新美南吉を哲学者として紹介すると奇異に思い、童話作家ではないのかと思われるかもしれません。新美南吉は童話作家でありながら同時に哲学者としても生きたのです。実業界にも仏教界にも教育界にも政治の世界にも、そしてその他の分野でも哲学者として生きた人は沢山います。先回紹介した谷川徹三のような本格的な哲学研究者としての哲学者は勿論哲学者ですが、そうでない分野で生きた人も哲学を研究してきた人は哲学者です。私はそうした理解の上で新美南吉を紹介します。

 哲学者とはどういう人のことでしょうか。私は人々のために善く生きた人、働いた人と考えます。自分だけでなく、みんなが幸せになれるようにその道を示し努力した人を哲学者と言います。

 なぜ「人々のために善く生きた人」が哲学者なのかの証明は難しいです。なぜなら哲学者がすべて先に述べたような哲学を定義しているのではありません。ですからこの定義は1つの仮説です。ただ私は高校の倫理の教科書に出てくる思想家の殆どは上の哲学定義に該当すると思いますし4大聖人と言われるイエス・仏陀・孔子・ソクラテスは隣人愛・慈悲・怨・善を説き共存の社会を築きみんなで幸せになろうと説いています。そしてまた新美南吉も同じです。

 少し哲学の説明が長くなりましたがこうした角度から新美南吉を紹介することにしました。

 まず、生没年を見ておきましょう。

 新美南吉の生没年。1913(大正2)年誕生、1943(昭和18)年永眠。

 次に、主な作品を確認しておきましょう。

 新美南吉作品の主な作品群(時間系列による配置)。

 

 

*この作品の時間系列による配置は厳密なものではありません。もともと新美南吉は投稿作家として出発していて、上の作品すべてが生前に雑誌等に掲載されているわけではありません。先人の研究を参考にし私なりの工夫を加えて作成しました。

*『良寛物語』を太字にしたのは意味があってのことです。予言的な言い方で言いますと、新美南吉が哲学者として大きく陶治するのは、この『良寛物語』を執筆して以降のことになるからです。哲学者 新美南吉論にとって重要な位置を占める童話です。

 

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 哲学者とはどういう人のことでしょうか。私は人々のために善く生きた人、働いた人と考えます。自分だけでなく、みんなが幸せになれるようにその道を示し努力した人を哲学者と言います。

 なぜ「人々のために善く生きた人」が哲学者なのかの証明は難しいです。なぜなら哲学者がすべて先に述べたような哲学を定義しているのではありません。ですからこの定義は1つの仮説です。ただ私は高校の倫理の教科書に出てくる思想家の殆どは上の哲学定義に該当すると思いますし4大聖人と言われるイエス・仏陀・孔子・ソクラテスは隣人愛・慈悲・怨・善を説き共存の社会を築きみんなで幸せになろうと説いています。そしてまた新美南吉も同じです。

 少し哲学の説明が長くなりましたがこうした角度から新美南吉を紹介することにしました。

 まず、生没年を見ておきましょう。

 新美南吉の生没年。1913(大正2)年誕生、1943(昭和18)年永眠。

 次に、主な作品を確認しておきましょう。

 新美南吉作品の主な作品群(時間系列による配置)。

 

 

*この作品の時間系列による配置は厳密なものではありません。もともと新美南吉は投稿作家として出発していて、上の作品すべてが生前に雑誌等に掲載されているわけではありません。先人の研究を参考にし私なりの工夫を加えて作成しました。

*『良寛物語』を太字にしたのは意味があってのことです。予言的な言い方で言いますと、新美南吉が哲学者として大きく陶治するのは、この『良寛物語』を執筆して以降のことになるからです。哲学者 新美南吉論にとって重要な位置を占める童話です。