姪の就職2

 ―この小説はいまから三十年ほど前のものである。 京都には京セラの稲盛和夫、ワコールの塚本幸一、立石電機(現オムロン)の立石一真ら異色の経営者が多かった。彼らは京都財界のリーダーでもある。稲盛は鹿児島、立石は熊本、塚本は滋賀の出身である。みんな他所そ者ものである。稲盛は鹿児島大学を卒業して碍がい子しをつくる京都の「松風工業」に就職、のちに独立、そのまま京都に住みついた。稲盛は当初、京都をほとんど見向きもしなかった。日本を、そして世界に目を向けて突走していた。

 立石も大阪で独立したが、戦争中、空襲を避けるため京都の御室にあった分工場に移転、戦後、そこが本社となった。塚本はインパール作戦で生き残った三人の一人で復員後、慣れている京都で商売を始めたに過ぎない。

 京都経済がGNP(国民総生産)の2%を占めており、“2%経済”と地元では名付けている。彼らの商品シェア(市場占有率)もちょうどそれと見合っている。

 そんなものだから、稲盛や塚本が極端なことを言えば、京の人にソッポを向かれても2%しか商売に影響を受けない。企業の力に応じて発言力は増える。カネが力である。京の人は大胆な発言、行動に時には反発するが、所詮全員一致で協力して抵抗しても2%の影響力しか与えることができないので、勝負は初めからついている。

 片桐や柳原はそうはかない。京の人にソッポを向かれたら倒産してしまう。しかも金融業務は新聞社と違って山城相互銀行一行が倒産しても、世間が困るということはない。このあたりは、日本あるいは世界のマーケットを相手にしている企業と置かれている立場は違う。だけど、なぜか塚本にしろ、立石、稲盛といった他所そから来た経営者たちも京都を良くしたいと真剣に考えている。京都商工会議所会頭をつとめる塚本は、京都を活気づけたいといつも先頭を切って走っている。京の人はかならずしも後に続いていないのだが…。京の人たちは持ち物(財産)が多くて走れないのかもしれない。下手に走ると、こけると思っているのだろうか。時々、塚本はハシゴを外されたと言って怒りをあらわにしていた。

 真三はしばらく考えながら、小説の文章を反芻していた。そしてやおら立ち上がってトイレに用をたしに部屋を出た。洗面の鏡の前で自分の顔を見ながら「俺も年老いた顔をしているな」と自問自答しながら、書斎のパソコンをのぞいた。最近はめったにメールも入っていなかった。大方は企業のPRメールや、わけのわからないメールが多く、すべて削除した。削除したメールの中に友人Sからのものが入っていることに気づいた。

 ― 友人の皆様へ

 毎日、別居中の私は自宅待機でコロナウイルス関連のテレビ番組ばかりを観ながら時間を浪費しています。通院予約をすべてキャンセル、週2、3回の買い物に息抜きを兼ねて出かけるだけです。

 今日は退屈しのぎに、連日のコロナウイルス報道の中間総括を独断と偏見でまとめましたので、ご笑覧いただければ、またご意見をお聞かせいただければと思います。(4月26日)

 ●毎日、観るテレビ番組はほぼ決まっています。

 朝、6時~6時半はラジオNHKでニュース~ラジオ体操を聞きます。起床後に腹筋、腕立て体操をして朝食後、ラジオ体操をします。20年ほど続けています。

 朝、7時のテレビNHKニュースに始まって羽鳥慎一のモーニングショー(玉川氏のコメントを注視)、ひるおび、そして12時NHKニュース、午後からバイキング、グッディ、ミヤネ屋も時々、観ます。このほかBSでワールドニュース。

 夜は、7時NHKニュース、報道1930、これを一番評価しています。キャスターの松原氏がいいですね。BSプライムニュース、報道ステーション。

 最後にBS日テレなど、以上の番組をほとんど毎日、観ています。ラジオはNHK第一のラジオ深夜便を子守唄がわりにつけて眠りにつきます。朝4時からの「明日へのことば」はほとんど、聞くようにしています。これほどテレビやラジオと付き合うことはありませんでした。

 

コロナウイルス報道の中間総括(思いつくまま)

・ 政府の専門家会議のメンバーは感染症専門の医師がほとんど(しかも東北、北海道の大学が中心、なぜなのか?)、臨床医(現場)が一人しか入っていない。検査は厚労省・保健所の行政が担当しているので、一生懸命やっているのだろうが、クラスター潰しの戦略からなかなか抜けられない。

・ 東京を見ていると、一極集中がいかに脆弱かということを思う。地方のスーパーはほどほどの客数のように思う。

・ 京大のノーベル賞学者の本庶氏、山中氏らが声を上げ、政府批判を展開しているのは、さすがに京都学派は健在である。それに控え、医学の世界で君臨している東大からはそういう声があまり上がらない。

