ドラマは続く
真三は書斎の椅子にもたれながら、しばらく目をつぶり物思いにふけった。やがて眼をあけ、小説の続きを読み始めた。
山城相銀では貸金が平均一日一千万円から一千五百万円の水準にある。比率の上で、一口六百万円~八百万円のところが多くても、一口一億円~二億円の客があると、一口の平均貸金は高くなるので、できるだけ大口の比率を下げなければならない。支店によってはどうしても大口を受けざるを得ないところもあるが、その分、小口の数を増やすことである。一口八百万円以下にすると大成功だ。これからの中小金融機関の生きる道はこうしなければならない。
金融の自由化が進展する中で大企業向けの融資を減らし、中小企業や個人向け融資を増やす作戦をどこの相銀でもやっている。とくに近畿相銀、兵庫相銀など大手は大企業向けの低率融資を回収して中小企業、個人に割り振っている。
預金については一人当たりの預金量を増やすことである。山城相銀の場合、従業員七百五十人で預金総額二千五百億円だったら、一人当たり三億三千万円である。大手の近畿相銀で四億円を超えるし、小規模になると三億円を割るところもある。銀行というところはなんでも横並びを好む。月給も似たものとすると、一人当たりの預金量の少ないところは、それだけコスト高になっている。だから少数精鋭で預金量を増やすことを考えないとやっていけない。人数を増やさないと預金量の伸びも低いのが一般的で、そのあたりに難しさがある。
(人を増やさんといて、預金量が増えまっかいな)と文句をいう支店長の言い方は理にかなっている。理にかなうといって、その通りやっていたら経営が行き詰まる。ただ、支店長も支店を三つも四つも回されると、自分からできる人、そうでない人がよくわかる。十年間ずっと不運が続くことはない。
(一つの支店にできの悪い部下とか、逆に優秀な者ばかりを集めることはできない。与えられた条件でどうやるかだ。できる支店長はどこへ行ってもできる。部下のせいにするのが最低だ。よくやる上司は部下の悪口は言わないものである)と片桐は思っている。
転勤で某支店へ行ったとたん、得意先が倒産でしょげることだってある。そこで潰れるか、一年ぐらいはフラフラしても、二、三年で頭を持ち上げ立ち直るかは、その後に大きな差が出る。
片桐も信長の時代があった。支店長の片桐は着任早々に不良債権の取り立てを厳しくやった。強引に差し押さえたので、中には告訴する者もいた。
「片桐という支店長は差し押さえを理由に、自分のポケットにいれよった」
警察には何回も引っ張られた。(倒れかけたら、世間はみんな寄ってたたきのめしたがる。今の時代のいじめと同じだ。だから居直って起き上がらんといかん。起き上がると、みんなは見直す)と、片桐は経験から学んだ。
特利がばれて降格されたこともあった。特利とは特別の利子のことで、一〇万円の定期預金が年5%で五千円の利子が付くところ、千円のカステラを先に渡すと、結局6%の利子と同じになる。これが特利で競争が激しくなると、テレビを持って行くなど行儀が悪くなる。預金の伸びが高いと、自然と噂が立ち、大蔵省の役人の耳に入る。
「お前、贈り物届けたんだろう」
「すみません」
役人のカマについ口を滑らしてしまった。大蔵省の役人は支店の職員だけでなく、客まで調べ、行政の指導徹底を見せつける。片桐は部下の責任をかぶって降格人事を甘んじて受けた。(落ちた人間の気持ちがわかる)だけでもプラスだと考える。
「欲」がひっくり返させられたら、こけたらよい。しかし、「欲」を抑えたらいかん。月給が下がれば(くそォと思う)のが人情である。そのままでボチボチ生きたらええというのは敗残者だ。片桐の場合、途中入行だったので社長の甥であっても、周囲の風当たりは強かった。
「片桐、お前の出した稟議書ではダメだ」
「……」
「貸金にもいろいろある。そんなにスムースにいくか」
稟議書を突き返される。(くそォ)と思いながら歯を食いしばって耐える。この忍耐が人間を育てる。
片桐は大阪の下町、鶴橋にある得意先のオヤジが言っていたことを思い出す。
「あんたな、うちのような所でも一日に保険屋、株屋、銀行屋が十人から十五人来よります。みんな同じように付き合っていたら、こっちの商売する時間がなくなりまっせ」
