姪の就職2

「高度な技術を要する腹腔鏡手術で指導医を目指すというのは、この女医は相当な技量の持ち主だと改めて思ったのです。それでビデオ撮影を了承しました」

「なるほど、逆に信用できますね。それで手術はどうでしたか」

―入院の記録を見ると、

3月13日11時に入院。

 体重68㎏②右手圧力65歳級と測定された。術後の食事の説明もあった。この日、入浴、保湿液を体に塗る。

3月14日

 朝、足と体にクリーム塗る。

 10時主治医が女房・るり子に説明。

3月15日

 21時、翌日の手術に備えて下剤のみ、絶食。

3月16日

 朝シャワー浴びる、アイソカル・イルジネードウオーター(日本ネッスル)2本飲む、7時浣腸、大便多く出る。

 8時手術室に着。るり子は手術の時間は約3時間と聞いていたが、6時間経っても部屋に戻ってこないので、「もしかしたら」と心配が頭をよぎった。

3月17日

 酸素マスク取り、体温38℃、廊下100mの距離を自力で2周歩いた。

3月18日

 体温37℃、気力がないが、4周歩く。痛み止めの点滴。

3月19日

 体温35・6℃、6周歩く。ただ咳をすると痛むが、痛みほぼなくなる。院長回診、尿の管はずす。るり子がタオル大2、サロンパス、水(ペットボトル)、パジャマ、ズボン、パンツ持参。

3月20日

 体温36・4℃、頭髪洗い体を拭く。食事開始、朝食、昼食順調。その後洗濯、12周歩く。腹帯、シャンプー購入。

3月21日

 体温平熱に戻る。12時~14時、1分置きに下痢。整腸剤をもらった。その後若干、黒いが通常の便にもどったので飲まない。るり子が髭剃り用カミソリ、体温計を持参。

3月21日

 体温36℃、午後2時軟便、朝夕15周歩く、下腹部の手術時の内出血が溜まる。

 荷物は持って痛くなかったら帰宅が可。

3月22日

 体温36℃、11周歩く。14時カンファレンスルームへ、その後風呂。

3月23日

 朝6時新聞購入、歩行10周。下部痛むが、数分後直る、癒着は起こる可能性はつきまとうが、①絶食で自然治癒②治らないと、医師に相談とのこと。昼体温36・5℃。

3月24日

 朝6時採血、新聞購入、帰宅準備、8時食事、8時30分回診・手術結果聞く

 9時~11時息子にメール、帰宅の途につく。

「裕美さん、ざっとした経緯です。一番の心配は腸の癒着でしたが、術後2年ほど経ちますが、いまのところ起こっていません」

「胃の全摘でも食事はとくに心配はありませんのですか」

「当初は蕎麦を食べたときに戻しましたが、それもゆっくり噛みながら食べると、心配はありません。男は、とくに私は早食いの癖がありますので、ゆっくり食べるのが苦痛です。だからなるべくうどんの太麺をいただくようにしています。

 それとビールが飲めないのが残念です。とくに夏場は飲みたくなりますが、がまんしています」

「ビールを飲むとどうなるのですか」

「ビールは炭酸ガスを含んでいますので腸内で膨張します。だから一口飲んだら受け付けないか、戻してしまいます」

「そうですか。不自由でしょうが、そのほかのことはできるのですから良かったですね」

「そうです。いまでは女医さんに感謝しています。いまは3ヶ月ごとに近くの消化器内科のクリニックと病院で5年間は検査をうけることになっています。クリニックでは血液検査で転移等を調べ、病院では血液検査のほかにCT検査を受けます」

