姪の就職2

 あれから二年経ったが、あの時マイコンをほしいという気にならなかった。時期的に尚早という思いもあったが、真三が求める資料や書籍の整理に役立つかどうか判断できなかったからだ。息子のピアノへの関心と同じだった。小学二年の時、るり子が無理やり習いに行かせた。本人に意欲的な願望がなくては、押し付けた習い事はうまくいかない。嫌がっているのに上達するはずがない。

 ピアノがなくては練習もできない。こんな時、るり子はマイコンや大型の本箱と違って大型商品を買うことに文句を言わない。団地にはピアノは大きすぎるし、ピアノ音の公害ということも考えてエレクトーンで我慢した。ところがピアノとエレクトーンでは鍵盤の打ち方というか、力の入れ方が違うので、よくないということがわかった。やはりピアノの練習にはピアノが一番であってエレクトーンでの代用は無理である。このためピアノに買い替えるわけにもいかないので、ピアノ教室からエレクトーン教室に変えた。

 マイコンも同じでマイコンをやるならマイコンを持たないと、どうにもならないし、マイコン教室で習った機種でないと、ピアノとエレクトーンの違い以上に困ったことになる。マイコンの店に行くと、触れることができるが、低級機種は小中学生に占拠されていて、中年サラリーマンには近寄りがたい高級機種には手を触れさせてくれない。眺めるだけである。少しでも手で触ろうとするものなら店員が近づいてくる。

「この機種をお求めですか?」

 百貨店の背広売場と同じようにピタッとくっつくので、落ち着いて見ていられない。

「百貨店側は買う客とそうでない客を見分けているの

ですね。こういうことはいろんなところでありますね」

「わかりますがね…」

「でも、いかにも嫌な客だとレッテルはられるの、感じが悪いですね」

 三人は異口同音に話す。

 ―会社の研修会が終わりに近づいてきた。

「画面に自分の名前が出てくるプログラムを打ち込んでみてください」

 参加者の多くは中年を過ぎているので手つきももどかしい。

「ロード(lord)は大文字、小文字どちらでもいいのですか」

「どちらでもいいです」

 中年というのは、こんなことに気になって質問するが、若い人はとにかく思ったようにやってみる。大文字でうまくいかないと小文字で打つ。それでうまくいかないなら、初めて聞く。このようにマイコンに対する取り組みの違いが、上達に関係があると真三は思うのだった。

 名前が画面に飛び出してくる。講師の思惑通り、参加者はマイコンに同化しようとする心理が働く。講師が最後に「マイコンをやろうと思えば、とにかく持たないとダメです。手で触れることによって覚えるものです」

 真三は学生時代から山登りをしてきたので、事前に計画を立て念には念を入れてやることが身についている。だけどマイコンについては半ば衝動的に購入しようとしている。資金は今夏のボーナスを当てるにしても、るり子をどう説得するかが最大の問題と考え作戦を練る。

 考えてもどうにも妙案が浮かばない。理屈や訳のわからない説明よりも、これからはマイコンの時代だということを教えよう。それには現場に連れて行って見せることだと考えた。そこででたとこ勝負でやってみることにする。休日の朝は団地の周辺をジョギングする習慣が身についていた。ただ、この日は六時前であった。マイコンを購入するというので興奮気味であった。

「とにかく現金一〇万円用意しておいてくれよ、明日、電気店に一緒に出掛けるからそのつもりでいてくれよ」

「なんで急に一〇万円も要るの?」

「それは現地に着いたらわかる。楽しみにしたらええがな」

「わたしに指輪でも買ってくれるの!結婚以来、指輪の一つも買ってもらっていないわ」

 真三はマイコンのことを話していないので不思議に思われても仕方がない。「なにか大切なもの?」としつこく聞いたが、返答しなかった。それでもるり子は言われた通り銀行から引き出してきた。真三は頭金だけを払って、あとはボーナス払いにする作戦でいた、とにかく量販店を目指した。

 電化製品の量販店は昭和四十年代に入って高度成長の波に乗り急速に伸び、証券取引所に上場する店も現れた。いわば電化製品のスーパーマーケットである。この量販店と小売店の価格がかい離し過ぎて二重価格という社会問題を引き起こした。量販店からオーディオやマイコンの専門店を分離、独立する傾向もみられた。小売店の良さは地域の客と密着している点である。困ったことがあれば、電話一本できてくれる。キメ細かいサービスでは量販店も小売店にかなわない。

