姪の就職2
裕美は真三のがん報告をじっと聞き入っている。健太郎の時と重ね合わせているのかもしれない。あるいは低血糖に陥ったことや手遅れになったことを悔やんでいるのか。真三にはわからない。
「裕美さん、がんは初期のうちに対応すれば、もはや怖くない病気です。検査を怠ると治すチャンスを逃します。行政が主要ながんの検査を低料金でしつこいぐらい呼び掛けていますが、受診率は低いですね」
「気にはなりますが、忙しさにかまけて行きそびれますね。それに結果が怖いという心理が働きますが、健太郎さんが、ああいう亡くなり方をしましたので、これからは一、二年に一回は受診しなければならないと思います」
「確かに初めは勇気がいりますが、後々のことを考えますと、必ず受けた方がいいですよ。がんで亡くなった人の多くはフェイズ3、4の段階が多いのです。なんとしてもフェイズ1、やむを得ない場合でも2の段階で受診すべきです。これががんの恐怖から免れる方法だと私は思っています」
「そうだと思います。がんも種類が多いですが…」
「そうですね。定期検査は主要ながん検査でいいと思いますが、一応、人間ドックでがんマーカーやオプションで特殊ながん検査を受けるのも一法です。私の知り合いですが、がんではありませんが、脳ドックを毎年受診する人もいます。一度、脳血栓で危険な状態を体験したこともあって、オプションで受診しています。
やはり一度、危険な目に合わないと、人はやりませんね。だから昔から一病息災といいますね。つまり病気もなく健康な人よりも、一つぐらい持病があるほうが健康に気を配り、かえって長生きするということですね」
「年をとっていきますと、健康なことがなりよりだと思うようになってきました」
「裕美さんがそう考えるのは早過ぎると思いますが、いまは舞さんが無事にインドに行って、これから先の人生を見つけることが大事ですね」
「本当にそうですね」
「がんは検査で早期発見が大事だと言いましたが、もしがんが見つかったときにどういう治療をするかということで悩みます。そしてどこの病院を選ぶかによって結果に差が出る場合があります」
「そうでしょうね」
「最近、雑誌の特集で良い病院と悪い病院という報告を見ることがあります。人は自分の住まいと病院の所在地を見ながら、近くに良い病院があればと願うでしょうね。
良い病院というのはがんの術後の生存率が高い病院ということです。ところが初期のがん患者の比率が高いと、当然生存率が高くなります。だから見極めるのは難しいですが、手術をした患者数で判断するのも一つの方法かと思います。それとそれぞれの病院がどこまで情報を公開しているか、病院のホームページで見ることも参考になります。自信のある病院は医師の略歴等、詳しい情報を掲載しています。
一般論でいえば国立がんセンターがいいと思うでしょう。地方の人は遠いからダメだと考えますが、入院すれば費用は交通費を除けばほぼ同額ということになります。ただ家族の人が見舞いにいくとなると大変です」
「現実にはどうしても近くの病院を選ぶことになります。健太郎さんもいろいろ考えた末に地元の県立の病院に決めました」
「私はがんの拠点病院ならいいのではないかと思っています。仮にいい病院に入れても主治医はよほどのことがないと選べません。仮に紹介されたとしても待機者が多い場合、がんが進行する心配もありますし、お礼の費用もばかになりません」
「そうですね」
「前立腺がんの場合、治療法は三つです。摘出手術か粒子線量治療や放射線治療、そしてホルモン治療です。それぞれメリット、デメリットがあります。摘出手術が一番シンプルです。これはがんの病巣を取り除きますので、原理的には体から一挙にがんがなくなります。ただし骨や他の臓器に転移していれば、手術は複雑になります。骨への転移であれば抗がん剤を打ち続けることになります。この薬剤効果によっても副作用も相当なもので、患者さんによっては副作用に耐えられなくて途中でやめる人も少なくないようです」
「抗がん剤が大変のようですね」
「放射線や粒子線量治療だと、がんが再発して摘出手術をしようと思っても不可能なのです。また粒子線量治療はほぼ100%の完治を謳っていますが、治療費が高額で健康保険の対象でありません。成功率が高いのは初期のがんでないと受け付けてくれないようです」
