姪の就職2

 金山部長は浪華相銀から送り込まれている。秋元より五歳も若いが取締役総務部長の要職にある。初めのころは、山城相銀を早く建て直し、浪華相銀に栄転したいと張り切っていた。しかし、榊原元の誘いにのり、祇園で芸者遊びを経験した。毎晩のように高級クラブに榊原と出かけた。榊原は出入り業者にツケ回ししていた。金山はドロ沼に足を突っ込んでいった。

 そして原の存在を知るほどに、(藤田社長は、大変な銀行を支援してくれたものだ)と、いまではなかば絶望的になっている。

 森山社長は経営を橋本専務や山上常務に任せると言って、本店にはほとんど寄り付かない。橋本専務と山上常務とも、原三郎の扱いを金山部長に押し付けてくる。

 原三郎は役員会で十条温泉への融資が否決されたと聞くや、金山部長のいる部屋に入ってきて金山部長の机を部屋の外に放り投げ、金山部長に罵声を浴びせる。原三郎はいつしか暴漢顧問に化けていた。行内では全員、原と顔を合わせるのを避けていた。目を合わせるだけで恐怖感が背筋を伝わった。

 株主総会で次期新任役員として秋元登の名前が読み上げられた。

「大丈夫かね。秋元君を取締役にして…」

 総会後、社長の森山は金山総務部長に向かって額にしわを寄せながら詰問する。

「社長、こうなったら秋元に責任を押し付ける所存でございます。ところで、このままだと社長に傷がつく心配がありますので、健康を理由にしてでも引退されるのが得策だと考えますが…」

「実は儂もそのことを考えていたんだ。浪華相銀で原三郎のことを調べてもらって決心したんだが…」

「どういうことでございますか」

「原三郎は榊原三郎だった。終戦前、室町にあった小さな問屋の長女と結婚、入り婿になったんだよ。榊原の姓について気になったものだから、藤田万吉が前社長の上田伝次郎に正したんだな」

「榊原三郎て、何者なんです」

「はじめは伝次郎もわからなかったが、藤田社長から原三郎が榊原三郎と同じ人物では、どうだと聞かれ、あっ――と絶句したそうだ」

 原三郎を初めて見たとき、どこかで見覚えがある顔だと直感したのだが、すぐ忘れてしまった。ところが 榊原三郎の名前を聞いて、総務課長の榊原元の顔がすぐ浮かんだというのである。

「原、いや榊原三郎と榊原元は親子なんですか」

「いや、叔父と甥の関係なんだ。ただ、原三郎の兄であり、元の実父である榊原文太郎は当行の前身の一つであった伏見無尽の社長で合併後、当行の社長を約束されていたようなんだな」

「だからと言って、原三郎はなぜ、あんな無茶なことを要求するんでしょうな。そういえば株式数を調べとけとかなんとかと、言っていましたが…」

「それなんだ。原三郎はいまでは個人で最大の株主になっている。どうしてそんなに株式を手に入れたかと不思議に思うだろう。君がいつか話していた原初子という原三郎の女がいるだろう」

「初子の苗字は原というのですか。いや、知らなかった。親子が恋人でもあるまいし…」

「初子は原三郎と別れた妻の子なんだが、その相手が上田竜太郎、つまり上田伝次郎の弟で専務だった。上田竜太郎は祇園でクラブを経営していた初子の母親のパトロンになったが、ご存知のように銀行をクビになったので、手切れ金代わりに山城相銀の株式三十万株を渡したんだ。しばらくして母親は自殺してしまったが、株式は初子の名義になっていた」

「だから初子は榊原三郎、つまり原三郎や榊原文太郎のことを母親から聞いていたということですか」

「そうしか考えられんのだ。初子から原三郎に接近し、上田竜太郎が母親が自殺に追い込まれたと聞いたことを、三郎に聞かせたのだと思う。そのころ、原の甥の榊原元と組んで原の兄、榊原文太郎の仇をとろうと考えていた三郎には大いなる味方を得たわけだ」

