姪の就職2
ママが奥から白菜の漬物をお盆で運んできた。
「ママ、自慢の白菜の漬物だね」
「以前にそういう話をしましたっけ」
「よく、聞かされましたよ」
「ところで真三さんのお姪ごさん、インドに行かれたのでしょう」
「そう、空港へ見送りに行った帰りですが・・・」
「インドは安全な国なんですか」
「インドも中国同様、人口も面積も日本の十倍以上の規模の国です」
「それだけ多様化しているのですね」
「そうです。日本の国が十個もあるなんて想像できますか。最近、友人から聞いた話で、どこまで真実かわかりませんが、インドは牛を神聖な動物として保護していると伝えられています」
「そういう話は昔から聞いていますね」
「国内で牛を虐待したら即、処刑だともいいます」
「ところが、インドは牛(牛肉)を海外へ輸出しているというのです。世界一の輸出量です」
「本当ですか、矛盾しているように見えますね」
「インドのヒンズー教徒は全体の八割ほどです」
「残り二割はイスラム、キリスト教徒です。二割と言えば、ブラジルの人口に匹敵するのです。彼らは牛肉を食します」
「当然、混乱するでしょうね」
「中国もそうですが、インドも独立を希求する地域を無理矢理、統一していますので、何かあれば暴発する危険はあります。バングラデシュの独立もそうです。インドの危険はどの地域を見るかによって見方が異なるのでしょう」
「無事に帰国されることを祈っておりますわ」
インドについて横道にそれてしまったが、真三は先の話を続けた。
―電化製品もそうだが、とくにオプションとその機能、価格が実に小さく書き添えてあるので、読む者は見逃してしまう。価格にしても本体価格だけ明示しており、広告写真で見せられたようなシステムが購入できるという錯覚に陥る。ある意味で誇大広告である。雑誌『新潮45+』7月号(83年)で、評論家の紀田順一郎氏が「パソコン消費者運動のすすめ」というものを書いていた。
購入したパソコンが埃をかぶっているのはメーカーと販売店の責任だ―と。全く同感である。その中で本体価格のことも触れているが。本体だけでは何もできないことを知っておいてほしいと。
真三は値段もさることながら、マイコンでやりたいことが実現するための必要なものを店員に次からつぎへ聞いている。
「顧客名簿を作りたいんだけど、そのようなソフトはあるのですか」
膨大な顧客名簿、年賀状の住所管理をしたいと考えている。
「いまでは当たり前のソフトが、その頃はまだ一般的でなかったのですね」
「真三さんのような先取りしていく人がいるので、技術は進歩していくのですね」
「そうだよね」
―店員が「これがその顧客管理ソフトです」と、真三に手渡した。発売元はソフトハウスI企画㈱とあった。
「ソフトハウスとは住宅会社のような名称だね」
「ソフトをつくる企業をこの業界ではハウスと呼んでいます」
「そういえば、システムハウスという言葉が時々、新聞に出ていますね」
「そうです。プログラムをつくるメーカーですが、とはいってもマンションなどの一室を借りてやっているところが多いのです」
「繊維業界にファッション・マンションという言葉がありますが、これはパリやニューヨークの最新のファッション雑誌が航空便で届けられると、それを空港でもらい受けマンションに持ち込むのです。マンションの一室には工業用ミシンを置いてあって、一晩で縫い上げ翌朝には銀座のプレタポルテの店先に並べるようなことをやっている。
ソフトハウスもこれとよく似ているのでソフト・マンションと呼んでいるのでしょう」
「そうですね。最新のモードをミシンで縫う代わりに、自分で考えたゲームや顧客管理のようなビジネスソフトをマイコン用の言葉、普通はベーシック言語で組み立てていくのです。ファッションのように切迫した時間との闘いはないが、プログラムをつくる作業は大変な能力、体力、根気がいります。
先ほどの顧客管理ソフトはマンションではないが、I企画というソフトの大手メーカーでつくられたのです。ソフトハウスはプログラムをつくる能力と一台のマイコンがあればできるので、全国にソフトハウスがどんどんできています。それでも米国と比べるとまだまだ少ないようです」 ゲームソフトに会社名を見ると、片田舎の住所と電話番号が多いことに気付く。問い合わせする場合、電話代が気になるほど遠隔地である。