 大型量販店も対抗上、サービス会社までつくって電話一本で訪問するが、テレビアンテナの付け替えのように、相当な工事を伴うものでないと頼みにくいし、かえって高くつく。その点、近くの小売店なら顔なじみにもなり、細かいことまでも面倒見てもらえる。電球が切れたと言えば、その日のうちに付け替えに来てくれる。アフターサービスまで含めて考えると、小売店、量販店とも同じだと言える。だからこそ両店が共存共栄しているのであろうし、客の方もそのあたりを解ってきたように思える。

 真三は数多くの製品が並んでいる量販店も好きで時々、出かける。品数ということでは百貨店も同じだが、価格の値引き率が全く違う。百貨店は定価通りというのが相場である。このため百貨店の電気売場は姿を消して久しい。最近は量販店が肩代わりして出店しているところもある。

 当時の電気街の各大型量販店にはマイコン、パソコン、OA機器コーナーをとくにビジネス向けを中心に展開していた。真三はるり子を伴ってN量販店がつくったホビー店に入った。ここは店名通りホビー商品を置いている。とは言ってもマイコンを中心にしたホビー商品である。個人向けに絞って商品を陳列している。

 マイコンは素人の真三にとって親しみを感じさせた。真三はるり子と一緒に店に入る。一階は各メーカーのマイコンが所狭しと並んでいる。デモ用のゲームがディスプレイに映し出されている。春休みなので朝から小中学生がたくさん来ている。自由に操作できるコーナーでは、真剣な顔つきでゲームに取り組んでいる。このほか店内にはマイコンの本、ソフトウェアのテープ、フロッピーディスクなどマイコンに関するあらゆる商品を揃えている。

 真三はるり子にマイコンについて一通りの説明をしながら店内を見て回った。るり子はマイコンがどういうものか想像していなかったので、珍しそうに商品を見ながら真三の説明に耳を傾けている。

「これからはマイコンの時代で、これを知らなくては世の中についていけない」

 真三は懸命にるり子を説得する。自分の息子と同世代の子どもも熱心にやっていることを強調した。るり子はメカにはまったく弱かった。ステレオやVTRの操作の仕方もわからず、また知ろうともしなかった。その点、息子の方は触ってはいけないと注意しておいても、いつの間にか操作のやり方を覚えている。るり子はこのようなマイコンの世界があることにことのほか不思議そうに思っている。

「お客さん、マイコンをお探しですか」

 店員が揉み手でニコニコしながら真三に近づいてたずねる。

「そうなんですが、こう機種が多いと混乱してしまいますなぁ」

「確かに機種は多いですが、やはりよく売れているものとなりますと限られますが…」

「よく売れているから、良いということではないでしょうがね…」

「そうですね。NEC98001などはよく売れています。おすすめできる機種です」

 色白で背丈も真三より一〇センチは高いスマートな人のよさそうな新入社員風の社員が笑顔で応対する。真三は機種をあらかじめ決めていないし、知識もなかったので直観力で相手を信じ「よく売れている」という言葉にある種の安心感を覚える。多くの人が使っているので自分もその仲間に入れると思うとうれしくなってくる。店内の機種をざっと見渡しても、確かにNECの製品が多いことに気付く。真三が後で調べたところでは、NEC、つまりは日本電気、富士通、シャープがトップグループで続いて松下(現パナソニック)、三洋、日立、東芝、ソニーの家電メーカー、そのほか沖電気、コモドール、カシオの専門メーカーなどがあった。

「この五十年の間に、日本の家電メーカーも様変わりしましたね。シャープは台湾のメーカーに支援され再生しましたし、三洋はパナソニックに吸収され消滅、東芝は家電部門を売却するなど激震が走りましたね」

「中国、韓国、台湾などに追い上げられ衰退していきました」

「いまのところ日本が強いのは自動車ぐらいでしょう。情報などはグーグル、フェイスブックなどに席巻されていますわね」

「そうです。AI(人工知能)ロボットなども後塵を拝していますね」

 真三が思った通り、技術の世界はめまぐるしく変わる。

 

■岡田 清治プロフィール

1942年生まれ ジャーナリスト

(編集プロダクション・NET108代表)

