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『村上海賊の娘』で今年の本屋大賞を受賞した和田竜さん。鎧兜を身に着けたら、そのまま戦場に行けそうな風貌だ。 |
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史料集めは楽しボクは、先祖が村上水軍だと聞かされて育ってきた。父は何かにつけて「お前は村上水軍の末裔だ」と言っていた。父は兵庫県丹波市の出身だが、陸に上がった村上水軍の一部が丹波に住み着いたと言っていた。去年、尾道と因島に行く機会があって、ようやく村上一族のお墓にお参りしてきた。 和田さんは、この小説を書いて以来、愛媛や広島に行くと、村上海賊につながる人たちから感謝の言葉をかけられるそうだ。そして、彼らは一様に自分の先祖が村上海賊だということを誇らしげに語る。海賊とはいえ地元住民は、いまだにかなり好意的に受けとめている。戦国の世にあって、自分たちの暮らしを守ってくれたという思いがあるようだ。和田さんも、広島に住んでいた少年時代、「村上海賊はかっこいいなあ」と憧れていた。その時点からすでに、強くて自由で颯爽としている海賊のイメージが出来上がっていたのかもしれない。 この小説は、週刊誌で連載が決まってから史料調べに一年間費やした。だが、史料集めは苦にならない。新しい発見をすると目の前が開けてくる感じがあるからだ。 例えば、敵方の泉州侍の頭、眞鍋七五三兵衛が海賊だったとわかったとき、木津川合戦は海賊同士の戦いだったと腑に落ちるものがあった。大坂本願寺にくみする毛利家と、それを迎え撃つ織田家との戦いというより、実は村上海賊と泉州海賊との戦いだったと位置づけられる。 |
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村上海賊の総元締めともいえる村上武吉に娘がいたと知ったのも、いろいろな史料を探して、ようやくわかったことだ。初めから女の子を主人公にしたいと考えていた和田さんは、長州藩の『萩藩譜録』の記述で発見し、これでやっと書けると思った。 無類の戦国好き |
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| ■イネ・セイミプロフィール フルート奏者として活躍中。俳画家。 絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。 * 俳画教室開講中 |
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