姪の就職2

 真三は焼酎を飲みながら昔の映像づくりの話を続けた。

―田舎に行く時にテープを持参してVTRで見せると、親類に喜ばれた。寝たきりの家族に希望の風景を撮影して再生すると大変、嬉しがった。撮影時間は8ミリ撮影と比較にならないので、時間に余裕ある老人にはもってこいである。

 ただVTRは検索機能が十分でない。リサーチ機能が付いていても映像を見ながらでないとダメである。当時、カラオケがブームだった。バー、スナック、クラブに置いてあるだけだと思ったら家庭にもずいぶん普及していたようだ。カラオケの選曲の場合、番号を押せば自動的に選んでスタートできる。ラジオカセットにもリサーチャー付の機種もある。自分で音楽テープを編集する場合も、サーチャー機能が働くようにできるから便利である。カセットテープでできるのだからVTRテープでも時間信号帯を設ければできそうだがその当時はお目にかかっていない。

 真三の友人はテープのリールが1回転するごとに数字が増えるテープカウンターによって記録している。0~200が「日曜洋画劇場・シェーン」というようにテープボックスに表示しておくのである。初めからそのようにしておけばよかったが、何十本もテープが溜まってからではどうにもならない。しかもこの番号の記録も実際はかなり面倒である。

 VTRは写真アルバムまでつくることは可能だが、書籍になると無理がある。単行本1ページを撮ると、字が鮮明でなく小さくて読めないし、接写すると読みづらく撮影も大変である。

 真三は庭付きの一戸建てに住んだら、蔵書や情報のことでこんなに深刻に悩まないと思っている。その代わりにローンに追われて人生のソフトウエアーの大半をあきらめなければならないと、いまだに団地を離れる気になれない。団地の3DKと言っても、DK=ダイニング・キッチンとは呼べないほど狭く、マンションのDKのKの大きさである。まさに外国人からラビットハウス(ウサギ小屋)と揶揄されるのも無べなるかなという思いである。

 団地住まいの人間にとっては「空間」との戦いである。真三は資料や書籍を入れた大型の本箱を一番大きい六畳の間に置いているので「息が詰まる」と妻のるり子は愚痴をこぼす。真三には壁で囲まれているよりは書籍で囲まれているほうがよっぽど落ち着くのだが、

「お客様が来られても上がってもらえる部屋がない」とるり子は主張する。

「確かに書類や本の整理は大変です。いまではパソコンにほとんどの資料を保存できるようになりましたから昔と比べてペーパーレスになったと思いますが、現状はまだまだですね」

 前島も真三の苦悩に同情した。

「私は本についてはそれほどでもないのですが、新聞や雑誌の切り抜きが溜まって整理できないものですから、主人になんとかしろよと、いつも説教されています」

 ママも日ごろ感じていることを話した。

「誰もが大なり小なり情報の整理に悩んでいるのですね」

 真三は以前の話をさらに続けた。

―自分の必要な時に資料を効率よく取り出せないものかと、押し入れから段ボール箱を引っ張り出しながら思うのだった。

 最近の近代的な図書館では、希望する本や関連図書が瞬時にその有無がわかるという。米国のPR機能を果たすアメリカンセンターが国内に六ケ所ある。当時、ここの最新資料にはテーマごとに分類、その番号を書いて郵送すると、二、三日でコピーが送られてくる仕組みになっていた。アメリカ本国の主な新聞、雑誌、論文等をキメ細かく分類して保存、必要な時にいつでも取り出せるようなサービスを提供していた。それにしても膨大な資料だけにシステムに入力する作業だけでも大変なものだろうと、送られてきた資料を手にして想像をめぐらせた。

