姪の就職2

「ありがとう。それではさっそくだが、君の持ち株の一部を譲ってくれないか。顧問で入る以上、株主になった方が経営に身が入るのだよ」

 原は自宅に来た管理職を応接室に招き入れ、提案した。

 管理職連中の顔色が一瞬、険しくなった。まだ顧問になるという原の人となりを十分、知らないからだ。自宅まで押し掛けた割には腹がすわっていない。

「後日、返答させてください」

「なんだ、いま返事できないのか」

 全員、うつむいてしまった。

 ここまで読んだとき、るり子が書斎に入ってきた。

「コロナ感染がすごいですね。当分、外出もできませんね」

「そうだな」

「東京、首都圏の感染が止まらないと、日本の感染者数は減らないようだな」

「愛知も増えてきましたね」

「友人からメールがきたが、コロナ感染が身近にきている感じだね」

「どのようなメールですか」

「これだが…」

 真三は机の上のパソコン画面をるり子に向けた。

「題名がついているのですか」

「彼はいつもこうなんだ」

 るり子はパソコンを自分の方に引き寄せてメールを読み始めた。

―PCR検査(安全に責任がある人は、身を正します)

 昨年は新型コロナ禍で世界中が振り回された。それぞれが大変な思いをして年を越してきたことだろう。医療や介護従事者は、その苦労は人一倍だったに違いない。高齢者もホームステイしながらその恐怖に怯えていた。老夫婦と中小企業を経営する息子と同居する田舎の知人からメールが届いたとの書き出しだった。

―息子が朝食前の日課になっている検温で「39・6」と高熱を表示していた。休日でもあったので、県内の保健所にかけても繋がらない。119番にかけると、最寄りの病院を紹介された。息子はさっそく病院に電話を入れた。

 午後一時にクルマで来て、車中で指示を待ってほしいと伝えられた。

「これで一家全滅だわ」と涙を浮かべながら妻は体を硬直させていた。

 一時間後、自ら運転して帰ってきた。「抗原検査を受け、30分ほどで陰性の結果が出た」という。それでも不安だと医師に伝えると、胸と喉のCT検査をしようと、すぐに取り掛かり血液検査も行った。CT検査では異常が見つからず、血液検査で「溶連菌に感染しています」と診断。熱が出たら頓服を服用してくださいとクスリを渡され、自宅で二時間も休憩した後、会社に出かけた。

 冬場は風邪やインフルエンザによる発熱もあって、老夫婦はコロナ感染にびくびくしている。それ以来、家でもマスクをして防護に努めているそうだ。息子さんは東京や大阪への出張もあって、どこまで防げるか、鬱になりそうだと伝えてきた。田舎で感染が発生すると、噂が広がり住めなくなると妻は怯えが止まらないようだ。

「本当にそうですね」

「この夫婦の場合、息子さんが陰性だったから、よかったということになったが、三人とも陽性になったら、離れ離れに隔離されることになるだろう。身内に世話をする人がいないと大変だという思いがするということだった」

「まだ、保健所を通じての検査がすぐにできないので、民間の検査センターなども開設され、少しは進んでいますか」

「そうだね。ただイギリスで発見された変異コロナの感染力が強く、急速に広がっているようだ。日本にも入ってきたら大変なことになるが、すでに同じタイプの変異種が国内でも確認されている。しかも隣の静岡県だから心配だね」

「二度目の緊急事態宣言を発出しましたね」

「政府もさすがに急激に増える感染者や死亡者数を見て、やむを得ないと判断したんだね」

「これで収まるのでしょうか」

「難しいというのが、専門家の多くの見方だね」

「どうなるんでしょうね」

「おそらく二月下旬から五輪開催について議論が盛り上がるだろう」

「外国の専門家の中には難しいという人もいますね」

「ワクチン効果にもよるだろうが、おそらく従来のような五輪とはかなり違った内容になるかもしれない。種目や参加国数も五輪と呼べるものにならない可能性があるだろうね」

「それなら中止にすべきでしょう」

「それはIOCの判断になるが、もし止めたら経済的損失は莫大なものになるだろうから難しいね」

「でもアメリカが選手団を送らなかったら、実際、できないでしょう」

「日本はロックダウンのような荒療治ができないので、感染者を減らすのは大変ですね」

「だから特措法を改正して事業者や病院、および個人の罰則を設け厳しく対応しようとしている」

「そうですか…」

「戦前の国家権力による個人の権利への侵害は年配者には忘れられない恐怖だろうから、コロナ対策として時限立法にすべきだろうね」

「そんなにひどかったのですか」

「戦争遂行という名の下に、警察、検察は個人の私有財産を略奪するように無茶苦茶な行動をしたんだ」

「徴兵制で大学生まで集めて戦地に送ったのですね」

「そら、ひどいものだったようだ」

「時代が変わって、いまの政府がそこまでひどいことをするとは思えませんが…」

「そう思うかも知れないが、自民党の一強独裁のような状態では、好きなようにやっているように見えるし、政治家の不祥事もあとを絶たない。たとえば、飲食店とか病院で協力しないと名前を公表したら、昔の非国民のレッテルと同じように世間からの批判はすさまじいものになると思うね」