コンピュータの分野で日本のメーカーがIBMより遅れているといわれる理由は、ソフトの蓄積量がIBMとうんと差をつけられている点を指摘されていた。日本のハードウエアーはIBMとそん色のない水準にある。あるいは一部で追い越しているため、IBMといえども日本が脅威になっている。IBMと互換性をもたしているので、日本のコンピュータでIBMのソフトを使えるのである。マイコンの普及にともないソフトがたくさんつくられるので、そのスピードが速くなる。 当時、IBMは巨大企業で、日本は弱小メーカーに見られていた。ソ連が崩壊することも想像できなかったように、IBMが陥落していく姿は誰もが予想できなかった。
店員は「頭金を14万3,600円、残り52万円をボーナス時に支払うことでいいですか」と真三に確認する。提携しているN信販の担当者から真三の住所、電話番号等を店員に代って確認してきた。真三はN信販を使う気がなかったが、ホビー店がN信販と提携、リスクヘッジしているので仕方がない。銀行もそうだが、こちらが借りる立場になると高飛車に出る。口調も警察で尋問を受けるようで腹が立ってくる。考えてみればN信販にしてみれば、なんの保証もなく建て替えるわけだから厳しく聞くのも仕方がないとは思う。真三は現金商売をしているので、やりかたが全く違うとつくづく思うのであった。
さっきから隣でじっと店員が明細書を作成するのを見つめているるり子は、一言もしゃべらない。こんなに高価なものを買うのに文句も言わないのだろうか―、真三は心配になってきた。怒っている風でもない。店員が店の奥に消えた。
「店員を初めて見た時から信用できる人だと直感した。この人なら今後も相談に応じてくれるだろうと買う決心をしたんだ」
真三はるり子に向かって了解を取る気持ちで話しかけた。
「そうね。まじめそうで、一生懸命やないの。あなたがN信販をやめると言ったので、あわてていたのじゃないの。気の毒に…」
るり子はマイコンの値段よりも、店員の応対ぶりに感心していた。真三が店を出た時、なにか新しいことが始まるのだと思うと、嬉しい気持ちになった。
「それにしても、高くついたが大丈夫かな」
「ほんまに高いけど、あんたがマイコンに一生懸命になるのを見ていると、やめときとは、よう言わなかった。マイコンとの浮気だから安いものだと思ったんですよ」
久しぶりに名古屋の百貨店をぶらついて帰路についた。
真三は朝から落ち着かいない。マイコンが届けられる日である。一つの大型商品なら間違いも起こりにくいが、小物商品も一緒に届けられる場合、受け取りの確認後、足りないといっても後の祭りである。
真三は出勤先からるり子に荷物の確認の電話を入れた。
「届きましたよ。運送屋さんが一つずつ伝票で確認しながら運んでくれたので間違いがありませんよ」
真三は夕食もそこそこに、6畳の部屋に運び込まれたマイコンを前にわくわくした気分である。店で見た状態にするのが真三にとっては大変な作業である。店で買ったときに組み立てをやってもらえないかと頼んだが、それはできないという返事だった。一般の家電製品なら取り付けて実際に動かして確認してくれる。マイコンはすべて購入者まかせである。マイコンが複雑でやっかいだというのに冷たいものである。
確かにいまのPCでもそこまでやってもらうには専門店で購入して割高になっても承知のうえでしか、対応してくれない。マイコンの当時は専門家も少なかっただろうから、そういうサービスはなかった。
真三は専用のテーブルの組み立てから苦労した。このような家具を組み立てるのに電動工具がない場合、大きな十字ネジを締めるのが大変である。40歳の真三でも大変のだから女性や高齢者ならどうするのかと思う。子どもがプラモデルを組み立てるように図表に沿ってすすめる。すでに2時間もかかっている。汗でびっしょりである。
部品がピッタリ合って完成した時はうれしいものだ。ただ、一個でも部品が不足していたらどうなるんだろ。電話で伝えたら送ってもらえるのか、小さい部品ならそんなことは対応しないだろう。そんなことを考えながら、きっちり収まったのでホッとした。この購入者の組み立て方式はメーカーや販売店の倉庫、また運送もできるだけ効率よくするために考えられたのだろう。
■岡田 清治プロフィール
1942年生まれ ジャーナリスト
(編集プロダクション・NET108代表)
著書に『高野山開創千二百年 いっぱんさん行状記』『心の遺言』『あなたは社員の全能力を引き出せますか!』『リヨンで見た虹』など多数
※この物語に対する読者の方々のコメント、体験談を左記のFAXかメールでお寄せください。
