姪の就職2

 三人は時の過ぎるのを忘れ、盃を重ねながら談笑を続けた。ママは商売を忘れず、時折、酒の肴と焼酎のお湯割りを運んだ。

 真三はマイコンの話を続けた。

 コストを下げるにはユーザー負担を最大にすることだろう。ただ真三が住んでいるウサギ小屋では大きな段ボールや発泡スチロールの扱いや処理に困る。メーカーとユーザーの間にあるぎりぎりのせめぎあいを感じる。いずれにせよ大きな段ボールや緩衝材の発泡スチロールの始末に困る。

 テーブルの上に組み上がったディスプレイ、マイコン本体、キーボードなど気を付けながら載せた。これでテーブルはほぼいっぱいになる。電源スイッチは周辺機器から入れないと故障の原因になると説明書にある。切るときは逆の手順でやるようにと書いてある。このことに気付くのはずっとあとからである。こういうことは大きな字体か、赤字で注意喚起する親切心があってもいいのではないか。高価なものだけにちょっとしたミスによる故障に過剰なほど気になる。

 とにかくマイコンを自在に動かすにはまだまだ格闘が続く。この機種では英文、カタカナ文、数字だけしか表示できず、ひらがな文、漢字混じり文は不可能であった。数年前まで商社など企業がコンピュータで作成した文章はすべてカタカナ文だったようだが、日ごろ見慣れていないものには読みづらい。

―マイコン・タロウ 40サイ。

「るり子、ほらマイコンではこういう風になるんだ」

 真三はマイコンがなんと役立つものか、見せたいと思っているが、いまのところ画面に文字を並べることしかできない。

「カタカナでしか表示できないの?」

「いや、これに漢字ROMとワープロのソフトを使えば、普通の漢字混じり文がつくれるよ。まだ、そこまでセットできていないので、いまのところカタカナ文なんだ」

 もう夜の12時を回っている。5時間ほどかかって、ようやく画面に表示するところまできた。あせると、ろくなことがないので周辺機器は翌日に後回しにして床に就いた。

「マイコンがあると、家にも早く帰ってくるのね。三日坊主でしょうが!」

「恋人ができたようなものだからだよ」

 真三は当分、付き合い酒も減るだろうなと思う一方で、一抹の寂しさを覚えた。とにかくパソコンの初期のころに初めて手にした人たちにとって、用語からして新鮮であっても理解できるまで時間がかかった。

 顧客ソフトのフロッピィと簡易漢字ワードプロセッサソフトを持っている。これを使うにはフロッピィデスクが必要なのだが、手順を読んでもよくわからない。いまならほぼ常識の用語、フォーマット、バックアップなど理解できず頭が痛い。マイコンの本やマニュアルの説明書は、ある程度フロッピィについて基本的に理解していることを前提に書いてある。真三のように一度も触ったことがない人間には無理である。

 高価なものだけに、操作できないと大切なものを失くすという恐怖感に襲われる。パンフレットを読めばできますよと店員は言ったが、それはフロッピィディスクを扱ったことのある人だと思ってしまう。

 夜も12時近くなる。フロッピィディスクをうらめしく思いつつ、一人で台所に行って酒の燗を始める。酒のまわりが速い。それでもチビリ、チビリ飲んでいると次第に落ち着いてくる。

『まだおカネを支払ったわけでもないんだから、きっちり使えるまで教えてくれなかったら払わないぞと脅かすこともできる。相手もそのあたりのことは百も承知だから教えてくれるだろう』

 アルコールは真三を力づける。一人で勝手に思い巡らし決め込んでいる。なんでもそうだが、やり方を習得するのも、教えることも難しいものだ。麻雀でも習いたての頃は難しいゲームだと思うし、教える方は簡単なことがなぜ、わからないのだと思っている。道順でも自分が苦労して行ったところなら二度目は楽だが、人に連れて行ってもらったら、よく覚えていないことがある。苦労してマスターしたことなら、そう簡単に教えられない気持ちもあるだろうし、専門家になれば初歩的な説明が面倒になるものだろう。フロッピィディスクも同じである。真三は苦しむことになる。

 やがてマイコンを持って一ヶ月になる。その間、店の人と何度か電話でやりとりしたが、うまくいかない。そこである日、カバンにケーブル、ワープロと顧客管理ソフト、システムディスク、新しいディスケット10枚を詰め、土曜日の午後、仕事帰りに店に寄った。