 二人は寝ても覚めても話題と言えばコロナばかりで、さすがにくたびれてきた。

 もう一息、小説を読みたいと、真三がるり子に声をかけたので、るり子はしぶしぶ書斎から出ていった。

―管理職の一人がおもむろに立ち上がり、原に向かって話した。

「わかりました。5千株しか持っていませんが、原さんに全部譲りますよ。不足でしたら、ほかの人の分も集めます。それでは明日、もう一度、お邪魔いたします」

 管理職一同、挨拶して帰路についた。 こうして原は同行の必要な株式数を簡単に増やしていった。これが山城相銀の命取りになるとは、その時点では舞鶴支店長の秋元登も気づかなかった。とにかく冷や飯を食ってきたと思っている秋元は出世することしか頭になかった。

 その日の夜、京都グランドホテルの一室で原は甥の榊原元といつものように綿密な打ち合わせをしていた。

「役員連中の動きはどうだ」

「社長の伝次郎は完全に孤立しています」

「そうか。もうすぐ親父の仇をとれるぞ。儂がめんどうをみていた会社に、いまにも倒産しそうな会社が三社ほどある。どうだ。融資部長と、担当役員の方は大丈夫だろうな」

「男は女に弱いというのか、祇園の世界で一度、芸者遊びを覚えると自分を失うんですね。怖いくらいですよ。担当の矢野常務なんか、毎日のように督促があるんですよ」

「そうだろうな。男なら当たり前だよ。だけど女遊びは自分の甲斐性でやらんとダメだな。もっとも、サラリーマン重役ぐらいでは祇園では遊んだらいかんがな。ところで、われわれのことはバレていないだろうな。いやね、伝次郎が儂の顔を穴のあくほどみつめるので、ひょっとしたら元君ことに気づいたのではないかと思ったりしたものだから…。いまバレたら長年の努力も水泡に帰すからな」

 二人は用心して別々に部屋を出た。

 会社というものは、人間と同じように弱いものだと思えてくる。これは何も小企業だけでなく、超巨大企業まで同じことである。だから企業はトップ次第で公私混同が命取りになることを心しておくべきだと言い伝えられる。

 企業は人なりーはいつも心に刻みたい。

 

■岡田 清治プロフィール

1942年生まれ ジャーナリスト

(編集プロダクション・NET108代表)

著書に『高野山開創千二百年 いっぱんさん行状記』『心の遺言』『あなたは社員の全能力を引き出せますか!』『リヨンで見た虹』など多数

※この物語に対する読者の方々のコメント、体験談を左記のFAXかメールでお寄せください。

今回は「就職」「日本のゆくえ」「結婚」「夫婦」「インド」「愛知県」についてです。物語が進行する中で織り込むことを試み、一緒に考えます。

FAX‥0569―34―7971

メール‥takamitsu@akai-shinbunten.net

 

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姪の就職2

「ありがとう。それではさっそくだが、君の持ち株の一部を譲ってくれないか。顧問で入る以上、株主になった方が経営に身が入るのだよ」

 原は自宅に来た管理職を応接室に招き入れ、提案した。

 管理職連中の顔色が一瞬、険しくなった。まだ顧問になるという原の人となりを十分、知らないからだ。自宅まで押し掛けた割には腹がすわっていない。

「後日、返答させてください」

「なんだ、いま返事できないのか」

 全員、うつむいてしまった。

 ここまで読んだとき、るり子が書斎に入ってきた。

「コロナ感染がすごいですね。当分、外出もできませんね」

「そうだな」

「東京、首都圏の感染が止まらないと、日本の感染者数は減らないようだな」

「愛知も増えてきましたね」

「友人からメールがきたが、コロナ感染が身近にきている感じだね」

「どのようなメールですか」

「これだが…」

 真三は机の上のパソコン画面をるり子に向けた。

「題名がついているのですか」

「彼はいつもこうなんだ」

 るり子はパソコンを自分の方に引き寄せてメールを読み始めた。

―PCR検査(安全に責任がある人は、身を正します)

 昨年は新型コロナ禍で世界中が振り回された。それぞれが大変な思いをして年を越してきたことだろう。医療や介護従事者は、その苦労は人一倍だったに違いない。高齢者もホームステイしながらその恐怖に怯えていた。老夫婦と中小企業を経営する息子と同居する田舎の知人からメールが届いたとの書き出しだった。

―息子が朝食前の日課になっている検温で「39・6」と高熱を表示していた。休日でもあったので、県内の保健所にかけても繋がらない。119番にかけると、最寄りの病院を紹介された。息子はさっそく病院に電話を入れた。

 午後一時にクルマで来て、車中で指示を待ってほしいと伝えられた。

「これで一家全滅だわ」と涙を浮かべながら妻は体を硬直させていた。

 一時間後、自ら運転して帰ってきた。「抗原検査を受け、30分ほどで陰性の結果が出た」という。それでも不安だと医師に伝えると、胸と喉のCT検査をしようと、すぐに取り掛かり血液検査も行った。CT検査では異常が見つからず、血液検査で「溶連菌に感染しています」と診断。熱が出たら頓服を服用してくださいとクスリを渡され、自宅で二時間も休憩した後、会社に出かけた。