「いずれにしましてもお元気で安心しました」

「ありがとうございます。舞さんの結婚式に出るまでは頑張っていきたいと思っています」

「ありがとうございます」

「長くなりましたが、そろそろここを出ましょうか」

「はい。これからどちらへ行かれますの」

「夕方、栄町の方で知人と会う約束をしています。名古屋までご一緒しましょうか」

「はい。私は名古屋の百貨店で買い物して帰ります」

 二人はそろって空港駅に向かった。

 幸い電車はす空いていたので、二人は並んで腰をおろした。

「舞さんは将来、何になりたいか、インドに行く前に話しましたか」

「いいえ。私も就職に失敗した後だったので、深くは聞いていません。まあ、休息の旅になればいいのではと、思っています」

「恐らくいまも舞さんは悩んでいるのでしょう。先輩や現地の人たちと会って、話をする中で目指すものが見えてくるのではないかと思っています」

「そうだといいのですが…」

「健太郎ならどう言うだろうかと、時々考えます」

「そうですね。生前にそういうことを聞いたこともありませんが、彼の性格からして本人の思うようにやらしたらいいと言うでしょうね」

「そうでしょうな」

 やがて二人は黙して語らず軽く目を閉じて電車の走る音に身をゆだねながらそれぞれ思いを巡らしていた。

 真三は舞のことも気がかりだったが、裕美さんもまだ若いのにこのまま再婚もしないで未亡人で過ごすのかと想像していた。それとも舞が結婚したら自分の新しい人生を切り開くのだろうか。真三にはわからなかったし、一度聞いたことがあったが、健太郎の残影があったためか、明確には答えなかった。もし再婚すれば善家とは疎遠になるだろうと思ったりはする。その時、舞はどうするだろうか。母親と決別するようなことになりはしないのか。まして裕美さんに子供が生まれたらどうなるのか。考えれば考えるほどわからなくなる。

 そうこうするうちに真三は軽い眠りについた。

 終点の名古屋駅で「本日はお付き合いいただきありがとうございました。るりこ姉さんにもよろしくお伝えください。失礼します」

 裕美は真三に挨拶して別れた。

 真三も軽く頭を下げ、反対方向に歩いた。しばらくして携帯で「かっぱの女将」に電話した。

「真三ですが、女将さん?ごぶさたしています」

「前島さんは先ほど来られました。いまどちらにおられるのですか」

「名古屋駅です。30分ほどで着くようにします。前島さんによろしくお伝えください」

「はい。お気をつけてね」

「ありがとう」

 真三はそう言って携帯をきり、近くの和菓子屋によって、女将への手土産を買い、栄町の店に行くため地下鉄の駅に急ぎ足で向かった。

 店の暖簾をくぐって扉を開けると、なつかしい前島の顔が目に入った。カウンターの向こうから女将が「いらっしゃい」と明るい声で真三を迎えた。

「前島さん久しぶりですね。お変わりありませんか」

「はい。ありがとうございます。真三さんもお元気そうですね」

「そうですね。なんとか生きているようなものです」

 そうすると、女将さんが「真三さんは本当にしばらくぶりなんですよ。体調でも壊されたのかと案じていたのですよ」

「そうだな、本当にしばらくぶりだな。めっきり酒に弱くなったことも事実ですがね…。これお土産です」

「まあ、うれしいわ」

 真三はがんのことは黙っていることにした。これから一献かわすという時に病気のことを話題にするほど無粋なことはないと思ったからだ。ただ、成行き次第で話す機会があれば報告しておこうと考えた。

「真三さん、何を飲まれますか」

 前島はビールを飲んでいたが、真三は一瞬、戸惑いながら「純米吟醸の冷酒ありますか」とたずねた。

「東北の冷酒が入っていますよ」

「そうですか。では新潟の冷酒一合とさ湯一杯、頼むよ」

「今日は空港からですか」

 事情を詳しく聞いていない前島が真三にたずねた。

「さきほど、名古屋駅に着いたところです」

 

■岡田 清治プロフィール

1942年生まれ ジャーナリスト

(編集プロダクション・NET108代表)

