姪の就職2
二人はしばらく雑談を続けた。
「今回の緊急事態宣言で出口が見えないと、オリンピック開催が難しいと多くの国民は思っている。だけどIOC(国際オリンピック委員会)は絶対にやる気でいる。緊急事態宣言が出ていても影響を受けないと言い切っているのだから尋常ではないよ」
「そうですね。愛知県は離れているから、いいでしょうが、東京都民は心配でしょう」
「ウイルスは、とくに変異ウイルスはいくら離れていても、あっという間に拡散するよ」
「だったら、心配ですね」
「政府もIOCもカネだよ。ワクチン接種でコロナは収まるが、負債が残るとたまったものではないと思っているのだよ」
「そんなことでは、オリンピックも盛り上がらないでしょうに…」
「とにかく実行することだけに意義があると思っているから、どうしようもないね。オリンピックも地に落ちた感がする。時を経て復活するかもしれないが、日本人はトラウマになって、オリンピック離れが起こるかもしれない」
「とにかくワクチンですね」
真三は小説に戻った。
近畿財務局の指導で、片桐は原を告訴する決心を固めた。南座で素人顔見世の出演者が顔寄せする十二月三日、京都地方検察庁に宮内渡・検事正を訪ね顧問の原三郎と総務課長の柳原元の二人を告訴した。片桐は素人顔見世でわが子が目前で殺される政岡役を演じようとは想像も及ばないことであった。
「これからが大変ですが。よく決断してくれました。当方も全面的に協力させていただきますよ」
検事正の宮内は片桐に握手を求めた。銀行はもとより一般企業でさえ大株主とか幹部社員を告訴することはめったにない。だから検察庁は片桐の勇断を高く評価したのである。恐喝事件を内偵していた京都府警四課と中立売署は原を恐喝容疑、榊原をそのほう助で逮捕、二人の自宅など八ヶ所を捜索した。商法四百九十四条「会社荒らし等に関する贈収賄罪」を適用した。
片桐は京都地裁の二階にある司法記者クラブに向かっていた。前日、総務部長の金山からクラブの幹事会社である京都新聞の柳原に電話を入れ、午後一時から発表の時間をとってもらうように頼んだ。山城相銀は京都商工会議所の二階にある経済記者クラブの連中との付き合いはあっても、社会部に属する司法記者クラブのメンバー誰一人も知らない。金山は経済記者クラブの京都新聞キャップに相談、柳原記者を紹介してもらった。司法記者クラブ近くの喫茶店で柳原は金山と会った。
「ほぉー、株主と幹部社員を告訴するんですか。これは大ニュースですなぁー」
「ほめられたことではないんです。記者クラブに行かなければなりませんか」
「もし来なかったら銀行とか、自宅に押しかけるでしょうな。とにかく資料を用意してください。原と榊原、それに片桐社長の顔写真も忘れないでください」
「わかりました。片桐社長も記者会見に出ないといけませんか。いやね、ほかに重要な会合があるんで…」
「金山部長、とにかく記者連中の心証を悪くされないことが大事ですよ。片桐社長はほかに用件あって出席できないなんて言ったら、それだけで逆効果ですよ。おたくにとって、告訴以上に大切なことが、今あるんでしょうか」
「いや、ごもっともです」
柳原は五年近く司法記者をしているが、銀行が株主と幹部行員を告訴するという事件は初耳だった。それだけに、事件そのものより、社長の片桐とは、どういう男なのか、興味を覚えた。金山から片桐についてできるだけ聞いておくことにした。
「なんだ。片桐社長は大阪から京都に着任したばかりなんですか」
「そうです」
「大丈夫なんですか、これから先…」
アメリカンコーヒーをすすりながら柳原は、告訴する前に片桐に会っておこうと決心した。金山部長では拉致があかないので自分の方から記者会見にしてもらうことを頼んでおく必要もあったと考えた。小雪が舞う中、比叡山麓にある片桐の自宅を訪問したのは、こうしたいきさつからである。
記者室に現れた片桐は、柳原の姿をみるや、軽く会釈した。
「なんだぁ、ヤナちゃん、片桐さんとは顔見知りなの」
「まぁーね」
