姪の就職2

夕方、旧友との待ち合わせの東京駅の八重洲地下街の居酒屋「だるま」に向かった。そして午後8時過ぎの新幹線に乗った。

 帰宅後、いくつか友人から返信メールが送られてきた。

 ―全体としては、老いて(失礼!)ますます好奇心旺盛な真三さんによる観察眼満開の見聞録として楽しませてもらいました。まず驚くのは、その活動範囲の広さです。たとえば真三さんは上野(ムンク、精養軒)→六義園→明治神宮→表参道(イルミネーション)→渋谷(ハチ公前)→筋肉食堂→五反田と移動されるのですが、一体これは何でしょうか。普通であれば(私などその典型ですが)、六義園も明治神宮も、園内・境内をウロツクだけで疲れ切ってしまいます。

 そのうえ、翌日には西武池袋線の吾野へ赴かれるわけですが、高齢者の範疇をぶち壊す振舞いというほかありません。もの凄いですね。

 彼は真三より四、五歳年下だが、文化に造詣が深く、趣味の映画鑑賞でも話し合える飲み仲間である。ただ、最後の居酒屋「だるま」では酒が回っていたのか、外人労働者の解禁には反対し、真三が日本の人手不足を訴えても頑として自説を曲げなかった。

 旧友からのメールは続く

 ―ただ、もう一つの老人問題については、真三さんも半ば認めておられるように、老人の郊外シフトが必ずしもこの問題のメインストリームだとは思えません。

 渋谷は昔から若者の街であり、巣鴨はずっと前から老人のたまり場。そして、上野は比較的元気な高齢者を中心とした趣味の場の集積地です。これらの傾向は昨今、さらに極端となり、例えば最近の渋谷は、中年というか普通の大人さえ回避する若者と観光客の街になってしまったように思えます。

 それから、もう一つ感じたのは、真三さんご夫婦はとても幸せなご夫婦だという思いです。ご子息夫婦は立派に成功しておられ、忙しい毎日を過ごされながらも、お二人を都心の高層マンションのゲストルームに迎えて、とても親身に対応されています。

 それで、ついつい思い出してしまうのは小津安二郎の名作『東京物語』です。

 尾道から上京してきた笠智衆、東山千栄子演じる夫婦を迎える子どもたち。長男は医学博士、長女は美容院経営で決して成功していないわけではないのですが、それでも仕事に追われ、夫婦は体よく熱海に追いやられてしまい、結局、親身に応対してくれたのは戦死した次男の妻(原節子)のみというストーリー。

 権威ある英国映画協会が10年ごとに選出している

「映画史上最高の作品ベストテン」(直近の2012年)で第1位に輝いたこの作品で、忘れてはならないのは、この子供二人が決して性格が悪いとか自分勝手だというわけではないことです。

 小津は、笠智衆に「まあ、いいほうじゃよ」という言葉を吐かせていますが、まあ、これが「家族の絆」の実態、というか、標準だということでしょう。

 これはかなり堪える冷酷・冷徹な真実ですが、それに比べれば、真三さんご夫婦のなんと幸せなことか。ガーデンプレイス39階のモダンなレストランが苦手なタイ料理だったと文句を言っては罰が当たります。そんなことを一番に感じさせてもらった見聞録でした。お送りいただき、ありがとうございました。

 もう一人の後輩がメールを送ってくれた。

 さすが、真三さんならではご考察だと思いました。ただ、渋谷は戦後の街なのです。それまで、NHKや代々木公園は練兵場だったり、陸軍師団が置かれておりました。特にNHKの辺りは、226事件の将兵が処刑もされており、未だに、スタジオには怪異現象があるとの都市伝説もあります。

 家康の入府時には、江戸全体(特に現在のダウンタウンは)水はけが悪く、渋谷は水の集まる谷でした。むしろ、その後背地の駒場や松濤の高台は明治になってよい発展を遂げます。本郷の東大キャンパスは加賀藩上屋敷跡地で有名ですが、東大農学部、一高、東大教養学部となった辺りはやはり、前田の所有で、明治になっても前田侯爵邸となりました。ここは日本近代文学館として、公開されてもおります。既にお訪ねかも知れませんが、次回の東下りのおりは、松濤から駒場へ歩かれることをお薦めします。

 

