姪の就職2
いずれにしても返答しなければ健太郎もみくびるだろうと内心、恐れた。
がんの手術を控えているのにと、逡巡しながらメールを送った。
健太郎さま
1 については、修正します。ただ、名張の地名のことで、最近、行ったこともある女房に尋ね、曽爾高原も三重県だと思い違いしました。2については、私の知らないこと、記憶にないことですので一切、触れません。
ご忠告ありがとう。 真三
健太郎は訂正文についての返信メールを読まずに、携帯でさらに迫ってきた。真三はしつっこいと思ったので「もういいだろう」と大きな声を出して携帯を切った。その瞬間、悲しみに襲われた。健太郎は親切心で教えてくれているのに、ついどなってしまった。
再び同じ内容のメールを送った。
先ほどは、大きな声を出して失礼しました。
訂正文と一部加筆、貴方への返信メールで十分、お応えしたつもりでした。そこへ追い討ちをかけるように、携帯で厳しく迫ってきたので、冷静さが薄らぎ、何でこれ以上、携帯までかけてくるのだと腹が立ちました。
貴方の病気のことも忘れ、大人気なかったと反省しています。
ただ、私的な日記ですから、事実の誤り、個人に迷惑のかかることはその都度、訂正、修正、加筆はしております。
今回の場合、2について、仮に私の思い違いがあったとしても(実際は記憶にない)私の判断は、貴方個人に迷惑はかかっていない(当時のことは分かりません)ということで、加筆はしましたが、貴方が「削除しろ」と、声高に言われるほどのことはないと考えています。
貴方はいつも私を人に紹介する時、「子どものころ兄は口の中のアメを取った」と、言いますが、私には全く記憶にないことです。それは、たわいない話として受け流していますが、それぞれ記憶が違い、ものの見方が異なるのは自然のことではありませんか。そこまで正確なことを書くということはもちろん、基本です。その正確さをどこまで求めるかは主観の問題です。ただ今回は貴方のいまの状況を考えると、申し訳ないと思って追記しました。まあ、それほど目くじら立てることでもないように思います。私の日記は、その程度に見てください。
ご忠告ありがとう。 真三拝
「こんなやりとりが最後となりました」
裕美は黙って真三の報告を聞いていた。
「そうですか、それでも生前、自宅近くで会っていただいたのですね」
「そうです。その時は手術後や万一の時の生活について詳しく話しました。それを聞いてなんとなく安心しましたが…」
裕美は一瞬、顔をこわばらせて真三におもむろに聞いた。
「お兄さんはこれまで大病をされていないのですか」
「いやー、実はいろいろやっています」
なぜか裕美はどこか安堵の表情をのぞかせた。
「いつごろのことですか」
「健太郎が前立腺がんの診断をしたころ、心配になって人間ドックと眼科病院を受けることを考えたのです。身内が入院すると自分にもかならず病魔が襲ってくるに違いないと思い込んだのです」
「そういえば、ある日、お兄さんに電話しました折、明日から検査入院するとおっしゃっていたことを思い出しました。その結果についてはお聞きしておりませんでしたので、知りませんでした」
「まだ商売をしていましたので、常連客が病気だと知ると、心配をかけると思い、女房には一切他言するなと頼んでおきました」
「そうですか」
裕美は再び顔を曇らせた。
「人間ドックでは一度、精密検査を受けてくださいと指示されました。それで同じ病院で検査入院したのです。というのは検査データが自由に確認できるから話がスムースに進むと考えました」
「今度は組織をとって仔細に調べられました」
裕美は次の言葉を黙って待った。
検査結果を聞くために市立総合病院泌尿器科の担当医のところに出かけ、前立腺がんを告知された。真三は一瞬、頭が真っ白になった。
「組織検査の結果、前立腺の左にがんが見つかりました」と、担当医は表情を変えずに報告した。医師は冷酷になれるんだと真三はうなだれた。
「……。」
「がんの悪性度は6です。これは2~9までありますが、真ん中です」
「どれくらい悪いということですか」
「それほど悪性ではないということです。転移をしていないか、CT検査と骨シンチの検査をします」
「転移の可能性はありますか」
「これで転移していれば、珍しいですが…」
CT検査八月二十九日、骨シンチ検査九月二日と決まった。
