姪の就職2

「メール文からは覚悟していたように思われますが、日常は気丈に行動していたように見えましたが…」

「そうなんですね」

 それ以後、真三は健太郎と何回かメールのやりとりをした。真三から送ったメールである。

 

健太郎さま

 ショッキングな知らせに鼓動が鳴り止みません。とにかく、元気にされていることがなによりの慰めです。私が時間をとれるのは今月九日以降で、その後もほとんど空いています。

今後、入院の予定等、教えてください。がんばれよ。俺を悲しませるなよ。  真三

 

 この頃のがんの発症についてはまだ不安要因は消えておらず、いずれ覚悟をする時が来るだろうと漠然と思い巡らしていた。兄が亡くなったときは七歳も年上であったので、それほどショックは受けなかった。ところが弟となるとその激震ぶりは比較にならないほど大きい。

 こういう時、気の利いたことがなかなか言えない。その必要もないとは思うが何か残したことはないのかと思い浮かべるが、取り立てて今しなければならないことがない。空虚な気持ちに陥るというのが正直なところだ。

 健太郎から返信メールが届く。

善真三様

 驚かせてすみません。私はもちろん不安です。死に対する恐怖や今後予想される苦しみや苦痛を考えると、胸が張り裂けそうになります。同時に、舞や裕美、そして真三兄を悲しませ、悩ませると思うと、とてもつらい気分です。それだけではなく、舞や裕美、そして裕美の両親まで、私の病気で振り回しています。好きでがんになったわけではありませんが、まわりの人達を巻き込むのは本当に心苦しいです。

 ただ、私は自分ががんであることを受け入れました。そして、何とかがんや死から目をそらさず、死と向き合おうともがいています。文章が書き上がれば、 送ります。

 さて、お願いです。

*私は真三兄とのこのメールのやり取りを保存しています。兄貴も保存してくれればうれしいです。

*九日以降は即入院しているかも知れず、まったく予定が立ちません。出来ればそれまでに一度会いたいです。舞が真三兄に会いたがっていますので、自宅へ来てもらえれば助かります。携帯ででも連絡を取り合いましょう。

 以上、勝手なお願いばかりですが、よろしくお願いします。

  七日午後二時半          善健太郎

 

 続けて真三がメールを送った。

健太郎さま

 貴方の苦悩、よく分かります。早期発見だったのでは、ないのですか。早くから、がん治療のことを言っていたのに、今日まで見つからなかったのは、かなり小さいがんだったからでしょうか。

 貴方と会う時は、二人きりがいいと思います。舞ちゃんとは、いずれ会う機会があると思いますので、とりあえずは貴方と二人で会いましょう。家の近くまで行って、電話します。携帯は090・1441・〇〇〇〇ですね。

 昼間がいいですか、それとも夕方がいいですか。

 昼なら二十八日午前十二時~五時ごろまで三十一日午前十二時~三時三十分、来月なら二、四、五いずれもOK 夕方も同じです

 家の近くのどこかの店で、いかがですか。以上の中から選んでください。   真三拝

 

しばらくして健太郎から返信メールが届いた。

善真三様

 がんは百人百態ですから、どうなるかわかりません。夕方はしんどいので、明日二十八日(金)の昼間、我が家に来て下さい。舞の出迎えは三時半ごろなので、まず家で詳しい話をします。それから近くで昼飯をたべましょう。携帯の番号はOKです。

 舞がスイミングで昨日一級に昇進しました。兄貴からささやかなプレゼントをもらえればとても喜びます。

  十月二十七日午後八時半       健太郎

 

健太郎さま

 奈良で好物の湖月の「みかさ焼き」を購入、また近くのスポーツ店で水中メガネを探した。結局、見つからなかったので、知り合いの光学メーカーの社長に会ってたずねることを約束。

 彼の自宅で、がん告知までのいきさつ、今後の生計(年金)、学資保険に入っていること等、饒舌に話した。そのあと、近くの公園を巡った。「この環境はすばらしい」と、誇らしげであった。

 

善真三様

 水中メガネ、スワンズありがとうございます。一日のブログを読みました。いいですね。

 私は今日、骨への転移の有無を調べる検査を受けました。たぶん転移していると予感しています。でも、命尽きるまで生き抜く覚悟です。幸い、「死と向き合う心」と、今書き上げつつある小説に全身全霊を込めることが出来ます。必ず仕上げます。

 九日(水)午後に転移の有無と治療方針の説明があります。がんのことではありませんが、真三兄にどうしても話しておかなければならないことがあります。もし、九日の午後に時間が取れるなら、午後一時前に病院の2階の泌尿器科外来まで来て下さい。都合が悪ければ、直近の都合のいい日時を連絡して下さい。

*駅南口からタクシーに乗るのが一番便利です。勝手なお願いばかりで、すみません。よろしくお願いします。              健太郎

 

健太郎さま

 八、九日は大分のVIPが来ますので、時間が取れるかどうか、分かりません。

 取れそうなら、八日に連絡します。七日なら大丈夫ですが…。               真三

 

