姪の就職2

 「片桐君、君の言うように、君が責任を取る形で大蔵省

(現財務省)に了解してもらいたい」

「わかりました。いまはそれが最善の方法だと思います」

「よう、言うてくれた。ありがとう」

 事件というのは、兵庫県のS私立学校の再建に絡んだものである。藤田は資金難に苦しむ同校の再建を頼まれた。理事長を兼務していたが、どうしても正規の融資だけでは資金ショートする。裏金をつくって先生の処遇を改善しないことには、多くの先生が辞めるという。

 そうなると、これまでの苦労が水泡に帰す。銀行に入るべき預金の一部が学校に回った。教職員の家族を架空行員に仕立て、これに給与、賞与を支払ったことにして資金の流用を図った。一年後、兵庫県警捜査二課が藤田万吉とS校の事務局長を不正流用による特別背任行為の疑いで書類送検した。検察庁から出頭の通知が届いていた。

 出頭の日、片桐が藤田に代わって出かけた。

(一日がこんなに長いと思ったことはなかった)と当時を振り返る。大蔵省に片桐が責任をとることで了解を取り付けていたので、藤田には傷がつかずに済んだ。

 検察庁からの帰りのクルマの中で片桐は一抹の不安を覚えていた。長女の結婚式を控えていたからだ。事件のことは新聞報道で知られていたから、相手側も承知していると思っていた。しかし、それを片桐がやったのだということになれば、相手の気持ちも変わるのではないかと、心配が募る。常務から取締役に降格したことが判れば、その理由を追及されるのではなかろうかと、次から次へと不安が脳裏をめぐる。やがて結婚解消したいと申し出があるとも限らない。自ら進言したこととは言え、この縁談が破綻したら長女はもとより、喜んでいる妻の澤子にも申し訳がない。背筋に冷たいものが走った。ようやく朝方から深い眠りに入った。

 るり子が朝のコーヒーと新聞を持って書斎に入ってきた。

「一服、されたら…」

「うん」

「この夏は祭りも帰省も様変わりのようですね」

「沖縄が大変なようだね」

「沖縄には病院も多くないでしょうし、ご高齢の方も多いでしょうから、重症化が心配ですね」

「沖縄には他県から来ないでという知事もつらいだろね。観光事業、とくに夏は稼ぎ時だから大変だね」

「それにしてもコロナは全国に広がっていますね」

「夜の町から一般家庭内、さらに高校や大学の寄宿舎でクラスター感染が起きている。身近に迫っている感じだな」

「本当にそうですね。誰が感染してもおかしくないですね」

「テレビを観ていると、若い人は大勢で飲んで騒いでいる光景を目にするが、彼らは軽症、または無症状と思っているので軽率な行動に甘んじているよ」

「やがて高齢者に広がることが判らないのでしょうか」

「困ったものだね」

「長い梅雨で、日照時間が不足して野菜の値段がかなり値上がりしていますね」

「そのようだね」

「これからはコロナ対策に加えて、熱中症にも気を付けないといけないので大変ですね」

「ワクチンがぼつぼつ開発されているから、ポストコロナの経済がどうなるのか、心配だね」

「就職も厳しいと言いますね」

「舞さんも大変な時期にインドに行ったものだね。まだ帰国していないのだろう」

「裕美さんから何の連絡もないですから…」

「もう少し様子を見てみよう」

「そうですね」と言って、るり子は居間に戻って雑誌を片手に真三のいるところにやってきた。

―例の雑誌の巻頭言に今後の社会の見通しが載っていました。

 ポストコロナの経済展望――不易流行(松尾芭蕉の徘徊理念)というテーマです。

 いまこそケチらず国民、企業等を支援しろーと与野党あげて国民、事業主、医療従事者や病院、検査、治療薬、ワクチン開発等々に予算、補正予算などで手当てしており、債務が二倍以上になろうとしている。これは先進国では飛び抜けて高く、これまで主張してきた国民の蓄えがあるから大丈夫といったレベルをとっくに突き抜けている。

 コロナ騒動が続いている限り、財政の健全化の議論はあまり聞こえなくなっている。最近になってさすがに心配になってきたのか、ポスト・コロナ世界の風景はどうなるのかと予想するが、著名な経済学者の多くが