【それまでの経過】
私は五十歳を過ぎたころから会社の健診のほかに、年一回、検査専門機関で人間ドックを受けてきた。独立後、現在のところに転居してからは市立総合病院で人間ドックを続けていた。これは要検査や手術が必要となった場合、そのままデータを使えることと、人間ドックの患者だと入院などで多少、優遇されるのではという思いからであるが、実際は精密検査で人間ドックのデータを共有している以外は、優遇的なものは感じなかった。
現役のころは糖尿病予備軍の診断をされ十五年以上、境界線をさまよっている。ほかには眼科で白内障の疑いがあるので眼科専門の病院を紹介され、「経過を見ます」ということで年一回検査を受けている。今年も九月に入ったら予約するつもりだったが、今回のことで先に延ばした。
さて、例年、人間ドックは五月の連休明けに受けていたが、今年は出張で四月末の帰宅となり人間ドックの検査は七月三日となった。検査終了後、医院長から検査結果の説明を聞いた。
「糖尿と眼以外は悪いところはないようだね」
「胃の内視鏡検査でポリープのようなものが見つかったが、検査医からは心配ないと思いますと言われましたが…」
「心配ないでしょう。念のため組織を取って検査します」
このように出張での影響もなく例年のような結果に安堵した。
しかし、二週間後に送られてきた人間ドック成績表に眼科検診の結果①緑内障(疑)で②白内障、緑内障(疑)とあり、以前から指摘されていますので、まだでしたら一度、眼科で検査が必要です―とあった。白内障は以前から指摘があったが、緑内障は今回がはじめてだった。これらについては九月には以前から検診を受けている眼科病院に予約を入れようと考えている。
ところが、次に前立腺がん(疑)とあり、今回の検診では著変ではありませんが、前立腺腫瘍マーカー(PSA値)が軽度ですが上昇しています。泌尿器科で精査が必要です。
これを見てびっくりした。というのは、二歳年下の実弟が前立腺がんとの合併症で亡くなっていたからだ。
彼は手術前、がんと診断されたときに友人、知人に診断のいきさつを公開していた。それによると、「血液検査で、PSA(前立腺特異抗原)の値が4・8と出た」とある。その結果、「経過観察」と記されていたが、「私は思い切って県立病院の泌尿器科を受診した」という。
「担当医師はもう一度PSA値を調べるとともに、MRI(磁気共鳴装置)検査を受けるように指示した。MRIでは異常はなかったが、PSA値が5・1と出た。組織を取ってがんの有無を調べる生検を受けるか、三カ月ごとにPSA値をチェックするかだったが、後者を選んだ。六月の採血ではPSA値が4・4に下がり、やれやれと思っていたら、九月の検査でまた5・1と出た」そうだ。「こうなると、もう生検を受けるしかない」と組織を取って検査する決断をした。
これは私の場合とまったく同じである。
「兄弟は病気まで同じなのね」
妻のるり子が笑う。
私の方が4・97と若干、数値は高い。だから精査するようにと書かれていた。だからすぐに泌尿器科に出かけた。泌尿器科には夜中、おしっこの回数が増えて(2~4回)いたので前立腺肥大症の相談で行ったことがある。実は前立腺肥大症と前立腺がんはよく似た症状が出るといわれている。前立腺肥大症の手術でがんが見つかることもあるそうだ。肥大症は薬で治療も可能で、そう怖い病気ではなく、加齢とともに年寄りには大なり小なり症状が出てくる。
前立腺肥大症についてはお尻から医師が指を入れて診る直診という方法で診断する。これは医師の熟練と勘によって診断するため、医師によって疑わしいということもあれば、問題ないということもありうる。一方、前立腺がんはPSA値という数値で4・0以上は精査を求める科学的な手法であるから容認する以外、どうしようもない。
この検査方法が開発されて以来、前立腺がんは増え続けているそうだ。それまでは自覚症状がないため見逃されることも多かった。血液によってPSA値を簡単に測定できることから早期発見に威力を発揮している。
■岡田 清治プロフィール
1942年生まれ ジャーナリスト
(編集プロダクション・NET108代表)
著書に『高野山開創千二百年 いっぱんさん行状記』『心の遺言』『あなたは社員の全能力を引き出せますか!』『リヨンで見た虹』など多数
※この物語に対する読者の方々のコメント、体験談を左記のFAXかメールでお寄せください。