「どうしてもソフトの予備をつくっておきたいのだが、手順がわかりませんので教えてください」

「わかりました」

 これまで数回、電話をしているので覚えていたのか、弱り切った真三を見て引き受けてくれた。その時、真三は配線通りになっていないと思っていたフロッピィ専用のケーブルを取り出した。

「このケーブルを配線図通りに結べないのですが…」

 店員は真三の渡したケーブルをつないでフロッピィのスイッチを入れるが、フロッピィは動かない。もたもたしているように見えたのか、店の支配人風の男が店員に「どうしたんだ」と険悪顔を見せる。それでも店員はケーブルをはずしてはつけて接続を確認している。

 これはいまから20~30年前の店での風景だが、その風景はいまも続いている。米国のA社専門店が最近、日本の中核都市に支店をオープンした。そこにはパソコン、アイフォン、アイパッドの新製品が並べられ、購入したい人、買ったが操作がわからない人、設定の方法など教えを乞うひとたちが朝から集まってくる。中には老人も混じっているが、大半は40歳代までの若者で小学生もいる。

 ここでも大半が販売員でその能力差は大きく、お客にとってはその当たり外れは大きい。継続して指名できないので、厄介なことである。さらに専門的な質問は予約して技術者が教えてくれる。

「やはりサービスとして徹底していますね」

「それって無料ですか」

「相談の範疇は無料ですが、修理の必要が出てくれば有償です」

「時間のない人には電話でのサポートも可能です」

「面談した方が対応が速いですね」

 三人は真三のマイコンの苦労話に耳を傾けながら、現実のことと重ね合わせながら時折、質問している。

 真三は続ける。

―真三は見かねて、店の支配人らしき男に「このコードが配線図通りにつながらないのです」と説明した。

「これはコネクターが逆についとるわ。新しいコードを持ってきなさい」

 真三は「やっぱり」と思うとともに、こんなひどい商品を売っていることに腹立たしさを覚えた。フロッピィの操作を知らなかった真三も、まさかと思っていたが、これでは動かすのは不可能である。

「すみません。新しいのと取り換えてきます」

 これで真三も相手に貸しができたような気分になり、店員はソフトをきっちりコピーしてくれるだろうと思うと、嬉しくなった。

 店員はワープロと顧客管理ソフトを手際よく操作する。その脇で真三は一つの手順も見逃すまいとノートを拡げてメモをとる。もの珍しそうに店内の客が真三と店員を取り囲んで見物を始める。店員も囲まれた客に気を取られるのか、それとも使い慣れないソフトのためか、あせって時々もたつく。真三もメモが進まない。例によって店員は黙って手早く操作するのでメモがついていけない。操作している途中で聞くわけにもいかず、結局、操作が終わって手渡されてから聞こうとしてもスタートから聞き直さなければならないので面倒をかけるとあきらめてしまう。約1時間かかって、2つのソフトの予備ができた。

 真三の使っている簡易ワープロについて少し触れておこう。利用できる文字数は、英・数字や特殊文字などJIS非漢字453種、JIS第一水準漢字が2、965種である。これで普通の文章なら問題ないが、真三の場合、人名を多く扱うので、時々、見つからない漢字がある。最近のワープロにはプログラムを打ち込んで漢字をつくれる機種も出ているようだ。漢字変換していると気付くのだが、頻繁に使う単語を登録しておくと、例えば「株式会社」は「かぶ」で変換可能だが、そうでないと「株」、「式」、「会」、「社」と6回打つことになる。長文や多数回使用する文章でこの差は相当な労力の軽減になる。そのためには自分で辞書をつくらなければならない。これが初めから登録してあるソフトなら助かるが、その代わり価格は高くつく。

 真三は一服するつもりで焼酎のお湯割りを二口ほど口に運んだ。前島とママもグラスを取って真三に合わせた。

「当初のころのワープロも大変でしたね」

「私なら手書きの方が楽に思えるわ」

「ママは字がきれいだからいいのだけど、私のようにミミズの這ったような字だと、ワープロの威力は大変なものです」

「同感です」

「字は練習次第ですよ」

「練習時間がないのだよ」

 三人は笑った。

 

■岡田 清治プロフィール

1942年生まれ ジャーナリスト

(編集プロダクション・NET108代表)