「まったく予測できない」と口を揃える。

 予測できないことはわかるが、ただはっきりしていることは国の債務は次の世代に引き継がれることである。歳入が増えない限り高齢者は年金削減の痛みを求められるだろうが、後の世代はそれに加えて税金、社会保険料等、その高額さに苦しみながら生きていくことになるに違いない。

 そして多くの識者が口を揃えるのは「テレワークなどデジタル化が一気に進む」と。もしそうだとしても、無味乾燥の風景が社会に広がるだろう。そこには飽くなき効率化社会を求める社会が現出するだろうと想像できる。スマートシティ構想も出てきているが、住んだことがないので何とも言えないが、高齢者には住みにくいことが容易に予想できる。「不易流行」(変えてはならないことを守りながら、流行に合わせて徐々に変える)ことこそ肝要であろう。

「本当にテレワークが普及するのでしょうか」

「俺は企業活動のある部分はそうなると思うが、やがてそういう仕事はロボットやAI(人工頭脳)に取って代われるよ」

「いずれにしましても、これからの若い人は大変ですね」

「いつの時代も大変だよ。七十五年間、戦争がなかったことが、我々の世代では最高の幸せだと思うね」

「そうですね」

「いずれにしても住みづらい時代になるね」

「この前、映画『赤い闇』~スターリンの冷たい大地で~の評論を読んだんだが、ソビエト連邦がひた隠しにした歴史の闇を照らし出す、衝撃の実話とあった。そこに若き英国人の新聞記者が監視する当局の目をかいくぐり、ウクライナに踏み込んで記者が目の当たりにしたのは悪夢の光景だったという」

「観に行くんですか」

「行こうと思っている」

「私も行きたいわ」

「そうか、では一緒に行こう」

―その後、この映画を観た真三は友人にメールを送った。

 私は映画で人肉を食う場面は『野火』が最初で、今回が二回目でした。

 かつて親父に「人肉を食ったのでは?」と聞いたことがありました。と言いますのは、親父は先の戦争でニューギニヤのポートモレスビー作戦(豪州軍を中心とする連合軍との闘い)に従軍、補給路を断たれ、ほぼ壊滅状態で退却したからです。ある日、新聞にべタ記事

「ニューギニヤで人肉を食べた?」を見たからですが、親父は黙っていました。

 当時、記事、写真はすべて検閲済の判がないと送れなかった。「戦争の大きさは死体の数に比例すると、戦地では死体を数えた」と話しました。

 スターリン時代のソ連はひどいということは知っていましたが、この映画でそれが暴かれ、新聞記者の力の強さに感服しました。

「そうですね。私もショックを受けました」

「日本人は平和ボケと言われても、平和を大事にしないといけない。平和の維持には戦争以上の努力と外交力がいるということを知るべきだよ」

「どうも日本の右傾化が心配ですね」

「私も含め戦争を知らない世代は無責任なことを言うべきではない。とくに評論家やコラムニスト、記者に無茶な発言が目立つ。先の戦争でほとんどの報道関係者が政府当局の権力の前に屈した歴史を反省すべきだよ」

「それが不幸だったのですね」

「七十五年経って、報道陣も二分化しているように見える。これが怖いね」

「今こそ映画『赤い闇』を見てほしいですね」

「そんな中、米中対立で世界が困った状況に悩んでいる。両国とも戦争する意思はないと思うが、戦争は突発的なことで起こるのが、これまでの歴史だからね」

「そういう意味では世界のリーダーはしっかりしてほしいですね」

「いまも世界局地で戦争がない日はないくらいだから、複雑だね」

「コロナ時代に、戦争が加わったらたまらんですね」

 真三とるり子はしばらくお茶を飲みながら庭を眺めた。

 すると居間のテレビが「安倍首相 辞意を表明」という緊急速報を伝えてた。

「まさか、辞めるとは思わなかったが…」

「本当ですか」

 

■岡田 清治プロフィール

1942年生まれ ジャーナリスト

(編集プロダクション・NET108代表)

