天使も悪魔も
太田治子さんは、1947年11月12日に生まれた。父が、玉川上水で心中する半年ほど前のことだ。生前、会ったことはなかった。名前は、父が本名・修治から一字取って付けてくれた。直筆の認知書もしたためてくれた。「この子は、私の可愛い子で、父をいつでも誇って、すこやかに育つことを念じている」父の唯一の子への思いを綴った言葉だ。この言葉は、太田さんのよすがになっていた。
「『斜陽』を読めばすべてがわかる。これから女一つで子どもを育て上げたら、世間は初めて静子を認めてくれるよ」と、母に言い残した。生まれてきてよかったのだと思えた。
少女時代は、文章を書くこと、絵を描くこと、朗読することが好きな子だった。特に朗読が好きだった。母の留守中、母の画集を眺めて、ひとり空想に耽った。母の洋服を着て、自作自演のひとり芝居もしていた。こうして、想像力が培われた。大学は、明治学院。イギリス文学に没頭した。卒業後、いったん就職するが、作家の道を志した。奇しくも、父と同じ道を選んだ。
太田さんは、大正時代の童謡詩人・金子みすゞに魅かれている。だが、みすゞは、ある意味、太宰とは「正反対」の性格の人だ。太宰は、とにかく「一番でありたい人」だった。「いちばん」という言葉が好きで文章にも多用した。しかし、そんな自分に「自己嫌悪」も持っていた。「自己中心とエリート意識」、一方で、富裕な家に生まれたことへの「後ろめたさ」…。二つの意識のせめぎ合いに「魅力」もあった。「危ないけれど、愛おしい」矛盾の魅力に、読者は魅かれるのではないだろうか…治子さんは分析する。
みすゞの詩の一節に有名な「みんなちがってみんないい」という言葉がある。太宰作品と向き合う過程を経て、ようやく太田さんも、みんなちがっていい心境に到達した。
太宰は、天使と悪魔が共存する極端な人だ。だが、誰しも相反するものは持ち合わせている。太宰作品を読んでいると、人を決め付けて見ることがおかしいと思えてくる。いろんな人間がいていい。自分の中にも天使と悪魔は棲んでいる。ひとくくりには出来ない感情が渦巻いている。多様性を認めたらいい。「みんなちがってみんないい」と、太宰をようやく受け入れることが出来たのだ。
年齢を重ねたいま、人間は、「自己愛の動物」だと思える。太宰はそれを正直に書いたのだ。同じ作家という生業を選んだ身としても、作家・太宰治の思いを理解出来るようになれた。
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