今回は「就職」「日本のゆくえ」「結婚」「夫婦」「インド」「愛知県」についてです。物語が進行する中で織り込むことを試み、一緒に考えます。
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姪の就職2
いずれにしても返答しなければ健太郎もみくびるだろうと内心、恐れた。
がんの手術を控えているのにと、逡巡しながらメールを送った。
健太郎さま
1 については、修正します。ただ、名張の地名のことで、最近、行ったこともある女房に尋ね、曽爾高原も三重県だと思い違いしました。2については、私の知らないこと、記憶にないことですので一切、触れません。
ご忠告ありがとう。 真三
健太郎は訂正文についての返信メールを読まずに、携帯でさらに迫ってきた。真三はしつっこいと思ったので「もういいだろう」と大きな声を出して携帯を切った。その瞬間、悲しみに襲われた。健太郎は親切心で教えてくれているのに、ついどなってしまった。
再び同じ内容のメールを送った。
先ほどは、大きな声を出して失礼しました。
訂正文と一部加筆、貴方への返信メールで十分、お応えしたつもりでした。そこへ追い討ちをかけるように、携帯で厳しく迫ってきたので、冷静さが薄らぎ、何でこれ以上、携帯までかけてくるのだと腹が立ちました。
貴方の病気のことも忘れ、大人気なかったと反省しています。
ただ、私的な日記ですから、事実の誤り、個人に迷惑のかかることはその都度、訂正、修正、加筆はしております。
今回の場合、2について、仮に私の思い違いがあったとしても(実際は記憶にない)私の判断は、貴方個人に迷惑はかかっていない(当時のことは分かりません)ということで、加筆はしましたが、貴方が「削除しろ」と、声高に言われるほどのことはないと考えています。
貴方はいつも私を人に紹介する時、「子どものころ兄は口の中のアメを取った」と、言いますが、私には全く記憶にないことです。それは、たわいない話として受け流していますが、それぞれ記憶が違い、ものの見方が異なるのは自然のことではありませんか。そこまで正確なことを書くということはもちろん、基本です。その正確さをどこまで求めるかは主観の問題です。ただ今回は貴方のいまの状況を考えると、申し訳ないと思って追記しました。まあ、それほど目くじら立てることでもないように思います。私の日記は、その程度に見てください。
ご忠告ありがとう。 真三拝
「こんなやりとりが最後となりました」
裕美は黙って真三の報告を聞いていた。
「そうですか、それでも生前、自宅近くで会っていただいたのですね」
「そうです。その時は手術後や万一の時の生活について詳しく話しました。それを聞いてなんとなく安心しましたが…」
裕美は一瞬、顔をこわばらせて真三におもむろに聞いた。
「お兄さんはこれまで大病をされていないのですか」
「いやー、実はいろいろやっています」
なぜか裕美はどこか安堵の表情をのぞかせた。
「いつごろのことですか」
「健太郎が前立腺がんの診断をしたころ、心配になって人間ドックと眼科病院を受けることを考えたのです。身内が入院すると自分にもかならず病魔が襲ってくるに違いないと思い込んだのです」
「そういえば、ある日、お兄さんに電話しました折、明日から検査入院するとおっしゃっていたことを思い出しました。その結果についてはお聞きしておりませんでしたので、知りませんでした」
「まだ商売をしていましたので、常連客が病気だと知ると、心配をかけると思い、女房には一切他言するなと頼んでおきました」
「そうですか」
裕美は再び顔を曇らせた。
「人間ドックでは一度、精密検査を受けてくださいと指示されました。それで同じ病院で検査入院したのです。というのは検査データが自由に確認できるから話がスムースに進むと考えました」
「今度は組織をとって仔細に調べられました」
裕美は次の言葉を黙って待った。
検査結果を聞くために市立総合病院泌尿器科の担当医のところに出かけ、前立腺がんを告知された。真三は一瞬、頭が真っ白になった。
「組織検査の結果、前立腺の左にがんが見つかりました」と、担当医は表情を変えずに報告した。医師は冷酷になれるんだと真三はうなだれた。
「……。」
「がんの悪性度は6です。これは2~9までありますが、真ん中です」