著書に『高野山開創千二百年 いっぱんさん行状記』『心の遺言』『あなたは社員の全能力を引き出せますか!』『リヨンで見た虹』など多数

※この物語に対する読者の方々のコメント、体験談を左記のFAXかメールでお寄せください。

今回は「就職」「日本のゆくえ」「結婚」「夫婦」「インド」「愛知県」についてです。物語が進行する中で織り込むことを試み、一緒に考えます。

FAX‥0569―34―7971

メール‥takamitsu@akai-shinbunten.net

 

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  「片桐君、君の言うように、君が責任を取る形で大蔵省

(現財務省)に了解してもらいたい」

「わかりました。いまはそれが最善の方法だと思います」

「よう、言うてくれた。ありがとう」

 事件というのは、兵庫県のS私立学校の再建に絡んだものである。藤田は資金難に苦しむ同校の再建を頼まれた。理事長を兼務していたが、どうしても正規の融資だけでは資金ショートする。裏金をつくって先生の処遇を改善しないことには、多くの先生が辞めるという。

 そうなると、これまでの苦労が水泡に帰す。銀行に入るべき預金の一部が学校に回った。教職員の家族を架空行員に仕立て、これに給与、賞与を支払ったことにして資金の流用を図った。一年後、兵庫県警捜査二課が藤田万吉とS校の事務局長を不正流用による特別背任行為の疑いで書類送検した。検察庁から出頭の通知が届いていた。

 出頭の日、片桐が藤田に代わって出かけた。

(一日がこんなに長いと思ったことはなかった)と当時を振り返る。大蔵省に片桐が責任をとることで了解を取り付けていたので、藤田には傷がつかずに済んだ。

 検察庁からの帰りのクルマの中で片桐は一抹の不安を覚えていた。長女の結婚式を控えていたからだ。事件のことは新聞報道で知られていたから、相手側も承知していると思っていた。しかし、それを片桐がやったのだということになれば、相手の気持ちも変わるのではないかと、心配が募る。常務から取締役に降格したことが判れば、その理由を追及されるのではなかろうかと、次から次へと不安が脳裏をめぐる。やがて結婚解消したいと申し出があるとも限らない。自ら進言したこととは言え、この縁談が破綻したら長女はもとより、喜んでいる妻の澤子にも申し訳がない。背筋に冷たいものが走った。ようやく朝方から深い眠りに入った。

 るり子が朝のコーヒーと新聞を持って書斎に入ってきた。

「一服、されたら…」

「うん」

「この夏は祭りも帰省も様変わりのようですね」

「沖縄が大変なようだね」

「沖縄には病院も多くないでしょうし、ご高齢の方も多いでしょうから、重症化が心配ですね」

「沖縄には他県から来ないでという知事もつらいだろね。観光事業、とくに夏は稼ぎ時だから大変だね」

「それにしてもコロナは全国に広がっていますね」

「夜の町から一般家庭内、さらに高校や大学の寄宿舎でクラスター感染が起きている。身近に迫っている感じだな」

「本当にそうですね。誰が感染してもおかしくないですね」

「テレビを観ていると、若い人は大勢で飲んで騒いでいる光景を目にするが、彼らは軽症、または無症状と思っているので軽率な行動に甘んじているよ」

「やがて高齢者に広がることが判らないのでしょうか」

「困ったものだね」

「長い梅雨で、日照時間が不足して野菜の値段がかなり値上がりしていますね」

「そのようだね」

「これからはコロナ対策に加えて、熱中症にも気を付けないといけないので大変ですね」

「ワクチンがぼつぼつ開発されているから、ポストコロナの経済がどうなるのか、心配だね」

「就職も厳しいと言いますね」

「舞さんも大変な時期にインドに行ったものだね。まだ帰国していないのだろう」

「裕美さんから何の連絡もないですから…」

「もう少し様子を見てみよう」

「そうですね」と言って、るり子は居間に戻って雑誌を片手に真三のいるところにやってきた。

―例の雑誌の巻頭言に今後の社会の見通しが載っていました。

 ポストコロナの経済展望――不易流行(松尾芭蕉の徘徊理念)というテーマです。

 いまこそケチらず国民、企業等を支援しろーと与野党あげて国民、事業主、医療従事者や病院、検査、治療薬、ワクチン開発等々に予算、補正予算などで手当てしており、債務が二倍以上になろうとしている。これは先進国では飛び抜けて高く、これまで主張してきた国民の蓄えがあるから大丈夫といったレベルをとっくに突き抜けている。