他紙の記者が声をかける。こんな一言がクラブのムードを和らげる。片桐は昨晩、柳原が訪ねてくれたことに感謝していた。
「原は、さる四十一年はじめから当行の顧問として社内はもとより得意先の経営指導をしてもらったことはありましたが、今回の事件では部外者でもあり、いろいろと支障がありました。公共機関として預金者の信用に応えるためにも、正常化に向けて前進することが必要で、原と手を切り恐喝事件として告訴に踏み切りました」
金山が簡単なコメントを読み上げた。記者から質問が矢継ぎ早に飛ぶ。弁護士と金山が質問内容に応じて受けごたえする。
「原が部外者という言い方はおかしいのではないですか。大株主なんでしょう…」
「いいえ」
「どういうことなんです…」
実は片桐は秋山に頼んで初子と会った。
「初子さん、原三郎君も榊原元君も誤解があるんです」
「どういうことですの」
「確かに三社の無尽が合併するとき、榊原君のお父さんである榊原文太郎氏を社長にすることを約束したんです。ところが、文太郎さんが京大病院に入院しているときに、愛人が会社に現れ、文太郎さんの借用書をつきつけてきたのです。支払わないと、文太郎さんを告訴すると息巻くんです。それで困った首脳陣は、文太郎さんが病気でもあるので、事を穏便にすませようと、文太郎の借金を銀行が肩代わりしたんです。それを知らなかった文太郎さん配下の専務が詫びるとともに、伏見無尽名義の株式を文太郎に黙って会社に渡したんです」
「……」
「ところで、あなたのお母さんの自殺ですが、結局、文太郎さんに責任があるんです。金に困った文太郎が弟の妻、つまりあなたのお母さんに不渡りになるとわかっていた手形で金を借り、あなたの店を倒産させてしまった。原三郎には気の毒だったが、原家のものはお母さん以外、なにも知らないまま、あなたのお父さんである文太郎さんに責任をとらせ放り出したのです」
「そうでしたか」
「初子さん。これ以上、みんなを不幸にしないためにも、あなたの持っている株式三〇万株を私に渡していただけませんか」
「少し考えさせてください」
告訴する朝、初子から株式三〇万株を片桐に渡す電話が入っていた。
「そうすると、いまは原三郎は大株主ではないのですか」
「そうです」
「…」
記者クラブの場面に戻る。
「ところで、片桐さんは最近、大阪からこられたそうですが、よう勇断を示されましたね。今後の裁判の見通しを述べてください」
全国紙のA記者が遠慮なく片桐を名指してきた。
「関係者には大変、ご迷惑をかけますが、当行の信用を回復するために、こうせざるを得なかったのです。裁判所が正当な判断を下してくれるものと信じています。今はそれだけしか言えません」
片桐は真っすぐ正面を見据えて一気にしゃべった。会見は約一時間で終わった。部屋を出ようとする片桐を二、三人の記者が追ってくる。片桐は立ち止まって丁寧に答えた。ニュースは翌日の各紙朝刊社会面トップで報じられた。
――山城相銀から三千万円恐喝、元大株主と幹部社
員二人を逮捕、先代の仇を打つため倒産を計画――と見出しがついている。
片桐は朝食を食べながら朝刊に目を通した。
「澤子。君らは当分、千早に帰ってなさい。いつ、二人がやってくるかわからない。事件が落ち着くまでは危険だ。二人は真実を知らないだけに、何をするかわからない」
「二人でがんばろうと、約束したんじゃないですか」
「そうだが、三カ月持ちこたえたら見通しがつくと思う。それまでは引っ越し荷物もこのまま開けないでおこう。いつクビになっても戻れるように…」
片桐は着任してすぐ岩倉のNHKの寮の近くに建売の住宅を社宅用に借りて住んでいる。
るり子が書斎に入ってきた。
■岡田 清治プロフィール
1942年生まれ ジャーナリスト
(編集プロダクション・NET108代表)
著書に『高野山開創千二百年 いっぱんさん行状記』『心の遺言』『あなたは社員の全能力を引き出せますか!』『リヨンで見た虹』など多数
※この物語に対する読者の方々のコメント、体験談を左記のFAXかメールでお寄せください。
