2年続けて、命に関わる経験をして人生観も変わった。
「それまでは当たり前に明日が来る、来年があると思っていましたが、命には限りがあり、それが今日かもしれないと考えるようになりました。だからやりたいことは、すぐ実行しようと」。
そんな思いにかられていた矢先、ダイビングと出合った。小笠原の海でイルカと一緒に泳ぐ人のテレビ番組を見て、イルカと泳ぎたいと思った。そして、すぐさま小笠原に飛んでいった。通ううちに、少しずつ潜れるようになってきた。偶然にもフリーダイビングの日本代表選手と飛行機で隣の席になり、その魅力を聞き、真鶴で活動しているサークルを紹介してもらった。ダイビングへの道は、自然に開かれていった。
我らはでくなり
ダイビングを始めて、変わった。
「昔は目の前の小さなことに振り回されて、舞い上がったり落ち込んだりしていましたが、ものの見方が変わってきたと思います。以前は人から嫌なことをいわれるとイラッとしていたのに、いまは客観的に自分を見ているもう一人の自分がいる。あれ? 私はいまイラッとしたな。なんでイラッとしたんだろうと。あれこれ考えているうちに、気持ちが落ち着いてきます」。緊張したり感情が高ぶったりすると、酸素の消費量も多くなるというから、平常心が求められる。
「言葉で自分を作っていく。言葉で自分を引っぱり上げていく。潜るときは集中して進むんですが、帰りは疲労がたまって体が動かなくなります。しかも浮力より沈んでいく重力のほうが大きいので、強くキックしなければならない。水深60メートルくらいで一度体の限界がやってくるので、誰もいないところで体も心も折れそうになります。そういうときに、自分に言葉をかけて気合いを入れると体が動くんです。『みんなに会いたい!会いに行くから待ってて!』と。極限状態になると、いろんな人の顔が浮かんでくるんですよ」。
海の中にいると、いろんなことに敏感になる。視界のかすかな変化、身体の中の音の聞こえ方、心境の変化…かすかな兆候も見逃さなくなる。そして潜水から浮上した時、「呼吸出来る」というシンプルな喜びが湧く。
明日がなかったかもしれない経験をしたからこその実感なのだろう。「ギリギリの状態になるので。一度極限のところまで行って帰ってくると、生きていることのありがたさがわかり、周りの人の大切さにも気づかされます」。
対談場所から程近いところに、画家の中川一政美術館があった。岡本さんと一緒に見学に行った。中川の「われはでくなり つかわれて踊るなり」の言葉に、2人して釘づけになった。こういう境地になれたら、生きるのが楽になる。抗うことなく、大いなるものに身を委ねてみると、世の中の風景が変わって見える。
岡本さんは、海に身を委ね、素潜りの記録を伸ばしながら、地球環境保全に奔走している。ボクも、言葉に身を委ねながら、諍いが減るよう小さな積み重ねをしている。2人とも、使命感にかられている。だから「でく友ですね」と笑い合った。
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