東京見聞録その2 ―老人を見ない街―

 ―先ごろ東京見聞録を綴って送らしていただきました。ある日、朝日新聞(12月22日)の「読書」欄で「ひもとく 渋谷 迷宮の街」の記事に引き寄せられました。見出しは「谷底の混沌、若者のざわめき」(読売新聞記者から作家に転身した堂場瞬一氏の一文)で、渋谷に関する数冊の書籍が紹介されていました。

 たちまち渋谷の街に興味を持ちました。「東京見聞録」でも渋谷を中心に散策しましたからなおさらです。そこで紹介された本のほかに、渋谷や東京に関する本を年末から読破することを義務付け、改めて「東京」について綴りました。私の新年のご挨拶として再び駄文を送りますが、ご笑覧いただければ幸いです。

 紹介された本は『なぜ迷う?複雑怪奇な東京迷宮駅の秘密』『渋谷学』『渋カジが、私をつくった。団塊ジュニア&渋谷発 ストリート・ファッションの歴史と変遷』『Killers』などです。このほかに『地図と愉しむ東京歴史散歩 都心の謎編』『地図と愉しむ東京歴史散歩 地下の秘密編』『東京学』『歴史のなかの渋谷』『東京の街の秘密』『新宿・渋谷・原宿 盛り場の歴史散歩地図』も読んでいます。

 ●読書を通じての渋谷や東京についての印象は以下のようなことです。

 渋谷は“坂”が多い街だそうですが、私が以前住んでいた大阪の生駒山の麓は坂といっても渋谷のようななだらかな坂ではなかったです。確かに坂のついた名称は多いですが、これを坂だとたいそうに言うこともないと思いますが。

 渋谷は新宿、上野、銀座、浅草の後塵を拝してきたことは、そうだと思います。パルコ、東急ハンズ、西武、東急の出店戦略にともなって発展してきたそうです。私は先の東京オリンピックで都市基盤を整え、これに伴いNHKの渋谷移転、渋谷の風景が全国に発信された点が一番大きいだろうと思います。

 再び2 0 2 0 年の東京オリンピックでベイエリア中心に開発が進められていますが、渋谷は100年に一度の大開発に取り組み、街が一変しようとしているようです。

 渋谷での待ち合わせトップ3がハチ公の銅像、スクランブル交差点、センター街ということも知りました。またビル109の呼称が(マルキュー)ということやハチ公の歴史とともに興味深いものでした。

 ベイエリアの開発もゴミで埋め立ての土地であるし決して環境によくないと思いますが、一方、南青山に区が児童相談所を建設する計画を発表すると、環境が悪化、土地価格が下がると一部の住民は大反対している醜い説明会が全国に流れています。エゴ丸出しの住民の街を印象付けました。

 ラッシュアワー時の山手線の混み方は「働き方改革からほど遠い」と、東京のサラリーマンはこの先、その便利さ故に満足できるのだろうか。

 『東京学』は少し古い本ですが、よく分析されていると感心しました。とくに東京人は官僚が作った組織をひな形に育った人間である一方、大阪人は個人の人間集団であるという見方は納得しました。だから東京人は肩書、企業の知名度に関心を示すが、大阪人は「それ、何ぼのものや」と、個人の能力と実績しか評価しないという指摘、東京人の著者にしては鋭いです。名古屋人はその中間でしょう。

 企業経営者をみても多くはサラリーマンからトップになっているため、組織人間です。組織は強いですが、いずれ劣化してくるというのは、最近の官僚組織、日産、東電の経営者を見ていて思う次第です。関西の小林一三、松下幸之助、京セラの稲盛、日本電産の永守といった個性的な経営者は東京では育たないのでは?

 これからの日本を変革するには、維新のときのように地方から起こってくるのではないだろうか―と新年の夢でした。

 真三は昨晩、日頃より飲み過ぎたのか、起床はいつもより遅く目覚めた。

「もう、朝食の用意ができていますよ」

「そうか、よく寝たな」

「なにかブツブツ言っていましたよ」

「先日、東京へ行った時の夢を見たんだよ」

「そうですか。夢に見るほどの中身がありましたの?」

「あんなことはこの先、ないのだぞ」

「なくても自分たちで行けばいいじゃないですか」

「それはそうだが、息子夫婦が招待してくれたことにもっと感激してもいいのではないか」

 

■岡田 清治プロフィール

1942年生まれ ジャーナリスト

(編集プロダクション・NET108代表)