著書に『高野山開創千二百年 いっぱんさん行状記』『心の遺言』『あなたは社員の全能力を引き出せますか!』『リヨンで見た虹』など多数

※この物語に対する読者の方々のコメント、体験談を左記のFAXかメールでお寄せください。

今回は「就職」「日本のゆくえ」「結婚」「夫婦」「インド」「愛知県」についてです。物語が進行する中で織り込むことを試み、一緒に考えます。

FAX‥0569―34―7971

メール‥takamitsu@akai-shinbunten.net

 

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姪の就職2

 三人は時の過ぎるのを忘れ、盃を重ねながら談笑を続けた。ママは商売を忘れず、時折、酒の肴と焼酎のお湯割りを運んだ。

 真三はマイコンの話を続けた。

 コストを下げるにはユーザー負担を最大にすることだろう。ただ真三が住んでいるウサギ小屋では大きな段ボールや発泡スチロールの扱いや処理に困る。メーカーとユーザーの間にあるぎりぎりのせめぎあいを感じる。いずれにせよ大きな段ボールや緩衝材の発泡スチロールの始末に困る。

 テーブルの上に組み上がったディスプレイ、マイコン本体、キーボードなど気を付けながら載せた。これでテーブルはほぼいっぱいになる。電源スイッチは周辺機器から入れないと故障の原因になると説明書にある。切るときは逆の手順でやるようにと書いてある。このことに気付くのはずっとあとからである。こういうことは大きな字体か、赤字で注意喚起する親切心があってもいいのではないか。高価なものだけにちょっとしたミスによる故障に過剰なほど気になる。

 とにかくマイコンを自在に動かすにはまだまだ格闘が続く。この機種では英文、カタカナ文、数字だけしか表示できず、ひらがな文、漢字混じり文は不可能であった。数年前まで商社など企業がコンピュータで作成した文章はすべてカタカナ文だったようだが、日ごろ見慣れていないものには読みづらい。

―マイコン・タロウ 40サイ。

「るり子、ほらマイコンではこういう風になるんだ」

 真三はマイコンがなんと役立つものか、見せたいと思っているが、いまのところ画面に文字を並べることしかできない。

「カタカナでしか表示できないの?」

「いや、これに漢字ROMとワープロのソフトを使えば、普通の漢字混じり文がつくれるよ。まだ、そこまでセットできていないので、いまのところカタカナ文なんだ」

 もう夜の12時を回っている。5時間ほどかかって、ようやく画面に表示するところまできた。あせると、ろくなことがないので周辺機器は翌日に後回しにして床に就いた。

「マイコンがあると、家にも早く帰ってくるのね。三日坊主でしょうが!」

「恋人ができたようなものだからだよ」

 真三は当分、付き合い酒も減るだろうなと思う一方で、一抹の寂しさを覚えた。とにかくパソコンの初期のころに初めて手にした人たちにとって、用語からして新鮮であっても理解できるまで時間がかかった。

 顧客ソフトのフロッピィと簡易漢字ワードプロセッサソフトを持っている。これを使うにはフロッピィデスクが必要なのだが、手順を読んでもよくわからない。いまならほぼ常識の用語、フォーマット、バックアップなど理解できず頭が痛い。マイコンの本やマニュアルの説明書は、ある程度フロッピィについて基本的に理解していることを前提に書いてある。真三のように一度も触ったことがない人間には無理である。

 高価なものだけに、操作できないと大切なものを失くすという恐怖感に襲われる。パンフレットを読めばできますよと店員は言ったが、それはフロッピィディスクを扱ったことのある人だと思ってしまう。

 夜も12時近くなる。フロッピィディスクをうらめしく思いつつ、一人で台所に行って酒の燗を始める。酒のまわりが速い。それでもチビリ、チビリ飲んでいると次第に落ち着いてくる。

『まだおカネを支払ったわけでもないんだから、きっちり使えるまで教えてくれなかったら払わないぞと脅かすこともできる。相手もそのあたりのことは百も承知だから教えてくれるだろう』

 アルコールは真三を力づける。一人で勝手に思い巡らし決め込んでいる。なんでもそうだが、やり方を習得するのも、教えることも難しいものだ。麻雀でも習いたての頃は難しいゲームだと思うし、教える方は簡単なことがなぜ、わからないのだと思っている。道順でも自分が苦労して行ったところなら二度目は楽だが、人に連れて行ってもらったら、よく覚えていないことがある。苦労してマスターしたことなら、そう簡単に教えられない気持ちもあるだろうし、専門家になれば初歩的な説明が面倒になるものだろう。フロッピィディスクも同じである。真三は苦しむことになる。