今回は「就職」「日本のゆくえ」「結婚」「夫婦」「インド」「愛知県」についてです。物語が進行する中で織り込むことを試み、一緒に考えます。
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姪の就職2
二人はしばらく雑談を続けた。
「今回の緊急事態宣言で出口が見えないと、オリンピック開催が難しいと多くの国民は思っている。だけどIOC(国際オリンピック委員会)は絶対にやる気でいる。緊急事態宣言が出ていても影響を受けないと言い切っているのだから尋常ではないよ」
「そうですね。愛知県は離れているから、いいでしょうが、東京都民は心配でしょう」
「ウイルスは、とくに変異ウイルスはいくら離れていても、あっという間に拡散するよ」
「だったら、心配ですね」
「政府もIOCもカネだよ。ワクチン接種でコロナは収まるが、負債が残るとたまったものではないと思っているのだよ」
「そんなことでは、オリンピックも盛り上がらないでしょうに…」
「とにかく実行することだけに意義があると思っているから、どうしようもないね。オリンピックも地に落ちた感がする。時を経て復活するかもしれないが、日本人はトラウマになって、オリンピック離れが起こるかもしれない」
「とにかくワクチンですね」
真三は小説に戻った。
近畿財務局の指導で、片桐は原を告訴する決心を固めた。南座で素人顔見世の出演者が顔寄せする十二月三日、京都地方検察庁に宮内渡・検事正を訪ね顧問の原三郎と総務課長の柳原元の二人を告訴した。片桐は素人顔見世でわが子が目前で殺される政岡役を演じようとは想像も及ばないことであった。
「これからが大変ですが。よく決断してくれました。当方も全面的に協力させていただきますよ」
検事正の宮内は片桐に握手を求めた。銀行はもとより一般企業でさえ大株主とか幹部社員を告訴することはめったにない。だから検察庁は片桐の勇断を高く評価したのである。恐喝事件を内偵していた京都府警四課と中立売署は原を恐喝容疑、榊原をそのほう助で逮捕、二人の自宅など八ヶ所を捜索した。商法四百九十四条「会社荒らし等に関する贈収賄罪」を適用した。
片桐は京都地裁の二階にある司法記者クラブに向かっていた。前日、総務部長の金山からクラブの幹事会社である京都新聞の柳原に電話を入れ、午後一時から発表の時間をとってもらうように頼んだ。山城相銀は京都商工会議所の二階にある経済記者クラブの連中との付き合いはあっても、社会部に属する司法記者クラブのメンバー誰一人も知らない。金山は経済記者クラブの京都新聞キャップに相談、柳原記者を紹介してもらった。司法記者クラブ近くの喫茶店で柳原は金山と会った。
「ほぉー、株主と幹部社員を告訴するんですか。これは大ニュースですなぁー」
「ほめられたことではないんです。記者クラブに行かなければなりませんか」
「もし来なかったら銀行とか、自宅に押しかけるでしょうな。とにかく資料を用意してください。原と榊原、それに片桐社長の顔写真も忘れないでください」
「わかりました。片桐社長も記者会見に出ないといけませんか。いやね、ほかに重要な会合があるんで…」
「金山部長、とにかく記者連中の心証を悪くされないことが大事ですよ。片桐社長はほかに用件あって出席できないなんて言ったら、それだけで逆効果ですよ。おたくにとって、告訴以上に大切なことが、今あるんでしょうか」
「いや、ごもっともです」
柳原は五年近く司法記者をしているが、銀行が株主と幹部行員を告訴するという事件は初耳だった。それだけに、事件そのものより、社長の片桐とは、どういう男なのか、興味を覚えた。金山から片桐についてできるだけ聞いておくことにした。
「なんだ。片桐社長は大阪から京都に着任したばかりなんですか」
「そうです」
「大丈夫なんですか、これから先…」