「そうですか」
「胃がんの場合など、従来はお腹を切開して病巣を摘出する方法をやっていました。ところが近年は腹腔鏡手術といって、お腹に1㎝程の穴を数カ所あけて、腹腔鏡と呼ばれる高解像度のカメラを挿入し、専用の器具を用いて手術をする方法が行われています。胆のう摘出術、胃がんの手術、大腸がんの手術などに用いられています。
腹腔鏡手術では手術でできる傷が小さいので、術後の痛みが少なく、立ったり歩いたりするまでの回復の時間が早くなるメリットがあります。ただ、高度の医療技術が要求されますので、時々、失敗の報道がされています。とにかく検査から手術までいろいろ悩ましい判断が求められるのです。がんは種類が同じでもそれぞれの人に応じた対処法が必要です。お医者さんも迷うものだからセカンドオピニオンを薦めます。他の病気ではほとんど見られなかったことです」
「お義兄様の場合、術後は順調ですか」
「三ケ月に一度、血液検査によってPSA値の変化で骨や他の臓器への転移を調べてもらっています。診察後ホルモン注射を打って、処方剤のカソデックスというホルモン錠剤を受け取ることをずっと続けています」
「それでいまのところ変化はないのですね」
裕美は念を押すように確認した。
「いまのところは大丈夫です。ところが人間ドックで今度は胃がんの兆候があると言われ、改めて驚きました。二度目のがん宣告ではかなり冷静でおられました」
「まったく存じ上げていなくてすみませんでした」
「いえいえ、女房にも緘口令を敷いていましたので、誰も知りません」
「それにしても大変だったのですね」
「胃がんの初期でしたから内視鏡で切除する方法をとりました。男性の担当看護師に術後、聞きますと『一〇〇%成功しますよ』という説明をしてくれたのです。ところが退院後の診察でがんを完全に取り除けていませんとショッキングな話をされました。この時は頭が真っ白になりました」
「それでどうされたのですか」
「私はこの担当医となんとなく気が合いませんでしたので、国立がんセンターの紹介状を書いてくださいと語気を強めて頼みました」
「それはいいですが、東京ですよ」と担当医は明らかに嫌な顔を見せました。
「内視鏡で可能ながんの手術は一〇〇%だと聞いていましたので、取り残しがあるとお聞きして信じられなくなりました。すると、担当医はがんの発症している位置が付け根のところで切除が難しいところですと、言い訳をするのです」
「それでどうされたのですか」
「残りのがん細胞の切除を内視鏡でもう一度、やることにしました。というのはこの医師は消化器内科が専門ですが、消化器外科の医師とペアーを組んで相談しながらやっていますので、自分一人の判断ではないというのです。それを聞いて若干、安堵しました」
「再び、内視鏡手術で切除を試みてもらいましたが、術後の検査でまた異なる場所にがんが見つかったのです」
「そんなに早く広がるのですか」
「もう、がっくりしました。担当医は外科の医師と相談したところ、これから先、がんが見つかるたびに内視鏡手術をされますか、それとも全摘手術をされますかと迫ってきました」
「それは悩みますね。それでどうされたのですか」
「しかも外科の医師が女医だったことも驚きました。外科医は女医が少ないと思っていたからです。ともかく女医の面接を受けました」
「複雑な気持ちになりますね」
「女医が言われるには、がんの発症している場所が内視鏡で取り除くのは難しいようです。私は腹腔鏡手術をおすすめします」
自信顔で話される。真三はしばらく逡巡した後、「お願いします」と頭を下げた。その時の判断は真三の質問に真摯に答えたからだった。そして女性の方が器用ではないかと考え、「先生に命預けます」と笑って承諾した。
「今度、手術の指導資格をとりますので、今回の手術の様子をビデオ撮影したいのですが、承諾していただけますか」
「・・・」
■岡田 清治プロフィール
1942年生まれ ジャーナリスト
(編集プロダクション・NET108代表)
著書に『高野山開創千二百年 いっぱんさん行状記』『心の遺言』『あなたは社員の全能力を引き出せますか!』『リヨンで見た虹』など多数
※この物語に対する読者の方々のコメント、体験談を左記のFAXかメールでお寄せください。
