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佳き「気」が流れる店 |
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青山さんの店に入ったとたん、どこかホッとするような、すごくいい「気」が流れていると感じた。そのことを言うと、青山さんは我が意を得たりという顔をして、「薬膳の勉強をしたせいもありますが、味だけでなくお客さまへの思いとか店の雰囲気とか、目に見えない「気」を大切にしているんです」。「料理の味は思い出せなくても、おいしいと感じた気持ちや食事したときの雰囲気ってずっと覚えているものでしょう。もちろん、料理には薬膳の理念を取り入れ、自然農法の米や旬の野菜など厳選した食材にこだわって、お客さんのお顔を思い浮かべながら作っています」と、清々しい表情で語った。青山さん自身からも、佳き「気」が流れていたせいか、気持ちのいい対談の時間だった。 「気」は醸し出されるもの。食材の声を聴き、味わう人の感性を汲み取れるから、自分の想いをさりげなく醸し出せるのだろう。 姉が遺してくれたこと |
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店がオープンしたばかりの一か月後、姉に乳がんが見つかった。しかも末期だと告げられた。結局、その店は手放すことになり、姉が有紀さんのために、今の店となる家を見つけてくれた。姉の店を手伝ううちに、自分も店をもちたいと考えるようになった青山さんは、自分の「夢日記」をつけていた。「目黒区青葉台一丁目の一軒家で、おばんざいを出して」と夢日記に書いたことが、そのまま現実になった。 料理学校に通ったわけではない。京都で料理店を営んでいた母は、家族のためにも手料理を拵えてくれた。おやつも全部手作りだった。自分なりに、母の味を思い出しながら作った。舌が覚えていたのだ。母の作った料理の記憶が、いまの自分を支えてくれた。 青山有紀さんの「紀」は紀元の「紀」だが、いまのような考え方をする前の「紀元前」と、いまの「紀元後」とでは、自分自身が大きく変わったようだ。 |
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| ■イネ・セイミプロフィール フルート奏者として活躍中。俳画家。 絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。 * 俳画教室開講中 |
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