら例外を認めない癖が染みついている。変わった家だと、自分で言うのもおかしいが、つくづくそう思う。だから付き合いにくい家だろうね」

「私はそういう家だと知らずに結婚したことになりますね」

「もう一代前の善次郎蔵の時代は奇人とか狂人とかと、噂されていたそうだ」

「あなたの時代はまだましだというのね」

「まあ、そういうことだ」

 真三の親父は著名人だから、「あんなことできるのや」と皮肉られた。普通の家の者が「葬式しないと言ったら変人扱いされるのがオチだよ」葬式しない―ことに対する苦情が聞こえてくる。「俺は自分の親の葬式に参列してもらったのに、葬儀がないので参列できないということは、どういうことなんだ」

 友人の中には納得のいかないという者も何人かいた。マスコミからの問い合わせも朝の十一時頃には途絶えていた。

 葬儀をしないことで、嫌な思いになるのが葬儀屋との交渉でもある。人が亡くなると「いくらいるのか」ということが、遺族について回る。もちろん、上を見ればどこまでも高くなるが、最低はどうなのか。この判断が難しく、「一般にはこれくらいです」と葬儀屋が標準価格の葬儀をすすめる。最近は節約ムードと相まって葬儀をしないで、大学医学部に献体すれば経費ゼロですむため、献体に殺到しているのか、どこの大学も献体の受付に消極的になっているようだ。

「葬儀屋が嫌な顔をするのだよ」

「どういうことや」

 健太郎は葬儀屋に掛け合った時のことを説明した。

「そらー、葬儀屋といっても企業であるわけや。しかも今回、頼んだ葬儀屋ではこの業種では初めて株式を上場したところで、儲からないものはできないというのだ」

 真三はレストランを経営してきただけに、葬儀屋の言い分は理解できた。

「そらー、当然だろう」

「それにしても遺体処理は葬儀屋に頼むしかないわけだから、最低費用はいるのは当然だ。死亡確認書をもって、遺体処理場のある斎場に自分たちで運べばよいだろうが、誰もそこまで自分たちの手でしようと言わない。葬儀屋に運んでもらえばいいということになると、いわゆる運搬屋としての機能だけを求めることになる」

「葬儀屋が遺体運搬だけでは断るのがわかる」

「それで最低、いくらなら引き受けてもらえるのか」と健太郎は葬儀屋にたずねた。担当者は奥の部屋に戻り、上司に相談した。

「本来、お引き受けできませんが、この金額をいただければ、今回に限りやらしていただきます」

 そういって担当者は請求書に十六万円と記入した用紙を健太郎に見せた。

「わかりました。お願いします」

 健太郎は運搬代にしてはわずか

10分程度の距離を運ぶにしては高いと思ったが、ほかに方法が浮かばなかったので了解して帰ってきた。

 翌日の午前十時ごろ葬儀屋のバン型のクルマが実家の玄関前に着いた。

「これからご遺体を火葬場に運びます」

「よろしくお願いします」

 その後を追うように三人の兄弟とお袋が健太郎の運転する中古のカローラに乗り込んだ。みんなはしゃべることもなく、うつろな様子を見せていた。お袋は目を閉じ、悲しげな顔を真っ直ぐ前に向けていた。時間にしてわずか10分程度の間だけど重苦しい雰囲気が漂い、真三は胸が詰まりそうだった。

 火葬場に着くと、待合室のようなところに案内された。まもなく葬儀屋の担当者が焼却炉の前の台座の上に置かれている棺桶のところに案内するため、待合室にやってきた。

「準備ができたようですので、どうぞこちらへ」

 四人は担当者の後に続いた。

 焼却の係りの人が死亡確認書を取り出して「間違いがございませんか」と確認して「これから焼却をします。10分程度です」

 すると台座の上の棺桶を炉の中に二人で押し込んだ。全員で合掌して遺体を送った。

 やがて焼却された親父の遺体が前の台座の上に戻ってきた。

「これからみなさんで骨壺に遺骨を入れてください」

 竹の長い箸のようなものが渡され、お袋、長男から順に大小二つの骨壺に遺骨をつまんで入れた。

「喉仏も拾ってください」

 焼却の担当者から声が飛んだ。

 二つの骨壺は白い布で包まれ遺族に手渡された。これが親父の最後だった。この間、一時間で終わった。その後のことはおいおい話すよ。

 るり子はうなずいた。

 