アメリカンコーヒーをすすりながら柳原は、告訴する前に片桐に会っておこうと決心した。金山部長では拉致があかないので自分の方から記者会見にしてもらうことを頼んでおく必要もあったと考えた。小雪が舞う中、比叡山麓にある片桐の自宅を訪問したのは、こうしたいきさつからである。
記者室に現れた片桐は、柳原の姿をみるや、軽く会釈した。
「なんだぁ、ヤナちゃん、片桐さんとは顔見知りなの」
「まぁーね」
他紙の記者が声をかける。こんな一言がクラブのムードを和らげる。片桐は昨晩、柳原が訪ねてくれたことに感謝していた。
「原は、さる四十一年はじめから当行の顧問として社内はもとより得意先の経営指導をしてもらったことはありましたが、今回の事件では部外者でもあり、いろいろと支障がありました。公共機関として預金者の信用に応えるためにも、正常化に向けて前進することが必要で、原と手を切り恐喝事件として告訴に踏み切りました」
金山が簡単なコメントを読み上げた。記者から質問が矢継ぎ早に飛ぶ。弁護士と金山が質問内容に応じて受けごたえする。
「原が部外者という言い方はおかしいのではないですか。大株主なんでしょう…」
「いいえ」
「どういうことなんです…」
実は片桐は秋山に頼んで初子と会った。
「初子さん、原三郎君も榊原元君も誤解があるんです」
「どういうことですの」
「確かに三社の無尽が合併するとき、榊原君のお父さんである榊原文太郎氏を社長にすることを約束したんです。ところが、文太郎さんが京大病院に入院しているときに、愛人が会社に現れ、文太郎さんの借用書をつきつけてきたのです。支払わないと、文太郎さんを告訴すると息巻くんです。それで困った首脳陣は、文太郎さんが病気でもあるので、事を穏便にすませようと、文太郎の借金を銀行が肩代わりしたんです。それを知らなかった文太郎さん配下の専務が詫びるとともに、伏見無尽名義の株式を文太郎に黙って会社に渡したんです」
「……」
「ところで、あなたのお母さんの自殺ですが、結局、文太郎さんに責任があるんです。金に困った文太郎が弟の妻、つまりあなたのお母さんに不渡りになるとわかっていた手形で金を借り、あなたの店を倒産させてしまった。原三郎には気の毒だったが、原家のものはお母さん以外、なにも知らないまま、あなたのお父さんである文太郎さんに責任をとらせ放り出したのです」
「そうでしたか」
「初子さん。これ以上、みんなを不幸にしないためにも、あなたの持っている株式三〇万株を私に渡していただけませんか」
「少し考えさせてください」
告訴する朝、初子から株式三〇万株を片桐に渡す電話が入っていた。
「そうすると、いまは原三郎は大株主ではないのですか」
「そうです」
「…」
記者クラブの場面に戻る。
「ところで、片桐さんは最近、大阪からこられたそうですが、よう勇断を示されましたね。今後の裁判の見通しを述べてください」
全国紙のA記者が遠慮なく片桐を名指してきた。
「関係者には大変、ご迷惑をかけますが、当行の信用を回復するために、こうせざるを得なかったのです。裁判所が正当な判断を下してくれるものと信じています。今はそれだけしか言えません」
片桐は真っすぐ正面を見据えて一気にしゃべった。会見は約一時間で終わった。部屋を出ようとする片桐を二、三人の記者が追ってくる。片桐は立ち止まって丁寧に答えた。ニュースは翌日の各紙朝刊社会面トップで報じられた。
――山城相銀から三千万円恐喝、元大株主と幹部社
員二人を逮捕、先代の仇を打つため倒産を計画――と見出しがついている。
片桐は朝食を食べながら朝刊に目を通した。
「澤子。君らは当分、千早に帰ってなさい。いつ、二人がやってくるかわからない。事件が落ち着くまでは危険だ。二人は真実を知らないだけに、何をするかわからない」
「二人でがんばろうと、約束したんじゃないですか」
「そうだが、三カ月持ちこたえたら見通しがつくと思う。それまでは引っ越し荷物もこのまま開けないでおこう。いつクビになっても戻れるように…」
片桐は着任してすぐ岩倉のNHKの寮の近くに建売の住宅を社宅用に借りて住んでいる。
るり子が書斎に入ってきた。