樫木さんは重ねて言う。「人の喜ぶ顔が自分のエネルギーになっていて、もっとお役に立ちたいという使命感がメラメラとわいてきます。心と体はつながっていると、つくづく実感します」
トレーナーの世界では型破りといわれて、なかなか認められなかった。よく心が萎えなかったと思う。「それは、自分の中にゆるぎない自信があったからだと思います。というのは、私自身の体がマニュアル通りのトレーニングをやってもしっくりこなくて、体感を意識したダンスを取り入れ、いろいろな方法でアプローチしてみたら効果が現われたんです。トレーナーからは、それはダンサーのやることだと否定されましたが、私だけでなくみんなの体が良くなっていくのをこの目で見て、自分のやり方はやはり正しいと確信しました」。たとえ自分がこうだと思っていても、人に批判されると流されてしまいがちだが、樫木さんはけっしてゆらぐことがなかった。メソッドは曲線的な動きなのに、生き方はストレート、一直線まっしぐらだ。
愛についての異論
両親がとにかく明るく前向きな人だった。一緒に暮らしていた頃、外で嫌なことがあっても、家に帰るとごく自然にリセットできたという。
樫木さんの生き方の根底には、両親の力が大きく働いている。「父と母の存在は、自分を軌道修正するうえでの原点になっています。私がコンプレックスを抱かないように、目に見えないところでも心を砕いてくれました。性格をよくわかっていて、上手に育ててくれたんです」
離婚して、改めて一人暮らしを始めた頃、母から「強い心の楽観主義で」という応援メッセージの書かれたはがきが届いた。「良いほうに良いほうに、明るいほうに明るいほうに、何があっても楽しんで」と書かれていた。今でも何か悩みごとがあると、そのはがきを取り出して読んで、気持ちを切り替えている。
最後に、結婚や恋愛はあきらめてしまったのか問いただした。
「今は仕事のほうが楽しくて(笑)。昔は恋愛なしには生きていられなかった私が、これほどまでに恋愛に興味を失うとは思ってもいませんでした。みんなにも恋愛していたほうがきれいになってフェロモンを保てるよって勧めていたのに(笑)。今は恋愛より、たくさんの人を幸せにしたいという人間愛≠フほうにシフトしてしまいました。」と飛び切りの笑顔で答える樫木さんに「恋愛はまた別物でしょう!人間愛もいいけど、恋愛とうまくギアチェンジ出来ないなあ」と食い下がった。
そうしたら、「人間愛の話をして異を唱えたのは村上さんだけですよ」と、また笑われた。そんな小さな食い違いすらも心弾む出会いだった。
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