著書に『高野山開創千二百年 いっぱんさん行状記』『心の遺言』『あなたは社員の全能力を引き出せますか!』『リヨンで見た虹』など多数

※この物語に対する読者の方々のコメント、体験談を左記のFAXかメールでお寄せください。

今回は「就職」「日本のゆくえ」「結婚」「夫婦」「インド」「愛知県」についてです。物語が進行する中で織り込むことを試み、一緒に考えます。

FAX‥0569―34―7971

メール‥takamitsu@akai-shinbunten.net

 

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「高度な技術を要する腹腔鏡手術で指導医を目指すというのは、この女医は相当な技量の持ち主だと改めて思ったのです。それでビデオ撮影を了承しました」

「なるほど、逆に信用できますね。それで手術はどうでしたか」

―入院の記録を見ると、

3月13日11時に入院。

 体重68㎏②右手圧力65歳級と測定された。術後の食事の説明もあった。この日、入浴、保湿液を体に塗る。

3月14日

 朝、足と体にクリーム塗る。

 10時主治医が女房・るり子に説明。

3月15日

 21時、翌日の手術に備えて下剤のみ、絶食。

3月16日

 朝シャワー浴びる、アイソカル・イルジネードウオーター(日本ネッスル)2本飲む、7時浣腸、大便多く出る。

 8時手術室に着。るり子は手術の時間は約3時間と聞いていたが、6時間経っても部屋に戻ってこないので、「もしかしたら」と心配が頭をよぎった。

3月17日

 酸素マスク取り、体温38℃、廊下100mの距離を自力で2周歩いた。

3月18日

 体温37℃、気力がないが、4周歩く。痛み止めの点滴。

3月19日

 体温35・6℃、6周歩く。ただ咳をすると痛むが、痛みほぼなくなる。院長回診、尿の管はずす。るり子がタオル大2、サロンパス、水(ペットボトル)、パジャマ、ズボン、パンツ持参。

3月20日

 体温36・4℃、頭髪洗い体を拭く。食事開始、朝食、昼食順調。その後洗濯、12周歩く。腹帯、シャンプー購入。

3月21日

 体温平熱に戻る。12時~14時、1分置きに下痢。整腸剤をもらった。その後若干、黒いが通常の便にもどったので飲まない。るり子が髭剃り用カミソリ、体温計を持参。

3月21日

 体温36℃、午後2時軟便、朝夕15周歩く、下腹部の手術時の内出血が溜まる。

 荷物は持って痛くなかったら帰宅が可。

3月22日

 体温36℃、11周歩く。14時カンファレンスルームへ、その後風呂。

3月23日

 朝6時新聞購入、歩行10周。下部痛むが、数分後直る、癒着は起こる可能性はつきまとうが、①絶食で自然治癒②治らないと、医師に相談とのこと。昼体温36・5℃。

3月24日

 朝6時採血、新聞購入、帰宅準備、8時食事、8時30分回診・手術結果聞く

 9時~11時息子にメール、帰宅の途につく。

「裕美さん、ざっとした経緯です。一番の心配は腸の癒着でしたが、術後2年ほど経ちますが、いまのところ起こっていません」

「胃の全摘でも食事はとくに心配はありませんのですか」

「当初は蕎麦を食べたときに戻しましたが、それもゆっくり噛みながら食べると、心配はありません。男は、とくに私は早食いの癖がありますので、ゆっくり食べるのが苦痛です。だからなるべくうどんの太麺をいただくようにしています。

 それとビールが飲めないのが残念です。とくに夏場は飲みたくなりますが、がまんしています」

「ビールを飲むとどうなるのですか」

「ビールは炭酸ガスを含んでいますので腸内で膨張します。だから一口飲んだら受け付けないか、戻してしまいます」

「そうですか。不自由でしょうが、そのほかのことはできるのですから良かったですね」

「そうです。いまでは女医さんに感謝しています。いまは3ヶ月ごとに近くの消化器内科のクリニックと病院で5年間は検査をうけることになっています。クリニックでは血液検査で転移等を調べ、病院では血液検査のほかにCT検査を受けます」