 やがてマイコンを持って一ヶ月になる。その間、店の人と何度か電話でやりとりしたが、うまくいかない。そこである日、カバンにケーブル、ワープロと顧客管理ソフト、システムディスク、新しいディスケット10枚を詰め、土曜日の午後、仕事帰りに店に寄った。

「どうしてもソフトの予備をつくっておきたいのだが、手順がわかりませんので教えてください」

「わかりました」

 これまで数回、電話をしているので覚えていたのか、弱り切った真三を見て引き受けてくれた。その時、真三は配線通りになっていないと思っていたフロッピィ専用のケーブルを取り出した。

「このケーブルを配線図通りに結べないのですが…」

 店員は真三の渡したケーブルをつないでフロッピィのスイッチを入れるが、フロッピィは動かない。もたもたしているように見えたのか、店の支配人風の男が店員に「どうしたんだ」と険悪顔を見せる。それでも店員はケーブルをはずしてはつけて接続を確認している。

 これはいまから20~30年前の店での風景だが、その風景はいまも続いている。米国のA社専門店が最近、日本の中核都市に支店をオープンした。そこにはパソコン、アイフォン、アイパッドの新製品が並べられ、購入したい人、買ったが操作がわからない人、設定の方法など教えを乞うひとたちが朝から集まってくる。中には老人も混じっているが、大半は40歳代までの若者で小学生もいる。

 ここでも大半が販売員でその能力差は大きく、お客にとってはその当たり外れは大きい。継続して指名できないので、厄介なことである。さらに専門的な質問は予約して技術者が教えてくれる。

「やはりサービスとして徹底していますね」

「それって無料ですか」

「相談の範疇は無料ですが、修理の必要が出てくれば有償です」

「時間のない人には電話でのサポートも可能です」

「面談した方が対応が速いですね」

 三人は真三のマイコンの苦労話に耳を傾けながら、現実のことと重ね合わせながら時折、質問している。

 真三は続ける。

―真三は見かねて、店の支配人らしき男に「このコードが配線図通りにつながらないのです」と説明した。

「これはコネクターが逆についとるわ。新しいコードを持ってきなさい」

 真三は「やっぱり」と思うとともに、こんなひどい商品を売っていることに腹立たしさを覚えた。フロッピィの操作を知らなかった真三も、まさかと思っていたが、これでは動かすのは不可能である。

「すみません。新しいのと取り換えてきます」

 これで真三も相手に貸しができたような気分になり、店員はソフトをきっちりコピーしてくれるだろうと思うと、嬉しくなった。

 店員はワープロと顧客管理ソフトを手際よく操作する。その脇で真三は一つの手順も見逃すまいとノートを拡げてメモをとる。もの珍しそうに店内の客が真三と店員を取り囲んで見物を始める。店員も囲まれた客に気を取られるのか、それとも使い慣れないソフトのためか、あせって時々もたつく。真三もメモが進まない。例によって店員は黙って手早く操作するのでメモがついていけない。操作している途中で聞くわけにもいかず、結局、操作が終わって手渡されてから聞こうとしてもスタートから聞き直さなければならないので面倒をかけるとあきらめてしまう。約1時間かかって、2つのソフトの予備ができた。

 真三の使っている簡易ワープロについて少し触れておこう。利用できる文字数は、英・数字や特殊文字などJIS非漢字453種、JIS第一水準漢字が2、965種である。これで普通の文章なら問題ないが、真三の場合、人名を多く扱うので、時々、見つからない漢字がある。最近のワープロにはプログラムを打ち込んで漢字をつくれる機種も出ているようだ。漢字変換していると気付くのだが、頻繁に使う単語を登録しておくと、例えば「株式会社」は「かぶ」で変換可能だが、そうでないと「株」、「式」、「会」、「社」と6回打つことになる。長文や多数回使用する文章でこの差は相当な労力の軽減になる。そのためには自分で辞書をつくらなければならない。これが初めから登録してあるソフトなら助かるが、その代わり価格は高くつく。

 真三は一服するつもりで焼酎のお湯割りを二口ほど口に運んだ。前島とママもグラスを取って真三に合わせた。

「当初のころのワープロも大変でしたね」

「私なら手書きの方が楽に思えるわ」

「ママは字がきれいだからいいのだけど、私のようにミミズの這ったような字だと、ワープロの威力は大変なものです」

「同感です」

「字は練習次第ですよ」

「練習時間がないのだよ」

 三人は笑った。