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高校3年生のアクシデント |
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![]() 高校の卒業式も出ることがかなわず、20代はほとんど自宅から出られなかった。近所で買いものくらいはしていたが、基本的に社会復帰するような体力はなかった。ずっと自宅療養だった。 スポーツ少年だった小猫さんが、20代は家でじっとしていなければならない。よく我慢出来たと思う。よく自暴自棄にならなかったと思う。そのことを問うと、彼は冷静にこう答えた。「一気にどん底まで行ったわけではなくて、最初は2か月で退院できるといわれたところから、だんだんに坂を転がり落ちるように来たので、自分のメンタルコントロールをしやすかったんです。アウトドアなことも好きなんですが、絵を描くのが大好きなので、入院中は毎日のように絵を描きためてました」 これだけ自分の精神状態をコントロールできてしまうというのは、すごい精神力の強さだ。とても真似が出来ない。振り返ってみてがんばりすぎたということはないかと聞くと、「病気と向き合っていた時は、ちょっとした数値の変化にも過敏になり、ちょっとがんばりすぎていたかなと思います。伝統芸や武芸の中に『守破離(しゅはり)』という言葉があるんです。『守る、破る、離れる』、これは実は病気にも当てはまる。つまり最初は自分の病気ときちんと向き合って、お医者さんの話を聞いて自分でも調べて、病気に対してきちっと守っていく時期がある。ある程度病気と向き合えるようになっていってから僕が何をしたかというと、今度は少しずつ、治療法の中や自分の生活リズムの中で破っていくことなんですね。それで、うまく破れて自分なりの道ができてくると、最終的には病気からどう離れていこうかと、そういう段階に入ってきたと思うんです」まったく見事なばかりの分析だ。 そういう風に病気から次第に離れていくことで、病状もよくなっていった。「だんだん自分がほかのことで忙しくなってくると、病気のことを忘れる時間が増えていったという感じですね」。病は気からというが、気にしなくなった時点で、病気の方もそろそろ嫌になって離れていったのかもしれない。 |
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小猫さんは、35歳という年齢にしては、すごく腹が据わって度胸があるように思える。ご本人は「たぶん今の性格の根本になっている部分というのは、間違いなく闘病時代にできてきたものだと思います。一方で病気をしてると、内向的というか、気持ちが内側に向いていくので、ある程度病気が離れていった時に、内側に向いていたベクトルを外に向けていくのが大変でした」と振り返る。 ターニングポイントの2009年 三代目猫八を継ぐということについては、祖父や父も諦めかけていた。本人も諦めかけていた。だが、2009年、父が猫八を襲名して、小猫の名跡が空いた。「小猫のスペースが空いて、不思議なもので、ここに行くのは自分しかいないというような気持ちが強くなりましたね」。 |
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■イネ・セイミプロフィール フルート奏者として活躍中。俳画家。 絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。 * 俳画教室開講中 |
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