・ 感染学で一番、的確なコメントを当初から一貫して発言をしているのは白鴎大学教育学部教授・岡田晴恵女史だが、専門家会議には入れない。

・ コメントメンバーで一番ひどいと思うのは、T氏である。ジャーナリストを名乗りながら政府の代弁者となっている点が不思議である。テレビ各局が彼を使うのは恐らく政府からの介入を許さないためだという人もいる。首脳部に食い込み、一番右に位置する人物としては便利なのだろうと思う。

・ 世界ではドイツに注目している。さすがにシステマティックな対応だと思える。中国は今回のことでさらに不信感をもった。契約を結んでいたのに、マスクでも自国優先で海外へは送らない判断をしていた。このような国が世界のリーダーにはなってはいけない。マスク、防護服、人工呼吸器などは戦略物資として日頃から保管しているのに、日本では今頃になって不足だと叫んでいる。

・ 緊急事態宣言(5月7日特定警戒都道府県の一部を含め解除)はしばらく取り下げられないだろうが、コロナウイルスと共存していく道を選ぶしかない。(5月25日まで継続が決まった)

・ ポスト・コロナウイルスの経済は「終戦直後のような大変な状況になる」という予感がする。

・ 後期高齢者が感染したら、大半が死ぬだろう。そう政府は暗黙のうちに首脳部は思っているのでないかと思ってしまうくらいだ。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

 真三はこのメールを読んで感想文を手短に送信してリビングの籐椅子に戻った。

「日本はこれまでの感染症ではほとんど死者を出さず、うまく切り抜けてきた」

 誰の指示かわからないが、クラスター潰しの戦略を早々と決めた。これがうまくいくかどうかはもう少し時間が経たないと判断できない。

 真三は当分、外出を控え、自宅で過ごすしかないと、前島にかっぱでの飲み会を延期しようと電話を入れた。

「そうですね。おそらくかっぱも自粛休業していると思いますので、確認しておきます」

「よろしく」

 真三はかっぱの女将も困っているだろうなと電話を切って思いめぐらした。

 再び、小説の原稿に目を通した。

 ―京都にサミット(主要国首脳会議)を誘致しようと塚本は決意したことがある。サミットが京都で開かれると世界のマスコミがやってくる。そうしたら京都にすばらしい日本文化があることが世界に流れる。世界の人々は日本をより理解するのではないか。日米、日欧の貿易摩擦の解消にも少なからず役立つだろう。ところが、警察が警備の都合でサミット誘致の反対に回った。京阪神の警察官だけでは足らず、日本中の警官を京都に集めて指揮をとることは、とうていできないと猛反対したのである。塚本に言わせれば、そんなことを言っていれば、京都で重要な行事は何もできないことになる。

 儀典都市・京都を目指す塚本は、一日も早く天皇が京都御所へお移りになることを真剣に考えているだけに、サミットで警備のことをとやかく言われると腹立ちさを覚える。

 それにしても、こんな時、京の財界人、文化人、学者連の多くは塚本を援護しない。援護どころか、裏では足を引っ張る。表面上は一人芝居を見物することを決め込んでいる。これはサミット誘致だけではない。なにか新しいことをやる場合、いつもこんな調子である。京の人は見えない網が破られることを恐れている。網の目が少しずつ新しくなるのはよい。いっぺんに破られて新しい糸で編んでいくことを良しとしない。(ギリシャ語でペル・ペティアという言葉は、栄光がひとたび傾斜しだすと再び過去の栄光に戻れないという意味だが、京都はまさにその過程にある)と、塚本はサミットの京都開催が流れたことを悔しがる。

 そんな京都ではあるが、経営者の多くは京都から脱出しようとしない。本社を京都以外に移転することもない。まだまだ京都には計り知れない魅力があるからであろう。考えてみれば、京セラやワコールだけでなく、京都に本社を置くほとんどの企業が京都のイメージとだぶらせて評価してもらっているからではないのだろうか。いま流行のCI(コーポレートアイデンティティ)をことさらやらなくても、京都企業には共通のCIが出来上がっている。目に見えない網が嫌でも、京都を離れないのではないだろうか。

 柳原は水割りのお代わりを頼んだ。片桐のことをあれこれと思いめぐらしていると、ふと梅原猛の『地獄の思想』(集英社)に書いてあったことが浮かんだ。

 

■岡田 清治プロフィール

1942年生まれ ジャーナリスト

(編集プロダクション・NET108代表)

