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父の心臓病が原点 |
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![]() 何とか日大に入れたが、大学の医局には残らず、通常のコースとは異なる道を選んだ。一般病院を渡り歩いて手術の腕を磨いた。傍からはワンダリング・ドクター(さまよえる医師)といわれたが、手術してよくなった患者の口コミでどんどん手術数が増えていった。 手術のたびに「この患者さんの命を全力で救う」という気持ちがものすごく強い。 父を心臓病で亡くしていることが大きく影響している。 医者の道を歩み始めたのも、父の病気がきっかけだ。父は心臓弁膜症で、66歳のとき、三度目の手術のあと亡くなった。現在の医療技術をもってすれば助けられたはずだ、父を救えなかった後悔は今も強く残っている。「父の二回目以降の手術は、明らかに私の判断ミス。手術するタイミングを含め、私の決めたことすべてが悪い結果を招いてしまった。『もう失敗はするなよ』という父の思いを背負いながらやっている」。 |
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東日本大震災が発生した最中にやっていた手術が、父と同じ心臓弁膜症の再手術で、そのときも父への思いが重なり、「何があってもこの患者さんは助ける」と誓っている自分がいた。 余震が続く中、無事手術を終えた。 天皇陛下の人柄にふれて 世界一の用心棒 対談後、魂の抜け殻状態、放心状態だった。魂が行き交う出会いだった。「一途、一心」に生きている天野さんは、ぶれずに、何の構えも見せない人だった。自信を持った人だが、それは過剰ではなく、適度でもなく、天野さんにしか計りえない自信の尺度だ。自らの腕を「世界一」と言い切っても、決して傲慢に聞こえないのが不思議な人だ。 |
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■イネ・セイミプロフィール フルート奏者として活躍中。俳画家。 絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。 * 俳画教室開講中 |
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