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愛華みれさん。名前の如く、華がある。愛がある。 |
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![]() ことばの力が人生切り開いた 愛華さんは、自分の口にした言葉がその通りになったことや、言葉一つで体の状態に影響が与えられたことを体感している。言葉は、きちんとした意識をもって発しなければと考えている。 小学生の頃から「夢を描け。夢の翼を休めるな」という言葉が好きだった。祖母の家のカレンダーに書いてあった言葉が心に強く刻まれ、宝塚を受験したときもその言葉が支えになった。 剣道一筋の少女だったが、高三のとき、母がふと「あなたは男の子っぽいから、宝塚に行けばいいのに」と言ったことがきっかけで宝塚受験を思い立つ。母の何気ない一言に、心を揺さぶられた。 だが、高校の進路指導の先生からは「宝塚は美人かバレエやピアノをやっている人が入れるところだから通るわけがない」と頭ごなしに言われた。その言葉に発奮した愛華さんは、「先生は、私がまだ何もやらないうちに夢を摘み取る気ですか」と啖呵を切って受験した。 ところが、受験したものの、試験で渡された譜面も読めず、試験官が駄目だと思って自分の書類に斜線を引いていたのがわかった。もう駄目だと諦めていたら、よもやの合格。未知の可能性に賭けてみたいと思わせる魅力があったのだろう。のちに、面接官の中のすごく偉い先生が三重マルをつけてくれたと聞いた。 考えてみれば、あの厳しい世界で、よく生き抜いてこられたものだ。「何も知らずに入った世界なので見るものすべてが新鮮に感じられ、そのまま受け入れられたからなのかもしれない」と振り返る。「お嬢さん育ちの人はお掃除の際、雑巾の絞り方もわからず、私がやってあげたほど(笑)」。下働きの仕事がすべて自分に回ってきても、元気にこなした。どんな時も笑いを忘れなかった。 |
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先生たちから「お前のような何も知らない田舎者ほど怖いものはない」と言われていた。 ことばの力が何よりの治療薬 伴侶の言葉の力も大きい。マッサージ師をしている10歳年下の夫とは、宝塚の退団公演前に体のケアをしてもらったのがきっかけで出会った。プロポーズされた直後に、がんが発覚したが、献身的に支えてくれた。 |
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■イネ・セイミプロフィール フルート奏者として活躍中。俳画家。 絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。 * 俳画教室開講中 |
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