著書に『高野山開創千二百年 いっぱんさん行状記』『心の遺言』『あなたは社員の全能力を引き出せますか!』『リヨンで見た虹』など多数

※この物語に対する読者の方々のコメント、体験談を左記のFAXかメールでお寄せください。

今回は「就職」「日本のゆくえ」「結婚」「夫婦」「インド」「愛知県」についてです。物語が進行する中で織り込むことを試み、一緒に考えます。

FAX‥0569―34―7971

メール‥takamitsu@akai-shinbunten.net

 

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姪の就職2

  ―この小説はいまから三十年ほど前のものである。 京都には京セラの稲盛和夫、ワコールの塚本幸一、立石電機(現オムロン)の立石一真ら異色の経営者が多かった。彼らは京都財界のリーダーでもある。稲盛は鹿児島、立石は熊本、塚本は滋賀の出身である。みんな他所そ者ものである。稲盛は鹿児島大学を卒業して碍がい子しをつくる京都の「松風工業」に就職、のちに独立、そのまま京都に住みついた。稲盛は当初、京都をほとんど見向きもしなかった。日本を、そして世界に目を向けて突走していた。

 立石も大阪で独立したが、戦争中、空襲を避けるため京都の御室にあった分工場に移転、戦後、そこが本社となった。塚本はインパール作戦で生き残った三人の一人で復員後、慣れている京都で商売を始めたに過ぎない。

 京都経済がGNP(国民総生産)の2%を占めており、“2%経済”と地元では名付けている。彼らの商品シェア(市場占有率)もちょうどそれと見合っている。

 そんなものだから、稲盛や塚本が極端なことを言えば、京の人にソッポを向かれても2%しか商売に影響を受けない。企業の力に応じて発言力は増える。カネが力である。京の人は大胆な発言、行動に時には反発するが、所詮全員一致で協力して抵抗しても2%の影響力しか与えることができないので、勝負は初めからついている。

 片桐や柳原はそうはかない。京の人にソッポを向かれたら倒産してしまう。しかも金融業務は新聞社と違って山城相互銀行一行が倒産しても、世間が困るということはない。このあたりは、日本あるいは世界のマーケットを相手にしている企業と置かれている立場は違う。だけど、なぜか塚本にしろ、立石、稲盛といった他所そから来た経営者たちも京都を良くしたいと真剣に考えている。京都商工会議所会頭をつとめる塚本は、京都を活気づけたいといつも先頭を切って走っている。京の人はかならずしも後に続いていないのだが…。京の人たちは持ち物(財産)が多くて走れないのかもしれない。下手に走ると、こけると思っているのだろうか。時々、塚本はハシゴを外されたと言って怒りをあらわにしていた。

 真三はしばらく考えながら、小説の文章を反芻していた。そしてやおら立ち上がってトイレに用をたしに部屋を出た。洗面の鏡の前で自分の顔を見ながら「俺も年老いた顔をしているな」と自問自答しながら、書斎のパソコンをのぞいた。最近はめったにメールも入っていなかった。大方は企業のPRメールや、わけのわからないメールが多く、すべて削除した。削除したメールの中に友人Sからのものが入っていることに気づいた。

 ― 友人の皆様へ

 毎日、別居中の私は自宅待機でコロナウイルス関連のテレビ番組ばかりを観ながら時間を浪費しています。通院予約をすべてキャンセル、週2、3回の買い物に息抜きを兼ねて出かけるだけです。

 今日は退屈しのぎに、連日のコロナウイルス報道の中間総括を独断と偏見でまとめましたので、ご笑覧いただければ、またご意見をお聞かせいただければと思います。(4月26日)

 ●毎日、観るテレビ番組はほぼ決まっています。

 朝、6時~6時半はラジオNHKでニュース~ラジオ体操を聞きます。起床後に腹筋、腕立て体操をして朝食後、ラジオ体操をします。20年ほど続けています。

 朝、7時のテレビNHKニュースに始まって羽鳥慎一のモーニングショー(玉川氏のコメントを注視)、ひるおび、そして12時NHKニュース、午後からバイキング、グッディ、ミヤネ屋も時々、観ます。このほかBSでワールドニュース。

 夜は、7時NHKニュース、報道1930、これを一番評価しています。キャスターの松原氏がいいですね。BSプライムニュース、報道ステーション。

 最後にBS日テレなど、以上の番組をほとんど毎日、観ています。ラジオはNHK第一のラジオ深夜便を子守唄がわりにつけて眠りにつきます。朝4時からの「明日へのことば」はほとんど、聞くようにしています。これほどテレビやラジオと付き合うことはありませんでした。

 

コロナウイルス報道の中間総括(思いつくまま)

・ 政府の専門家会議のメンバーは感染症専門の医師がほとんど(しかも東北、北海道の大学が中心、なぜなのか?)、臨床医(現場)が一人しか入っていない。検査は厚労省・保健所の行政が担当しているので、一生懸命やっているのだろうが、クラスター潰しの戦略からなかなか抜けられない。

