|
||||||||||||||
|
||||||||||||||
|
||||||||||||||
![]() |
![]() |
![]() |
||||||||||
孤独になれば |
![]() |
|||||||||||
![]() |
||||||||||||
![]() 「地震前に書いていたものに加筆したが、地震直後だけに、『海を見よ』はいささか躊躇した。しかし時に、自己をしっかりとみつめる勇気を持ってほしいと、自分を高ぶらせながらメッセージを書いた。その思いが通じたのかなぁ」とニッコリ。 話題を呼んだ式辞の一部を紹介する。 悲惨な現実を前にしても云おう。波の音は、さざ波のような調べでないかもしれない。荒れ狂う鉛色の波の音かもしれない。時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。 |
![]() |
|||||||||||
孤独の時間を持つと、多くの人と結びつかねばならないことに気づく。自分自身を見つめ、生きる意味や他人との共存に思いを馳せることが、悲しいことや困難を乗り越える方法だと説く。と同時に、自分たちが大きな「負の遺産」を若者に残してしまったことを反省している。もう一度、自らも海を見ながら、今の自分を見つめ直し、これからの日本を生きる若者と一緒に考えてみたいと考えている。いまの18歳のためというより、66歳の自分に向けて書いたのかもしれない。 命は一つではない 命二つ 中に活きたる さくらかな 今の滋賀県甲賀市の水口で、弟子であり、友人でもある服部土芳と、二十年ぶりに会った時の思いを述べた句だ。二十年あまり会うことがなかった友人二人が、命あって再会することができた。その喜びの二人の中に、桜がいきいきと咲いているという解釈になる。 |
||||||||||||
|
||||||||||||
|
||||||||
|
||||||||
|
||||||||
■イネ・セイミプロフィール フルート奏者として活躍中。俳画家。 絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。 * 俳画教室開講中 |
||||||||
![]() |
||||||||
|
||||||||
![]() |
||