今回は「就職」「日本のゆくえ」「結婚」「夫婦」「インド」「愛知県」についてです。物語が進行する中で織り込むことを試み、一緒に考えます。
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姪の就職2
ママが奥から白菜の漬物をお盆で運んできた。
「ママ、自慢の白菜の漬物だね」
「以前にそういう話をしましたっけ」
「よく、聞かされましたよ」
「ところで真三さんのお姪ごさん、インドに行かれたのでしょう」
「そう、空港へ見送りに行った帰りですが・・・」
「インドは安全な国なんですか」
「インドも中国同様、人口も面積も日本の十倍以上の規模の国です」
「それだけ多様化しているのですね」
「そうです。日本の国が十個もあるなんて想像できますか。最近、友人から聞いた話で、どこまで真実かわかりませんが、インドは牛を神聖な動物として保護していると伝えられています」
「そういう話は昔から聞いていますね」
「国内で牛を虐待したら即、処刑だともいいます」
「ところが、インドは牛(牛肉)を海外へ輸出しているというのです。世界一の輸出量です」
「本当ですか、矛盾しているように見えますね」
「インドのヒンズー教徒は全体の八割ほどです」
「残り二割はイスラム、キリスト教徒です。二割と言えば、ブラジルの人口に匹敵するのです。彼らは牛肉を食します」
「当然、混乱するでしょうね」
「中国もそうですが、インドも独立を希求する地域を無理矢理、統一していますので、何かあれば暴発する危険はあります。バングラデシュの独立もそうです。インドの危険はどの地域を見るかによって見方が異なるのでしょう」
「無事に帰国されることを祈っておりますわ」
インドについて横道にそれてしまったが、真三は先の話を続けた。
―電化製品もそうだが、とくにオプションとその機能、価格が実に小さく書き添えてあるので、読む者は見逃してしまう。価格にしても本体価格だけ明示しており、広告写真で見せられたようなシステムが購入できるという錯覚に陥る。ある意味で誇大広告である。雑誌『新潮45+』7月号(83年)で、評論家の紀田順一郎氏が「パソコン消費者運動のすすめ」というものを書いていた。
購入したパソコンが埃をかぶっているのはメーカーと販売店の責任だ―と。全く同感である。その中で本体価格のことも触れているが。本体だけでは何もできないことを知っておいてほしいと。
真三は値段もさることながら、マイコンでやりたいことが実現するための必要なものを店員に次からつぎへ聞いている。
「顧客名簿を作りたいんだけど、そのようなソフトはあるのですか」
膨大な顧客名簿、年賀状の住所管理をしたいと考えている。
「いまでは当たり前のソフトが、その頃はまだ一般的でなかったのですね」
「真三さんのような先取りしていく人がいるので、技術は進歩していくのですね」
「そうだよね」
―店員が「これがその顧客管理ソフトです」と、真三に手渡した。発売元はソフトハウスI企画㈱とあった。
「ソフトハウスとは住宅会社のような名称だね」
「ソフトをつくる企業をこの業界ではハウスと呼んでいます」
「そういえば、システムハウスという言葉が時々、新聞に出ていますね」
「そうです。プログラムをつくるメーカーですが、とはいってもマンションなどの一室を借りてやっているところが多いのです」
「繊維業界にファッション・マンションという言葉がありますが、これはパリやニューヨークの最新のファッション雑誌が航空便で届けられると、それを空港でもらい受けマンションに持ち込むのです。マンションの一室には工業用ミシンを置いてあって、一晩で縫い上げ翌朝には銀座のプレタポルテの店先に並べるようなことをやっている。
ソフトハウスもこれとよく似ているのでソフト・マンションと呼んでいるのでしょう」
「そうですね。最新のモードをミシンで縫う代わりに、自分で考えたゲームや顧客管理のようなビジネスソフトをマイコン用の言葉、普通はベーシック言語で組み立てていくのです。ファッションのように切迫した時間との闘いはないが、プログラムをつくる作業は大変な能力、体力、根気がいります。
先ほどの顧客管理ソフトはマンションではないが、I企画というソフトの大手メーカーでつくられたのです。ソフトハウスはプログラムをつくる能力と一台のマイコンがあればできるので、全国にソフトハウスがどんどんできています。それでも米国と比べるとまだまだ少ないようです」 ゲームソフトに会社名を見ると、片田舎の住所と電話番号が多いことに気付く。問い合わせする場合、電話代が気になるほど遠隔地である。
