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旅する絵描き 絵本作家の「いせひでこ」さんは、旅する絵描きとして、旅をしては心動くものに出会い、心動くものを求めては旅をして、自分の目で見たもの、聞いたものを描いてきた。 |
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![]() 銀行員の父は、絵が大好きで「日曜画家」だった。父から受けた影響は大きい。小学生になると、「白い紙を見ると手が動く病気」にかかった。この病気は、いまだに完治していない。幼い頃から、白い紙さえあれば、いつまでも「絵」を描いている子どもだった。鉛筆を持つと時間を忘れた。気持ちを言葉にするのが苦手だったから、絵に没頭していれば、言葉を喋らなくても済んだ。 幼いころから、自己陶酔すると、見境がつかなくなる。漫画雑誌に夢中になり、100人以上の漫画家の名前を覚え、70あまりのキャラクターを描き分けた。ジュリーに夢中になって、帽子とサスペンダーに凝ったこともある。賢治好きが高じてチェロも本格的に習った。 東京芸大デザイン科に入り、大学院に進むが、休学して、パリで暮らし始めた。「自分は何者なのか…?干渉されずに一人で生きたい」と、絵と日記帳を、全て焼き捨てて、旅立った。やると決めたら、半端でない覚悟で臨むのも性格のなせる技だ。 2つの震災 阪神淡路大震災の時、二ヶ月後の神戸を訪れた。青いビニールシートでいっぱいの雨の公園。生活は壊れ、犬や猫もいない街になっていた。郵便屋さんがずぶ濡れになりながら、家がなくなった人たち一人一人を探しあぐねて歩きまわっていた。 |
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東日本大震災には、さらに、かなりのショックを受けた。 描くまでの時間 いせさんが、描き始めるまでに費やす時間は、並大抵でない。だから、いせさんに絵を依頼しても5年待ちと言われる。自分が知らない世界は描けないという思いがあるから、徹底した現場主義だ。描く場所を下見したり見学したりという程度の生易しいものではない。『海のいのち』という絵本で海中を描くため、スキューバダイビングスクールに通ったこともある。 |
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■イネ・セイミプロフィール フルート奏者として活躍中。俳画家。 絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。 * 俳画教室開講中 |
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