金融関係の者だけでも、こんなに押しかけてくるのだから迷惑顔されても仕方がない。それを承知でハンを押したように通うことだ。相手が家庭の主婦やOL なら、ブ男に対してもかならず参るはずだ。預金の勧誘は女性をくどくのとよく似ているという。陥落させようと思ったら、あきらめずまめに尽くすことである。(美女がなぜあんな男に惚れるんやと羨ましく思ったことがあるだろう)恐らくその男は拒まれても拒まれてもそれに懲りず、徹底して尽くし、美女の心をつかんだのだ。預金も同じだというわけである。
狙った客は、女性に見立てて、通い尽くすことだ。相手に役立つ情報と思ったらなんでも持って行く。直接、商売に関係ないような、例えば結婚適齢期の娘さんがいるなら、縁談の話でもいい。相手に喜んでもらえるよう全力を尽くすのである。情報によってセールスの差別化を図っていく。これがセールスの秘訣だと片桐は確信している。
例の酒屋の親父に断れても通い続けたある日のことである。
「うちは大和銀行と取引しているんや。浪華相銀には用ない言うとるやろ」
片桐を見るなり、店の前で水撒きしながら親父は大声で怒鳴り、ついには店に入っていこうとする片桐に杓で水をかける。そして片桐の両肩に手を当て、くるっと回して押し出した。片桐は身体に触られたり水をかけられたことを喜んだ。それだけ自分を気にしているに違いない。そんなことがあってからも店へ一〇回ほど出かけた。
「お前というやつは、ほんまにようやるなぁ。根負けしたよ。100万円の定期したるわ」
セールスとは根比べである。相手に立派なセールスマンだと思わせる。水をぶっかけられたらチャンスと思うことである。
「そろそろ夕食にしましょうか」
「わかった」
二人は食卓についた。
「ウナギか。時期遅れだが、それでも結構価格は高いのだろう」
「そうですね。少しは安くなっていますが、もともと相当、値上がりしていますので、高いと思ってしまいますね」
「夏バテ予防になれば、価格は問題ないのだが…」
「気の持ちようでしょう」
「明日、映画に行こうか」
「なにかいい映画やっているのですか」
「友人からおすすめの映画のメールが届いたからだ」
「トップガンですか。トム・クルーズ主演ですの」
「まぁ、コピーを読んでみたら」
「前作から相当年数がたっているのですね」
「そうだね。前作をビデオで観ることもできるが、今回は観なくてもいいのでは…」
「どっちみちわからないでしょうから」
「映像もすごいし、トム・クルーズがリアリティを高める工夫をしているから、きっと面白いと思うよ。とにかく、興行成績が断トツだそうだ」
考えるな、行動せよ(映画『トップガン』)
トム・クルーズ主演の映画『トップガン』を観た人も多いと思う。世界中で断トツの興行成績だと言われている。トップガンとはアメリカ海軍のエリートパイロット養成学校での話である。今回は続編だが、36年前の前編を観た方が、ストーリーは分かりやすい。そこには示唆に富んだ場面がいくつも含まれている。とくに型破りトム・クルーズ演じるパイロット、マーヴェリックは物事を考えると論理思考にはまり、うまく事が運ばないという教えは感動を与える。
映画の見どころは、組織、命令、努力といったキーワードであろう。会社でも新規事業や研究開発で上からの命令で突然打ち切られることがある。チームを組んで、もう一息というところで中止になったり、予算を削られたりした経験のある人も少なくないはずだ。
映画では勇気と挑戦の大切さを教えてくれる。日本全体が低迷し元気がないのは、挑戦する勇気が不足していると言われている。組織の命令に従っている方が楽であるから挑戦しない。いまの若者はトム・クルーズのような上司を熱望しているのかも。コロナ禍が三年も続き、青春を失いつつある若者にチャンスを与えることこそ肝要だろう。
■岡田 清治プロフィール
1942年生まれ ジャーナリスト
(編集プロダクション・NET108代表)
著書に『高野山開創千二百年 いっぱんさん行状記』『心の遺言』『あなたは社員の全能力を引き出せますか!』『リヨンで見た虹』など多数
※この物語に対する読者の方々のコメント、体験談を左記のFAXかメールでお寄せください。
今回は「就職」「日本のゆくえ」「結婚」「夫婦」「インド」「愛知県」についてです。物語が進行する中で織り込むことを試み、一緒に考えます。
FAX‥0569―34―7971
メール‥takamitsu@akai-shinbunten.net
・『新・現代家庭考』 就職138 ・私の出会った作品76 ・この指とまれ319 ・長澤晶子のSPEED★COOKING!
