翔子さんは、肯定的な言葉しか言わない。暑い、寒い、辛い、欲しい、悲しい、嫌だなどとは口にしない。将来の不安を恐れたり、社会を憂えたり、競争や試験とは無縁。ねたみやそねみもない。ただし、経済観念がない。貨幣価値や数列はわからない。時間の観念もない。でも好きなテレビ番組の開始時間はわかるから不思議。
「要求される正解を想定して答える必要がない」無垢で楽しく暮らす豊かな世界にいる翔子さんが、うらやましくなる。
屈託のない世界
翔子さんの願いは不思議とかなう。母の泰子さんに言わせると、「努力なしに、ヤスヤスと得たことが大成功するタイプ」だそうだ。
翔子さんは、お寺の区別はまったくつかないけれど、唯一知っているのが東大寺だった。中学校の修学旅行で奈良の大仏様を見たときに「お父様」と思った。顔がいささか似ている。「お父様の前で書きたい」と言っていたのが実現したのだ。
先月、東大寺で個展が開かれた。ちなみに、東大寺の焼き討ちをしたのは、清盛の弟。大河の題字の話をしたら管長の顔が、八百年前のことを思い出し雲った。お詫びの気持ちを込めて『円融』の字を書くことにした。
翔子さんにとって、母の存在が大きいのは言うまでもないと思うが、母の泰子さんにとっても、翔子さんの存在は大きい。広島のホテルで月明かりの下、一緒に風呂に入った。「かあさん、しあわせ?たのしい?」と突然、翔子さんが聞いてきた。「もちろん、幸せよ」と答えた。母の泰子さんは、26年前は、日本一不幸だと思ったこともあったが、いま日本一幸福だと言い切れる。いまは、ダウン症でよかったと思える。
|