著書に『高野山開創千二百年 いっぱんさん行状記』『心の遺言』『あなたは社員の全能力を引き出せますか!』『リヨンで見た虹』など多数

※この物語に対する読者の方々のコメント、体験談を左記のFAXかメールでお寄せください。

今回は「就職」「日本のゆくえ」「結婚」「夫婦」「インド」「愛知県」についてです。物語が進行する中で織り込むことを試み、一緒に考えます。

FAX‥0569―34―7971

メール‥takamitsu@akai-shinbunten.net

 

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姪の就職2

夕方、旧友との待ち合わせの東京駅の八重洲地下街の居酒屋「だるま」に向かった。そして午後8時過ぎの新幹線に乗った。

 帰宅後、いくつか友人から返信メールが送られてきた。

 ―全体としては、老いて(失礼!)ますます好奇心旺盛な真三さんによる観察眼満開の見聞録として楽しませてもらいました。まず驚くのは、その活動範囲の広さです。たとえば真三さんは上野(ムンク、精養軒)→六義園→明治神宮→表参道(イルミネーション)→渋谷(ハチ公前)→筋肉食堂→五反田と移動されるのですが、一体これは何でしょうか。普通であれば(私などその典型ですが)、六義園も明治神宮も、園内・境内をウロツクだけで疲れ切ってしまいます。

 そのうえ、翌日には西武池袋線の吾野へ赴かれるわけですが、高齢者の範疇をぶち壊す振舞いというほかありません。もの凄いですね。

 彼は真三より四、五歳年下だが、文化に造詣が深く、趣味の映画鑑賞でも話し合える飲み仲間である。ただ、最後の居酒屋「だるま」では酒が回っていたのか、外人労働者の解禁には反対し、真三が日本の人手不足を訴えても頑として自説を曲げなかった。

 旧友からのメールは続く

 ―ただ、もう一つの老人問題については、真三さんも半ば認めておられるように、老人の郊外シフトが必ずしもこの問題のメインストリームだとは思えません。

 渋谷は昔から若者の街であり、巣鴨はずっと前から老人のたまり場。そして、上野は比較的元気な高齢者を中心とした趣味の場の集積地です。これらの傾向は昨今、さらに極端となり、例えば最近の渋谷は、中年というか普通の大人さえ回避する若者と観光客の街になってしまったように思えます。

 それから、もう一つ感じたのは、真三さんご夫婦はとても幸せなご夫婦だという思いです。ご子息夫婦は立派に成功しておられ、忙しい毎日を過ごされながらも、お二人を都心の高層マンションのゲストルームに迎えて、とても親身に対応されています。

 それで、ついつい思い出してしまうのは小津安二郎の名作『東京物語』です。

 尾道から上京してきた笠智衆、東山千栄子演じる夫婦を迎える子どもたち。長男は医学博士、長女は美容院経営で決して成功していないわけではないのですが、それでも仕事に追われ、夫婦は体よく熱海に追いやられてしまい、結局、親身に応対してくれたのは戦死した次男の妻(原節子)のみというストーリー。

 権威ある英国映画協会が10年ごとに選出している

「映画史上最高の作品ベストテン」(直近の2012年)で第1位に輝いたこの作品で、忘れてはならないのは、この子供二人が決して性格が悪いとか自分勝手だというわけではないことです。

 小津は、笠智衆に「まあ、いいほうじゃよ」という言葉を吐かせていますが、まあ、これが「家族の絆」の実態、というか、標準だということでしょう。

 これはかなり堪える冷酷・冷徹な真実ですが、それに比べれば、真三さんご夫婦のなんと幸せなことか。ガーデンプレイス39階のモダンなレストランが苦手なタイ料理だったと文句を言っては罰が当たります。そんなことを一番に感じさせてもらった見聞録でした。お送りいただき、ありがとうございました。

 もう一人の後輩がメールを送ってくれた。

 さすが、真三さんならではご考察だと思いました。ただ、渋谷は戦後の街なのです。それまで、NHKや代々木公園は練兵場だったり、陸軍師団が置かれておりました。特にNHKの辺りは、226事件の将兵が処刑もされており、未だに、スタジオには怪異現象があるとの都市伝説もあります。

 家康の入府時には、江戸全体(特に現在のダウンタウンは)水はけが悪く、渋谷は水の集まる谷でした。むしろ、その後背地の駒場や松濤の高台は明治になってよい発展を遂げます。本郷の東大キャンパスは加賀藩上屋敷跡地で有名ですが、東大農学部、一高、東大教養学部となった辺りはやはり、前田の所有で、明治になっても前田侯爵邸となりました。ここは日本近代文学館として、公開されてもおります。既にお訪ねかも知れませんが、次回の東下りのおりは、松濤から駒場へ歩かれることをお薦めします。

