私は先々号で、久野の平和思想は圧巻であると書きながら、具体的には述べてきませんでした。ここで紹介します。

 久野の平和思想は独特であって、しかも今日的意義を有しています。戦後の日本の一般人が抱いていた平和思想を表明し、その平和思想を彼は生き抜いてきた。これが久野の平和思想です。私の平和思想と瓜二つ。この久野の平和思想に出会った時、戦後の平和思想を忘れかけている日本人に対する警告と思って読みました。

 愛知用水は戦前の大政翼賛会の人脈において造られました。大政翼賛会は戦争推進組織、国民総動員のための組織でしたので、大変間違った組織と言えます。その組織において愛知用水が造られたと言えば、えっ何でとなりましょう。そして更に、ここから久野の平和思想が生まれたと言えば、冗談もほどほどにせいと言いたくなりましょう。しかしこれが真実なのです。説明します。

 大政翼賛会は上では確かに戦争推進組織でした。国民を戦争に総動員する組織でしたので。しかし下では、久野が活躍した地方組織では食糧増産組織としてあったのでした。もちろん食糧増産は戦争遂行のためのものですから、上と下で思想に違いがあったというわけではありません。しかし久野らにとっては、大政翼賛会は食糧増産の農民組織としてあったのでした。ここが大事です。そのために、戦後国家が民主国家に生まれ変わった時に、名実ともに、この大政翼賛会を食糧増産運動(愛知用水運動)として再生させることができたのでした。戦争遂行のためでなく平和国家をつくるために。平和思想はこういう中で育まれたのでした。次のように久野は語ります。

 

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 戦争はかつての功臣を死刑にし、長の名のつく人を追放し、国民を衣食住において困窮にさせた。こんな戦争は嫌だと言って日本国民は平和憲法を作った。軍備がないと小国に侮られると言う人もいるが、そうではない。文化水準を高くして他国から尊敬される国になろう。

 大東亜戦争が終わった時、日本は戦争をしないと誓った。戦争をしないお陰で生活は豊かになった。戦争で金儲けをしてはいけない。徹頭徹尾平和でいこう。金が儲かるからといって戦争の手先になってはいけない。平和確保の産業開発が大切である。私たちの目標は戦争せずに生きていくことである。戦争の素になることを主張する人は追放すべきである。天は争う者を嫌い、平和を努力する人を愛する。平和に向かって努力するのでなければならない。

 隠忍自重の外交を忘れてはいけない。領土問題はともすると戦争を誘発させるが、「譲る心」は共存の土台である。「互譲」こそは幸せになるための要の思想である。「むさぼらざる」の心こそ戦争をしない平和の道である。この仏教の教えは大切。日本はかつてはこの心を持たず、国土狭小・人口増加を口実にして、聖戦だ出征だと言って、国民をだまし、何百万の無辜の民を戦死させてきた。

 

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 これが久野の平和思想です。久野の平和思想は、彼が70歳の頃から書きだした『躬行者』に書かれています。上に紹介した以外にもいっぱい書いています。久野は96歳で亡くなりますが、70歳といえば普通には来世への旅立ちの準備をする時期、人生を総括して教訓を残す時期です。

 みんなで幸せになるために、俺は愛知用水運動・愛知海道運動・不老会運動をやってきたが、これらはすべて平和の礎になる。忘れるなよ。こんな声が聞こえてきます。

 

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 私は先々号で、久野の平和思想は圧巻であると書きながら、具体的には述べてきませんでした。ここで紹介します。

 久野の平和思想は独特であって、しかも今日的意義を有しています。戦後の日本の一般人が抱いていた平和思想を表明し、その平和思想を彼は生き抜いてきた。これが久野の平和思想です。私の平和思想と瓜二つ。この久野の平和思想に出会った時、戦後の平和思想を忘れかけている日本人に対する警告と思って読みました。

 愛知用水は戦前の大政翼賛会の人脈において造られました。大政翼賛会は戦争推進組織、国民総動員のための組織でしたので、大変間違った組織と言えます。その組織において愛知用水が造られたと言えば、えっ何でとなりましょう。そして更に、ここから久野の平和思想が生まれたと言えば、冗談もほどほどにせいと言いたくなりましょう。しかしこれが真実なのです。説明します。

 大政翼賛会は上では確かに戦争推進組織でした。国民を戦争に総動員する組織でしたので。しかし下では、久野が活躍した地方組織では食糧増産組織としてあったのでした。もちろん食糧増産は戦争遂行のためのものですから、上と下で思想に違いがあったというわけではありません。しかし久野らにとっては、大政翼賛会は食糧増産の農民組織としてあったのでした。ここが大事です。そのために、戦後国家が民主国家に生まれ変わった時に、名実ともに、この大政翼賛会を食糧増産運動(愛知用水運動)として再生させることができたのでした。戦争遂行のためでなく平和国家をつくるために。平和思想はこういう中で育まれたのでした。次のように久野は語ります。

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 戦争はかつての功臣を死刑にし、長の名のつく人を追放し、国民を衣食住において困窮にさせた。こんな戦争は嫌だと言って日本国民は平和憲法を作った。軍備がないと小国に侮られると言う人もいるが、そうではない。文化水準を高くして他国から尊敬される国になろう。

 大東亜戦争が終わった時、日本は戦争をしないと誓った。戦争をしないお陰で生活は豊かになった。戦争で金儲けをしてはいけない。徹頭徹尾平和でいこう。金が儲かるからといって戦争の手先になってはいけない。平和確保の産業開発が大切である。私たちの目標は戦争せずに生きていくことである。戦争の素になることを主張する人は追放すべきである。天は争う者を嫌い、平和を努力する人を愛する。平和に向かって努力するのでなければならない。

 隠忍自重の外交を忘れてはいけない。領土問題はともすると戦争を誘発させるが、「譲る心」は共存の土台である。「互譲」こそは幸せになるための要の思想である。「むさぼらざる」の心こそ戦争をしない平和の道である。この仏教の教えは大切。日本はかつてはこの心を持たず、国土狭小・人口増加を口実にして、聖戦だ出征だと言って、国民をだまし、何百万の無辜の民を戦死させてきた。

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 これが久野の平和思想です。久野の平和思想は、彼が70歳の頃から書きだした『躬行者』に書かれています。上に紹介した以外にもいっぱい書いています。久野は96歳で亡くなりますが、70歳といえば普通には来世への旅立ちの準備をする時期、人生を総括して教訓を残す時期です。

 みんなで幸せになるために、俺は愛知用水運動・愛知海道運動・不老会運動をやってきたが、これらはすべて平和の礎になる。忘れるなよ。こんな声が聞こえてきます。