善真三様

 わかりました。仕事を優先して下さい。私は九日(水)午後二時から、担当医師から転移の有無や治療方針を聞きます。その後の出来るだけ早いうちに会いたいですね。入院とはならないと思いますので、連絡します。               健太郎

 この後、電話で話した。覚悟をしているようだが、最後はどうなるのか、心配である。

 

善真三様

 五日(土)の兄貴のHP(日記)「悪夢の思い出」を読みました。下記二点の誤りを指摘します。

 (これは真三が高校山岳部時代の山火事の事故についてであった)

一、曽爾高原は三重県ではありません。奈良県です。少し東にそびえる倶留尊山は三重県境にありますが、焼けた曽爾高原は奈良県です。

 親父と落ち合い、近鉄榛原駅で降り、奈良県警榛原警察署の車で村長宅へ行きました。この程度のことは地図を開くなりすれば、すぐにわかることです。

二、「早目の山焼き」です。翌朝、親父の要望もあって、私は高原のてっぺんまで登りました。たしかに、焼けた大半は山焼きをするススキやカヤの高原でした。しかし、山頂付近のかなりの木が焼けていました。私は樹木も焼けていることを親父や村長に伝えました。

 村長は「将来のある若者達ですから…」と口を濁しました。たぶん、少々のことは目をつぶり、勘弁したれと言って村民らを黙らせたと私は思っています。兄貴は私に尋ねれば、この事実を確かめることが出来たはずです。しかし、それもせずに、無邪気に日記を書いています。

 指摘は以上の通りです。私は、記者時代に「訂正の訂正」を出すなど数えきれないほどの間違いをしました。団地の自治会長の時に出していた「自治会だより」でも間違いがあり、訂正文を自分で全戸配布したことも一度や二度ではありません。息抜きでやっているHPでも、地名や人名を間違え、そのたびに訂正しています。HPを更新後も何度も開いて、チェックしているのです。

 兄貴は訂正を掲載するか、それが出来ないならこの日の日記を削除すべきです。      健太郎

 

 なるほど、新聞記者だけに厳しい指摘である。新聞社もなかなか訂正を載せないと聞いているが、私的なHPであっても公に告知した以上は健太郎の指摘の通りだと思った。

 そこでどう対応すべきか考えた。いずれにしても返答しなければ健太郎もみくびるだろうと内心、恐れた。

 

■岡田 清治プロフィール

1942年生まれ ジャーナリスト

(編集プロダクション・NET108代表)

著書に『高野山開創千二百年 いっぱんさん行状記』『心の遺言』『あなたは社員の全能力を引き出せますか!』『リヨンで見た虹』など多数

※この物語に対する読者の方々のコメント、体験談を左記のFAXかメールでお寄せください。

今回は「就職」「日本のゆくえ」「結婚」「夫婦」「インド」「愛知県」についてです。物語が進行する中で織り込むことを試み、一緒に考えます。

FAX‥0569―34―7971

メール‥takamitsu@akai-shinbunten.net

 

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姪の就職2

「メール文からは覚悟していたように思われますが、日常は気丈に行動していたように見えましたが…」

「そうなんですね」

 それ以後、真三は健太郎と何回かメールのやりとりをした。真三から送ったメールである。

 

健太郎さま

 ショッキングな知らせに鼓動が鳴り止みません。とにかく、元気にされていることがなによりの慰めです。私が時間をとれるのは今月九日以降で、その後もほとんど空いています。

今後、入院の予定等、教えてください。がんばれよ。俺を悲しませるなよ。  真三

 

 この頃のがんの発症についてはまだ不安要因は消えておらず、いずれ覚悟をする時が来るだろうと漠然と思い巡らしていた。兄が亡くなったときは七歳も年上であったので、それほどショックは受けなかった。ところが弟となるとその激震ぶりは比較にならないほど大きい。

 こういう時、気の利いたことがなかなか言えない。その必要もないとは思うが何か残したことはないのかと思い浮かべるが、取り立てて今しなければならないことがない。空虚な気持ちに陥るというのが正直なところだ。

 健太郎から返信メールが届く。

善真三様

 驚かせてすみません。私はもちろん不安です。死に対する恐怖や今後予想される苦しみや苦痛を考えると、胸が張り裂けそうになります。同時に、舞や裕美、そして真三兄を悲しませ、悩ませると思うと、とてもつらい気分です。それだけではなく、舞や裕美、そして裕美の両親まで、私の病気で振り回しています。好きでがんになったわけではありませんが、まわりの人達を巻き込むのは本当に心苦しいです。

 ただ、私は自分ががんであることを受け入れました。そして、何とかがんや死から目をそらさず、死と向き合おうともがいています。文章が書き上がれば、 送ります。

 さて、お願いです。

*私は真三兄とのこのメールのやり取りを保存しています。兄貴も保存してくれればうれしいです。

*九日以降は即入院しているかも知れず、まったく予定が立ちません。出来ればそれまでに一度会いたいです。舞が真三兄に会いたがっていますので、自宅へ来てもらえれば助かります。携帯ででも連絡を取り合いましょう。

 以上、勝手なお願いばかりですが、よろしくお願いします。

  七日午後二時半          善健太郎

 