「強いアメリカがありましたね」

 前島は最近のアメリカを見ていてつくづく思うのだった。

「そうですね。戦勝国の力を見せつけられる思いでした」

「フルブライトの学生を募って本国で鍛えて日本に送っていたのもその一環ですか」

「そうです。この試験は大変、難しかったといいます。大学の教授、評論家になって活躍した人も多かったですね」

「当時はアメリカの情報に飢えていましたから、アメリカ帰りの人たちはエリート待遇で迎えられました」

「英語が国際語になりましたね」

「スポーツ界の若い選手もあたかも当然のように英会話を操りながらアメリカのチームに溶け込んでいますね」

「恐らく、生活しながら会話から入ると、ブロークンな英語であっても現地の人には通じるのでしょうね」

 ママがつまみの刺身を出しながら割り込んだ。

「日本の英語教育はやれ文法だとか、読解力なども同時に教えるから多くの生徒は英会話を苦手になるのよ」

「そうだね」

 真三はうなずきながらアメリカからの情報収集の続きを話した。

―地方のアメリカンセンターは東京とはむろん、ワシントンともオン・ラインで結び、さらにアメリカ全土のデータ・バンクにも手を広げ、あらゆる要望にこたえたいという計画だった(現在の状況はインターネットで検索できる)。将来、家庭の端末機とアメリカンセンターでやりとりができるようになると話していた。さらに加えると、センターでは米国議会、政治家のスピーチ、またVTRのテープも備えており、センター間での利用、貸し出しも行っている。情報化に取り組む姿勢に感心させられた。

 当時の通産省(現経産省)が各県に情報センターを設け、中央の情報(データベース)をオンラインで結び、各地の情報センターから情報が入手できる。一部地域では県下の市町村まで端末機を広げようとしている。民間企業もさまざまなデータベースのネットワークづくりを進めており、近い将来、家庭まで端末機が広がってくると蔵書が馬鹿げたことになるかもしれない。

「十年前に真三さんが予想されたことが、実現しましたね。この先、情報化がどこまで進むのか、興味深いです」

 前島はITコンサルタントだけに真三の話す情報化社会の変化に興味を示した。

「だけど、あまりにも個人情報が拡散、事件も頻発していますね」

 ママは心配顔をのぞかせた。

「情報化社会でのストレスがこれまでと違った形で発現するでしょうね」

「それでも便利性、速度性に人々はリスクを感じながらも対応していくのではないですか」

「社会全体としてはその方向に進むでしょうが、世代間の分断につながる危険はあるでしょう」

「少子で高齢化社会になる中で情報化も高齢者にやさしい対策が急務のように思います」

 当時、データ通信もなく、VTRやVDでも真三の抱える問題に役立たない。マイコンなら悩みを解決してくれるかもしれないと、漠然と考えていた。新聞チラシ広告に「マイコンの専門店が登場」とあり、そのすみっこに「無料でマイコン教室を開きます」の記事が目にとまった。電話で問い合わせすると、「日曜日の午前十時にお越しください」と教えてくれた。

 真三は「よし、行こう」と決めた。マイコンと言葉では聞くし、なんとなくわかっていたが、どうもいま一つイメージが描けない。日曜日の朝、くだん件のマイコン店に出かけた。店には十人ほどが集まっていた。若いサラリーマンやOL、それに真三のような中高年族もいる。小中学生はいない。机の上にNECのPC─6601が一台ずつ置いてある。この機種はビジネスというより、低学年に人気があるものでNECのマイコンの中では低価格89、800円である。

 この日はPC─6601だけだったので、NECのPRを兼ねたマイコン教室だと想像した。店員がマイコンについて説明してくれた。

「これがマイコンです。キーボードにはカタカナ、ローマ字、数字がタイプライターのように並んでいます。これで命令をあたえるのです。もう一つ箱のようなものが本体で頭脳部です。これにテレビ(CTR)があれば、マイコンを操作できます」

 参加者は数字を打ったり文字を書いたりする。最後に音楽のプログラムを教えてもらい、キーをたたく。そして“RUN”(走る)と命令すると音楽が流れる。コンピュータのコの字も知らない参加者には魅力的なものに映ったに違いない。講義は2時間だったが、あっという間に終わった、

「当店ではマイコン教室を開いております。これを機会に本格的にやってみてください」と説明員は教室への案内を加えることを忘れなかった。

 

■岡田 清治プロフィール

1942年生まれ ジャーナリスト

(編集プロダクション・NET108代表)

