伊勢谷さんは考える。今の地球の現状を知って、動かないのは許せない。社会と関わらないと、価値はない。種としての人類が成長しないと、人類と地球の均衡は保てない。
宇宙を含むすべての世界は「摂理」の中にある。摂理の一部と認識し、大いなる循環と向き合い、個人個人が種全体を考える目的や理想を持てば、生き残れる未来を創造出来るはずだと信じる。その未来のために何が出来るか考えるのが、自分の『志事(しごと)』だと認識している。「社会の中の自分」という視点を持って、自分が出来ることを一生懸命追求していくことが大事と考えている。まるで吉田松陰だ。
伊勢谷さんは、未来の人のために、自分の命を使おうと考えている。そういう考えを持ったのは、27歳のときからと明確だ。念願だった初の映画監督作品『カクト』を撮った直後、自分の夢はかなったが、それは本当の目的ではないと思い至った。一人の人間として、生きる目的は何かと考え、「宇宙人」の目線で考えてみたという。
「宇宙人が地球の人間を見たとき、自然を壊し、資源を使い果たし、自分たちで自分たちの首を絞めている愚かな生き物としか思えないんじゃないか」と想像した。「だが、人間が愚かな生物となってしまうのは、僕の人間としてのプライドが許さない。一人ひとりの人間が、人類全体のことを考えて行動していけば、人間の進化につながるはずだ」と考えた。このままではダメだという思いが、リバースプロジェクトに結び付く。人類が地球に生き残るためには、まず限りある資源を循環させることから始めなくてはと思った。
そういう信念に基づいた取り組みの数々は社会事業のように見えるが、株式会社である以上は儲けも必要だ。社会還元のためにやっていることで、自分たちの利益を出すという矛盾はないのか聞いてみた。「ないですね」と即答。「NPOなどにしてしまうと自活できません。僕らは社会のためになる仕事しかしませんが、その大義の上でお金を稼ぎ、お金を世の中にまわしていこうという考えでやっています。それが本来の会社のあるべき姿。いまはお金を儲けさえすればいいという会社が多くて、お金に志が乗っかっていないから資本主義経済がおかしくなってきているんです」。
そこまで一生懸命になれる理由を問うと、これも即答。「それ以上におもしろいことがないからです。僕の趣味はバイクに乗ることですが、それは余暇の楽しみ。人は自分のためではなく、人のために何かをすることが本当の喜びになります。利他の気持ちが一番ですね」。人の喜びが自分の喜びになると、こんなに幸せなことはないと同感。
「自分がつらくても、自分よりもっとつらい思いをしている人を鼓舞していると、誰よりも自分が元気になりますからね。たぶんそれが僕の原点かな。人のため、社会のためと利他のことばかり考えていると、結果的にいいことが自分に返ってくるんですよ」。
伊勢谷版「松下村塾」
大河の撮影も、まもなく終わるが、 近い将来、伊勢谷版「松下村塾」を立ち上げる構想がある。 地域に必要な社会起業家の育成、志を持った社員の育成、全国の学生と「人間の生き方」をテーマに議論の場を設けるなど、いま、伊勢谷さんの頭の中で構想が膨らんでいる。究極の目的は、「人が持つ善の力の最大化」を図ることだ。
松陰先生の「人間の本性は善である」という言葉にも通じるものがあるのかと思いきや、ちょっと違うようだ。「人間の本性は本能にあると考えています。人間の本性の中にあるのは生存本能で、まずは生き残ることなんです。そこに善悪はありません。そもそも何が善で何が悪かはそれぞれの視点によって違ってくるので、善悪の判断は難しい。人類が生き残るためにポジティブなことをしようと考えたとき、初めて善という考えが生まれてくるのだと思います」。 伊勢谷さんの考え方を多くの人にわかってもらうためには、けっこう時間がかかるかもしれない。「松陰先生もみんなに変な奴と思われても説き続けた方です。彼の『諸君、狂いたまえ』という言葉の通り、社会を変えようとする人は狂っているくらいでないとできませんからね」
自分に「挫折禁止」を課している。人生を諦められない。
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