腹の主が教えてくれた
鶴太郎さんは、小さい頃から決断を迫られるようなときや人生の分岐点で、「腹の主」の声が聞こえるそうだ。耳をすませていなければ、聞き逃してしまうようなささやかな声だ。その声が「絵を描け」と言った。それまで絵を描いたこともなく、描き方もわからないのに…。
椿を描こうとしたが、ぜんぜん描けない。椿に魅せられた思いがあまりにも強くて、その思いと描いた絵のギャップの違いに打ちひしがれてしまった。だが、ここで諦めたら、出口が見えない鬱々とした日々に戻ってしまうような気がした。
いろいろなことをやってきて、なんでも最初からうまくできないとわかっていた。ボクシングの練習でも、最初は縄跳びがぜんぜんできなかったのに、毎日ひたすら練習していたら一か月くらいで早く飛べるようになった。だから絵もじっくりと時間をかけて、毎日描くしかないと思った。誰にも習わず、自己流で描き続けた。何回も何回も描いているうちに手ごたえが出てきた。絵を描き始めて3年後、ようやく椿の絵を発表した。
鶴太郎さんは椿だけでなく、鯉も大好きだ。鯉は、何匹も池の中にいてもケンカしない。歯がないから噛み合うことがない。餌も自分の分を食べ終わると、あとは食べていない鯉に譲って分け合う。人懐っこくて、手を出すとなめてくれる。100年以上生きる鯉もいるくらい生命力が強いのに、まな板に載せたとたん「どうにでもしてくれ」といわんばかりに、ピタッと動きを止める。そういう潔い生き方に惹かれ、自分もかくありたいと思うそうだ。
わが・まま人生
鶴太郎さんが、突然「絵には、味と音があるんです」と不可思議なことを口にした。
「例えば、この柿の絵にはもう少し酸味がほしいなと思ったりします。でもレモン、かぼす、ゆずでは酸味が違う。ゆずの酸味がほしいと思ったら、少しくすんだ黄色を足すんです。音も黄色の音色が入るといいなというようにイメージして、単色をまわりの色に組み合わせて和音にしていくんです。僕はモネの絵のように、美しい音色を感じる絵が好きなんです」
ボクもいちばん聞きたかったことを口にした。「画家でもあり役者でもあり、芸人でもある。朝から何時間もヨガや瞑想をし、絵に集中するストイックな部分もあれば、バラエティー的なおもしろい鶴太郎さんもいます。どれがいちばん自分らしいと思いますか」。
鶴太郎さん即答「すべてです」。「人間って多面的でしょう。僕はその窓口を全部開けているだけです。よくストイックだといわれますが、僕自身は快楽主義だと思っています。朝、仕事をする6時間前に起きて、ヨガや呼吸法、瞑想をするのも、自分が楽しいからです。一日が健やかに過ごせて、体調もよくなる。2時間かけて野菜中心の朝食をとるのも、自分の快楽のため。ベジタリアンってどういうものか知りたくてやってみたら、3日目くらいから体が変わってきたんです。要はすべて自分のためなんですよ」。
何事も否定的にとらえず、肯定的に受け止めるようにしている。東京の下町育ちで、貧しいながらも家族団欒があって、親に連れられて寄席に行ったり…、そういう子ども時代を過ごしてきたことも大きい。父は宴席でいつも人を笑わせていた。人を楽しませている父を見て、誇らしく思ったものだ。役者や芸人になりたいと思うようになったのは、父の影響が大きいかもしれない。
そして画家の道も血筋のようだ。母方の祖父は、羽子板の絵師。父方の祖父も絣の絵柄を描いていた。それを知ったとき、鶴太郎さんは、腰が抜けるほど驚いた。両方の祖父が筆をもっていたとわかり、こみあげてくるものがあった。隔世遺伝とはいうものの、二人の祖父に描かせてもらっているのかもしれない。絵を描くようになったきっかけも含めて、人生で起こることは何一つ無駄なことはない。だから思いついたことは、直感を信じてすぐ着手するのが、鶴太郎さんの流儀なのだ。
柔和な表情を見せながら、眼差しは常に真剣。まさに男の真剣勝負をした感じで、終わったあと、しばらく放心状態だった。椿や鯉を師匠に「わが・まま」人生を歩んできた鶴太郎さんだが、その目はまだ「わが・まま」を探している。その飽くなき探求心が鶴太郎さんの魅力だ。
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