村上海賊の総元締めともいえる村上武吉に娘がいたと知ったのも、いろいろな史料を探して、ようやくわかったことだ。初めから女の子を主人公にしたいと考えていた和田さんは、長州藩の『萩藩譜録』の記述で発見し、これでやっと書けると思った。
女の子を主人公にしようと思ったのは、海賊から想起されるイメージと真逆なものを描きたかったからだ。配下の海賊たちがすごい荒くれ者でも姫様だけには頭が上がらないとか、その姫様が乱暴者で男どもを牛耳っているとか、そのあたりからおもしろい展開ができると思った。和田さん自身も主人公の景(きょう)のような活発なタイプの女性が好きらしい。「元気で露悪的な女性のほうが人間として信用できるじゃないですか(笑)」
景の父親の村上武吉は実在するカリスマ的海賊だが、小説では、娘には徹底的に甘い父親という側面も描かれている。「娘を甘やかす以外、何ができる」というセリフに人間味を感じる。「村上武吉は歴史的にも有名な人物で、有能な海賊でした。だからこそ何かギャップのある側面を描くことで、さらに人間が大きく見えてくると思ったんです」
武吉のキャラクターを作るうえで、モデルとなった人はいないが、和田さん自身、親に甘やかされて育った。「僕は甘やかすということを肯定的にとらえていて、甘やかすことで人間の能力が際限なく伸びていくような気がするんです。景もそれによって能力がどんどんいい方向に向かっていきます」
最近、若い人が自己肯定できないのは、親にうるさくダメ出しをされて育ったせいかもしれない。そのままでいいと親に言われて育つと、自分自身を認められるようになると思う。
無類の戦国好き
和田さんは小説を書く前に、まずシナリオを書き起こすスタイルをとっている。大学時代は劇団に入っていて、シナリオも書いていた。それが小説に生かされている。
「僕自身、役者で端役をやっても、ただの賑やかしでは面白くないと思っていたので、どんなに小さな役でも物語があるような脚本を書くよう心がけました。そのスタンスは今も変わりません」
普通なら通行人Aで終わりそうな登場人物であっても、丁寧に書く。司馬遼太郎の小説などは、出ては消えていくように次々人物が出てくるが、歴史小説を読み慣れていない人にとっては名前だけ聞いてもピンとこない。和田さんは、極力、登場人物を少なくした上で、Aさんはこんな人で、Bさんとは見た目も性格も違うということを示すよう心がけている。
これまで出した小説は戦国ものばかりだ。これまでの歴史小説で、手に汗握る戦闘シーンをここまで克明に書いたものはなかったと思う。
「僕は海外の映画のような、バトルシーンそのものの面白さを描きたいので、合戦の場面には力が入るんです。一つは、単純に敵をやっつけるという痛快さ。もう一つは、その戦いの中で登場人物がどう情を交わすかというところ。敵方はただ悪いやつで、単にやっつけましたという物語ではなく、戦ってはいるけど両者ともきちんとわかりあった人間同士というくだりがあると、そのバトルがさらに面白くなるはずです」
子どもの頃から戦いものが好きだった。「ガンダム」→「必殺仕事人」→「ターミネーター」→「和田戦国小説」という系譜になる。和田さんが戦国時代に惹かれるのは、抑圧感がないからだ。人物が爽快で、個性的。破格で喜怒哀楽がはっきりしている。
きっと和田さんの中にも戦国魂が内在しているにちがいない。
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