「だけど原三郎と総務課長の榊原元が乗っ取りをもくろんだという証拠はないわけでしょう」

「そうなんだ。それだけ榊原元は巧妙に当行の首脳部を抱き込んでいるということなんだよ。金山部長も身に覚えがあるだろう…」

「…、…」

「橋本専務に相談したら、儂では当行の再建は無理だろうということになった。近く退任しようと思っている」

「森山社長がそう考えておられるなら、事を早く運んだ方がよいのでは…」

「明日にでも(浪華相銀の)藤田社長に辞意の意向を伝えておこうと思っている」

 浪華相銀の藤田社長が森山の申し出を了解するのに時間がかからなかった。このまま山城相銀を放置しておいたら、浪華相銀までダメになる。手は早く打った方がいい。そう判断した藤田社長は、社内電話で常務の片桐齊造を呼んだ。森山と入れ替わりに片桐が社長室にやってきた。ここで山城相銀の事実上の社長交代が確認され、あの素人歌舞伎で主役を演じた片桐が決断、苦悩が始まったことは先に述べた。

 片桐は一ケ月後に、山城相銀の臨時株主総会で取締役に選任され、その後の役員会で社長に就任する予定である。山城相銀は株式上場をしていないので、株主総会といっても身内が大半で、大株主の了解のもとにすべてが運営される。ただ、一部の株式が退職した役員や管理職の手を離れ外部に流れていた。

 片桐は一週間後に臨時株主総会を控え、再び山城相銀の本店で専務の橋本からの説明を聞いていた。

「秋元君に十条温泉への融資を頼んだのかね。原は…」

「まだ、審査の方には書類が回っておりませんが、独断で決済する可能性もあります」

「原はほかに何かしようとしているのか」

「実は、山城相銀の株式三十万株について、原三郎名義に書き換えを要求してきているんです」

「それで…」

「三十万株となると、ほぼ二割の比率です。筆頭株主になったら総会運営に自信が持てないと榊原課長が脅すんです」

「いまさら白々しいね。それでいくら要求しているんかね」

「五千万円要求され、先週、片桐さんが来られる一週間前に千五百万円、そして昨日、五百万円の計二千万円を渡しました。片桐さんが社長就任する大事な臨時株主総会を汚したくないと考え原に直接、頼みました」

「臨時株主総会だけは、それでなんとか乗り切れるんだね」

「はい」

 ここまで読んだところで、るり子にコーヒーを書斎に持ってきてほしいと頼んだ。るり子はキッチンでコーヒードリップに「ブルーマウンテンの粉」を入れて沸騰した湯を注ぎ、コーヒー茶碗に注ぎ、お盆に載せて部屋に運んだ。

「お待たせしました」

「ありがとう」

「花見で多くの人々が出ていましたね」

「確かにコロナ感染者は増えているね。春の陽気の日はホームステイができないのは仕方がないな」

「国民もコロナと言われても不感症になりつつあるように思いますね」

「オリンピックの聖火リレーも始まったが、盛り上がらないね」

「自粛要請しているので、沿道の人も少ないですね」

「だいたいこんなコロナ禍で外国の観光客も入れず、盛り上がりようがないだろう。ただスポンサーの招待客は断われないようだから、どこまでコントロールできるか疑問だね」

「そうですね」

「でも、政府やIOCは何がなんでもやりたいから、後に批判を浴びる覚悟はできているのだろう」

「ただ、相撲、サッカー、野球などかなりの観客を入れてやっているが、クラスターが発生したとは聞きませんね」

「そうだな。検査を十分にしているのだと思うが…」

「我々も下旬にはワクチン接種のお知らせが役所から届き、その後順次、接種できる病院、日時を知らせるということだ」

「そうですか。一部のワクチンに血栓ができるという報道もありますね」

「そうだな。メーカーからは心配ないというコメントを発表しているが…」

「そうですか」

「何分、急いで開発して十分な臨床試験をやっていないので、問題が出てくる心配はあるだろうね」

「つまりリスクよりメリットが大きいという理屈ですか」

「そうだろうな」

「いずれにしても、晴れた気持ちになれませんね」

 

■岡田 清治プロフィール

1942年生まれ ジャーナリスト

(編集プロダクション・NET108代表)