 コロナ騒動が続いている限り、財政の健全化の議論はあまり聞こえなくなっている。最近になってさすがに心配になってきたのか、ポスト・コロナ世界の風景はどうなるのかと予想するが、著名な経済学者の多くが

「まったく予測できない」と口を揃える。

 予測できないことはわかるが、ただはっきりしていることは国の債務は次の世代に引き継がれることである。歳入が増えない限り高齢者は年金削減の痛みを求められるだろうが、後の世代はそれに加えて税金、社会保険料等、その高額さに苦しみながら生きていくことになるに違いない。

 そして多くの識者が口を揃えるのは「テレワークなどデジタル化が一気に進む」と。もしそうだとしても、無味乾燥の風景が社会に広がるだろう。そこには飽くなき効率化社会を求める社会が現出するだろうと想像できる。スマートシティ構想も出てきているが、住んだことがないので何とも言えないが、高齢者には住みにくいことが容易に予想できる。「不易流行」(変えてはならないことを守りながら、流行に合わせて徐々に変える)ことこそ肝要であろう。

「本当にテレワークが普及するのでしょうか」

「俺は企業活動のある部分はそうなると思うが、やがてそういう仕事はロボットやAI(人工頭脳)に取って代われるよ」

「いずれにしましても、これからの若い人は大変ですね」

「いつの時代も大変だよ。七十五年間、戦争がなかったことが、我々の世代では最高の幸せだと思うね」

「そうですね」

「いずれにしても住みづらい時代になるね」

「この前、映画『赤い闇』~スターリンの冷たい大地で~の評論を読んだんだが、ソビエト連邦がひた隠しにした歴史の闇を照らし出す、衝撃の実話とあった。そこに若き英国人の新聞記者が監視する当局の目をかいくぐり、ウクライナに踏み込んで記者が目の当たりにしたのは悪夢の光景だったという」

「観に行くんですか」

「行こうと思っている」

「私も行きたいわ」

「そうか、では一緒に行こう」

―その後、この映画を観た真三は友人にメールを送った。

 私は映画で人肉を食う場面は『野火』が最初で、今回が二回目でした。

 かつて親父に「人肉を食ったのでは?」と聞いたことがありました。と言いますのは、親父は先の戦争でニューギニヤのポートモレスビー作戦(豪州軍を中心とする連合軍との闘い)に従軍、補給路を断たれ、ほぼ壊滅状態で退却したからです。ある日、新聞にべタ記事

「ニューギニヤで人肉を食べた?」を見たからですが、親父は黙っていました。

 当時、記事、写真はすべて検閲済の判がないと送れなかった。「戦争の大きさは死体の数に比例すると、戦地では死体を数えた」と話しました。

 スターリン時代のソ連はひどいということは知っていましたが、この映画でそれが暴かれ、新聞記者の力の強さに感服しました。

「そうですね。私もショックを受けました」

「日本人は平和ボケと言われても、平和を大事にしないといけない。平和の維持には戦争以上の努力と外交力がいるということを知るべきだよ」

「どうも日本の右傾化が心配ですね」

「私も含め戦争を知らない世代は無責任なことを言うべきではない。とくに評論家やコラムニスト、記者に無茶な発言が目立つ。先の戦争でほとんどの報道関係者が政府当局の権力の前に屈した歴史を反省すべきだよ」

「それが不幸だったのですね」

「七十五年経って、報道陣も二分化しているように見える。これが怖いね」

「今こそ映画『赤い闇』を見てほしいですね」

「そんな中、米中対立で世界が困った状況に悩んでいる。両国とも戦争する意思はないと思うが、戦争は突発的なことで起こるのが、これまでの歴史だからね」

「そういう意味では世界のリーダーはしっかりしてほしいですね」

「いまも世界局地で戦争がない日はないくらいだから、複雑だね」

「コロナ時代に、戦争が加わったらたまらんですね」

 真三とるり子はしばらくお茶を飲みながら庭を眺めた。

 すると居間のテレビが「安倍首相 辞意を表明」という緊急速報を伝えてた。

「まさか、辞めるとは思わなかったが…」

「本当ですか」