「いずれにしましてもお元気で安心しました」

「ありがとうございます。舞さんの結婚式に出るまでは頑張っていきたいと思っています」

「ありがとうございます」

「長くなりましたが、そろそろここを出ましょうか」

「はい。これからどちらへ行かれますの」

「夕方、栄町の方で知人と会う約束をしています。名古屋までご一緒しましょうか」

「はい。私は名古屋の百貨店で買い物して帰ります」

 二人はそろって空港駅に向かった。

 幸い電車はす空いていたので、二人は並んで腰をおろした。

「舞さんは将来、何になりたいか、インドに行く前に話しましたか」

「いいえ。私も就職に失敗した後だったので、深くは聞いていません。まあ、休息の旅になればいいのではと、思っています」

「恐らくいまも舞さんは悩んでいるのでしょう。先輩や現地の人たちと会って、話をする中で目指すものが見えてくるのではないかと思っています」

「そうだといいのですが…」

「健太郎ならどう言うだろうかと、時々考えます」

「そうですね。生前にそういうことを聞いたこともありませんが、彼の性格からして本人の思うようにやらしたらいいと言うでしょうね」

「そうでしょうな」

 やがて二人は黙して語らず軽く目を閉じて電車の走る音に身をゆだねながらそれぞれ思いを巡らしていた。

 真三は舞のことも気がかりだったが、裕美さんもまだ若いのにこのまま再婚もしないで未亡人で過ごすのかと想像していた。それとも舞が結婚したら自分の新しい人生を切り開くのだろうか。真三にはわからなかったし、一度聞いたことがあったが、健太郎の残影があったためか、明確には答えなかった。もし再婚すれば善家とは疎遠になるだろうと思ったりはする。その時、舞はどうするだろうか。母親と決別するようなことになりはしないのか。まして裕美さんに子供が生まれたらどうなるのか。考えれば考えるほどわからなくなる。

 そうこうするうちに真三は軽い眠りについた。

 終点の名古屋駅で「本日はお付き合いいただきありがとうございました。るりこ姉さんにもよろしくお伝えください。失礼します」

 裕美は真三に挨拶して別れた。

 真三も軽く頭を下げ、反対方向に歩いた。しばらくして携帯で「かっぱの女将」に電話した。

「真三ですが、女将さん?ごぶさたしています」

「前島さんは先ほど来られました。いまどちらにおられるのですか」

「名古屋駅です。30分ほどで着くようにします。前島さんによろしくお伝えください」

「はい。お気をつけてね」

「ありがとう」

 真三はそう言って携帯をきり、近くの和菓子屋によって、女将への手土産を買い、栄町の店に行くため地下鉄の駅に急ぎ足で向かった。

 店の暖簾をくぐって扉を開けると、なつかしい前島の顔が目に入った。カウンターの向こうから女将が「いらっしゃい」と明るい声で真三を迎えた。

「前島さん久しぶりですね。お変わりありませんか」

「はい。ありがとうございます。真三さんもお元気そうですね」

「そうですね。なんとか生きているようなものです」

 そうすると、女将さんが「真三さんは本当にしばらくぶりなんですよ。体調でも壊されたのかと案じていたのですよ」

「そうだな、本当にしばらくぶりだな。めっきり酒に弱くなったことも事実ですがね…。これお土産です」

「まあ、うれしいわ」

 真三はがんのことは黙っていることにした。これから一献かわすという時に病気のことを話題にするほど無粋なことはないと思ったからだ。ただ、成行き次第で話す機会があれば報告しておこうと考えた。

「真三さん、何を飲まれますか」

 前島はビールを飲んでいたが、真三は一瞬、戸惑いながら「純米吟醸の冷酒ありますか」とたずねた。

「東北の冷酒が入っていますよ」

「そうですか。では新潟の冷酒一合とさ湯一杯、頼むよ」

「今日は空港からですか」

 事情を詳しく聞いていない前島が真三にたずねた。

「さきほど、名古屋駅に着いたところです」