■岡田 清治プロフィール

1942年生まれ ジャーナリスト

(編集プロダクション・NET108代表)

著書に『高野山開創千二百年 いっぱんさん行状記』『心の遺言』『あなたは社員の全能力を引き出せますか!』『リヨンで見た虹』など多数

※この物語に対する読者の方々のコメント、体験談を左記のFAXかメールでお寄せください。

今回は「就職」「日本のゆくえ」「結婚」「夫婦」「インド」「愛知県」についてです。物語が進行する中で織り込むことを試み、一緒に考えます。

FAX‥0569―34―7971

メール‥takamitsu@akai-shinbunten.net

 

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姪の就職2

 確かに葬儀には経済的な問題もある。最近のテレビ広告でせめて葬儀費用だけでも子どもたちに迷惑をかけたくない――というセリフの老夫婦による保険のCM映像がよく流されている。それだけ葬儀や墓地にかなりの出費がかかると多くの人は心配しているから、それを解決する保険は魅力的だというわけである。

 真三が家に着いて兄弟三人と打ち合わせをしていると健太郎の女房が、不安顔のお袋の晴美と一緒に遺体の棺の傍で座っていた。

「なぜ、病院へ行く時、連れて行ってくれなかったのか」とお袋は健太郎の女房に何回もたずねた。

「そうですね」

 健太郎の女房はお袋の意向に同調するしかなかった。そのことを聞いた真三は「確かにそうだが」と言いかけながら「急に親父の容態が悪くなり、お袋を迎えに行く気持ちのゆとりも、時間もなかった。死亡を確認した病院からあまりにもせかされたので、急いで退院することだけを考えた」と答えた。だけど考えてみれば死の間際にお袋がいなかったことに、本人は痛恨の極みを感じているのだろうと、真三はお袋の怒りに満ちた顔相から改めて知った。

 その後FAXで新聞社に送った死亡記事の問い合わせがあった。

「A新聞社の社会部ですが、群三さんの死亡で確認したいのですが…」

 次からつぎへと、問い合わせの電話が入る。

「最後の言葉は、どういうことを?」

「とくにありませんでした。ただ最後の原稿は雑誌『ノーサイド』の○○号に掲載されたものです」

「確認ですが、文学賞の作品の『ニューギニヤ・・・』はニューギニヤですか、それともニューギニア、どちらですか」

「ちょっと待ってください。実物を見て確かめますので…」

 真三は書斎の本棚に収められている本を取り出して、表紙を見た。すぐに電話口に戻り、

「ニューギニヤです…」

「そうですか。あなたは群三さんとどういうご関係ですか」

「次男の真三といいます」

 記者はそれだけを聞くと、電話を切った。

 夕刊に十分に間に合う時間帯であったことと、ほぼ完全原稿にして渡していた上に、コメンテーターとして国立民族博物館のU館長、評論家のT氏の名前を添えていたので、ほとんど細かい質問はなかった。

「我々のお悔やみは、死亡時の対応をきっちりやることだ」

 弟の健太郎が話した。

真三と弟はマスコミへの対応だけは、失敗が許されないと暗黙のうちに確認していた。

「NHKのニュースを見ていたら、突然、テロップが流れて親父さんの逝去のニュースを知って驚いたのです。本当に葬式されなかったのですか」

 父親の知人、三人の息子の関係者から次からつぎへと電話が入ってくる。お悔やみのあと、多くの人が聞いたことは「葬式をしない」ということだった。いまから二十年前では奇異に思われたのである。今では都会で葬儀の風景を見ることも少なくなったが、地方では習俗として続いているところも多い。

