中日新聞朝刊に『日本の島ガイド』の新版本の紹介が大きく取りあげられていた。その記事中には篠島の航空写真があった。長年の疑問がさく裂した。

 小さい頃、二階に間借りしていた窓から、左手には佐久島、目の前には日間賀島、築見島(つくみじま)、中手島、小磯島、外に出ると篠島、野島、松島が見えた。

 友人にヒヒの放し飼いの見物に誘われ、観光船で無人島の築見島へ。

 でかいボス(アヌビスヒヒ)の出迎えに超ビビった。が、なぜか同時に思ったのが、ヒヒが座っていた岩もまわりの岩も『師崎の崖の岩と全く違うぞ?…』小学生の時である。

 今回調べたら、築見島、篠島はなんと花崗岩だという。どおりで見慣れた師崎の崖の岩(堆積岩、日間賀島も)と違うわけで、こんな近距離なのに地質が全く違っていることに驚いた。

 その築見島との間の海を、大きなタンカーが航くことがしょっちゅうあった。武豊の港へ航くという。そして、その通っているところは『水道』だということを聞いた。水が出るわけでもないのに?と思った。船の向かう先の武豊はどんな良い所だろうと強い憧れを抱いたのをとてもよく覚えている。

 その師崎水道、漁師さんに水深を聞いたらなんと40mもあるという。文献には舟形の海釜(かいふ)とある。ということは、もしも師崎水道の海の底に立ったとしたら、師崎側は堆積岩(師崎層群)の断崖が、それとすぐ反対の築見島側を見上げると花崗岩(領家)の絶壁がそびえている不思議な光景だろうと妄想。私はカナヅチ、怖くて背中が寒い。

 古地理図を見ると、10万年くらい前三河湾が陸地だった頃、なんと境川が遠州灘に注いでいて、その流れと師崎水道が重なるように思える。師崎水道はきっと当時の川底に違いない、とも妄想。

 現在、憧れだった武豊に住んでいる。大晦日に汽笛の音が聞こえてくると、師崎水道を通ってきた船なんだ、武豊に住んで良かった、としみじみ思う。今も年の初めの思いがずーっと続いている。

伊藤 明德

 

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 小さい頃、二階に間借りしていた窓から、左手には佐久島、目の前には日間賀島、築見島(つくみじま)、中手島、小磯島、外に出ると篠島、野島、松島が見えた。

 友人にヒヒの放し飼いの見物に誘われ、観光船で無人島の築見島へ。

 でかいボス(アヌビスヒヒ)の出迎えに超ビビった。が、なぜか同時に思ったのが、ヒヒが座っていた岩もまわりの岩も『師崎の崖の岩と全く違うぞ?…』小学生の時である。

 今回調べたら、築見島、篠島はなんと花崗岩だという。どおりで見慣れた師崎の崖の岩(堆積岩、日間賀島も)と違うわけで、こんな近距離なのに地質が全く違っていることに驚いた。

 その築見島との間の海を、大きなタンカーが航くことがしょっちゅうあった。武豊の港へ航くという。そして、その通っているところは『水道』だということを聞いた。水が出るわけでもないのに?と思った。船の向かう先の武豊はどんな良い所だろうと強い憧れを抱いたのをとてもよく覚えている。

 その師崎水道、漁師さんに水深を聞いたらなんと40mもあるという。文献には舟形の海釜(かいふ)とある。ということは、もしも師崎水道の海の底に立ったとしたら、師崎側は堆積岩(師崎層群)の断崖が、それとすぐ反対の築見島側を見上げると花崗岩(領家)の絶壁がそびえている不思議な光景だろうと妄想。私はカナヅチ、怖くて背中が寒い。

 古地理図を見ると、10万年くらい前三河湾が陸地だった頃、なんと境川が遠州灘に注いでいて、その流れと師崎水道が重なるように思える。師崎水道はきっと当時の川底に違いない、とも妄想。

 現在、憧れだった武豊に住んでいる。大晦日に汽笛の音が聞こえてくると、師崎水道を通ってきた船なんだ、武豊に住んで良かった、としみじみ思う。今も年の初めの思いがずーっと続いている。

伊藤 明德