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大阪市の中心部、中之島。堂島川と土佐堀川に挟まれた中州。緑豊かなこの場所は、周辺のビジネス街に勤める人たちの憩いの場になっている。レンガ造りの歴史的建造物、中央公会堂の向かい側に、大阪市立東洋陶磁美術館がある。 |
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回答のない修業
大阪市立東洋陶磁美術館名誉館長の伊藤郁太郎さんは、1931年の大阪市生まれで、80歳だが、全くそんな風には見えない。60歳でも通る。伊藤さんは、安宅英一の側近として、手となり足となり、コレクションの収集に当たった人だ。朝鮮陶磁の普及に貢献したということで韓国政府から文化勲章を授与され、東洋陶磁の研究により文化庁長官表彰も受けている。 |
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すごいものは、忘れられない。好きになるものだ。展覧会に行って、100点の作品が展示されていたら、100点を全て見なければならないと思う人がいる。そんなことはない。自分の心に引っかかった作品を見つけ、それをじっくり見るだけでいい。見ていると、その作品と対話できるようになる。好きな物であれば、言葉を尽くさなくても心を通わすことが出来る。 幸福な修業 安宅産業は、昭和52年(1977年)に、石油事業の破綻から崩壊に追い込まれる。伊藤さんの骨董修行はそれまで続いたと言える。安宅産業が経営破綻した後、そのコレクションが散逸することを惜しむ声が各方面から上がり、多くの政財界人たちが知恵を絞った結果、住友グループ21社が協力し資金を出し、大阪市に寄贈するという形で30年前に美術館がオープンしたのだ。 安宅さんが収集に及んだのは、個人的に美術品が好きだっただけでなく、「社員が美術や文化に触れることで、社員の教養を高め、精神的にも豊かな生活をして欲しいという気持ちがあったようだ」。その恩恵に、最も浴したのが伊藤さんだったかもしれない。伊藤さん自身も自らを「世界で一番幸福なサラリーマンだった」と思っている。 |
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| ■イネ・セイミプロフィール フルート奏者として活躍中。俳画家。 絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。 * 俳画教室開講中 |
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