「せめて供花だけでも受け取ってほしいと、社長の秘書が聞いてくるので困ったよ」

 弟の健太郎は後日、述懐していた。

 真三の会社の総務からも迷惑顔で聞いてきた。

「弔電、供花、香典等の一切を受け付けないことにしておりますので、よろしくお伝えください」

 葬式をしないことはほとんどの人たちが慣れていないので、対応できないのだ。

「弔電ぐらいはいいのではなかったの」

 るり子が半分呆れ顔で真三に聞いた。

「善家はやると決めたら例外を認めない癖が染みついている。変わった家だと、自分で言うのもおかしいが、つくづくそう思う。だから付き合いにくい家だろうね」

「私はそういう家だと知らずに結婚したことになりますね」

「もう一代前の善次郎蔵の時代は奇人とか狂人とかと、噂されていたそうだ」

「あなたの時代はまだましだというのね」

「まあ、そういうことだ」

 真三の親父は著名人だから、「あんなことできるのや」と皮肉られた。普通の家の者が「葬式しないと言ったら変人扱いされるのがオチだよ」葬式しない―ことに対する苦情が聞こえてくる。「俺は自分の親の葬式に参列してもらったのに、葬儀がないので参列できないということは、どういうことなんだ」

 友人の中には納得のいかないという者も何人かいた。マスコミからの問い合わせも朝の十一時頃には途絶えていた。

 葬儀をしないことで、嫌な思いになるのが葬儀屋との交渉でもある。人が亡くなると「いくらいるのか」ということが、遺族について回る。もちろん、上を見ればどこまでも高くなるが、最低はどうなのか。この判断が難しく、「一般にはこれくらいです」と葬儀屋が標準価格の葬儀をすすめる。最近は節約ムードと相まって葬儀をしないで、大学医学部に献体すれば経費ゼロですむため、献体に殺到しているのか、どこの大学も献体の受付に消極的になっているようだ。

「葬儀屋が嫌な顔をするのだよ」

「どういうことや」

 健太郎は葬儀屋に掛け合った時のことを説明した。

「そらー、葬儀屋といっても企業であるわけや。しかも今回、頼んだ葬儀屋ではこの業種では初めて株式を上場したところで、儲からないものはできないというのだ」

 真三はレストランを経営してきただけに、葬儀屋の言い分は理解できた。

「そらー、当然だろう」

「それにしても遺体処理は葬儀屋に頼むしかないわけだから、最低費用はいるのは当然だ。死亡確認書をもって、遺体処理場のある斎場に自分たちで運べばよいだろうが、誰もそこまで自分たちの手でしようと言わない。葬儀屋に運んでもらえばいいということになると、いわゆる運搬屋としての機能だけを求めることになる」

「葬儀屋が遺体運搬だけでは断るのがわかる」

「それで最低、いくらなら引き受けてもらえるのか」と健太郎は葬儀屋にたずねた。担当者は奥の部屋に戻り、上司に相談した。

「本来、お引き受けできませんが、この金額をいただければ、今回に限りやらしていただきます」

 そういって担当者は請求書に十六万円と記入した用紙を健太郎に見せた。

「わかりました。お願いします」

 健太郎は運搬代にしてはわずか

10分程度の距離を運ぶにしては高いと思ったが、ほかに方法が浮かばなかったので了解して帰ってきた。

 翌日の午前十時ごろ葬儀屋のバン型のクルマが実家の玄関前に着いた。

「これからご遺体を火葬場に運びます」

「よろしくお願いします」

 その後を追うように三人の兄弟とお袋が健太郎の運転する中古のカローラに乗り込んだ。みんなはしゃべることもなく、うつろな様子を見せていた。お袋は目を閉じ、悲しげな顔を真っ直ぐ前に向けていた。時間にしてわずか10分程度の間だけど重苦しい雰囲気が漂い、真三は胸が詰まりそうだった。

 火葬場に着くと、待合室のようなところに案内された。まもなく葬儀屋の担当者が焼却炉の前の台座の上に置かれている棺桶のところに案内するため、待合室にやってきた。

「準備ができたようですので、どうぞこちらへ」

 四人は担当者の後に続いた。

 焼却の係りの人が死亡確認書を取り出して「間違いがございませんか」と確認して「これから焼却をします。10分程度です」

 すると台座の上の棺桶を炉の中に二人で押し込んだ。全員で合掌して遺体を送った。

 やがて焼却された親父の遺体が前の台座の上に戻ってきた。

「これからみなさんで骨壺に遺骨を入れてください」

 竹の長い箸のようなものが渡され、お袋、長男から順に大小二つの骨壺に遺骨をつまんで入れた。

「喉仏も拾ってください」

 焼却の担当者から声が飛んだ。

 二つの骨壺は白い布で包まれ遺族に手渡された。これが親父の最後だった。この間、一時間で終わった。その後のことはおいおい話すよ。

 るり子はうなずいた。