コンピュータの分野で日本のメーカーがIBMより遅れているといわれる理由は、ソフトの蓄積量がIBMとうんと差をつけられている点を指摘されていた。日本のハードウエアーはIBMとそん色のない水準にある。あるいは一部で追い越しているため、IBMといえども日本が脅威になっている。IBMと互換性をもたしているので、日本のコンピュータでIBMのソフトを使えるのである。マイコンの普及にともないソフトがたくさんつくられるので、そのスピードが速くなる。 当時、IBMは巨大企業で、日本は弱小メーカーに見られていた。ソ連が崩壊することも想像できなかったように、IBMが陥落していく姿は誰もが予想できなかった。
店員は「頭金を14万3,600円、残り52万円をボーナス時に支払うことでいいですか」と真三に確認する。提携しているN信販の担当者から真三の住所、電話番号等を店員に代って確認してきた。真三はN信販を使う気がなかったが、ホビー店がN信販と提携、リスクヘッジしているので仕方がない。銀行もそうだが、こちらが借りる立場になると高飛車に出る。口調も警察で尋問を受けるようで腹が立ってくる。考えてみればN信販にしてみれば、なんの保証もなく建て替えるわけだから厳しく聞くのも仕方がないとは思う。真三は現金商売をしているので、やりかたが全く違うとつくづく思うのであった。
さっきから隣でじっと店員が明細書を作成するのを見つめているるり子は、一言もしゃべらない。こんなに高価なものを買うのに文句も言わないのだろうか―、真三は心配になってきた。怒っている風でもない。店員が店の奥に消えた。
「店員を初めて見た時から信用できる人だと直感した。この人なら今後も相談に応じてくれるだろうと買う決心をしたんだ」
真三はるり子に向かって了解を取る気持ちで話しかけた。
「そうね。まじめそうで、一生懸命やないの。あなたがN信販をやめると言ったので、あわてていたのじゃないの。気の毒に…」
るり子はマイコンの値段よりも、店員の応対ぶりに感心していた。真三が店を出た時、なにか新しいことが始まるのだと思うと、嬉しい気持ちになった。
「それにしても、高くついたが大丈夫かな」
「ほんまに高いけど、あんたがマイコンに一生懸命になるのを見ていると、やめときとは、よう言わなかった。マイコンとの浮気だから安いものだと思ったんですよ」
久しぶりに名古屋の百貨店をぶらついて帰路についた。
真三は朝から落ち着かいない。マイコンが届けられる日である。一つの大型商品なら間違いも起こりにくいが、小物商品も一緒に届けられる場合、受け取りの確認後、足りないといっても後の祭りである。
真三は出勤先からるり子に荷物の確認の電話を入れた。
「届きましたよ。運送屋さんが一つずつ伝票で確認しながら運んでくれたので間違いがありませんよ」
真三は夕食もそこそこに、6畳の部屋に運び込まれたマイコンを前にわくわくした気分である。店で見た状態にするのが真三にとっては大変な作業である。店で買ったときに組み立てをやってもらえないかと頼んだが、それはできないという返事だった。一般の家電製品なら取り付けて実際に動かして確認してくれる。マイコンはすべて購入者まかせである。マイコンが複雑でやっかいだというのに冷たいものである。
確かにいまのPCでもそこまでやってもらうには専門店で購入して割高になっても承知のうえでしか、対応してくれない。マイコンの当時は専門家も少なかっただろうから、そういうサービスはなかった。
真三は専用のテーブルの組み立てから苦労した。このような家具を組み立てるのに電動工具がない場合、大きな十字ネジを締めるのが大変である。40歳の真三でも大変のだから女性や高齢者ならどうするのかと思う。子どもがプラモデルを組み立てるように図表に沿ってすすめる。すでに2時間もかかっている。汗でびっしょりである。
部品がピッタリ合って完成した時はうれしいものだ。ただ、一個でも部品が不足していたらどうなるんだろ。電話で伝えたら送ってもらえるのか、小さい部品ならそんなことは対応しないだろう。そんなことを考えながら、きっちり収まったのでホッとした。この購入者の組み立て方式はメーカーや販売店の倉庫、また運送もできるだけ効率よくするために考えられたのだろう。