古い師崎の絵葉書、湾内の砂浜に木桶を担った女性が写っている。とても風情のある光景に見える。が、私は妙に気になった。早速、師崎の古老にお見せした。「これは、『ションボケ』を洗いに来たとこだな‥」。やっぱりそうだったのか!と同時にその呼び名にとても懐かしさを覚えた。この呼び名は、武豊町誌にも出てくる。

 干鰯(イワシを肥料化したもの・房総の特産)の調査で齊藤功先生(歴史研究家・千葉県)に大変お世話になっているが、頂いた膨大な資料の中に九十九里浜での似た絵葉書を思い出した。早速お尋ねしたら「これは『潮汲』でしょう、当時塩田がありましたから」。‥疑問は晴れず。

 再び師崎へ、かつての様子を探った。「小さかったころ、一つの肥桶を母親と天秤棒で担って、とんまの畑(標高約30m)に運んだ。桶は、帰り道の二つ池で洗ったヮ」(80代女性)。「母親と天秤棒で担って秋葉山頂(標高約60m)の畑まで運んだ。肥桶は麓の松田池で洗った。小学校からの帰りを待ち構えとって手伝わされた。父親は漁に出とるで仕方なかった」(70代男性)。との証言。

 そんな話を職場の女性にしたら「私ね『肥溜め』に2回も落ちたの。オテンバだったからネ、あの頃は成岩。昭和46、7年だったかナ~」。さらに「そうそう、そのころ近所のおばーちゃんが立ち〇○〇するとこ見たワョ」。「‥そう言えば私も師崎で何度も」と意外な方向に‥。

 人糞肥料は終戦後、サラダに細菌や寄生虫が付くことからGHQが日本政府に使用中止を命じたという。だが、昭和40年代まで使用していたようだ。今は無いが、それは行政の屎尿処理が普及したからだろう。

 結局、古い絵葉書の「桶を担う女性」の疑問は晴れなかった。撮った写真師は、舞踊『汐汲』の日本人形を連想したのだろう。きっと。

 師崎には塩田は無かった。が『汐汲』の女性だと思うことにしよう‥、と心に決めた。

 なんと風情のある我がふるさと‥(汗)。

 

 

伊藤明德

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 干鰯(イワシを肥料化したもの・房総の特産)の調査で齊藤功先生(歴史研究家・千葉県)に大変お世話になっているが、頂いた膨大な資料の中に九十九里浜での似た絵葉書を思い出した。早速お尋ねしたら「これは『潮汲』でしょう、当時塩田がありましたから」。‥疑問は晴れず。

 再び師崎へ、かつての様子を探った。「小さかったころ、一つの肥桶を母親と天秤棒で担って、とんまの畑(標高約30m)に運んだ。桶は、帰り道の二つ池で洗ったヮ」(80代女性)。「母親と天秤棒で担って秋葉山頂(標高約60m)の畑まで運んだ。肥桶は麓の松田池で洗った。小学校からの帰りを待ち構えとって手伝わされた。父親は漁に出とるで仕方なかった」(70代男性)。との証言。

 そんな話を職場の女性にしたら「私ね『肥溜め』に2回も落ちたの。オテンバだったからネ、あの頃は成岩。昭和46、7年だったかナ~」。さらに「そうそう、そのころ近所のおばーちゃんが立ち〇○〇するとこ見たワョ」。「‥そう言えば私も師崎で何度も」と意外な方向に‥。

 人糞肥料は終戦後、サラダに細菌や寄生虫が付くことからGHQが日本政府に使用中止を命じたという。だが、昭和40年代まで使用していたようだ。今は無いが、それは行政の屎尿処理が普及したからだろう。

 結局、古い絵葉書の「桶を担う女性」の疑問は晴れなかった。撮った写真師は、舞踊『汐汲』の日本人形を連想したのだろう。きっと。

 師崎には塩田は無かった。が『汐汲』の女性だと思うことにしよう‥、と心に決めた。

 なんと風情のある我がふるさと‥(汗)。

伊藤明德