著書に『高野山開創千二百年 いっぱんさん行状記』『心の遺言』『あなたは社員の全能力を引き出せますか!』『リヨンで見た虹』など多数

※この物語に対する読者の方々のコメント、体験談を左記のFAXかメールでお寄せください。

今回は「就職」「日本のゆくえ」「結婚」「夫婦」「インド」「愛知県」についてです。物語が進行する中で織り込むことを試み、一緒に考えます。

FAX‥0569―34―7971

メール‥takamitsu@akai-shinbunten.net

 

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姪の就職2

 金山部長は浪華相銀から送り込まれている。秋元より五歳も若いが取締役総務部長の要職にある。初めのころは、山城相銀を早く建て直し、浪華相銀に栄転したいと張り切っていた。しかし、榊原元の誘いにのり、祇園で芸者遊びを経験した。毎晩のように高級クラブに榊原と出かけた。榊原は出入り業者にツケ回ししていた。金山はドロ沼に足を突っ込んでいった。

 そして原の存在を知るほどに、(藤田社長は、大変な銀行を支援してくれたものだ)と、いまではなかば絶望的になっている。

 森山社長は経営を橋本専務や山上常務に任せると言って、本店にはほとんど寄り付かない。橋本専務と山上常務とも、原三郎の扱いを金山部長に押し付けてくる。

 原三郎は役員会で十条温泉への融資が否決されたと聞くや、金山部長のいる部屋に入ってきて金山部長の机を部屋の外に放り投げ、金山部長に罵声を浴びせる。原三郎はいつしか暴漢顧問に化けていた。行内では全員、原と顔を合わせるのを避けていた。目を合わせるだけで恐怖感が背筋を伝わった。

 株主総会で次期新任役員として秋元登の名前が読み上げられた。

「大丈夫かね。秋元君を取締役にして…」

 総会後、社長の森山は金山総務部長に向かって額にしわを寄せながら詰問する。

「社長、こうなったら秋元に責任を押し付ける所存でございます。ところで、このままだと社長に傷がつく心配がありますので、健康を理由にしてでも引退されるのが得策だと考えますが…」

「実は儂もそのことを考えていたんだ。浪華相銀で原三郎のことを調べてもらって決心したんだが…」

「どういうことでございますか」

「原三郎は榊原三郎だった。終戦前、室町にあった小さな問屋の長女と結婚、入り婿になったんだよ。榊原の姓について気になったものだから、藤田万吉が前社長の上田伝次郎に正したんだな」

「榊原三郎て、何者なんです」

「はじめは伝次郎もわからなかったが、藤田社長から原三郎が榊原三郎と同じ人物では、どうだと聞かれ、あっ――と絶句したそうだ」

 原三郎を初めて見たとき、どこかで見覚えがある顔だと直感したのだが、すぐ忘れてしまった。ところが 榊原三郎の名前を聞いて、総務課長の榊原元の顔がすぐ浮かんだというのである。

「原、いや榊原三郎と榊原元は親子なんですか」

「いや、叔父と甥の関係なんだ。ただ、原三郎の兄であり、元の実父である榊原文太郎は当行の前身の一つであった伏見無尽の社長で合併後、当行の社長を約束されていたようなんだな」

「だからと言って、原三郎はなぜ、あんな無茶なことを要求するんでしょうな。そういえば株式数を調べとけとかなんとかと、言っていましたが…」

「それなんだ。原三郎はいまでは個人で最大の株主になっている。どうしてそんなに株式を手に入れたかと不思議に思うだろう。君がいつか話していた原初子という原三郎の女がいるだろう」

「初子の苗字は原というのですか。いや、知らなかった。親子が恋人でもあるまいし…」

「初子は原三郎と別れた妻の子なんだが、その相手が上田竜太郎、つまり上田伝次郎の弟で専務だった。上田竜太郎は祇園でクラブを経営していた初子の母親のパトロンになったが、ご存知のように銀行をクビになったので、手切れ金代わりに山城相銀の株式三十万株を渡したんだ。しばらくして母親は自殺してしまったが、株式は初子の名義になっていた」

「だから初子は榊原三郎、つまり原三郎や榊原文太郎のことを母親から聞いていたということですか」

「そうしか考えられんのだ。初子から原三郎に接近し、上田竜太郎が母親が自殺に追い込まれたと聞いたことを、三郎に聞かせたのだと思う。そのころ、原の甥の榊原元と組んで原の兄、榊原文太郎の仇をとろうと考えていた三郎には大いなる味方を得たわけだ」

