小栗風葉の思想を書くことにします。小栗風葉は半田市出身の小説家です。最近では澤田ふじ子さんや家田荘子さん、中村文則さんらが出ていますが、それ以前は、知多の文豪と言えば新美南吉と小栗風葉でした。新美南吉については既に書いていますので、今回は小栗風葉を取り上げます。もちろん哲学者としてです。風葉の生没年は1875-1926。
小栗風葉は風俗作家と言われ、世間的には高い評価を受けてはいません。高校生が使う「国語便覧」にも出てきません。夏目漱石が6ページにわたって紹介されているのに。
国から発禁処分を受けた、レベルの低い風俗作家と見られているようです。しかし私から見ると、菩薩道に生きた素晴らしい小説家だと思います。風葉は立派な哲学者でした。逆に発禁処分にした国側に問題があったのではと思います。風葉の思想が理解できなかったので、改めてこの問題については詳しく後述します。
ここでの執筆は小栗風葉の正しい評価を目指してとなります。既に、四半世紀ほど前に、半田で「小栗風葉をひろめる会」が立ち上げられ、風葉研究や風葉の小説の復刻運動がなされました。その成果は半田市立図書館に収められています。私のこの文と合わせてお読みいただければ幸甚です。私も、「風葉作品の優しさ」というタイトルで一文を載せさせていただいております(『小栗風葉あんない10号』)。
風葉を一言で言ったら、庶民に寄り添った小説家と言うことができます。風葉の小説の中には、庶民がつくり出す文化にこそ尊いものがあるという思想にあふれています。優しいまなざしを庶民に常に向けてきたのが風葉の真相です。
彼の具体的な作品においてその状況を見ていくことにしましょう。
前期作品では、庶民差別に対する怒りが書かれています。『寝白粉』、『亀甲鶴』、『三日判事』、『前後不覚』、『下士官』で、それを見ることにします。
『寝白粉』=穢多非人とレッテルを貼られた人たちの悲しみを問題にしています。自分たちが子を生めば、差別される子孫を残すことになる。そのために結婚をしないでいこうと誓う兄妹の悲しい物語です。
『亀甲鶴』=下層民と上層階層の間に流れる通じ合えない壁を問題にしています。酒づくりに命を懸けやりとげ、主人から信頼され感謝されるも、お嬢さんとの結婚の夢は遂げられずに自殺してしまう又六の悲しい物語です。
『三日判事』=裁くべき者を裁かず、守らなければならない人を裁くことしかできない判事の苦悩の物語です。怒りをもって外山判事が判決の三日後に退職する話です。
『前後不覚』=借金地獄の車夫が起こしてしまう母親殺しの話です。復讐が復讐にならず、気狂いして母親を殺してしまうという車夫の悲しい物語です。
『下士官』=自分の責任を越えた所で生活の土台が壊されていく庶民の物語です。努力しても努力しても土台を壊され、駄目にされていく庶民の悲しい物語です。
風葉がこれらの前期作品において、庶民が努力しても努力しても豊かな人間的生活への脱出ができない、蟻地獄のような生活が強いられていることへの怒りの告発をしていることが分かります。努力したら報われる社会であって欲しい。これが風葉の願いであることが分かります。私が風葉を哲学者と言う理由をお分かりいただけるかと思います。
しかし風葉は、この告発だけに留まらなかった所が素晴らしいのです。
(次号につづく)
・老春の戯言No.003上から目線て? ・私の出会った作品82 ・この指とまれ325 ・長澤晶子のSPEED★COOKING!
・日々是好日 ・知多の哲学散歩道Vol.37 ・若竹俳壇 ・わが家のニューフェイス ・愛とMy Family ・あの人の冒険
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小栗風葉の思想を書くことにします。小栗風葉は半田市出身の小説家です。最近では澤田ふじ子さんや家田荘子さん、中村文則さんらが出ていますが、それ以前は、知多の文豪と言えば新美南吉と小栗風葉でした。新美南吉については既に書いていますので、今回は小栗風葉を取り上げます。もちろん哲学者としてです。風葉の生没年は1875-1926。
小栗風葉は風俗作家と言われ、世間的には高い評価を受けてはいません。高校生が使う「国語便覧」にも出てきません。夏目漱石が6ページにわたって紹介されているのに。
国から発禁処分を受けた、レベルの低い風俗作家と見られているようです。しかし私から見ると、菩薩道に生きた素晴らしい小説家だと思います。風葉は立派な哲学者でした。逆に発禁処分にした国側に問題があったのではと思います。風葉の思想が理解できなかったので、改めてこの問題については詳しく後述します。
ここでの執筆は小栗風葉の正しい評価を目指してとなります。既に、四半世紀ほど前に、半田で「小栗風葉をひろめる会」が立ち上げられ、風葉研究や風葉の小説の復刻運動がなされました。その成果は半田市立図書館に収められています。私のこの文と合わせてお読みいただければ幸甚です。私も、「風葉作品の優しさ」というタイトルで一文を載せさせていただいております(『小栗風葉あんない10号』)。
風葉を一言で言ったら、庶民に寄り添った小説家と言うことができます。風葉の小説の中には、庶民がつくり出す文化にこそ尊いものがあるという思想にあふれています。優しいまなざしを庶民に常に向けてきたのが風葉の真相です。
彼の具体的な作品においてその状況を見ていくことにしましょう。
前期作品では、庶民差別に対する怒りが書かれています。『寝白粉』、『亀甲鶴』、『三日判事』、『前後不覚』、『下士官』で、それを見ることにします。
『寝白粉』=穢多非人とレッテルを貼られた人たちの悲しみを問題にしています。自分たちが子を生めば、差別される子孫を残すことになる。そのために結婚をしないでいこうと誓う兄妹の悲しい物語です。
『亀甲鶴』=下層民と上層階層の間に流れる通じ合えない壁を問題にしています。酒づくりに命を懸けやりとげ、主人から信頼され感謝されるも、お嬢さんとの結婚の夢は遂げられずに自殺してしまう又六の悲しい物語です。
『三日判事』=裁くべき者を裁かず、守らなければならない人を裁くことしかできない判事の苦悩の物語です。怒りをもって外山判事が判決の三日後に退職する話です。
『前後不覚』=借金地獄の車夫が起こしてしまう母親殺しの話です。復讐が復讐にならず、気狂いして母親を殺してしまうという車夫の悲しい物語です。
『下士官』=自分の責任を越えた所で生活の土台が壊されていく庶民の物語です。努力しても努力しても土台を壊され、駄目にされていく庶民の悲しい物語です。
風葉がこれらの前期作品において、庶民が努力しても努力しても豊かな人間的生活への脱出ができない、蟻地獄のような生活が強いられていることへの怒りの告発をしていることが分かります。努力したら報われる社会であって欲しい。これが風葉の願いであることが分かります。私が風葉を哲学者と言う理由をお分かりいただけるかと思います。
しかし風葉は、この告発だけに留まらなかった所が素晴らしいのです。
(次号につづく)