「家電を捨てると、自分の暮らしのサイズが見えてきます。例えば、冷蔵庫があると買いだめができるので、自分が一日に食べる量や何が必要なのかわからなくなる。冷蔵庫がなければ、その日に食べるものしか買わないので、この程度の食べ物で生きていけるとわかります。自分の身の丈がたいしたことはないとわかれば、欲もなくなります」
稲垣さんは節電を楽しんでいる。便利なものをやめたことで、自己能力を開発している感覚がある。冷暖房をやめたら、夏の風の涼しさや冬の日差しの温もりを感じるようになった。昔の人も、夏は簾や打ち水をしたり、冬は火鉢で火の温もりを感じたり、五感を大切にしていた。いまは自分だけ涼しくするためにエアコンをつけ、室外機から熱風を出して外を暑くして、結果、熱中症になっている。
ものすごく寒い中で、火鉢を使っていると、心にポッと火がともるような贅沢感とか、自分の中から資源を発掘している感じだという。シフトダウンして、逆に芽生えてきたものが多いのだ。
大看板を降ろして見えてきたもの
朝日新聞社という大看板をなくしたことへの不安も全くないと言い切る。
「看板というより、会社の中では評価されたいとか、役に立ちたいとかいう気持ちは強かったですが、大阪から高松支局に行ってから少し変わった。有り体にいえば、地方に飛ばされたわけですよね。でも獲得していくことばかりを目指していると、年をとったときにみじめな気持ちになるなと思って、その頃からギアチェンジをしました」
サラリーマンには理不尽な人事もある。そこで、文句ばかりいうか、そこを乗り越えるかが分かれ道。
買いたいものや欲しいものがない地方都市で、お金を使わずに楽しめる山歩きが好きになった。お金がなくてもハッピーになれる生き方ができるようになって、お金と自分の価値観が切り離されたとき、会社に何かを求めることはなくなった。「会社の評価のためじゃなく、やるべきことをやろう」と。
人と繋がるために生きていきたいと思うようになった。
「本来、仕事とは人を喜ばせる行為で、創造的で心躍る行為です。人を喜ばせるために真剣になるから仕事は面白いんです」
「記者は名刺一枚で誰にでも会えると思ってきましたが、むしろ逆。新聞記者の看板を背負っていたら会えなかったという人に、たくさん会えました。近所や銭湯で会う人など、いままでなかった人間関係が広がって、そういう縁は大事にしていきたいと思っています」
自分が生きていくことには、まったく不安はないが、じつは予想していなかった落とし穴があったらしい。本を出したら、今度は自分が社会や世間から評価されたいという欲が出そうなのだという。「会社の評価なんて、うまく立ち回れば何とかなります。でも社会に評価されるということは、とてつもないこと。そういう欲にからめとられないように、気をつけようと思っています」
それにしても、アフロ効果は抜群らしい。アフロにしてから、人生が好転したらしい。「まさかのモテ期」に入ったらしい。居酒屋で、見知らぬおじさんがおごってくれる。ナンパされたことも1度や2度ではない。同性からも気軽に声を掛けられる。「世の中は、無限の親切に満ちているかも」と思っている。50歳、夫なし、子なし、定職なしだが、希望でいっぱいだ。
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