「タイトル保持者という責任をずっと背負ってきたので、自分のまとっていた鎧が取れて考え方が変わったのかもしれません。勝ち負けより大事なことがあると気づいたんです」
「タイトルあっての私だと思っていたのが、タイトルがなくなっても応援し続けてくださる方たちが大勢いることがわかったとき、自分の思い上がりや傲慢さに気づかされました」
「今回も、タイトルがなくなった私に、村上さんがこうして会いに来てくださることも本当にうれしかったです。廊下でお声をかけられたときは、少しも変わらないお声だったので、お会いしていなかった長い空白の時間がいっぺんに縮んだ感じがしました」。
清水さんを変えた存在
清水さんが変わったのは、女流名人戦で7連覇を飾った里見香奈さんの存在もかなり大きい。里見さんは24歳。女流名人など4冠を保持し、タイトル獲得22。現在の第一人者。自分の年齢の半分の里見さんに、清水さんは一目おき、敬愛もしている。
「女流棋士としても大事に思っていますし、一人の女性としても意識しています。彼女は屈託のない人で、とにかく素直なんですよ。だから楽しくいろいろな話もできます」
「負けると悔しいのですが、相手が里見さんだからこれだけの手を指せたという喜びもあります。自分自身が気づかない新しい部分を、彼女に引き出してもらえるんです。お互いに最善を尽くし、二人で創り上げていく勝負は最高なんです。今回のタイトル戦では、結果は負けでも、嬉しい、楽しい、面白い、悔しい…あらゆる感情を全部味わえたので幸せでした」
若い頃に比べると、勝ちたいという執着心が淡泊になってきたそうだ。苦戦しているときに、粘る根気が切れてしまうこともあるが、執着しない分、冷静に盤面が見られて最善の手を選べることがある。
将棋は、勝つ時は、盤上で遊んでいると思っていた駒が、最後の局面で全部絡み合い、必然のように勝ちにもっていけるが、逆に負けるときは全部の駒が邪魔になることがある。
「昔の私は、勝者以外は全否定されるのが当然と思っていて、負けるといままでの努力も水泡に帰すと受け止めていました。でも周りの方たちに、いままで積み重ねてきたものがあるんだから、たとえ負けても次はゼロからのスタートではなく、一とか二からスタートが出来るんだよといわれたんです。前はそんなことはないと思っていたんですが、いまは素直にうなずけます」。
「受け」の女流棋士会長
柔らかくなった。みんなから付き合いやすくなったといわれる。近寄り難さが消え、後輩からも、声をかけられることが増えた。
去年、女流棋士会長を引き受けた。かつての清水さんならありえないと思っていたと指摘したら、ご本人も「絶対になかったですね」と笑う。
「自分の判断基準が、将棋にプラスかマイナスかで考えていました。でも人生にマイナスのことなんてない。村上さんを始め、違う世界の方たちとお話させていただくのも楽しく勉強になるし、稽古の時間を減らしてでもそういう機会があれば出て行くようになりました。そうしたら全部がプラスになって、無駄なことってないんだなと気づきましたね」。
会長になってから、女流棋士一人ひとりの顔が見えてきて、親になった気分なんだそうだ。ゆえに女流棋士会の発展や地位向上だけでなく、みんなを幸せにしたいと考えるようになった。いろいろな考え方がある中、自分と違う意見をやみくもに否定しない。がんばる人が報われるようにしたいと思っている。
清水さんは、時代小説が大好きだ。特に池波正太郎さんの『剣客商売』がお気に入りだ。そこに出てくる女剣士・佐々木三冬が清水さんに重なる。
剣の構えを崩さないから、容易に攻め込めない。常に間合いを計りながら、一定の距離感を保っていた。だが、佳き年齢の重ね方が、構えや間合いを外していった。人生経験が、相手に身を委ねる剣法に変えてくれたように感じた。
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