 続けて真三がメールを送った。

健太郎さま

 貴方の苦悩、よく分かります。早期発見だったのでは、ないのですか。早くから、がん治療のことを言っていたのに、今日まで見つからなかったのは、かなり小さいがんだったからでしょうか。

 貴方と会う時は、二人きりがいいと思います。舞ちゃんとは、いずれ会う機会があると思いますので、とりあえずは貴方と二人で会いましょう。家の近くまで行って、電話します。携帯は090・1441・〇〇〇〇ですね。

 昼間がいいですか、それとも夕方がいいですか。

 昼なら二十八日午前十二時~五時ごろまで三十一日午前十二時~三時三十分、来月なら二、四、五いずれもOK 夕方も同じです

 家の近くのどこかの店で、いかがですか。以上の中から選んでください。   真三拝

 

しばらくして健太郎から返信メールが届いた。

善真三様

 がんは百人百態ですから、どうなるかわかりません。夕方はしんどいので、明日二十八日(金)の昼間、我が家に来て下さい。舞の出迎えは三時半ごろなので、まず家で詳しい話をします。それから近くで昼飯をたべましょう。携帯の番号はOKです。

 舞がスイミングで昨日一級に昇進しました。兄貴からささやかなプレゼントをもらえればとても喜びます。

  十月二十七日午後八時半       健太郎

 

健太郎さま

 奈良で好物の湖月の「みかさ焼き」を購入、また近くのスポーツ店で水中メガネを探した。結局、見つからなかったので、知り合いの光学メーカーの社長に会ってたずねることを約束。

 彼の自宅で、がん告知までのいきさつ、今後の生計(年金)、学資保険に入っていること等、饒舌に話した。そのあと、近くの公園を巡った。「この環境はすばらしい」と、誇らしげであった。

 

善真三様

 水中メガネ、スワンズありがとうございます。一日のブログを読みました。いいですね。

 私は今日、骨への転移の有無を調べる検査を受けました。たぶん転移していると予感しています。でも、命尽きるまで生き抜く覚悟です。幸い、「死と向き合う心」と、今書き上げつつある小説に全身全霊を込めることが出来ます。必ず仕上げます。

 九日(水)午後に転移の有無と治療方針の説明があります。がんのことではありませんが、真三兄にどうしても話しておかなければならないことがあります。もし、九日の午後に時間が取れるなら、午後一時前に病院の2階の泌尿器科外来まで来て下さい。都合が悪ければ、直近の都合のいい日時を連絡して下さい。

*駅南口からタクシーに乗るのが一番便利です。勝手なお願いばかりで、すみません。よろしくお願いします。              健太郎

 

健太郎さま

 八、九日は大分のVIPが来ますので、時間が取れるかどうか、分かりません。

 取れそうなら、八日に連絡します。七日なら大丈夫ですが…。               真三

 

善真三様

 わかりました。仕事を優先して下さい。私は九日(水)午後二時から、担当医師から転移の有無や治療方針を聞きます。その後の出来るだけ早いうちに会いたいですね。入院とはならないと思いますので、連絡します。               健太郎

 この後、電話で話した。覚悟をしているようだが、最後はどうなるのか、心配である。

 

善真三様

 五日(土)の兄貴のHP(日記)「悪夢の思い出」を読みました。下記二点の誤りを指摘します。

 (これは真三が高校山岳部時代の山火事の事故についてであった)

一、曽爾高原は三重県ではありません。奈良県です。少し東にそびえる倶留尊山は三重県境にありますが、焼けた曽爾高原は奈良県です。

 親父と落ち合い、近鉄榛原駅で降り、奈良県警榛原警察署の車で村長宅へ行きました。この程度のことは地図を開くなりすれば、すぐにわかることです。

二、「早目の山焼き」です。翌朝、親父の要望もあって、私は高原のてっぺんまで登りました。たしかに、焼けた大半は山焼きをするススキやカヤの高原でした。しかし、山頂付近のかなりの木が焼けていました。私は樹木も焼けていることを親父や村長に伝えました。

 村長は「将来のある若者達ですから…」と口を濁しました。たぶん、少々のことは目をつぶり、勘弁したれと言って村民らを黙らせたと私は思っています。兄貴は私に尋ねれば、この事実を確かめることが出来たはずです。しかし、それもせずに、無邪気に日記を書いています。

 指摘は以上の通りです。私は、記者時代に「訂正の訂正」を出すなど数えきれないほどの間違いをしました。団地の自治会長の時に出していた「自治会だより」でも間違いがあり、訂正文を自分で全戸配布したことも一度や二度ではありません。息抜きでやっているHPでも、地名や人名を間違え、そのたびに訂正しています。HPを更新後も何度も開いて、チェックしているのです。

 兄貴は訂正を掲載するか、それが出来ないならこの日の日記を削除すべきです。      健太郎

 

 なるほど、新聞記者だけに厳しい指摘である。新聞社もなかなか訂正を載せないと聞いているが、私的なHPであっても公に告知した以上は健太郎の指摘の通りだと思った。

 そこでどう対応すべきか考えた。いずれにしても返答しなければ健太郎もみくびるだろうと内心、恐れた。