今回は「就職」「日本のゆくえ」「結婚」「夫婦」「インド」「愛知県」についてです。物語が進行する中で織り込むことを試み、一緒に考えます。
FAX‥0569―34―7971
メール‥takamitsu@akai-shinbunten.net
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姪の就職2
裕美は真三のがん報告をじっと聞き入っている。健太郎の時と重ね合わせているのかもしれない。あるいは低血糖に陥ったことや手遅れになったことを悔やんでいるのか。真三にはわからない。
「裕美さん、がんは初期のうちに対応すれば、もはや怖くない病気です。検査を怠ると治すチャンスを逃します。行政が主要ながんの検査を低料金でしつこいぐらい呼び掛けていますが、受診率は低いですね」
「気にはなりますが、忙しさにかまけて行きそびれますね。それに結果が怖いという心理が働きますが、健太郎さんが、ああいう亡くなり方をしましたので、これからは一、二年に一回は受診しなければならないと思います」
「確かに初めは勇気がいりますが、後々のことを考えますと、必ず受けた方がいいですよ。がんで亡くなった人の多くはフェイズ3、4の段階が多いのです。なんとしてもフェイズ1、やむを得ない場合でも2の段階で受診すべきです。これががんの恐怖から免れる方法だと私は思っています」
「そうだと思います。がんも種類が多いですが…」
「そうですね。定期検査は主要ながん検査でいいと思いますが、一応、人間ドックでがんマーカーやオプションで特殊ながん検査を受けるのも一法です。私の知り合いですが、がんではありませんが、脳ドックを毎年受診する人もいます。一度、脳血栓で危険な状態を体験したこともあって、オプションで受診しています。
やはり一度、危険な目に合わないと、人はやりませんね。だから昔から一病息災といいますね。つまり病気もなく健康な人よりも、一つぐらい持病があるほうが健康に気を配り、かえって長生きするということですね」
「年をとっていきますと、健康なことがなりよりだと思うようになってきました」
「裕美さんがそう考えるのは早過ぎると思いますが、いまは舞さんが無事にインドに行って、これから先の人生を見つけることが大事ですね」
「本当にそうですね」
「がんは検査で早期発見が大事だと言いましたが、もしがんが見つかったときにどういう治療をするかということで悩みます。そしてどこの病院を選ぶかによって結果に差が出る場合があります」
「そうでしょうね」
「最近、雑誌の特集で良い病院と悪い病院という報告を見ることがあります。人は自分の住まいと病院の所在地を見ながら、近くに良い病院があればと願うでしょうね。
良い病院というのはがんの術後の生存率が高い病院ということです。ところが初期のがん患者の比率が高いと、当然生存率が高くなります。だから見極めるのは難しいですが、手術をした患者数で判断するのも一つの方法かと思います。それとそれぞれの病院がどこまで情報を公開しているか、病院のホームページで見ることも参考になります。自信のある病院は医師の略歴等、詳しい情報を掲載しています。
一般論でいえば国立がんセンターがいいと思うでしょう。地方の人は遠いからダメだと考えますが、入院すれば費用は交通費を除けばほぼ同額ということになります。ただ家族の人が見舞いにいくとなると大変です」
「現実にはどうしても近くの病院を選ぶことになります。健太郎さんもいろいろ考えた末に地元の県立の病院に決めました」
「私はがんの拠点病院ならいいのではないかと思っています。仮にいい病院に入れても主治医はよほどのことがないと選べません。仮に紹介されたとしても待機者が多い場合、がんが進行する心配もありますし、お礼の費用もばかになりません」
「そうですね」
「前立腺がんの場合、治療法は三つです。摘出手術か粒子線量治療や放射線治療、そしてホルモン治療です。それぞれメリット、デメリットがあります。摘出手術が一番シンプルです。これはがんの病巣を取り除きますので、原理的には体から一挙にがんがなくなります。ただし骨や他の臓器に転移していれば、手術は複雑になります。骨への転移であれば抗がん剤を打ち続けることになります。この薬剤効果によっても副作用も相当なもので、患者さんによっては副作用に耐えられなくて途中でやめる人も少なくないようです」
