「そういう人生観は、以前からあったように思いますが、病気になって、それまで忘れてフリーズドライになっていたものにお湯が注がれて思い起こされたような感じですね」。
小堺家は、マイナスことばを使わない。
父が母に「出ていけ!」と言ったら、「どこからーっ?」って言い返すような母で喧嘩にもならない。
祖母も「お前の鼻は運が入る鼻だ。その口には福があるから食べ物に困らない」と言うような人だった。そう言われると、普通なら気にするようなことでも逆に自慢になる。
小堺さんは、色覚異常の色弱。中学の検査でそれがわかったときは、さすがに落ち込んだ。なりたかったデザイン系の仕事の道が、そこで閉ざされてしまった。でも父は「いいな、お前は人と違う色が見られて」と言ってくれた。
どんなお相手の心も解きほぐしてしまう小堺一機さんの誠実さとサービス精神は、明るい家族のもとで培われたようだ。
カードトーク
小堺さんの番組でおなじみの「サイコロトーク」ならぬ「カードトーク」をやってもらおうと、漢字一文字が書かれた五枚のカードを用意した。この中から一つ、小堺さんが選んだカードの字は「恋」!。
「何を話そうかなあ。そうそう、祖母に言われたことがありました。『恋は美人だけがするものじゃなく、ブサイクだって恋をするの。黙っていてもチヤホヤされる美人より、ブサイクのほうが恋に工夫をするものなのよ。恋は心にあらず≠ニ書くように、理屈じゃないの。だから『私のどこが好き?』と聞かれたら、『全部好き』と言えばいい。『私のこと思い出してね』と言われたら、『思い出すことなんてない。忘れることはないんだから』と言えばいいと、子どもの僕に言うんですよ(笑)」。
「父は『女と付き合うときは三という数字を意識しろ。会って好きだと思ったら、三日のうちにデートに誘え。三か月すると飽きてくるから、ちょっと違う自分を見せろ。三年付き合ったら結婚を考えろ。それでダメなら点がついてザンネンになる』って」。
ここでも、家族の話になった。ちなみに奥さんとは三年で結婚をせず、「念には念を入れて倍かけて六年かけました(笑)」と、笑わせてくれた。
「構えない」と心の扉は開く
それにしても、小堺さんは人の心の扉を開けるのに長けている。コツを聞いてみた。
「いまは相手の方に『小堺くんだ』とわかってもらえて、その時点で少し扉が開いている状態になりますが、自分が何者か知られていなかった頃は難しかったですよ。最初は自分の番組で、役者のオバさまたちをこっちに向かせようとして四苦八苦。萩本欽一さんに『お前は一人でしゃべっちゃう。五〇ccの原付バイクのくせに、八〇キロ出そうとするからうるさいんだよ』と言われたことを思い出しました。で、オバさまたちに話を向けたら、どんどんおもしろい話が出てくる(笑)。僕は大間のマグロ級のオバさまたちに、前日から必死に仕込んだメザシを出していたようなものだったんですね。だから北風と太陽の話のように、必死に扉を開けようとしないほうが、かえって相手の扉が開くような気がします」。
僕も新人アナウンサーの頃は、いかに相手の話を引き出そうかとばかり考え、次の質問で頭がいっぱいになって相手の話を聞いていなかった。それで大事な話をスルーしてしまっていた。インタビューの極意は、へたな質問をするより、とにかくどんな球を投げられても拾うレシーブ力にかかっていると思うようになった。小堺さんも同じ思いだったのかと嬉しくなった。
ブラウン管の中と同じく、人をごきげんな気持ちにさせる人だった。人をごきげんにさせるということは、ご本人が「ごきげん」になる術を心得ているからだ。その「ごきげん」は、家族が作り出したものでもある。 「楽しかったです」と小堺さんは、ごきげんな表情で次の場所に移動して行った。その後ろ姿を見送りながら「ごきげん」な気持ちになった。
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