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ドラマは続く
真三は書斎の椅子にもたれながら、しばらく目をつぶり物思いにふけった。やがて眼をあけ、小説の続きを読み始めた。
山城相銀では貸金が平均一日一千万円から一千五百万円の水準にある。比率の上で、一口六百万円~八百万円のところが多くても、一口一億円~二億円の客があると、一口の平均貸金は高くなるので、できるだけ大口の比率を下げなければならない。支店によってはどうしても大口を受けざるを得ないところもあるが、その分、小口の数を増やすことである。一口八百万円以下にすると大成功だ。これからの中小金融機関の生きる道はこうしなければならない。
金融の自由化が進展する中で大企業向けの融資を減らし、中小企業や個人向け融資を増やす作戦をどこの相銀でもやっている。とくに近畿相銀、兵庫相銀など大手は大企業向けの低率融資を回収して中小企業、個人に割り振っている。
預金については一人当たりの預金量を増やすことである。山城相銀の場合、従業員七百五十人で預金総額二千五百億円だったら、一人当たり三億三千万円である。大手の近畿相銀で四億円を超えるし、小規模になると三億円を割るところもある。銀行というところはなんでも横並びを好む。月給も似たものとすると、一人当たりの預金量の少ないところは、それだけコスト高になっている。だから少数精鋭で預金量を増やすことを考えないとやっていけない。人数を増やさないと預金量の伸びも低いのが一般的で、そのあたりに難しさがある。
(人を増やさんといて、預金量が増えまっかいな)と文句をいう支店長の言い方は理にかなっている。理にかなうといって、その通りやっていたら経営が行き詰まる。ただ、支店長も支店を三つも四つも回されると、自分からできる人、そうでない人がよくわかる。十年間ずっと不運が続くことはない。
(一つの支店にできの悪い部下とか、逆に優秀な者ばかりを集めることはできない。与えられた条件でどうやるかだ。できる支店長はどこへ行ってもできる。部下のせいにするのが最低だ。よくやる上司は部下の悪口は言わないものである)と片桐は思っている。
転勤で某支店へ行ったとたん、得意先が倒産でしょげることだってある。そこで潰れるか、一年ぐらいはフラフラしても、二、三年で頭を持ち上げ立ち直るかは、その後に大きな差が出る。
片桐も信長の時代があった。支店長の片桐は着任早々に不良債権の取り立てを厳しくやった。強引に差し押さえたので、中には告訴する者もいた。
「片桐という支店長は差し押さえを理由に、自分のポケットにいれよった」
警察には何回も引っ張られた。(倒れかけたら、世間はみんな寄ってたたきのめしたがる。今の時代のいじめと同じだ。だから居直って起き上がらんといかん。起き上がると、みんなは見直す)と、片桐は経験から学んだ。
特利がばれて降格されたこともあった。特利とは特別の利子のことで、一〇万円の定期預金が年5%で五千円の利子が付くところ、千円のカステラを先に渡すと、結局6%の利子と同じになる。これが特利で競争が激しくなると、テレビを持って行くなど行儀が悪くなる。預金の伸びが高いと、自然と噂が立ち、大蔵省の役人の耳に入る。
「お前、贈り物届けたんだろう」
「すみません」
役人のカマについ口を滑らしてしまった。大蔵省の役人は支店の職員だけでなく、客まで調べ、行政の指導徹底を見せつける。片桐は部下の責任をかぶって降格人事を甘んじて受けた。(落ちた人間の気持ちがわかる)だけでもプラスだと考える。
「欲」がひっくり返させられたら、こけたらよい。しかし、「欲」を抑えたらいかん。月給が下がれば(くそォと思う)のが人情である。そのままでボチボチ生きたらええというのは敗残者だ。片桐の場合、途中入行だったので社長の甥であっても、周囲の風当たりは強かった。
「片桐、お前の出した稟議書ではダメだ」
「……」
「貸金にもいろいろある。そんなにスムースにいくか」
稟議書を突き返される。(くそォ)と思いながら歯を食いしばって耐える。この忍耐が人間を育てる。