「だけど原三郎と総務課長の榊原元が乗っ取りをもくろんだという証拠はないわけでしょう」

「そうなんだ。それだけ榊原元は巧妙に当行の首脳部を抱き込んでいるということなんだよ。金山部長も身に覚えがあるだろう…」

「…、…」

「橋本専務に相談したら、儂では当行の再建は無理だろうということになった。近く退任しようと思っている」

「森山社長がそう考えておられるなら、事を早く運んだ方がよいのでは…」

「明日にでも(浪華相銀の)藤田社長に辞意の意向を伝えておこうと思っている」

 浪華相銀の藤田社長が森山の申し出を了解するのに時間がかからなかった。このまま山城相銀を放置しておいたら、浪華相銀までダメになる。手は早く打った方がいい。そう判断した藤田社長は、社内電話で常務の片桐齊造を呼んだ。森山と入れ替わりに片桐が社長室にやってきた。ここで山城相銀の事実上の社長交代が確認され、あの素人歌舞伎で主役を演じた片桐が決断、苦悩が始まったことは先に述べた。

 片桐は一ケ月後に、山城相銀の臨時株主総会で取締役に選任され、その後の役員会で社長に就任する予定である。山城相銀は株式上場をしていないので、株主総会といっても身内が大半で、大株主の了解のもとにすべてが運営される。ただ、一部の株式が退職した役員や管理職の手を離れ外部に流れていた。

 片桐は一週間後に臨時株主総会を控え、再び山城相銀の本店で専務の橋本からの説明を聞いていた。

「秋元君に十条温泉への融資を頼んだのかね。原は…」

「まだ、審査の方には書類が回っておりませんが、独断で決済する可能性もあります」

「原はほかに何かしようとしているのか」

「実は、山城相銀の株式三十万株について、原三郎名義に書き換えを要求してきているんです」

「それで…」

「三十万株となると、ほぼ二割の比率です。筆頭株主になったら総会運営に自信が持てないと榊原課長が脅すんです」

「いまさら白々しいね。それでいくら要求しているんかね」

「五千万円要求され、先週、片桐さんが来られる一週間前に千五百万円、そして昨日、五百万円の計二千万円を渡しました。片桐さんが社長就任する大事な臨時株主総会を汚したくないと考え原に直接、頼みました」

「臨時株主総会だけは、それでなんとか乗り切れるんだね」

「はい」

 ここまで読んだところで、るり子にコーヒーを書斎に持ってきてほしいと頼んだ。るり子はキッチンでコーヒードリップに「ブルーマウンテンの粉」を入れて沸騰した湯を注ぎ、コーヒー茶碗に注ぎ、お盆に載せて部屋に運んだ。

「お待たせしました」

「ありがとう」

「花見で多くの人々が出ていましたね」

「確かにコロナ感染者は増えているね。春の陽気の日はホームステイができないのは仕方がないな」

「国民もコロナと言われても不感症になりつつあるように思いますね」

「オリンピックの聖火リレーも始まったが、盛り上がらないね」

「自粛要請しているので、沿道の人も少ないですね」

「だいたいこんなコロナ禍で外国の観光客も入れず、盛り上がりようがないだろう。ただスポンサーの招待客は断われないようだから、どこまでコントロールできるか疑問だね」

「そうですね」

「でも、政府やIOCは何がなんでもやりたいから、後に批判を浴びる覚悟はできているのだろう」

「ただ、相撲、サッカー、野球などかなりの観客を入れてやっているが、クラスターが発生したとは聞きませんね」

「そうだな。検査を十分にしているのだと思うが…」

「我々も下旬にはワクチン接種のお知らせが役所から届き、その後順次、接種できる病院、日時を知らせるということだ」

「そうですか。一部のワクチンに血栓ができるという報道もありますね」

「そうだな。メーカーからは心配ないというコメントを発表しているが…」

「そうですか」

「何分、急いで開発して十分な臨床試験をやっていないので、問題が出てくる心配はあるだろうね」

「つまりリスクよりメリットが大きいという理屈ですか」

「そうだろうな」

「いずれにしても、晴れた気持ちになれませんね」