著書に『高野山開創千二百年 いっぱんさん行状記』『心の遺言』『あなたは社員の全能力を引き出せますか!』『リヨンで見た虹』など多数

※この物語に対する読者の方々のコメント、体験談を左記のFAXかメールでお寄せください。

今回は「就職」「日本のゆくえ」「結婚」「夫婦」「インド」「愛知県」についてです。物語が進行する中で織り込むことを試み、一緒に考えます。

FAX‥0569―34―7971

メール‥takamitsu@akai-shinbunten.net

 

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 あれから二年経ったが、あの時マイコンをほしいという気にならなかった。時期的に尚早という思いもあったが、真三が求める資料や書籍の整理に役立つかどうか判断できなかったからだ。息子のピアノへの関心と同じだった。小学二年の時、るり子が無理やり習いに行かせた。本人に意欲的な願望がなくては、押し付けた習い事はうまくいかない。嫌がっているのに上達するはずがない。

 ピアノがなくては練習もできない。こんな時、るり子はマイコンや大型の本箱と違って大型商品を買うことに文句を言わない。団地にはピアノは大きすぎるし、ピアノ音の公害ということも考えてエレクトーンで我慢した。ところがピアノとエレクトーンでは鍵盤の打ち方というか、力の入れ方が違うので、よくないということがわかった。やはりピアノの練習にはピアノが一番であってエレクトーンでの代用は無理である。このためピアノに買い替えるわけにもいかないので、ピアノ教室からエレクトーン教室に変えた。

 マイコンも同じでマイコンをやるならマイコンを持たないと、どうにもならないし、マイコン教室で習った機種でないと、ピアノとエレクトーンの違い以上に困ったことになる。マイコンの店に行くと、触れることができるが、低級機種は小中学生に占拠されていて、中年サラリーマンには近寄りがたい高級機種には手を触れさせてくれない。眺めるだけである。少しでも手で触ろうとするものなら店員が近づいてくる。

「この機種をお求めですか?」

 百貨店の背広売場と同じようにピタッとくっつくので、落ち着いて見ていられない。

「百貨店側は買う客とそうでない客を見分けているの

ですね。こういうことはいろんなところでありますね」

「わかりますがね…」

「でも、いかにも嫌な客だとレッテルはられるの、感じが悪いですね」

 三人は異口同音に話す。

 ―会社の研修会が終わりに近づいてきた。

「画面に自分の名前が出てくるプログラムを打ち込んでみてください」

 参加者の多くは中年を過ぎているので手つきももどかしい。

「ロード(lord)は大文字、小文字どちらでもいいのですか」

「どちらでもいいです」

 中年というのは、こんなことに気になって質問するが、若い人はとにかく思ったようにやってみる。大文字でうまくいかないと小文字で打つ。それでうまくいかないなら、初めて聞く。このようにマイコンに対する取り組みの違いが、上達に関係があると真三は思うのだった。

 名前が画面に飛び出してくる。講師の思惑通り、参加者はマイコンに同化しようとする心理が働く。講師が最後に「マイコンをやろうと思えば、とにかく持たないとダメです。手で触れることによって覚えるものです」

 真三は学生時代から山登りをしてきたので、事前に計画を立て念には念を入れてやることが身についている。だけどマイコンについては半ば衝動的に購入しようとしている。資金は今夏のボーナスを当てるにしても、るり子をどう説得するかが最大の問題と考え作戦を練る。

 考えてもどうにも妙案が浮かばない。理屈や訳のわからない説明よりも、これからはマイコンの時代だということを教えよう。それには現場に連れて行って見せることだと考えた。そこででたとこ勝負でやってみることにする。休日の朝は団地の周辺をジョギングする習慣が身についていた。ただ、この日は六時前であった。マイコンを購入するというので興奮気味であった。

「とにかく現金一〇万円用意しておいてくれよ、明日、電気店に一緒に出掛けるからそのつもりでいてくれよ」

「なんで急に一〇万円も要るの?」

「それは現地に着いたらわかる。楽しみにしたらええがな」

「わたしに指輪でも買ってくれるの!結婚以来、指輪の一つも買ってもらっていないわ」

 真三はマイコンのことを話していないので不思議に思われても仕方がない。「なにか大切なもの?」としつこく聞いたが、返答しなかった。それでもるり子は言われた通り銀行から引き出してきた。真三は頭金だけを払って、あとはボーナス払いにする作戦でいた、とにかく量販店を目指した。