「抗がん剤が大変のようですね」
「放射線や粒子線量治療だと、がんが再発して摘出手術をしようと思っても不可能なのです。また粒子線量治療はほぼ100%の完治を謳っていますが、治療費が高額で健康保険の対象でありません。成功率が高いのは初期のがんでないと受け付けてくれないようです」
「そうですか」
「胃がんの場合など、従来はお腹を切開して病巣を摘出する方法をやっていました。ところが近年は腹腔鏡手術といって、お腹に1㎝程の穴を数カ所あけて、腹腔鏡と呼ばれる高解像度のカメラを挿入し、専用の器具を用いて手術をする方法が行われています。胆のう摘出術、胃がんの手術、大腸がんの手術などに用いられています。
腹腔鏡手術では手術でできる傷が小さいので、術後の痛みが少なく、立ったり歩いたりするまでの回復の時間が早くなるメリットがあります。ただ、高度の医療技術が要求されますので、時々、失敗の報道がされています。とにかく検査から手術までいろいろ悩ましい判断が求められるのです。がんは種類が同じでもそれぞれの人に応じた対処法が必要です。お医者さんも迷うものだからセカンドオピニオンを薦めます。他の病気ではほとんど見られなかったことです」
「お義兄様の場合、術後は順調ですか」
「三ケ月に一度、血液検査によってPSA値の変化で骨や他の臓器への転移を調べてもらっています。診察後ホルモン注射を打って、処方剤のカソデックスというホルモン錠剤を受け取ることをずっと続けています」
「それでいまのところ変化はないのですね」
裕美は念を押すように確認した。
「いまのところは大丈夫です。ところが人間ドックで今度は胃がんの兆候があると言われ、改めて驚きました。二度目のがん宣告ではかなり冷静でおられました」
「まったく存じ上げていなくてすみませんでした」
「いえいえ、女房にも緘口令を敷いていましたので、誰も知りません」
「それにしても大変だったのですね」
「胃がんの初期でしたから内視鏡で切除する方法をとりました。男性の担当看護師に術後、聞きますと『一〇〇%成功しますよ』という説明をしてくれたのです。ところが退院後の診察でがんを完全に取り除けていませんとショッキングな話をされました。この時は頭が真っ白になりました」
「それでどうされたのですか」
「私はこの担当医となんとなく気が合いませんでしたので、国立がんセンターの紹介状を書いてくださいと語気を強めて頼みました」
「それはいいですが、東京ですよ」と担当医は明らかに嫌な顔を見せました。
「内視鏡で可能ながんの手術は一〇〇%だと聞いていましたので、取り残しがあるとお聞きして信じられなくなりました。すると、担当医はがんの発症している位置が付け根のところで切除が難しいところですと、言い訳をするのです」
「それでどうされたのですか」
「残りのがん細胞の切除を内視鏡でもう一度、やることにしました。というのはこの医師は消化器内科が専門ですが、消化器外科の医師とペアーを組んで相談しながらやっていますので、自分一人の判断ではないというのです。それを聞いて若干、安堵しました」
「再び、内視鏡手術で切除を試みてもらいましたが、術後の検査でまた異なる場所にがんが見つかったのです」
「そんなに早く広がるのですか」
「もう、がっくりしました。担当医は外科の医師と相談したところ、これから先、がんが見つかるたびに内視鏡手術をされますか、それとも全摘手術をされますかと迫ってきました」
「それは悩みますね。それでどうされたのですか」
「しかも外科の医師が女医だったことも驚きました。外科医は女医が少ないと思っていたからです。ともかく女医の面接を受けました」
「複雑な気持ちになりますね」
「女医が言われるには、がんの発症している場所が内視鏡で取り除くのは難しいようです。私は腹腔鏡手術をおすすめします」
自信顔で話される。真三はしばらく逡巡した後、「お願いします」と頭を下げた。その時の判断は真三の質問に真摯に答えたからだった。そして女性の方が器用ではないかと考え、「先生に命預けます」と笑って承諾した。
「今度、手術の指導資格をとりますので、今回の手術の様子をビデオ撮影したいのですが、承諾していただけますか」
「・・・」