 冬場は風邪やインフルエンザによる発熱もあって、老夫婦はコロナ感染にびくびくしている。それ以来、家でもマスクをして防護に努めているそうだ。息子さんは東京や大阪への出張もあって、どこまで防げるか、鬱になりそうだと伝えてきた。田舎で感染が発生すると、噂が広がり住めなくなると妻は怯えが止まらないようだ。

「本当にそうですね」

「この夫婦の場合、息子さんが陰性だったから、よかったということになったが、三人とも陽性になったら、離れ離れに隔離されることになるだろう。身内に世話をする人がいないと大変だという思いがするということだった」

「まだ、保健所を通じての検査がすぐにできないので、民間の検査センターなども開設され、少しは進んでいますか」

「そうだね。ただイギリスで発見された変異コロナの感染力が強く、急速に広がっているようだ。日本にも入ってきたら大変なことになるが、すでに同じタイプの変異種が国内でも確認されている。しかも隣の静岡県だから心配だね」

「二度目の緊急事態宣言を発出しましたね」

「政府もさすがに急激に増える感染者や死亡者数を見て、やむを得ないと判断したんだね」

「これで収まるのでしょうか」

「難しいというのが、専門家の多くの見方だね」

「どうなるんでしょうね」

「おそらく二月下旬から五輪開催について議論が盛り上がるだろう」

「外国の専門家の中には難しいという人もいますね」

「ワクチン効果にもよるだろうが、おそらく従来のような五輪とはかなり違った内容になるかもしれない。種目や参加国数も五輪と呼べるものにならない可能性があるだろうね」

「それなら中止にすべきでしょう」

「それはIOCの判断になるが、もし止めたら経済的損失は莫大なものになるだろうから難しいね」

「でもアメリカが選手団を送らなかったら、実際、できないでしょう」

「日本はロックダウンのような荒療治ができないので、感染者を減らすのは大変ですね」

「だから特措法を改正して事業者や病院、および個人の罰則を設け厳しく対応しようとしている」

「そうですか…」

「戦前の国家権力による個人の権利への侵害は年配者には忘れられない恐怖だろうから、コロナ対策として時限立法にすべきだろうね」

「そんなにひどかったのですか」

「戦争遂行という名の下に、警察、検察は個人の私有財産を略奪するように無茶苦茶な行動をしたんだ」

「徴兵制で大学生まで集めて戦地に送ったのですね」

「そら、ひどいものだったようだ」

「時代が変わって、いまの政府がそこまでひどいことをするとは思えませんが…」

「そう思うかも知れないが、自民党の一強独裁のような状態では、好きなようにやっているように見えるし、政治家の不祥事もあとを絶たない。たとえば、飲食店とか病院で協力しないと名前を公表したら、昔の非国民のレッテルと同じように世間からの批判はすさまじいものになると思うね」

 二人は寝ても覚めても話題と言えばコロナばかりで、さすがにくたびれてきた。

 もう一息、小説を読みたいと、真三がるり子に声をかけたので、るり子はしぶしぶ書斎から出ていった。

―管理職の一人がおもむろに立ち上がり、原に向かって話した。

「わかりました。5千株しか持っていませんが、原さんに全部譲りますよ。不足でしたら、ほかの人の分も集めます。それでは明日、もう一度、お邪魔いたします」

 管理職一同、挨拶して帰路についた。 こうして原は同行の必要な株式数を簡単に増やしていった。これが山城相銀の命取りになるとは、その時点では舞鶴支店長の秋元登も気づかなかった。とにかく冷や飯を食ってきたと思っている秋元は出世することしか頭になかった。

 その日の夜、京都グランドホテルの一室で原は甥の榊原元といつものように綿密な打ち合わせをしていた。

「役員連中の動きはどうだ」

「社長の伝次郎は完全に孤立しています」

「そうか。もうすぐ親父の仇をとれるぞ。儂がめんどうをみていた会社に、いまにも倒産しそうな会社が三社ほどある。どうだ。融資部長と、担当役員の方は大丈夫だろうな」

「男は女に弱いというのか、祇園の世界で一度、芸者遊びを覚えると自分を失うんですね。怖いくらいですよ。担当の矢野常務なんか、毎日のように督促があるんですよ」

「そうだろうな。男なら当たり前だよ。だけど女遊びは自分の甲斐性でやらんとダメだな。もっとも、サラリーマン重役ぐらいでは祇園では遊んだらいかんがな。ところで、われわれのことはバレていないだろうな。いやね、伝次郎が儂の顔を穴のあくほどみつめるので、ひょっとしたら元君ことに気づいたのではないかと思ったりしたものだから…。いまバレたら長年の努力も水泡に帰すからな」

 二人は用心して別々に部屋を出た。

 会社というものは、人間と同じように弱いものだと思えてくる。これは何も小企業だけでなく、超巨大企業まで同じことである。だから企業はトップ次第で公私混同が命取りになることを心しておくべきだと言い伝えられる。

 企業は人なりーはいつも心に刻みたい。