著書に『高野山開創千二百年 いっぱんさん行状記』『心の遺言』『あなたは社員の全能力を引き出せますか!』『リヨンで見た虹』など多数

※この物語に対する読者の方々のコメント、体験談を左記のFAXかメールでお寄せください。

今回は「就職」「日本のゆくえ」「結婚」「夫婦」「インド」「愛知県」についてです。物語が進行する中で織り込むことを試み、一緒に考えます。

FAX‥0569―34―7971

メール‥takamitsu@akai-shinbunten.net

 

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 真三は焼酎を飲みながら昔の映像づくりの話を続けた。

―田舎に行く時にテープを持参してVTRで見せると、親類に喜ばれた。寝たきりの家族に希望の風景を撮影して再生すると大変、嬉しがった。撮影時間は8ミリ撮影と比較にならないので、時間に余裕ある老人にはもってこいである。

 ただVTRは検索機能が十分でない。リサーチ機能が付いていても映像を見ながらでないとダメである。当時、カラオケがブームだった。バー、スナック、クラブに置いてあるだけだと思ったら家庭にもずいぶん普及していたようだ。カラオケの選曲の場合、番号を押せば自動的に選んでスタートできる。ラジオカセットにもリサーチャー付の機種もある。自分で音楽テープを編集する場合も、サーチャー機能が働くようにできるから便利である。カセットテープでできるのだからVTRテープでも時間信号帯を設ければできそうだがその当時はお目にかかっていない。

 真三の友人はテープのリールが1回転するごとに数字が増えるテープカウンターによって記録している。0~200が「日曜洋画劇場・シェーン」というようにテープボックスに表示しておくのである。初めからそのようにしておけばよかったが、何十本もテープが溜まってからではどうにもならない。しかもこの番号の記録も実際はかなり面倒である。

 VTRは写真アルバムまでつくることは可能だが、書籍になると無理がある。単行本1ページを撮ると、字が鮮明でなく小さくて読めないし、接写すると読みづらく撮影も大変である。

 真三は庭付きの一戸建てに住んだら、蔵書や情報のことでこんなに深刻に悩まないと思っている。その代わりにローンに追われて人生のソフトウエアーの大半をあきらめなければならないと、いまだに団地を離れる気になれない。団地の3DKと言っても、DK=ダイニング・キッチンとは呼べないほど狭く、マンションのDKのKの大きさである。まさに外国人からラビットハウス(ウサギ小屋)と揶揄されるのも無べなるかなという思いである。

 団地住まいの人間にとっては「空間」との戦いである。真三は資料や書籍を入れた大型の本箱を一番大きい六畳の間に置いているので「息が詰まる」と妻のるり子は愚痴をこぼす。真三には壁で囲まれているよりは書籍で囲まれているほうがよっぽど落ち着くのだが、

「お客様が来られても上がってもらえる部屋がない」とるり子は主張する。

「確かに書類や本の整理は大変です。いまではパソコンにほとんどの資料を保存できるようになりましたから昔と比べてペーパーレスになったと思いますが、現状はまだまだですね」

 前島も真三の苦悩に同情した。

「私は本についてはそれほどでもないのですが、新聞や雑誌の切り抜きが溜まって整理できないものですから、主人になんとかしろよと、いつも説教されています」

 ママも日ごろ感じていることを話した。

「誰もが大なり小なり情報の整理に悩んでいるのですね」

 真三は以前の話をさらに続けた。

―自分の必要な時に資料を効率よく取り出せないものかと、押し入れから段ボール箱を引っ張り出しながら思うのだった。

 最近の近代的な図書館では、希望する本や関連図書が瞬時にその有無がわかるという。米国のPR機能を果たすアメリカンセンターが国内に六ケ所ある。当時、ここの最新資料にはテーマごとに分類、その番号を書いて郵送すると、二、三日でコピーが送られてくる仕組みになっていた。アメリカ本国の主な新聞、雑誌、論文等をキメ細かく分類して保存、必要な時にいつでも取り出せるようなサービスを提供していた。それにしても膨大な資料だけにシステムに入力する作業だけでも大変なものだろうと、送られてきた資料を手にして想像をめぐらせた。

