中学1年の時、作曲コンクールで1位になって、NHKラジオで放送された。その時講評の方が「中学生でこれほど見事な曲が書ける子を私は知らない」と言ってくれて、それがきっかけで父も音楽の道に進むのを許してくれた。
マエストロのおまじない
小林さんは1940年、福島県いわき市生まれ。小さい頃、山野や海辺を駆けまわった故郷が、5年前に姿を変えてしまった。
「僕の記憶の中にはいつも海があるのです。子どもの頃は、穏やかで美しい潮騒の音で目を醒ましたものですが、それが、あの津波のゴーッという音に変わった瞬間、いわきはまったく形を変えてしまいました。震災後いわきに行って、海辺に潰れた家だけが残る光景と、聴こえて来る海の音が風に乗って時折強くなるのが、悲惨さをより強くしましたね」。
震災の年、津波で校舎も楽器もなくした中学校で、即興でピアノを弾きながら子どもたちに語りかけた。ベートーベンの話をした。「ベートーベンは耳が聴こえなくて自殺まで考えた。音楽家が自分で作った曲を聴くことができないほど悲しいことはないけれど、彼は心の中で声を聴き、音を聴き、世界中に自分の音楽を伝えようと思った。だからみんなもここで打ちひしがれないで、前を向いて歩いて行こうじゃないか。ベートーベンは苦悩を突き抜けて歓喜に至れ≠ニ言ったけど、この言葉を僕たちも大事にしよう」と。
そして、口癖の心を一(いつ)にして≠ニいう言葉を、子どもたちの前で何度も口にした。「僕は、オーケストラの方々と心を一(いつ)にするために、自分がどういう立場にいなければいけないか、どうしたら音楽を豊穣に舞い上がらせることが出来るか、いつも考えています」。
心を一(いつ)にするということは、「心のひだとの会話だ」とも言える。楽譜を読み込んで、ひだとひだの会話が成り立った時に、とても美しい世界が生まれるかもしれないと思っている。演奏者や聴衆だけではなく、作曲家も指揮者も含めて、心が一になった時にいい演奏が出来ると思っている。
心を一(いつ)にしようと思っても、なかなか出来るものではない。でも言葉にすることで、それをみんなが意識するようになる。
心を一(いつ)にしてというのは、自分を鼓舞するおまじないなのかもしれない。
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