■杉本武之プロフィール

1939年 碧南市に生まれる。

京都大学文学部卒業。

翻訳業を経て、小学校教師になるために愛知教育大学に入学。

25年間、西尾市の小中学校に勤務。

定年退職後、名古屋大学教育学部の大学院で学ぶ。

〈趣味〉読書と競馬

 

【29】良寛の漢詩

◎良寛の漢詩を訳す

 5年前の3月の或る深夜、トイレに起きた後、なかなか眠れそうもなく、あれこれ考え事をしていました。ふと、『山椒魚』や『黒い雨』の小説家・井伏鱒二が訳した中国詩人の漢詩の一節が頭に浮かんできました。

 「花に嵐の/譬えもあるぞ/さよならだけが/人生だ」

 面白いな、私も何かやってみよう。そこで、よく知っている良寛の漢詩を七・七調で訳してみることにしました。良寛の代表作として有名な「生涯身を立つるに懶く、騰騰として天真に任す」に挑戦してみることにしました。

 暗闇の中で、「生涯」「身を立つる」「懶く」「騰騰として」「天真に仕す」などの語句を色々組み合わせていました。次のような訳が出来上がりました。

 「金も名誉も/どこ吹く風の/自由気ままな/生涯だった」

 だんだん頭が冴えてきて、睡魔は襲ってきそうもありません。残りの部分も訳してみることにしました。2時間ほど、頭の中でいろいろ工夫していました。

 翌朝、起きるとすぐに、頭の中の訳を紙に書き写しました。読んでみると、我ながらうまく出来ていると思いました。いい訳だな、と自己満足しました。他の漢詩も訳したくなりました。そこで、当時愛読していた竹村牧男監修『いま、生きる 良寛の言葉』(青春新書)に掲載されている漢詩から、1日に1篇選んで訳し始めました。25篇訳し終えた時に『私の良寛 私訳・良寛の漢詩(25篇)』と題して自費出版しました。

 何人かの友人や知人が褒めてくれました。気を良くした私は、次々と私訳に挑戦しました。そして、『続・私の良寛』『続々・私の良寛』と出版を続け、全部で100篇訳し終えた時に、『白い雲 私訳・良寛の漢詩(100篇)』という題で自費出版しました。

 新潟の良寛研究家に贈呈したところ、慈愛と寛容の精神の持ち主である彼は、「とても素晴らしい訳だ。良寛が現代に甦った」と褒めてくれました。人の意見を疑うことなくそのまま素直に受け入れる私は、その褒め言葉に天にも昇る心地がしました。

 以下、私の訳だけ載せます。良寛の素晴らしい原詩は省略します。

 

◎良寛の漢詩(私訳)

(一)満ち足りた日々

 金も名誉も/どこ吹く風の/自山気ままな/生涯だった/袋の中には/明日食べる米/薪も一束/ほらここにある/迷いも語りも/ほとほと飽きた/あくせく生きても/何にもならぬ/雨の音など/静かに聴いて/のんびり足を/伸ばして眠ろう

 

(二)五合庵

 五合庵は/寂しいところ/がらんとしてて/何一つ無い/外に出れば/杉が千本/壁を見れば/漢詩が数篇/釜の中には/塵だけ溜まり/竃からは/煙も立たぬ/東の村に/友人がいて/月の良い夜/訪ねてくれる

 

(三)草庵の暮らし

 この草庵での/ひとり暮らしを/もう何年も/続けています/疲れた時には/ゆっくり休み/元気になったら/外出します/褒められようと/嬉しくないし/人の嘲笑/もう慣れました/親から貰った/大事な命/素直に生きて/楽しんでいます

 

(四)手まり遊び

 待ちに待った/春の訪れ/すべての草木が/ 新たに輝く/ ああ、春なのだ/舂が来たのだ/鉢盂を持って/山路を下る/街の子たちが/わしを見つけて/喜び叫ぶ/「良寛さーん」/寺の門まで/わしを引っ張り/そこで歩みを/ぴたりと止める/手に掲げ持つ/鉢盂は石に/お米を入れる/袋は枝に/さあ、子どもらよ/遊び暮らそう/草で闘い/次は手まりだ/わしがつく時/子どもは歌い/わしが歌えば/子どもはまりつく/かわるがわるに/手まりをつけば/あっという間に/時が過ぎ去る/道行く人が/笑って聞いた/何故子どもらと/まりをつくのか/これにはさすがに/参った参った/即答できずに/うつむいたまま/強いて真意を/言い表せば/ただこのように/ついているだけ