「強いアメリカがありましたね」

 前島は最近のアメリカを見ていてつくづく思うのだった。

「そうですね。戦勝国の力を見せつけられる思いでした」

「フルブライトの学生を募って本国で鍛えて日本に送っていたのもその一環ですか」

「そうです。この試験は大変、難しかったといいます。大学の教授、評論家になって活躍した人も多かったですね」

「当時はアメリカの情報に飢えていましたから、アメリカ帰りの人たちはエリート待遇で迎えられました」

「英語が国際語になりましたね」

「スポーツ界の若い選手もあたかも当然のように英会話を操りながらアメリカのチームに溶け込んでいますね」

「恐らく、生活しながら会話から入ると、ブロークンな英語であっても現地の人には通じるのでしょうね」

 ママがつまみの刺身を出しながら割り込んだ。

「日本の英語教育はやれ文法だとか、読解力なども同時に教えるから多くの生徒は英会話を苦手になるのよ」

「そうだね」

 真三はうなずきながらアメリカからの情報収集の続きを話した。

―地方のアメリカンセンターは東京とはむろん、ワシントンともオン・ラインで結び、さらにアメリカ全土のデータ・バンクにも手を広げ、あらゆる要望にこたえたいという計画だった(現在の状況はインターネットで検索できる)。将来、家庭の端末機とアメリカンセンターでやりとりができるようになると話していた。さらに加えると、センターでは米国議会、政治家のスピーチ、またVTRのテープも備えており、センター間での利用、貸し出しも行っている。情報化に取り組む姿勢に感心させられた。

 当時の通産省(現経産省)が各県に情報センターを設け、中央の情報(データベース)をオンラインで結び、各地の情報センターから情報が入手できる。一部地域では県下の市町村まで端末機を広げようとしている。民間企業もさまざまなデータベースのネットワークづくりを進めており、近い将来、家庭まで端末機が広がってくると蔵書が馬鹿げたことになるかもしれない。

「十年前に真三さんが予想されたことが、実現しましたね。この先、情報化がどこまで進むのか、興味深いです」

 前島はITコンサルタントだけに真三の話す情報化社会の変化に興味を示した。

「だけど、あまりにも個人情報が拡散、事件も頻発していますね」

 ママは心配顔をのぞかせた。

「情報化社会でのストレスがこれまでと違った形で発現するでしょうね」

「それでも便利性、速度性に人々はリスクを感じながらも対応していくのではないですか」

「社会全体としてはその方向に進むでしょうが、世代間の分断につながる危険はあるでしょう」

「少子で高齢化社会になる中で情報化も高齢者にやさしい対策が急務のように思います」

 当時、データ通信もなく、VTRやVDでも真三の抱える問題に役立たない。マイコンなら悩みを解決してくれるかもしれないと、漠然と考えていた。新聞チラシ広告に「マイコンの専門店が登場」とあり、そのすみっこに「無料でマイコン教室を開きます」の記事が目にとまった。電話で問い合わせすると、「日曜日の午前十時にお越しください」と教えてくれた。

 真三は「よし、行こう」と決めた。マイコンと言葉では聞くし、なんとなくわかっていたが、どうもいま一つイメージが描けない。日曜日の朝、くだん件のマイコン店に出かけた。店には十人ほどが集まっていた。若いサラリーマンやOL、それに真三のような中高年族もいる。小中学生はいない。机の上にNECのPC─6601が一台ずつ置いてある。この機種はビジネスというより、低学年に人気があるものでNECのマイコンの中では低価格89、800円である。

 この日はPC─6601だけだったので、NECのPRを兼ねたマイコン教室だと想像した。店員がマイコンについて説明してくれた。

「これがマイコンです。キーボードにはカタカナ、ローマ字、数字がタイプライターのように並んでいます。これで命令をあたえるのです。もう一つ箱のようなものが本体で頭脳部です。これにテレビ(CTR)があれば、マイコンを操作できます」

 参加者は数字を打ったり文字を書いたりする。最後に音楽のプログラムを教えてもらい、キーをたたく。そして“RUN”(走る)と命令すると音楽が流れる。コンピュータのコの字も知らない参加者には魅力的なものに映ったに違いない。講義は2時間だったが、あっという間に終わった、

「当店ではマイコン教室を開いております。これを機会に本格的にやってみてください」と説明員は教室への案内を加えることを忘れなかった。