 

東京見聞録その2

―老人を見ない街―

 ―先ごろ東京見聞録を綴って送らしていただきました。ある日、朝日新聞(12月22日)の「読書」欄で「ひもとく 渋谷 迷宮の街」の記事に引き寄せられました。見出しは「谷底の混沌、若者のざわめき」(読売新聞記者から作家に転身した堂場瞬一氏の一文)で、渋谷に関する数冊の書籍が紹介されていました。

 たちまち渋谷の街に興味を持ちました。「東京見聞録」でも渋谷を中心に散策しましたからなおさらです。そこで紹介された本のほかに、渋谷や東京に関する本を年末から読破することを義務付け、改めて「東京」について綴りました。私の新年のご挨拶として再び駄文を送りますが、ご笑覧いただければ幸いです。

 紹介された本は『なぜ迷う?複雑怪奇な東京迷宮駅の秘密』『渋谷学』『渋カジが、私をつくった。団塊ジュニア&渋谷発 ストリート・ファッションの歴史と変遷』『Killers』などです。このほかに『地図と愉しむ東京歴史散歩 都心の謎編』『地図と愉しむ東京歴史散歩 地下の秘密編』『東京学』『歴史のなかの渋谷』『東京の街の秘密』『新宿・渋谷・原宿 盛り場の歴史散歩地図』も読んでいます。

 ●読書を通じての渋谷や東京についての印象は以下のようなことです。

 渋谷は“坂”が多い街だそうですが、私が以前住んでいた大阪の生駒山の麓は坂といっても渋谷のようななだらかな坂ではなかったです。確かに坂のついた名称は多いですが、これを坂だとたいそうに言うこともないと思いますが。

 渋谷は新宿、上野、銀座、浅草の後塵を拝してきたことは、そうだと思います。パルコ、東急ハンズ、西武、東急の出店戦略にともなって発展してきたそうです。私は先の東京オリンピックで都市基盤を整え、これに伴いNHKの渋谷移転、渋谷の風景が全国に発信された点が一番大きいだろうと思います。

 再び2 0 2 0 年の東京オリンピックでベイエリア中心に開発が進められていますが、渋谷は100年に一度の大開発に取り組み、街が一変しようとしているようです。

 渋谷での待ち合わせトップ3がハチ公の銅像、スクランブル交差点、センター街ということも知りました。またビル109の呼称が(マルキュー)ということやハチ公の歴史とともに興味深いものでした。

 ベイエリアの開発もゴミで埋め立ての土地であるし決して環境によくないと思いますが、一方、南青山に区が児童相談所を建設する計画を発表すると、環境が悪化、土地価格が下がると一部の住民は大反対している醜い説明会が全国に流れています。エゴ丸出しの住民の街を印象付けました。

 ラッシュアワー時の山手線の混み方は「働き方改革からほど遠い」と、東京のサラリーマンはこの先、その便利さ故に満足できるのだろうか。

 『東京学』は少し古い本ですが、よく分析されていると感心しました。とくに東京人は官僚が作った組織をひな形に育った人間である一方、大阪人は個人の人間集団であるという見方は納得しました。だから東京人は肩書、企業の知名度に関心を示すが、大阪人は「それ、何ぼのものや」と、個人の能力と実績しか評価しないという指摘、東京人の著者にしては鋭いです。名古屋人はその中間でしょう。

 企業経営者をみても多くはサラリーマンからトップになっているため、組織人間です。組織は強いですが、いずれ劣化してくるというのは、最近の官僚組織、日産、東電の経営者を見ていて思う次第です。関西の小林一三、松下幸之助、京セラの稲盛、日本電産の永守といった個性的な経営者は東京では育たないのでは?

 これからの日本を変革するには、維新のときのように地方から起こってくるのではないだろうか―と新年の夢でした。

 真三は昨晩、日頃より飲み過ぎたのか、起床はいつもより遅く目覚めた。

「もう、朝食の用意ができていますよ」

「そうか、よく寝たな」

「なにかブツブツ言っていましたよ」

「先日、東京へ行った時の夢を見たんだよ」

「そうですか。夢に見るほどの中身がありましたの?」

「あんなことはこの先、ないのだぞ」

「なくても自分たちで行けばいいじゃないですか」

「それはそうだが、息子夫婦が招待してくれたことにもっと感激してもいいのではないか」