 

(五)無欲が一番

 欲が無いから/気楽なものだ/何も無いから/心も軽い/粗末な食事が/体にいいし/ぼろの着物が/わしにはぴったり/独りで歩けば/鹿も従い/わしが歌えば/子どもも歌う/岩の清水で/洗った耳には/峰の松風/さやかに聞こえる

 

(六)ありのまま

 迷いも悟りも/結局同じだ/世にあるものは/全てが空だ/それさえ分かれば/お経など要らぬ/悟りを求める/座禅も要らぬ/鴬は鳴く/柳の岸辺/犬は吠える/月下の村里/これだけのこと/これが真理だ/今ここにある/それが全てだ

 

(七)分け与えよ

 金持ちたちは/あれこれ買って/それでも足りず/もっと欲しがる/貧乏人は/食べ物求め/必死になって/動き回ってる/なぜ金持ちは/少しの金を/貧しい者に/与えないのか/人は互いに/憂いを分け合い/助け合って/生きたいものだ

 

(八)淳朴な農民

 虫の鳴き声/ あたりに満ちて/炊事の煙が/農家に昇る/街と違って/村では夜も/拍子木なんか/打つことも無い/わしは客だが/遠慮は無用/ゆっくりくつろぎ/夜長を過ごす/ほかほかとして/春の温もり/末世の時代に/村人たちは/純な心を/保っているのだ

 

(九)無欲に生きる

 金も要らない/名誉も要らない/時々人とは/付き合っていたい/少し食べれば/それで満足/名声なんか/糞でも食らえ/鉢盂を持って/食を乞えば/人の情けで/米が貰える/寺の近くで/子どもに会って/共に楽しく/手まりで遊ぶ/こうした暮らしが/わしの好みだ/自然に従い/無欲に生きる

 

Copyright©2003-2017 Akai Newspaper dealer

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【29】良寛の漢詩

◎良寛の漢詩を訳す

 5年前の3月の或る深夜、トイレに起きた後、なかなか眠れそうもなく、あれこれ考え事をしていました。ふと、『山椒魚』や『黒い雨』の小説家・井伏鱒二が訳した中国詩人の漢詩の一節が頭に浮かんできました。

 「花に嵐の/譬えもあるぞ/さよならだけが/人生だ」

 面白いな、私も何かやってみよう。そこで、よく知っている良寛の漢詩を七・七調で訳してみることにしました。良寛の代表作として有名な「生涯身を立つるに懶く、騰騰として天真に任す」に挑戦してみることにしました。

 暗闇の中で、「生涯」「身を立つる」「懶く」「騰騰として」「天真に仕す」などの語句を色々組み合わせていました。次のような訳が出来上がりました。

 「金も名誉も/どこ吹く風の/自由気ままな/生涯だった」

 だんだん頭が冴えてきて、睡魔は襲ってきそうもありません。残りの部分も訳してみることにしました。2時間ほど、頭の中でいろいろ工夫していました。

 翌朝、起きるとすぐに、頭の中の訳を紙に書き写しました。読んでみると、我ながらうまく出来ていると思いました。いい訳だな、と自己満足しました。他の漢詩も訳したくなりました。そこで、当時愛読していた竹村牧男監修『いま、生きる 良寛の言葉』(青春新書)に掲載されている漢詩から、1日に1篇選んで訳し始めました。25篇訳し終えた時に『私の良寛 私訳・良寛の漢詩(25篇)』と題して自費出版しました。

 何人かの友人や知人が褒めてくれました。気を良くした私は、次々と私訳に挑戦しました。そして、『続・私の良寛』『続々・私の良寛』と出版を続け、全部で100篇訳し終えた時に、『白い雲 私訳・良寛の漢詩(100篇)』という題で自費出版しました。