・ 東京を見ていると、一極集中がいかに脆弱かということを思う。地方のスーパーはほどほどの客数のように思う。

・ 京大のノーベル賞学者の本庶氏、山中氏らが声を上げ、政府批判を展開しているのは、さすがに京都学派は健在である。それに控え、医学の世界で君臨している東大からはそういう声があまり上がらない。

・ 感染学で一番、的確なコメントを当初から一貫して発言をしているのは白鴎大学教育学部教授・岡田晴恵女史だが、専門家会議には入れない。

・ コメントメンバーで一番ひどいと思うのは、T氏である。ジャーナリストを名乗りながら政府の代弁者となっている点が不思議である。テレビ各局が彼を使うのは恐らく政府からの介入を許さないためだという人もいる。首脳部に食い込み、一番右に位置する人物としては便利なのだろうと思う。

・ 世界ではドイツに注目している。さすがにシステマティックな対応だと思える。中国は今回のことでさらに不信感をもった。契約を結んでいたのに、マスクでも自国優先で海外へは送らない判断をしていた。このような国が世界のリーダーにはなってはいけない。マスク、防護服、人工呼吸器などは戦略物資として日頃から保管しているのに、日本では今頃になって不足だと叫んでいる。

・ 緊急事態宣言(5月7日特定警戒都道府県の一部を含め解除)はしばらく取り下げられないだろうが、コロナウイルスと共存していく道を選ぶしかない。(5月25日まで継続が決まった)

・ ポスト・コロナウイルスの経済は「終戦直後のような大変な状況になる」という予感がする。

・ 後期高齢者が感染したら、大半が死ぬだろう。そう政府は暗黙のうちに首脳部は思っているのでないかと思ってしまうくらいだ。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

 真三はこのメールを読んで感想文を手短に送信してリビングの籐椅子に戻った。

「日本はこれまでの感染症ではほとんど死者を出さず、うまく切り抜けてきた」

 誰の指示かわからないが、クラスター潰しの戦略を早々と決めた。これがうまくいくかどうかはもう少し時間が経たないと判断できない。

 真三は当分、外出を控え、自宅で過ごすしかないと、前島にかっぱでの飲み会を延期しようと電話を入れた。

「そうですね。おそらくかっぱも自粛休業していると思いますので、確認しておきます」

「よろしく」

 真三はかっぱの女将も困っているだろうなと電話を切って思いめぐらした。

 再び、小説の原稿に目を通した。

 ―京都にサミット(主要国首脳会議)を誘致しようと塚本は決意したことがある。サミットが京都で開かれると世界のマスコミがやってくる。そうしたら京都にすばらしい日本文化があることが世界に流れる。世界の人々は日本をより理解するのではないか。日米、日欧の貿易摩擦の解消にも少なからず役立つだろう。ところが、警察が警備の都合でサミット誘致の反対に回った。京阪神の警察官だけでは足らず、日本中の警官を京都に集めて指揮をとることは、とうていできないと猛反対したのである。塚本に言わせれば、そんなことを言っていれば、京都で重要な行事は何もできないことになる。

 儀典都市・京都を目指す塚本は、一日も早く天皇が京都御所へお移りになることを真剣に考えているだけに、サミットで警備のことをとやかく言われると腹立ちさを覚える。

 それにしても、こんな時、京の財界人、文化人、学者連の多くは塚本を援護しない。援護どころか、裏では足を引っ張る。表面上は一人芝居を見物することを決め込んでいる。これはサミット誘致だけではない。なにか新しいことをやる場合、いつもこんな調子である。京の人は見えない網が破られることを恐れている。網の目が少しずつ新しくなるのはよい。いっぺんに破られて新しい糸で編んでいくことを良しとしない。(ギリシャ語でペル・ペティアという言葉は、栄光がひとたび傾斜しだすと再び過去の栄光に戻れないという意味だが、京都はまさにその過程にある)と、塚本はサミットの京都開催が流れたことを悔しがる。

 そんな京都ではあるが、経営者の多くは京都から脱出しようとしない。本社を京都以外に移転することもない。まだまだ京都には計り知れない魅力があるからであろう。考えてみれば、京セラやワコールだけでなく、京都に本社を置くほとんどの企業が京都のイメージとだぶらせて評価してもらっているからではないのだろうか。いま流行のCI(コーポレートアイデンティティ)をことさらやらなくても、京都企業には共通のCIが出来上がっている。目に見えない網が嫌でも、京都を離れないのではないだろうか。

 柳原は水割りのお代わりを頼んだ。片桐のことをあれこれと思いめぐらしていると、ふと梅原猛の『地獄の思想』(集英社)に書いてあったことが浮かんだ。