片桐は大阪の下町、鶴橋にある得意先のオヤジが言っていたことを思い出す。
「あんたな、うちのような所でも一日に保険屋、株屋、銀行屋が十人から十五人来よります。みんな同じように付き合っていたら、こっちの商売する時間がなくなりまっせ」
金融関係の者だけでも、こんなに押しかけてくるのだから迷惑顔されても仕方がない。それを承知でハンを押したように通うことだ。相手が家庭の主婦やOL なら、ブ男に対してもかならず参るはずだ。預金の勧誘は女性をくどくのとよく似ているという。陥落させようと思ったら、あきらめずまめに尽くすことである。(美女がなぜあんな男に惚れるんやと羨ましく思ったことがあるだろう)恐らくその男は拒まれても拒まれてもそれに懲りず、徹底して尽くし、美女の心をつかんだのだ。預金も同じだというわけである。
狙った客は、女性に見立てて、通い尽くすことだ。相手に役立つ情報と思ったらなんでも持って行く。直接、商売に関係ないような、例えば結婚適齢期の娘さんがいるなら、縁談の話でもいい。相手に喜んでもらえるよう全力を尽くすのである。情報によってセールスの差別化を図っていく。これがセールスの秘訣だと片桐は確信している。
例の酒屋の親父に断れても通い続けたある日のことである。
「うちは大和銀行と取引しているんや。浪華相銀には用ない言うとるやろ」
片桐を見るなり、店の前で水撒きしながら親父は大声で怒鳴り、ついには店に入っていこうとする片桐に杓で水をかける。そして片桐の両肩に手を当て、くるっと回して押し出した。片桐は身体に触られたり水をかけられたことを喜んだ。それだけ自分を気にしているに違いない。そんなことがあってからも店へ一〇回ほど出かけた。
「お前というやつは、ほんまにようやるなぁ。根負けしたよ。100万円の定期したるわ」
セールスとは根比べである。相手に立派なセールスマンだと思わせる。水をぶっかけられたらチャンスと思うことである。
「そろそろ夕食にしましょうか」
「わかった」
二人は食卓についた。
「ウナギか。時期遅れだが、それでも結構価格は高いのだろう」
「そうですね。少しは安くなっていますが、もともと相当、値上がりしていますので、高いと思ってしまいますね」
「夏バテ予防になれば、価格は問題ないのだが…」
「気の持ちようでしょう」
「明日、映画に行こうか」
「なにかいい映画やっているのですか」
「友人からおすすめの映画のメールが届いたからだ」
「トップガンですか。トム・クルーズ主演ですの」
「まぁ、コピーを読んでみたら」
「前作から相当年数がたっているのですね」
「そうだね。前作をビデオで観ることもできるが、今回は観なくてもいいのでは…」
「どっちみちわからないでしょうから」
「映像もすごいし、トム・クルーズがリアリティを高める工夫をしているから、きっと面白いと思うよ。とにかく、興行成績が断トツだそうだ」
考えるな、行動せよ(映画『トップガン』)
トム・クルーズ主演の映画『トップガン』を観た人も多いと思う。世界中で断トツの興行成績だと言われている。トップガンとはアメリカ海軍のエリートパイロット養成学校での話である。今回は続編だが、36年前の前編を観た方が、ストーリーは分かりやすい。そこには示唆に富んだ場面がいくつも含まれている。とくに型破りトム・クルーズ演じるパイロット、マーヴェリックは物事を考えると論理思考にはまり、うまく事が運ばないという教えは感動を与える。
映画の見どころは、組織、命令、努力といったキーワードであろう。会社でも新規事業や研究開発で上からの命令で突然打ち切られることがある。チームを組んで、もう一息というところで中止になったり、予算を削られたりした経験のある人も少なくないはずだ。
映画では勇気と挑戦の大切さを教えてくれる。日本全体が低迷し元気がないのは、挑戦する勇気が不足していると言われている。組織の命令に従っている方が楽であるから挑戦しない。いまの若者はトム・クルーズのような上司を熱望しているのかも。コロナ禍が三年も続き、青春を失いつつある若者にチャンスを与えることこそ肝要だろう。