 新潟の良寛研究家に贈呈したところ、慈愛と寛容の精神の持ち主である彼は、「とても素晴らしい訳だ。良寛が現代に甦った」と褒めてくれました。人の意見を疑うことなくそのまま素直に受け入れる私は、その褒め言葉に天にも昇る心地がしました。

 以下、私の訳だけ載せます。良寛の素晴らしい原詩は省略します。

 

◎良寛の漢詩(私訳)

(一)満ち足りた日々

 金も名誉も/どこ吹く風の/自山気ままな/生涯だった/袋の中には/明日食べる米/薪も一束/ほらここにある/迷いも語りも/ほとほと飽きた/あくせく生きても/何にもならぬ/雨の音など/静かに聴いて/のんびり足を/伸ばして眠ろう

 

(二)五合庵

 五合庵は/寂しいところ/がらんとしてて/何一つ無い/外に出れば/杉が千本/壁を見れば/漢詩が数篇/釜の中には/塵だけ溜まり/竃からは/煙も立たぬ/東の村に/友人がいて/月の良い夜/訪ねてくれる

 

(三)草庵の暮らし

 この草庵での/ひとり暮らしを/もう何年も/続けています/疲れた時には/ゆっくり休み/元気になったら/外出します/褒められようと/嬉しくないし/人の嘲笑/もう慣れました/親から貰った/大事な命/素直に生きて/楽しんでいます

 

(四)手まり遊び

 待ちに待った/春の訪れ/すべての草木が/ 新たに輝く/ ああ、春なのだ/舂が来たのだ/鉢盂を持って/山路を下る/街の子たちが/わしを見つけて/喜び叫ぶ/「良寛さーん」/寺の門まで/わしを引っ張り/そこで歩みを/ぴたりと止める/手に掲げ持つ/鉢盂は石に/お米を入れる/袋は枝に/さあ、子どもらよ/遊び暮らそう/草で闘い/次は手まりだ/わしがつく時/子どもは歌い/わしが歌えば/子どもはまりつく/かわるがわるに/手まりをつけば/あっという間に/時が過ぎ去る/道行く人が/笑って聞いた/何故子どもらと/まりをつくのか/これにはさすがに/参った参った/即答できずに/うつむいたまま/強いて真意を/言い表せば/ただこのように/ついているだけ

 

(五)無欲が一番

 欲が無いから/気楽なものだ/何も無いから/心も軽い/粗末な食事が/体にいいし/ぼろの着物が/わしにはぴったり/独りで歩けば/鹿も従い/わしが歌えば/子どもも歌う/岩の清水で/洗った耳には/峰の松風/さやかに聞こえる

 

(六)ありのまま

 迷いも悟りも/結局同じだ/世にあるものは/全てが空だ/それさえ分かれば/お経など要らぬ/悟りを求める/座禅も要らぬ/鴬は鳴く/柳の岸辺/犬は吠える/月下の村里/これだけのこと/これが真理だ/今ここにある/それが全てだ

 

(七)分け与えよ

 金持ちたちは/あれこれ買って/それでも足りず/もっと欲しがる/貧乏人は/食べ物求め/必死になって/動き回ってる/なぜ金持ちは/少しの金を/貧しい者に/与えないのか/人は互いに/憂いを分け合い/助け合って/生きたいものだ

 

(八)淳朴な農民

 虫の鳴き声/ あたりに満ちて/炊事の煙が/農家に昇る/街と違って/村では夜も/拍子木なんか/打つことも無い/わしは客だが/遠慮は無用/ゆっくりくつろぎ/夜長を過ごす/ほかほかとして/春の温もり/末世の時代に/村人たちは/純な心を/保っているのだ

 

(九)無欲に生きる

 金も要らない/名誉も要らない/時々人とは/付き合っていたい/少し食べれば/それで満足/名声なんか/糞でも食らえ/鉢盂を持って/食を乞えば/人の情けで/米が貰える/寺の近くで/子どもに会って/共に楽しく/手まりで遊ぶ/こうした暮らしが/わしの好みだ/自然に従い/無欲に生きる