 電化製品の量販店は昭和四十年代に入って高度成長の波に乗り急速に伸び、証券取引所に上場する店も現れた。いわば電化製品のスーパーマーケットである。この量販店と小売店の価格がかい離し過ぎて二重価格という社会問題を引き起こした。量販店からオーディオやマイコンの専門店を分離、独立する傾向もみられた。小売店の良さは地域の客と密着している点である。困ったことがあれば、電話一本できてくれる。キメ細かいサービスでは量販店も小売店にかなわない。

 大型量販店も対抗上、サービス会社までつくって電話一本で訪問するが、テレビアンテナの付け替えのように、相当な工事を伴うものでないと頼みにくいし、かえって高くつく。その点、近くの小売店なら顔なじみにもなり、細かいことまでも面倒見てもらえる。電球が切れたと言えば、その日のうちに付け替えに来てくれる。アフターサービスまで含めて考えると、小売店、量販店とも同じだと言える。だからこそ両店が共存共栄しているのであろうし、客の方もそのあたりを解ってきたように思える。

 真三は数多くの製品が並んでいる量販店も好きで時々、出かける。品数ということでは百貨店も同じだが、価格の値引き率が全く違う。百貨店は定価通りというのが相場である。このため百貨店の電気売場は姿を消して久しい。最近は量販店が肩代わりして出店しているところもある。

 当時の電気街の各大型量販店にはマイコン、パソコン、OA機器コーナーをとくにビジネス向けを中心に展開していた。真三はるり子を伴ってN量販店がつくったホビー店に入った。ここは店名通りホビー商品を置いている。とは言ってもマイコンを中心にしたホビー商品である。個人向けに絞って商品を陳列している。

 マイコンは素人の真三にとって親しみを感じさせた。真三はるり子と一緒に店に入る。一階は各メーカーのマイコンが所狭しと並んでいる。デモ用のゲームがディスプレイに映し出されている。春休みなので朝から小中学生がたくさん来ている。自由に操作できるコーナーでは、真剣な顔つきでゲームに取り組んでいる。このほか店内にはマイコンの本、ソフトウェアのテープ、フロッピーディスクなどマイコンに関するあらゆる商品を揃えている。

 真三はるり子にマイコンについて一通りの説明をしながら店内を見て回った。るり子はマイコンがどういうものか想像していなかったので、珍しそうに商品を見ながら真三の説明に耳を傾けている。

「これからはマイコンの時代で、これを知らなくては世の中についていけない」

 真三は懸命にるり子を説得する。自分の息子と同世代の子どもも熱心にやっていることを強調した。るり子はメカにはまったく弱かった。ステレオやVTRの操作の仕方もわからず、また知ろうともしなかった。その点、息子の方は触ってはいけないと注意しておいても、いつの間にか操作のやり方を覚えている。るり子はこのようなマイコンの世界があることにことのほか不思議そうに思っている。

「お客さん、マイコンをお探しですか」

 店員が揉み手でニコニコしながら真三に近づいてたずねる。

「そうなんですが、こう機種が多いと混乱してしまいますなぁ」

「確かに機種は多いですが、やはりよく売れているものとなりますと限られますが…」

「よく売れているから、良いということではないでしょうがね…」

「そうですね。NEC98001などはよく売れています。おすすめできる機種です」

 色白で背丈も真三より一〇センチは高いスマートな人のよさそうな新入社員風の社員が笑顔で応対する。真三は機種をあらかじめ決めていないし、知識もなかったので直観力で相手を信じ「よく売れている」という言葉にある種の安心感を覚える。多くの人が使っているので自分もその仲間に入れると思うとうれしくなってくる。店内の機種をざっと見渡しても、確かにNECの製品が多いことに気付く。真三が後で調べたところでは、NEC、つまりは日本電気、富士通、シャープがトップグループで続いて松下(現パナソニック)、三洋、日立、東芝、ソニーの家電メーカー、そのほか沖電気、コモドール、カシオの専門メーカーなどがあった。

「この五十年の間に、日本の家電メーカーも様変わりしましたね。シャープは台湾のメーカーに支援され再生しましたし、三洋はパナソニックに吸収され消滅、東芝は家電部門を売却するなど激震が走りましたね」

「中国、韓国、台湾などに追い上げられ衰退していきました」

「いまのところ日本が強いのは自動車ぐらいでしょう。情報などはグーグル、フェイスブックなどに席巻されていますわね」

「そうです。AI(人工知能)ロボットなども後塵を拝していますね」

 真三が思った通り、技術の世界はめまぐるしく変わる。