「どれくらい悪いということですか」
「それほど悪性ではないということです。転移をしていないか、CT検査と骨シンチの検査をします」
「転移の可能性はありますか」
「これで転移していれば、珍しいですが…」
CT検査八月二十九日、骨シンチ検査九月二日と決まった。
【それまでの経過】
私は五十歳を過ぎたころから会社の健診のほかに、年一回、検査専門機関で人間ドックを受けてきた。独立後、現在のところに転居してからは市立総合病院で人間ドックを続けていた。これは要検査や手術が必要となった場合、そのままデータを使えることと、人間ドックの患者だと入院などで多少、優遇されるのではという思いからであるが、実際は精密検査で人間ドックのデータを共有している以外は、優遇的なものは感じなかった。
現役のころは糖尿病予備軍の診断をされ十五年以上、境界線をさまよっている。ほかには眼科で白内障の疑いがあるので眼科専門の病院を紹介され、「経過を見ます」ということで年一回検査を受けている。今年も九月に入ったら予約するつもりだったが、今回のことで先に延ばした。
さて、例年、人間ドックは五月の連休明けに受けていたが、今年は出張で四月末の帰宅となり人間ドックの検査は七月三日となった。検査終了後、医院長から検査結果の説明を聞いた。
「糖尿と眼以外は悪いところはないようだね」
「胃の内視鏡検査でポリープのようなものが見つかったが、検査医からは心配ないと思いますと言われましたが…」
「心配ないでしょう。念のため組織を取って検査します」
このように出張での影響もなく例年のような結果に安堵した。
しかし、二週間後に送られてきた人間ドック成績表に眼科検診の結果①緑内障(疑)で②白内障、緑内障(疑)とあり、以前から指摘されていますので、まだでしたら一度、眼科で検査が必要です―とあった。白内障は以前から指摘があったが、緑内障は今回がはじめてだった。これらについては九月には以前から検診を受けている眼科病院に予約を入れようと考えている。
ところが、次に前立腺がん(疑)とあり、今回の検診では著変ではありませんが、前立腺腫瘍マーカー(PSA値)が軽度ですが上昇しています。泌尿器科で精査が必要です。
これを見てびっくりした。というのは、二歳年下の実弟が前立腺がんとの合併症で亡くなっていたからだ。
彼は手術前、がんと診断されたときに友人、知人に診断のいきさつを公開していた。それによると、「血液検査で、PSA(前立腺特異抗原)の値が4・8と出た」とある。その結果、「経過観察」と記されていたが、「私は思い切って県立病院の泌尿器科を受診した」という。
「担当医師はもう一度PSA値を調べるとともに、MRI(磁気共鳴装置)検査を受けるように指示した。MRIでは異常はなかったが、PSA値が5・1と出た。組織を取ってがんの有無を調べる生検を受けるか、三カ月ごとにPSA値をチェックするかだったが、後者を選んだ。六月の採血ではPSA値が4・4に下がり、やれやれと思っていたら、九月の検査でまた5・1と出た」そうだ。「こうなると、もう生検を受けるしかない」と組織を取って検査する決断をした。
これは私の場合とまったく同じである。
「兄弟は病気まで同じなのね」
妻のるり子が笑う。
私の方が4・97と若干、数値は高い。だから精査するようにと書かれていた。だからすぐに泌尿器科に出かけた。泌尿器科には夜中、おしっこの回数が増えて(2~4回)いたので前立腺肥大症の相談で行ったことがある。実は前立腺肥大症と前立腺がんはよく似た症状が出るといわれている。前立腺肥大症の手術でがんが見つかることもあるそうだ。肥大症は薬で治療も可能で、そう怖い病気ではなく、加齢とともに年寄りには大なり小なり症状が出てくる。
前立腺肥大症についてはお尻から医師が指を入れて診る直診という方法で診断する。これは医師の熟練と勘によって診断するため、医師によって疑わしいということもあれば、問題ないということもありうる。一方、前立腺がんはPSA値という数値で4・0以上は精査を求める科学的な手法であるから容認する以外、どうしようもない。
この検査方法が開発されて以来、前立腺がんは増え続けているそうだ。それまでは自覚症状がないため見逃されることも多かった。血液によってPSA値を簡単に測定できることから早期発見に威力を発揮している。